魔獣舎での再会
「ラトゥース様! お待ちして……え?」
案内されたのは、飼われている魔獣の住む、厩舎ならぬ魔獣舎。
そこにいたのは、赤茶毛の髪と毛色で、猫耳が愛らしい獣人の女の子。
癖っ毛に、緑色の瞳。
初めて見る、笑顔。
私は、彼女の名前を、知っていた。
「あ! アイティースちゃん、元気にしてた?」
挨拶には答えず、彼女――アイティースはラトゥースに視線をやる。
さっきまでの、愛らしい笑顔は跡形もない。
機嫌悪そうに眉間にしわを寄せている。
「ラトゥース様?」
「いや、俺もあんな事があったのに、本人が来るとは思ってなくてな」
私は、彼女と、彼女に共感した獣人軍の人達に、殺されかけた過去を持つ。
ラトゥースが止めてくれなかったら、普通に殺されていただろう。
私と彼女に、直接の繋がりはない。
ただ――彼女の弟のエイティースが、"第六軍"の暗殺班に所属していて……現地で、戦死した。
それだけの、繋がり。
アイティースが、私を思いきり睨み付ける。
「『ちゃん』はやめろ。あんな事があったのに、また来るとか馬鹿なのかお前?」
わあストレート。
正論ではあるが、そう言われて黙っている訳にもいかない。
「――『何もなかった』。公的には、そうなったはずだが? ラトゥースの気遣いが分からぬとでも?」
「え……」
「アイティース。君がいるとは知らなかった。馬鹿にしたつもりはない。傷をほじくり返そうと言うのでもない。私が今ここにいるのは――軍務だ。その重みを、他ならぬ君が分からぬとでも言うか?」
「っ……」
彼女が、歯噛みする。
「……お前が頭おかしい事言うからだ。いきなり人の事をちゃん付けで呼ぶのが、軍務で、最高幹部らしい振る舞いだって?」
挑発するように、そして挑むように、私と、私の後ろに控える"第六軍"の序列第二位から第五位の皆をさっと見渡す。
ラトゥースを含めた全員が、さっと目をそらした。
「……ん?」
アイティースが、目を瞬かせる。
リズが、真面目な顔で一歩進み出た。
「あのですね、アイティース」
「……ああ。リーズリットとか言ったか」
「エイティースの件は……少し置いてもらっていいですか」
「……ああ。分かってるよ。……そのつもりだ」
呟くように口にした言葉には、まだ痛みがある。
血を分けた弟となれば――私にも、気持ちは分かる所もある。
私は仇でもなんでもないが……それでも、確かに彼の死に、責任の一端を負っている事は、間違いない。
「けどよ。こいつが頭おかしいって言ったのを、撤回するつもりはないぞ」
「あ、はい。その認識でいて下さって結構ですよ」
「……お前……副官……なんだよな?」
「はい。"第六軍"の序列第二位を頂いております」
「……自分の上官が――魔王軍最高幹部が、よその下っ端に頭おかしいって言われたんだぞ!? 怒るだろ? 普通、怒るだろ!?」
「あ、そういうの分かってるんですね?」
「馬鹿にすんな」
レベッカが、リズの隣に並んだ。
「アイティース。私からも、いいか」
「レベッカ・スタグネット……?」
「名前を知っていてくれて、光栄だ。実に言いにくいが」
レベッカが、ちらりと私を見て、ため息をついた。
「"第六軍"において、序列第一位が頭おかしいというのは共通認識だ」
「二人共? さすがにちょっと失礼じゃないかな? "第三軍"の人達の前だよ?」
「ちょっと失礼とか……そういうレベルじゃないだろ今の?」
「アイティースもそう思うよね?」
「おう……ってお前なんでこっち側なんだよ!」
「私は仕事真面目にしてるよ?」
「息抜きの時に頭おかしい事言いすぎですよね」
「否定はしない」
「いや、そこは否定しろよ」
アイティースが冷めた目で突っ込む。
「事実だから仕方ない。私は適当な事は言うけど、嘘はつかないタイプだよ」
「お前……魔王軍最高幹部……なんだよな?」
「アイティースは軍規定に明るくないようだな」
「……前の事、まだ根に持ってやがるのか?」
「そうじゃない」
私は首を横に振った。
「最高幹部の規定に、言動を定めたものはないと言っているんだ」
「……正気か?」
「それもよく言われるけど」
「なんで最高幹部やってられるんだよ」
「さっきそういう規定はないと言ったし、以前も言ったはずだけど?」
微笑んだ。
「"第六軍"は、"ドラゴンナイト"と"帝国近衛兵"を壊滅させた。"福音騎士団"をリタル山脈に誘い込み、"第三軍"を含む各軍との共同作戦を行い、これを全滅させている。――その長たる私に、正気を問うのか?」
それは、比類なき『戦果』だ。
言い添える。
「もちろん可愛い部下の働きがあっての事だが」
「……可愛い……部下」
アイティースが、ぽつりと、呟く。
「エイティースの事も……可愛かったか?」