この世全てのもふもふを求めて
「それで、マスター。先の命令が……温泉地と美味しい物がある地域をリストアップしろという、ふざけたものが、どうバーゲストの問題に関係してくるんです? お風呂に入れて餌付けしようとでも?」
「それもしてみたいけど」
バーゲスト達はそこまでお風呂好きでもないので毎回ではないが、たまに一緒に入っている。
魔力生命体でも、一応実体があるので、お風呂やブラッシングでちょっと毛並みがふわっとするのだ。
「それは副産物というか」
「……副産物?」
私は、薄く笑った。
そしてぽん、と膝の上のバーゲストの頭に手を置いて、宣言した。
「リストレアの黒妖犬を、全て私の群れに組み込む」
「……はい?」
「……自分が何言ってるか分かってるか?」
「我が主。従属しているバーゲストの数が増えた場合、どうなるか未だ正確な所は分かってはおりませぬ」
「いや、それでこそ主殿よな。まさかそんな馬鹿げた事を言い出すとは思わなんだ」
リズ、レベッカ、サマルカンド、ハーケンがそれぞれの感想を述べる。
「実際に全て、というのは難しいだろうが……人里に近い地点で目撃された、小さな群れあたりから試してみたい所だな。リストレアの管理下にあるものは?」
「危険が多すぎて、あまり人気のない『番犬』ですからね……。以前まとまった数が送られてきましたし。とはいえ、十頭ほどは、まだいるでしょう」
「分かっている範囲で、全て引き取る。及び、被害が出た事例があればその地域に赴こう」
「マスターが? 直々に?」
「なるほど。そこで温泉地と名産品か」
「……なるほど」
レベッカとリズが顔を見合わせて、ため息をついた。
「いや、途中の村とか、泊まる宿にあったらね? 決してリベリット村で味をしめたとかじゃ」
「本音で」
「美味しいものとか大好きです」
「……本当にメインじゃないんですね?」
「さすがにそこまで腐ってはないよ? リベリット村でも、ちゃんとお仕事したでしょ」
討伐依頼が入ったからだが。
一応"第六軍"のイメージアップを草の根活動的に行う、という名目の下、あの視察と書いて観光と読ませる小旅行は行われた。
「……『野生』のバーゲストを、本当に従属させられるんですか?」
「分からないよ。だからやってみるしか」
「またそんな軽く仰って」
「そうだね。それを決めるのは――私じゃない」
私は、バーゲストの頭を軽く叩いて合図をすると、椅子から立ち上がった。
「私はお前達の『同族』を、全て私の群れに迎え入れるつもりだ。ただ、この件に関しては、命令するつもりはない。それが可能であり、かつ……お前達が、それが嫌ではないというなら」
そして膝を突いて、右手を差し出す。
「この手に、『お前達』の手を載せなさい」
足を揃えて座り込んでいるバーゲストが、私の目を見つめた。
焦げ茶の、瞳。
犬の瞳だ。獣の――人間ではないものの目だ。
私は人間で、この子達は黒妖犬。
生まれも、育ちも、何もかも違う。
絶対的に種族が、違う。
それでも私は、この私を見つめる綺麗な瞳が、好きなのだ。
てし、とバーゲストの前足が私の手のひらに載せられた。
軽く握り込み、微笑む。
しばし肉球を手のひらで堪能した後に解放すると、首筋に抱きついて、ぎゅっと抱きしめた。
「お前達の仲間を、探しに行こう。この国の未来のために。私と、私の仲間のために。――もちろん、お前達も含めた……」
腕を緩めると、最後にまた、がしがしと撫でた。
優しく撫でられるのも大人しくされているが、強めのスキンシップの方が、この子達の全身と――心の内から、喜びが伝わってくる。
この子達を、愛すべき存在と見た人は、いないのだろう。
バーゲストにとっても、人間は、そういう存在ではなかったのだろう。
魔族も、だ。
こんな風に撫でられた事など、あるはずがない。
「しばらく情報収集に努めてほしい。時期的に、南部を中心に、野生の黒妖犬を、本当に群れに組み込めるかどうかを試す。もちろん少数の群れからだ。今までの捕獲の際のノウハウなどもあれば資料にまとめてくれ」
「それがいいでしょうね」
リズが頷く。
「ごめんね、面倒な事頼んで」
「それが副官のお仕事ですからね。まずは王城に当たってみましょう。それと旅商人ですね。時期的に王都に滞在している者達も多いはずです。――そうだ。レベッカ。ツテはありますか?」
「まだ現役かは分からないし、そうだったとして、今王都にいるかまでは分からないが、知り合いも多いよ。そうでなくても、話を聞くぐらい出来るだろう」
「サマルカンド、バーゲストに対応した経験は?」
「何度かございます。囲んで詰めていくというやり方でしか捕捉出来ませんでしたな」
「ハーケンは?」
「直接はない。そういった案件は主に"第三軍"へ振り分けるのが常だったのでな。だが、"第三軍"には確か少数だが魔獣種を騎獣とするものがいたはず。ラトゥース殿に渡りをつけて頂くのがよろしいのではないか」
私は微笑んだ。
皆が皆、それなりの回答を持っている。
何を求められ、そして自分が何を出来るのか、分かっているという事だ。
私は、未だ頼りない主かもしれないけれど。
「頼もしい部下を持てて、嬉しいよ」




