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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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死霊軍からの招待




「レベッカ。確認したいが、私に、"第四軍"は何を求めている?」



「相談……だな。三十匹以上が予想されるバーゲストの群れとまともにやりあうとなると、捜索も大変だし、相応の被害が出る事になる」

「そうだろうね」


「捜索だけなら、数に負けているバーゲストでも役に立つはずだ。私達は少数精鋭で動けるし、手は多い方がいいとお考えなのだろう」

「なるほど」


「単純に、これを機に話してみたいといった雰囲気も感じた。唯一まとまった時間を交流に割いていない最高幹部だしな」

「エルドリッチさん忙しそうだからねえ」


 元"第四軍"所属のベテラン死霊術師(ネクロマンサー)であるレベッカだからこそ、内情にも通じている。

 彼女の説明は納得のいくものだった。


 "第四軍"は魔王軍一の大所帯だ。

 しかも軍と名が付く物の、民間人に近い立ち位置の者も数多くいる。

 不死生物(アンデッド)に必要な生命力はリストレア魔王国にとって重い負担だが、貴重な労働力である事も間違いない。


 それゆえに、多分一番多忙な最高幹部だ。


「だが、招待と言ってもしばらく先の話、という事になる。冬季は天候も荒れがちだし、"荒れ地(バッドランズ)"へ向かうには、もう一月ほど待たないと強行軍になるからな。手紙が私宛てだったのも、その関係だろう」


 "荒れ地(バッドランズ)"は、位置的には、リストレア東部という事になる。

 しかしそもそもこの国は大陸の北の方なので、寒い。

 そして東というのは、南ではないという事だ。


「ちなみに強行軍の場合、移動手段は?」


「まあ……馬車になるだろうな。うちのマスターは人間だし」


 どうやら強行軍用の移動手段は他にもあるらしい。

 人によっては、雪の中を馬と車輪をなだめながら行くよりは、『身体強化して徒歩』の方が早いだろう。


「馬車の強化は? 可能なのか?」


「我が主、代わりにお答えする許可を頂きたく」

「許可する、サマルカンド」


 ハーケンと一緒に給仕役として――大体リズがメイドとしてやってしまうので、落としたカトラリーを拾ってもらうぐらいしか仕事がないけど――控えていたサマルカンド。


「問題はありませぬ。仮にも私は上位悪魔(グレーターデーモン)。この身を使い潰すつもりで使えば、容易い道程でございます、我が主」


「……つまり無理か」


 上位悪魔(グレーターデーモン)を――可愛い部下を使い潰す移動手段など、あらゆる意味で正気の沙汰ではない。


「失礼しました。あくまで比喩でございます。我が主にお仕えする事が至上の幸福ゆえに、平時に、自らの限界を見誤るような事は致しません。ですが、道中に魔力を用いた戦闘は不可能かと存じます」


「なるほど……」


 かなりきつい事はきついのだろう。


「レベッカも馬の強化で手一杯か?」


 以前使用した馬は、骸骨馬(スケルトンホース)だった。

 レベッカの強化魔法を受けて、高速かつ快適な旅路を実現していたが、以前のリベリット村よりさらに雪が深い時期となれば、そうもいくまい。


「そうなるな。例えば襲撃を受けたとして、それが旅程の後半ならば、護衛は実質、リズとハーケン、それにバーゲストだけという事になる」


「意見を。リズ」


「国内ならば問題ないかと。そこまでの精鋭、あるいは大部隊を捕捉出来ない事はないかと思われます」

「前に山越えしてきたのは?」


 以前、私は、『リタル山脈を山越え』という馬鹿な手段で国境の警戒網を越えてきた馬鹿野郎共に殺されかけた過去を持つ。


「あれは特殊な例ですし……位置的に移動距離も長いです。馬車やその他の物資を調達するのも難しいでしょう。例の、"竜の血(ドラゴンブラッド)"ポーションがあっても、既に以前よりも脅威度は格段に落ちています。一応国境の警戒も強まっていますしね」


「ふむ……ハーケン」


「リズ殿と同様であるな。エルドリッチ様の事はよく存じておる。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を害そうなどとは思わぬであろう。つまり、他の五軍の最高幹部全てが、我が主を殺す理由がない。ならばそれは、精鋭は最早敵におらぬという事」


 そこで彼は、かちん、と顎骨を噛み合わせた。


「それでもなお、愚か者が我が主君のお命を狙うというのならば、反逆者として斬って捨てるまで」


 ハーケンが、静かに断言する。



 ……もう、私が友軍に殺される理由がない。



 その事実が、静かに胸に染みる。


 殺したいと思う者は、いるだろう。

 けれどそれは、本流ではない。

 ならばそれは、ハーケンの言ったように、愚か者であり、反逆者だ。


「でも特に急ぐ理由はないの? ――レベッカ」


「言った通り、バーゲストは死霊軍にとっては厄介な相手だが、"第四軍"は不死生物(アンデッド)以外もいるし……放置は出来ないが、向こうから仕掛けてくるならむしろ有り難い」


「なるほど」


 黒妖犬(バーゲスト)が恐れられるのは、その判断力と、逃げ足にもある。

 敵を見極める目の上手さが、"死の使い"や『見たら死ぬ』という民間伝承の源だ。


「ちなみにリズは、戦った事があるって言ってたけど……?」


 昔の話ではあるだろう。

 しかし、バーゲストがリズに狙いを定める、それも、彼女が単独でバーゲストと相対せざるを得ない状況が、上手く想像出来ない。


「一人で、二十匹ほどの群れを駆逐しろと命令を受けたまでですよ。……魔力反応を限界まで抑えて、無力を装って誘い出すという手法でね」


「何それ」


「誰が好き好んであんな真似……ったくあのクソ上司……」


 リズが憎しみを込めて吐き捨てた言葉に、心がずきりとした。


 目を伏せる。


 自分が……いい上司だなどと、思えた事はない。

 理想の上司として振る舞おうと思った事も……ない。



 私は、与えられた仕事を完全にこなすと決め、同時に、それ以外は死ぬまで好きに、面白おかしく生きると決めた。



 人生は、短いのだから。


 思ったよりも長生きしてしまった今となっては、少し後悔している所もある。


 それでも、リズやレベッカといった美少女と過ごした楽しい思い出だけで、冥土の土産には十分だけど。

 でも……リズのそんな言葉を聞くと、胸が、痛いのだ。


「……あ! マスターがそうだって言ってるわけじゃないですからね!」


 慌てたようなリズの言葉に、顔を上げた。

 口を開く。


「……でも、私」

 声が震えて、それ以上言葉には出来なかった。



「……自覚あるんですね?」



 リズの呆れ声に、また目を伏せる。

 下から見上げるバーゲストと目が合った。

 バーゲストの頭をわしゃ……と撫でると、その目が閉じられる。


 そのままバーゲストを撫でるのに忙しい振りをしながら、もふもふ感で癒やされる事に専念する。


「まあ、言いたい事はありますが、それでも、うちのマスターは、あの上司の野郎に比べれば、随分とマシです」


「……セクハラでも同性だから……とか?」



「まあそうですね。――マスターにされてきたような事を、男の上司にされたら、さすがに喉首掻き切りますよ?」



 過激な発言をするリズ。

 レベッカを見る。


「……私も攻撃魔法叩き込むかもな。さすがに目に余る。どんな功績があろうと……それは規律の乱れだ」


「同性ならセーフ……?」

「ギリ、な」


 私、女に生まれて良かった。


 この世界に召喚された際の影響で、名前も覚えていない両親に感謝する。


「それにマスターちゃんと命令書出してくれますし……。リスクとリターン考えて作戦立案しますし……。部下の意見、結構聞いてくれますし……。一人だけ呼びだして立場でゴリ押しして口頭で無茶苦茶な命令とかしないですし……ね」


 リズが、遠い目になった。


「待って。それはクソ上司すぎない?」


 私は、プライベートにおいて最高幹部権限を振りかざすと決めた時、同時に『仕事はちゃんとする』と決めた。

 それは私の中の最低限のラインだ。


「だからクソ上司だったんですよ。もういませんけど、当時はそんなのも許されてた所がありまして……。六十年ぐらい前の事ですから今はもう少し」


 そこでリズがはっと口をつぐむ。


「……いや、大体歳は察してるよ?」


 頑なに歳を教えてくれないが、軍歴から察するに大体八十前後だと踏んでいる。

 実は入隊が遅かったという可能性はあるが。


 リズの長い耳が、ちょっと下がった。


「……私、マスターから見たら、おばあちゃんですよ」


 私は首を横に振った。



「違う。大事なのは外見年齢」



 レベッカが、口を開く。


「……なあ。私はお前にとっていくつに見えてるんだ?」

「十八歳以上に見えてるよ」


「……なんで十八?」


「私の故郷の成人年齢」


 そういう事にしておかないと、危ない年齢とも言う。

 実際レベッカは、不死生物(アンデッド)になってからだけを数えても、四百歳以上なのは間違いない。

 不死生物(アンデッド)なので、『歳』というカウントが適用されるか怪しいが。


 ハーケンも同じぐらいだし、サマルカンドは分からないが、上位悪魔(グレーターデーモン)である以上、数えで二十七の私より歳が下という事は有り得ない。

 厳密な基準はないとはいえ、少なくとも百年程度は力を蓄えたデーモンが呼ばれる称号だ。


 私の好みは基本的に『年下の可愛い子』なので、実年齢だと、この国ではストライクゾーンがぐっと狭まってしまう。


 しかし、断言したように、私は外見年齢が大事だと思っている。

 ついでに精神年齢もある程度高いとベスト。


 そういう意味で、リズもレベッカも、何も問題ない。



「昨日は楽しかったな。よく眠れたし。ねえリズ。やっぱり、毎日一緒に寝ない?」



「それは業務範囲外です」


「じゃあプライベートで」

 食い下がってみる。


 リズが、目をそらした。

 マフラーが、ぴこりと動く。



「……たまに、ですよ」



 どきりとする。

 断られると、思っていたのに。


 以前言った時は、確か『寝言は寝て言え』を丁寧に言われたはずだ。

 公私を分けたいタイプであるとも、言っていた。


「……うん」


 微笑んで、頷いた。


「やる気出たよ」

「それは何よりです」



「つまり私は、バーゲストに関する"第四軍"からの『相談』を、普通では有り得ない、"第六軍"らしい手法で解決する事を求められているわけだな?」



「……レベッカ。今、どこをどう話が飛びました?」

「私にも分からん」


「我が主。その口振りは、この瞬間にそういった手法を閃かれたのですか?」

「ああ、サマルカンド。その通りだ」


「まことに、面白きお方よ」

「伊達にお前達の主をやってないよ、ハーケン」


 私は、良き主であらねばならないのだ。

 ちょっと、権力を振りかざして遊ぶ楽しみを手放すのは寂しいので。


 それ以上の功績を示して見せねばならない。



「リズ。まずは全国の温泉地、及びいい感じのお風呂がある地域をリストアップ。各地の美味しい食べ物も同様だ。レベッカ、サポートを頼む」



「待って下さいマスター。今立ててるのは、"第四軍"への協力に関する計画であって、楽しい楽しい観光旅行の計画とかではありませんよね?」


「何を言ってるのリズ? 当たり前でしょ。これは間違いなく、バーゲストを用いた"第四軍"への協力に関する計画の一環だよ」


 私の淀みない受け答えに、リズが言葉を失う。

 視線をさ迷わせながら言葉を探していたようだったが、やがて私の目に視線を戻して、妙に厭世的にふっと笑った。



「……私、まだマスターの事、よく分かってないんですね」




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[良い点] それぞれ的確な意見を述べる部下たち。 そんな中、ひとり意訳が必要な黒山羊さん。 [気になる点] クソ上司=もういない さらっと言ってるけど、どうして、もういないのだろう?また『いない』とい…
[良い点] > 大切なのは外見年齢! 異種族レビュ○ーズみたいなこと言い出した(笑) > ジュウハッサイイジョウ ほんと、このマスター日本でどんな暮らししてたんだろう。。。ジャパンが産み出したメイド…
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