腕の中の幸せ
魔王軍の最高幹部に必要なのは、明日の事は忘れてひとまず両隣に美少女がいる環境を楽しみつつ、安眠出来る能力であると、信じる。
なんだかんだ、擬態扇動班と陰惨な計画の詳細を詰めたり、彼女達の安否を気遣う日々に疲れが溜まっていたのだろう。
最近の一人寝の時より、熟睡出来た。
翌朝。
カーテンを透かす柔らかい朝日が、天蓋の中にまで忍び込む。
布団に残る温もりの中、ゆっくりと覚醒していく。
幸福なまどろみ。
「ふぁっ!? マスター!?」
そこに不似合いな、リズの高い声。
なんだか柔らかいものを触ったような。
手にほんのりと残る幸せな感触。
しかし幸せは手に残っていない。
「……マスター、わざとじゃ……ないですよね?」
一抹の寂しさを覚えながら、目を開けて横を見ると、両手で体を庇うようにしている、頬を赤くしてジト目のリズがいた。
それで、なんとなく幸せの正体が分かった。
体を起こし、幸せの薄い自分の胸に手を当てて宣言した。
「わざとじゃないよ。――最高幹部のプライドに懸けて」
「マスターが言うと妙に信用出来ませんね」
嘘じゃないのに。
隣を見ると、レベッカが小さく寝息を立てていた。
「あれ、レベッカまだ寝てるの? アンデッドなのに」
私よりさらに薄い胸はゆっくりと上下しているし、呼吸に合わせて長いまつげが動く様など、不死生物とは思えない。
「レベッカは一応睡眠状態では自力で魔力が回復しますからね。でも、これでもマスターと私を信頼してるんですよ」
「それは、ちょっと嬉しいね」
「起こしたげて下さい」
「私が起こしていいの?」
「ええ」
「レベッカ」
そっと頬に手を触れる。顔を近付けた。
「あの、マスター?」
レベッカの長く白い耳に顔を寄せて、ささやいた。
「起きないと、キスするよ?」
レベッカが薄く目を開けた。
「おはよう『マスター』。最悪の目覚めだ。舌を食いちぎられたくなかったらやめておけ、と忠告しておくぞ」
「あはは」
笑いながら離れた。
憮然としながら半身を起こすレベッカ。
爽やかな朝に似つかわしくない、じっとりとした目で見てくる。
「リズ。着替えるからそいつの首を曲げておけ」
「そんな怖い事言われなくても反対向くってば」
しかしリズに、がしりと頭を掴まれ、強制的にリズの方を向かせられる。
リズの顔が近いので割と嬉しいのだが、そういう所には気付いてないみたい。
後ろで衣擦れの音がする。
「いいぞ」
リズに解放され、少し名残惜しさを感じながらも、レベッカの方を向く。
ひらひらした寝間着から、いつもの黒くゴシックな恰好になっていた。
「私は先に行く。昨夜伝えた件は、食後に詳しく話す」
ベッドに腰掛けて靴を履くと、部屋を出て行った。
「おや、昨夜はお楽しみであったか?」
廊下でハーケンと出くわしたらしく、会話が聞こえてくる。
「ハーケン。お前までふざけた事を言うと、犬の餌にするぞ?」
「ははは。何。ふざけなければ人生はつまらぬではないか」
いい事言うなあ。
「邪魔はするな。マスターはリズとお楽しみの最中だ」
「おや、それはそれは」
「ちょっとレベッカ! あなたまでふざけた事言うのやめなさい!!」
リズが叫ぶ。
「なるほど。衣服を脱いで裸に」
「間違ってはいない」
「何もかも間違いですよ!」
彼女の叫びを無視して続く会話に、再びリズが叫んだ。
「でも着替えるよね?」
「……あ、そういう事ですか?」
「多分ね」
「冗談はこれくらいにして……少しハーケンを借りるぞ。打ち合わせをしておく」
「ええ……いつも通り食事にしますので、見計らって来て下さい」
「分かった」
レベッカとハーケンの話し声が、遠くなっていく。
リズが、深く息をついた。
長い耳が垂れ下がる。
息を吸うと、長いエルフ耳がぴん、と立った。
いつものキリッとした顔になる。
「さあ、マスター。着替えて行きますよ」
「うん」
頷いた。
「えい」
そして背中を見せたリズにのしかかり、首元に腕を絡める。
「……なんです? 『陰惨な計画成功させたらリズ成分が足りない事に気付いて』――とでも、言うつもりですか?」
「うわ、言いそう」
声真似もなんとなく似てるし、何より内容の再現能力が高すぎる。
「でも、違うよ」
私は、リズの長い耳にささやいた。
「私は、こうしたいだけなの」
後、リズの先っぽまで真っ赤になる長い耳を見るのが好き。
そこで、リズがうつむいた。
やりすぎたか、と思ったのは一瞬。
リズが、自分の首元に絡められた私の腕を、ぎゅっとする。
「……私も、こうしたいだけ、ですからね」
……私も、耳まで赤いかも。




