可愛い暗殺者さんをベッドで甘やかす
「マスター。寝床をご一緒させていただいてもよろしいですか?」
お風呂上がりに、濡れた私の髪を丁寧に拭きながら、リズがそんな嬉しい事を言ってくれた。
私は振り向いて、満面の笑みで応える。
「もちろん! 優しくするからね!」
「あ、ベッド脇に立ってます。ただの護衛としての申し出でしたので」
「ええー……罪作りな事するなあ」
「意味が分かりません」
「――本当に?」
私は微笑んだ。
「……分かりません。少なくとも、そう言っておきます」
「『分かったら』教えてね」
「多分そういう事はないんじゃないですかね」
「諦めたら、何も出来ないよ」
「諦めた方がいい事もあると思うんですよ」
「それには同意するけど」
リズが、小さくため息をつく。
「ほら、終わりましたよ」
「ありがとう」
ちなみに風呂場に連れ込んだバーゲストは、さっきまでその辺にいたのだが、自分でプルプルして水気を取って、いつの間にか行ってしまった。
賢いあの子達の事だから、空気を読んでくれたのかもしれない。
風呂場の外で待機していたサマルカンドに、リズがきびきびと命じる。
「サマルカンド。初仕事です。マスターの部屋の外で待機。私は室内で警護します。異変があれば知らせなさい」
「はっ……」
頭を下げるサマルカンド。
「よろしくね?」
「はっ、我が主の身の安全と、安らかな眠りをお約束致します」
今日、身の安全と安らかな眠りを脅かしに来た本人とは思えない言葉。
しかしそれを言うのも可哀想だと思い、何も言わない事にする。
「リズ。寝間着に着替えてきていいよ」
「え? ベッドの脇に立ってますよ? 暗殺騒ぎがあった後ですし」
「さっきのは、リズにその気がないなら、ただの冗談だから。寝られるなら、寝た方がいいよ」
「ですが……」
「サマルカンドもいるんだし、さすがに一日に二度も暗殺に来る事はないんじゃない?」
「……はい、分かりました」
リズと寝床を一緒にするのは久しぶりだ。
折を見て誘ってみてはいるのだが、断られるのが常だった。
天蓋付きベッドに並んで入って、しばらくは無言でいた。
カーテン越しと、カーテンの隙間から入る月明かりで、ゆっくりと目が闇に慣れていく。
「ねえ、リズ」
「なんですか?」
そっと手を伸ばすと、握り返してくれたので、目を合わせて微笑んだ。
「ありがとね」
「……私、何も出来ませんでしたよ。間に合いませんでしたし、結果として、余計な手出しでした」
リズの表情は暗い。
「いつも、今日みたいな事がないように、守ってくれてたんだよね?」
「それは……そうですが」
「それだけでも、お礼を言わせて」
「お仕事です」
「なら、気に病む事もないよ。今日だって別のお仕事をしてたんだから」
「……甘やかさないで下さい」
リズが、じとーっとした視線で私を見る。
私は、そんな事さえ嬉しくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
「えー? それはちょっと難しい」
にぎにぎと、握り込んだ手に力を入れて、触れている手の感触を楽しむ。
「私、甘やかさないで下さいって言いましたよね!?」
「私は、それはちょっと難しいって言ったと思うけど?」
彼女の顔を見ながらにこにことしていると、彼女はため息をついた。
「随分と暗殺者に甘い職場ですね、ここは……」
「アットホームな職場を目指してるよ」
「……人類絶滅とアットホームって、一緒に使っていい言葉でしたっけ……?」
リズの疑問は、もっともだ。
「もちろんだよ」
けれど、私は笑って断言した。
「うちが非道な作戦を担当する部署だからって、職場の雰囲気がアットホームであっちゃいけない理由は、何一つないんだ」
リズが、私を見つめる。
そして、また小さく息を吐いた。
「……私、まだマスターの事よく分かってないんですね」
「リズがよく分かってないなら、誰も分かってないと思うけどね」
"病毒の王"とは、人類の怨敵だ。
味方であるはずの魔族の人達にすら、その手法を責められる事など日常茶飯事。
私が幸せを望み、そして望んだ通りの幸せな生活を送ったならば。
それはきっと、人の目にはそれこそ、あれだけの事をして罪悪感も覚えない非道の悪鬼として映るのだろう。
けれど、私がそれを望んではいけないとしたら。
私が、自分の事を幸せになってはいけないと規定したら。
私の部下達は、どうなるのだ。
彼らこそが、彼女らこそが、実際に手を汚したのだ。
私の功績として、私の悪行として語られるその全てが、私の可愛い部下達の行った作戦の結果だ。
私の命令をきちんと命令書にしてくれるリズと事務方の人達。
ドッペルゲンガーを中心とした擬態扇動班。
死霊暗殺者を中心とした暗殺班。
補助戦力として活躍しているという黒妖犬。
その皆が。国家のために、そこに生きる民のために、その手を非道に染める事を選んだ人達が。
その行いが非道であると責められ、幸せになる事が許されないとすれば。
私達には、正々堂々と戦って死ぬ未来しかない。
だから、私は"病毒の王"を名乗るのだ。
部下の功績を、全て自分の物にするために。
部下の悪行を、全て自分の物にするために。
その上で、私は、こう言うのだ。
「私は、可愛い部下みんなに、幸せになってほしいと思ってるよ」
出来れば、私も。
可愛い部下みんなの次に、でいいから。
「……私達も、同じ事を、思ってますよ」
リズが、繋いだ手にぎゅっと力を込めてくれた。