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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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戦争と平和の火種


 私とリズは、陛下に呼び出されていた。


 報告のためだ。

 いつもの応接間に通されている。


帝国近衛兵(インペリアルガード)、千六百十二名の内、千五百九十名の死亡を確認……残存帝国近衛兵(インペリアルガード)

 リズが、戦果をすらすらと読み上げていく。


 これは、帝国が出した数字だ。

 本当に千六百十二名がいたのかは、分からないが。



「二十二名」



 残っているのが二十名程度だというのは、ほぼ間違いない。


「よくやった、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。――素晴らしい戦果だ」

「有り難うございます、陛下」


「一体、どのような魔法を使ったのだ?」


「必要とあらば、詳細な正規の報告書を作成します。……それがいつかの火種になるかもしれませんが」


「……そなたの事だから、また『血が凍る』ような作戦を行ったのだろうな」


 陛下が苦笑する。


 私は、陛下に二つ報告書を差し出した。


「公式の報告書はそちらです。"第六軍"のドッペルゲンガーにより情報が収集され、その情報を基に反乱を扇動……という内容ですね。参加人員や費用など」


 こちらは『嘘はついてない』報告書だ。


「うむ。……それで、こちらが?」


「非公式の報告書です。必要だと判断されたなら、公式の報告書の再提出を命じ、歴史にお記し下さい。私は、読んだ後の焼却をお勧めしますが」


 こちらは『真実を語った』報告書だ。


「……ふむ。何故私にこれを?」


「"第六軍"の――私の部下の覚悟と、功績を理解して頂くために。魔王陛下に嘘をつかぬために。……これが、我らの国にも起こりうるかもしれぬという可能性を、心に刻んで頂くために」


「……今読ませてもらおうか」


「はい」


 言葉通り、書類の束を読み込んでいく魔王陛下。

 読んでいくと、陛下の顔色が、少し悪くなった。



「……これは、リストレア魔王国にも……起きうる未来か?」



「残念ながら。ドッペルゲンガーによって的確に煽られなければ、ここまで早く、酷く燃え広がる事はないでしょう。それでも、この国の民もまた、心を持ちます。種族の区別なく、より良い国を望む心を。……私からすれば、よほど『人間らしい』心を」


「……それが、火種だと?」


「はい。そしていいえと。争いの火種であり……平和の火種でもあります」


 私は帝国近衛兵(インペリアルガード)を憎む気持ちを、特に持っていない。

 彼らは、より良い国のために戦った。


 そういう気持ちなくして、平和を作れるはずがない。

 そういう気持ちなくして、戦場で争えるはずがない。


「争いは分かるが、平和も、燃えるものか?」


「はい。……平和の燃料が尽きれば、争いが起きる。そして平和の方が、争いより多量の燃料を必要とします」


「平和が高嶺の花であるはずだな……」


 陛下が、深くソファーに沈み込む。

 そして深々と息をついた。



「……我が国には"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"がいて……帝国にはいなかった。それだけの、事よな」



 私は黙って、頭を下げた。




 この作戦には、擬態扇動班二十八人中、二十人が参加した。


 帝国近衛兵(インペリアルガード)の肉親の帝国兵に反乱をそそのかしたり。

 帝国近衛兵(インペリアルガード)の肉親を亡くした親に化けて泣きついたり。

 "真のインペリアルガード"の組織内部に潜り込んで煽ったり、時には落ち着かせたり。

 水売りのおばちゃんに化けて真面目な帝国近衛兵(インペリアルガード)の不安を煽ったり。

 帝国兵に化けて市民感情を思いきり逆撫でしたり。

 市民に化けて暴動を煽りつつ現場でタイミングよく叫んだり。



 ほとんど全部機密だが――反乱の火種を煽りに煽った。



 しかも私は、とても真剣に帝国の現状を憂えているので、今の皇帝制度を維持する路線は堅持している。

 そもそもが、"真のインペリアルガード"自体は、ペルテ帝国の行く末を憂う、帝国の民によって自発的に作られた地下組織だ。


 つまり、私の命令で行われたのは、現地産の反乱の種に丁寧に水をやった――あるいは火種に油を注いだ――だけの事。


 皇帝が病に倒れるほどの激務を押しつけた(という風に見える)"選帝侯"達が主な『悪者』。


 もちろん、その激務が発生しているのは、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営の暗殺者が帝国内で暗躍しているからで、『悪者』は私達なのだが。


 頭の悪い民衆が欲するのは丁度良い不満の矛先。

 頭の良い軍人が欲するのは忠誠心を捧げるに足る上官。


 どっちも、意外といない。 



 "帝国近衛兵(インペリアルガード)"は、最高最強の戦闘集団――だった。



 しかし、少しばかり純粋培養すぎた。

 正確に言えば、脳筋すぎた。


 頭はいいのだが『帝国のため』『陛下のため』と言うと、思考停止する。

 育成手法からして、一種の洗脳なのだから当然か。


 彼らの事を責めるのは、酷というものだろう。

 彼らはそういう風に『作られた』。


 彼らを作ったのは、人間の力を信じた人達だ。



 ただ命令に従う殺戮機械ではなく、人の心を持ったまま、信念に基づいて剣を振るう戦士こそが望まれた。



 彼らはそれを体現したのだ。


 強いて欠点を上げるなら、忠誠心を高めるために『皇帝陛下の命令に従う』という条件付けを強めすぎた事だろうか。

 『正規の命令系統に従う』という点を強調しておけば、今日の悲劇はなかっただろう。

 しかしそうすると、忠誠を捧げる先が曖昧になりすぎて、今日の最高最強の戦闘集団も、存在しなかったかもしれない。


 確かに、現場が自分で判断出来る組織は強いと思う。


 しかし、自分の目で見た事を信じすぎる。

 口当たりのいい言葉に騙されやすくて、『間違っていない』言葉を正しいと思い込む。



 そして、武力しか解決手段を持たない。



 いつか平和になったら、しよう。教育の徹底。

 雰囲気で反乱とかしてはいけない、という事を教え込まなくては。


 分かりやすい害悪など、意外といないのだ。


 いたとすれば、その奥にはその害悪が生まれるだけの闇が眠っている。


 例えば、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"だ。


 私さえ殺せばこの戦争に勝てる、と本気で思い込んでいる人間は多い。

 しかし、私は囮なのだ。


 もちろん最高幹部の立場は伊達ではない。

 きちんとお給料も貰っている。

 待遇も、リズという監視付きである事以外は他の最高幹部と同等。

 というかそれもご褒美と言えなくもない。



 しかし、本当に"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が戦争に勝つための最重要戦力なら、私は名前すら与えられなかったろう。



 ただ王城の一室で、黙々と擬態扇動班と詳細を詰めていれば良かった。

 今より地味で、けれど安全な生活が送れただろう。


 それでも、私は自分の身を囮にする事を選んだ。


 勝たなくては、いけないから。

 私一人だけ安全な生活など、ありえないから。


 その結果、最重要とは言えないが、最高幹部の名に相応しく、割と重要な立ち位置にいる。


 なので人間側が私を狙うのは間違ってはいない。

 けれど、私一人を殺せば後はどうとでもなると考えているなら、それはとても甘い考えだ。


 大陸の北の果てに、魔族は押し込められた。

 けれど、それゆえに、防衛線は締まった。


 気候も、そこに生息する魔獣種も、何もかも脅威。

 魔族にさえ、厳しい土地。

 人間には、なおさら。


 かつて掲げた大義を――『人類の脅威である魔族を滅ぼす』というお題目を、人間達が本当に信じていたのなら。


 戦線がもっと南のうちに――補給線が届くうちに、魔族を滅ぼさねばならなかった。

 それを追い払うだけでよしとしたのは、目先の利益に飛びついた失策だ。


 そもそも、私をこの世界に召喚したのは人間達。

 ああ全く、戦争などするものではない。


 平和をこよなく愛する私に、出来る事があるとすれば。



 それは、きっとこんな戦争を、一日でも早く終わらせる手助けだけだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史に残せないお仕事。 方法がわかったとしてマスターのように運用できるかは別の話とは思うものの、万が一を考えてそうするんでしょう。 [気になる点] 擬態陽動班を信頼しているから褒美ですんで…
[一言] 愛国心って暴走すればとんでもない事になるからね。 何かの本で疫病に例えられてたのを見た覚えがある。   実際病と毒の王にとっては、掌の中の死に誘う疫病と同じと。 まあ、この世界に視点を変え…
[良い点] まぁ、理想や意志は必ず良い方に働くとは限らないですね。というか、正解も無いです。 しかし、主人公さんは本当に事前や事後処理をしっかりしていますね!かなり良い所だと思います。
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