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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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より良い国のために


 帝都で、暴動が起きた。


 市民達が起こした、小規模なもの。

 いや、ランク王国でかつて起きた、ドラゴンナイトを巡る暴動と、それによる悲惨な混乱と荒廃に比べれば……暴動とさえ呼べないものだったかもしれない。


 少なくとも、最初のうちは。


 ただ、不満は高まっていて。

 安全への不安は、常に彼らの内にあって。


 些細なトラブルが――ある帝国兵が、規律訓練された軍隊とは思えないほど横暴に振る舞った事が引き金となって。


 そんな帝国兵などいるはずがないと言う帝国軍と、顔も見たし、詰所に入っていくのを見たと言う市民達が、険悪な雰囲気で睨み合う。


 出てきた帝国兵もまた、自分はそんな事をしていないと否定する。

 しかし、市民達がそれで収まるはずもない。


 そして、誰かが言ってしまった。



「役立たずに死を! 皇帝に死を!」



 膨れあがった緊張が、激突した。


 帝国軍の正規支給品である、磨き抜かれた長剣と、未だ一般の間では根強い伝統の、長さも幅も様々な曲刀とがほとんど同時に抜かれ、銀色の刀身が落ちゆく砂漠の夕日を反射してきらめく。


 顔も分からないほどの混乱の中、詰所に一人だけいた帝国近衛兵(インペリアルガード)は――どこまでも帝国近衛兵(インペリアルガード)としての立場を貫いた。


 皇帝陛下に唾を吐き、帝国軍に刃を向ける者は、全て敵であると断じた。


 ただの市民が、帝国近衛兵(インペリアルガード)に敵うはずもない。



 剣を抜いた市民は、全て斬られた。



 一方的な虐殺を目の当たりにした市民達は、恐れおののく。


 これが『魔法』。練り上げられた身体強化。


 地獄の悪鬼でも見るかのような視線が向けられる。

 その中には、水売りをしている年配の女性もいた。


「……散れ! いかなる理由があろうと、武器を抜き、それを帝国軍に向けるなど、許される事ではない……」


 長剣を地面に突き立て、柄頭に両手を置いて、帝国近衛兵(インペリアルガード)が重々しく宣言する。

 返り血でなお赤く染まった、赤い軍装をまとう彼は、黒髪に、薄い浅黒い肌をしていた。




 また、人を斬った。

 『反逆者』が日に日に増えていく。


 しかし――"真のインペリアルガード"を名乗った女の資料は、全て事実だった。


 鑑定もクリア。


 陛下の容態は思わしくない。


 命令は全て、選帝侯達が出している。


 スラムは昔からあったが、難民の流入による拡大が止まらない。



 ――俺は、何をしているのだろう?



 暗い目で呟いた。


「皇帝陛下の御為に……」




 帝国軍との武力衝突でこそなかったが、スラムで暴動が起きた。

 スラムの古株と、新参が反目しあったのだ。

 底辺同士だからこそ、譲れないものがあるという事だろう。


 ……そんなものが、生まれ、消せず、そして拡大させている。


 心が、決まった。


 俺達は、皇帝陛下のために戦う。


 かの御名を僭称する者達の、私利私欲のために戦うのではない。


 また、反逆者を鎮圧するために召集されている。

 今度は十名もが集められ――自分が隊長を任ぜられた。


 しかし……反逆者とは、なんだ?


 彼らもまた、帝国の臣民。

 それが武器を取るならば――それは、この国が、病んでいるからだ。


 心を固めた彼は、九名の赤い軍装をまとった帝国近衛兵(インペリアルガード)を前にして、ゆっくりと口を開いた。


「みんな。話がある」


「隊長? 話、というのは?」


 同僚で後輩の女性が、出撃前の訓示という風でもない様子に疑念を示した。

 ランク王国人と言われても、違和感のない白い肌に金髪、青い目だ。


 先日も、共に肩を並べ、五十名の反乱軍を倒した間柄だ。


 しかし『隊長』はもういない。


「うん、話の前に、これを頼む」


 剣を、鞘に収めたまま剣帯ごと外して、渡した。

 柄頭と鍔には帝国軍の紋章が刻まれ、強化魔法も刻印された、一級品の品だ。


「隊長の……?」

 つかつかと、一段高い壇上へと上がる。


 そして、静かに宣言した。



「――俺は、今日から"真のインペリアルガード"だ」



「隊長!?」

「斬るなら、斬れ。それが帝国軍人として、真に正しい事だと信じるなら。だが、その前に聞くがいい。ペルテ帝国は今、病んでいる」


「……お聞きしましょう」


 彼は、目隠しされていた現実を――自分達が帝国近衛兵(インペリアルガード)として訓練に明け暮れる間に、市井の者達がどんな生活をしているのかを……つぶさに語っていった。


 自分達に下される命令は、市民を守るためのものではなく……むしろ、大商人達のため、つまり、ただの金のためでしかないという事を。


 そして、皇帝陛下が病床にあり、その命令がもう自分達帝国近衛兵(インペリアルガード)に届いていないという事も。




 最初は、小さな反乱だった。


 やがて、帝国近衛兵(インペリアルガード)が少しずつ合流。


 帝国近衛兵(インペリアルガード)の反逆者が半数に達したところで、"真のインペリアルガード"を名乗り、武装蜂起。


 彼らは選帝侯達を断罪し、皇帝陛下に全権を取り戻すと叫び、皇帝陛下の御許へ馳せ参じるために、帝都から離れた離宮へと軍を進めた。


 迎え撃つのは、残り半数の帝国近衛兵(インペリアルガード)


 皇帝と、国家に忠誠を誓った者達が、同じ戦場に集った。


 同じ赤の軍装をまとい。

 同じ理想のために。

 同じ剣を握って。


 綺麗に二つに分かれて、その剣を向け合った。


 全ては、皇帝陛下の御為に。

 全ては、ペルテ帝国のために。



 全ては、より良い国のために。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 強烈な忠誠心を「養殖」したからこそ、歯止めは無く。 「理想」に邁進し、「正義」に殉ずる。 そして、往々にして理想とは、個々人の中に異なる形で存在するもの。 理想と理想がぶつかり合い、強…
[一言] カタカタと倒れたドミノのさきは最高戦力同士討ち。 どこかで止まるはずだった流れも擬態陽動班によって修正され勢いをつけられて拡がっていく。 マスターの手のひらの上で。 だれも気付かない恐怖。…
[良い点] 擬態能力を正しく使えば、こんなにも恐ろしいですね! 何か、私欲の為に貴族が勝手に権力を濫用したから、付き込まれる感じです。やはり主人公さんが狡猾ですけど貴族達の自業自得でも有るですね。
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