"帝国近衛兵"
帝国近衛兵とは、帝国最強の軍事力だ。
千六百十二名――今もそれだけの数を備える彼らは、自己の鍛錬を怠らない。
報われない努力を、彼らは知っている。
理不尽な暴力を受け、自分達の利益にならない労働を強制され、それでも仲間や家族のために黙々と働き続けた過去がある。
違法奴隷として培われた心の闇は、ある日、裏返しになった。
彼らは『知っている』。
信じるべきは、ペルテ帝国と皇帝陛下。
そして自らが名乗るに至った帝国近衛兵という称号であり、それが属する帝国軍であると。
そんな彼らは、六百名ほどが帝都に置かれ、千名ほどが各地の警備に散っている。
反乱の鎮圧ともなれば、先鋒を任されるのも日常茶飯事だ。
実戦の洗礼を乗り越えて強くなるためでもあり、無闇に他の帝国軍を消耗させないためでもある。
――帝国において赤色の軍装は、特別だ。
皇帝陛下と帝国近衛兵のみが、帝国軍旗と同じく赤色の軍服と、鎧をまとう事を許されている。
赤は昔ながらの染料で、砂漠の者に馴染みがある色であると同時に、神聖な色だ。
ちなみに布を染める染料は、サボテンにいる虫から採れる。
庶民の使用は規制されていないが、最近は自粛している所も多い。
軍旗の他に戦場で赤が見えれば、それは帝国近衛兵を意味する。
赤い衣をまとった、戦鬼の群れ。
ただ、今日の『群れ』はごくごく小さかった。
軍旗よりもくすんだ赤の鎧をまとった彼らの姿は、僅かに三人。
一人が、盾の代わりに身の丈を超える大剣を肩に担いでいる以外は、帝国紋章が刻まれた長剣に、下を地面につけても肩まである長方形の大盾だ。
どれも最高級の魔法道具だが、当然素人に扱えるものではない。
鉄さえもバターのように切り裂く切れ味の剣も、その切れ味さえも止めて見せる鎧も盾も、相応の魔力を消耗していく。
――しかし、十分な訓練を積んだ者が扱えば、千の援軍を得たに等しい武装だ。
「俺達三人だけで砦に立てこもった、五十人からなる反乱軍を討伐……。全く帝国近衛兵ってなあ、無理な事やらされるお仕事だよな」
大剣を担いだ一人が、ぼやいた。
揃いの無骨な円筒兜に隠れて顔は見えないが、一際大きい身体に似合った野太い声だ。
「『隊長殿』こそ、無理なんて、思ってないくせによく言う」
軽口に軽口で返した声は、一人目よりも若い男のものだった。
『隊長殿』が笑った。
帝国近衛兵は、同格が建前だ。
だが指揮権は重要であるため、小さな班が作られ、そこで隊長などの役割を決めた編成がなされる事が多い。
「ははっ。――皇帝陛下の恩寵があらん事を」
「「皇帝陛下の恩寵があらん事を」」
野太い声に続き、二人が唱和する。
二人と比べると小柄な帝国近衛兵は、女性らしかった。
敵は、『帝国軍』。
正確に言えば、元、だ。
反乱が認定された時点で、軍籍剥奪。
そしてペルテ帝国において、軍籍を剥奪された軍人には、死刑が執行される。
彼ら三人の帝国近衛兵は、さしずめ死刑執行人だった。
五十名の帝国軍兵士が立てこもる、日干し煉瓦で築かれた小さな砦。
頼りないとはいえ砦に立てこもっての防衛戦。
三対五十という、絶対的な数の有利。
けれど、それは何の助けにもならなかった。
堂々と身をさらし、体力の消耗を抑えるために、ゆっくりと歩いていく。
矢が飛んでくるが、遠すぎて標的を射抜くには至らない。
もっと言えば狙いが甘い。もっともっと言えば、その狙いの甘さを補う数自体が、足りないのだ。
しかし近付けば当然、当たる。
少なくとも標的へと矢は向かう。
軽くかざされた大剣が、盾代わりに矢を弾いた。
「城門を破る」
「任せた」
弓矢の有効射程に入ったところで大剣を持った『隊長殿』が、突進した。射かけられる矢を、顔の前にかざした大剣の腹で弾き、残りは鎧に当たるに任せる。
そのまま城門の前に達すると、大剣の刃を閉ざされた扉の真ん中、丁度かんぬきがある辺りに叩き付けた。
鉄が切断され、周辺の木材が遅れて伝わる衝撃によって粉砕された粉塵の中、肩を扉に押し当て、そのまま力任せに押し開いた。
扉は魔法で強化されておらず、攻撃魔法は、飛んでこない。
情報通り、敵に魔法使いはいない。
そして身体強化が使える程度の、一般的な帝国兵相手ならば。
五十人だろうと、敵ではない。
「城門が破られたぞ!」
「――帝国近衛兵だ!」
砦内の帝国軍が、口々に叫んだ。
「ひるむな! ここで死ぬとしても――皇帝陛下の御為に!」
「チッ」
大剣を持った帝国近衛兵が、舌打ちした。
「反乱軍が、皇帝陛下の御名を騙るな!」
振り回される大剣に、反乱軍の兵士が鎧ごと両断されていく。
竜巻のような剣風が吹き荒れる度に、身体の部位が飛び、血煙が上がる。
疲労は避けようもないが、攻撃魔法の飛んでこない戦場で五十人を殺し尽くすだけならば、十分に余裕がある。
その剣が、一度だけ、止まった。
しかし、それは一言二言かわすだけの、短い時間。
戦いの最中に気を抜けば、どんな戦士だろうと死ぬ。
彼は帝国近衛兵であり、それは、戦場における振る舞い方をよく知っているという事だった。
敵を全て斬る。
それが、何であろうと。
それが、誰であろうと。
ペルテ帝国と皇帝陛下の御為に。
後続の帝国近衛兵二人が、城壁の弓兵を仕留めて彼の元に到着した時には、彼の周りの敵軍は、全て、鉄と肉の塊に変わり果てていた。




