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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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"帝国近衛兵"


 帝国近衛兵(インペリアルガード)とは、帝国最強の軍事力だ。


 千六百十二名――今もそれだけの数を備える彼らは、自己の鍛錬を怠らない。


 報われない努力を、彼らは知っている。


 理不尽な暴力を受け、自分達の利益にならない労働を強制され、それでも仲間や家族のために黙々と働き続けた過去がある。


 違法奴隷として培われた心の闇は、ある日、裏返しになった。


 彼らは『知っている』。



 信じるべきは、ペルテ帝国と皇帝陛下。



 そして自らが名乗るに至った帝国近衛兵(インペリアルガード)という称号であり、それが属する帝国軍であると。


 そんな彼らは、六百名ほどが帝都に置かれ、千名ほどが各地の警備に散っている。


 反乱の鎮圧ともなれば、先鋒を任されるのも日常茶飯事だ。


 実戦の洗礼を乗り越えて強くなるためでもあり、無闇に他の帝国軍を消耗させないためでもある。




 ――帝国において赤色の軍装は、特別だ。


 皇帝陛下と帝国近衛兵(インペリアルガード)のみが、帝国軍旗と同じく赤色の軍服と、鎧をまとう事を許されている。


 赤は昔ながらの染料で、砂漠の者に馴染みがある色であると同時に、神聖な色だ。

 ちなみに布を染める染料は、サボテンにいる虫から採れる。


 庶民の使用は規制されていないが、最近は自粛している所も多い。


 軍旗の他に戦場で赤が見えれば、それは帝国近衛兵(インペリアルガード)を意味する。


 赤い衣をまとった、戦鬼の群れ。


 ただ、今日の『群れ』はごくごく小さかった。


 軍旗よりもくすんだ赤の鎧をまとった彼らの姿は、僅かに三人。


 一人が、盾の代わりに身の丈を超える大剣を肩に担いでいる以外は、帝国紋章が刻まれた長剣に、下を地面につけても肩まである長方形の大盾だ。


 どれも最高級の魔法道具(マジックアイテム)だが、当然素人に扱えるものではない。

 鉄さえもバターのように切り裂く切れ味の剣も、その切れ味さえも止めて見せる鎧も盾も、相応の魔力を消耗していく。


 ――しかし、十分な訓練を積んだ者が扱えば、千の援軍を得たに等しい武装だ。



「俺達三人だけで砦に立てこもった、五十人からなる反乱軍を討伐……。全く帝国近衛兵(インペリアルガード)ってなあ、無理な事やらされるお仕事だよな」



 大剣を担いだ一人が、ぼやいた。

 揃いの無骨な円筒兜に隠れて顔は見えないが、一際大きい身体に似合った野太い声だ。


「『隊長殿』こそ、無理なんて、思ってないくせによく言う」


 軽口に軽口で返した声は、一人目よりも若い男のものだった。


 『隊長殿』が笑った。

 帝国近衛兵(インペリアルガード)は、同格が建前だ。

 だが指揮権は重要であるため、小さな班が作られ、そこで隊長などの役割を決めた編成がなされる事が多い。


「ははっ。――皇帝陛下の恩寵があらん事を」



「「皇帝陛下の恩寵があらん事を」」



 野太い声に続き、二人が唱和する。

 二人と比べると小柄な帝国近衛兵(インペリアルガード)は、女性らしかった。


 敵は、『帝国軍』。


 正確に言えば、元、だ。


 反乱が認定された時点で、軍籍剥奪。

 そしてペルテ帝国において、軍籍を剥奪された軍人には、死刑が執行される。


 彼ら三人の帝国近衛兵(インペリアルガード)は、さしずめ死刑執行人だった。



 五十名の帝国軍兵士が立てこもる、日干し煉瓦で築かれた小さな砦。



 頼りないとはいえ砦に立てこもっての防衛戦。

 三対五十という、絶対的な数の有利。


 けれど、それは何の助けにもならなかった。


 堂々と身をさらし、体力の消耗を抑えるために、ゆっくりと歩いていく。


 矢が飛んでくるが、遠すぎて標的を射抜くには至らない。

 もっと言えば狙いが甘い。もっともっと言えば、その狙いの甘さを補う数自体が、足りないのだ。


 しかし近付けば当然、当たる。

 少なくとも標的へと矢は向かう。


 軽くかざされた大剣が、盾代わりに矢を弾いた。


「城門を破る」

「任せた」


 弓矢の有効射程に入ったところで大剣を持った『隊長殿』が、突進した。射かけられる矢を、顔の前にかざした大剣の腹で弾き、残りは鎧に当たるに任せる。


 そのまま城門の前に達すると、大剣の刃を閉ざされた扉の真ん中、丁度かんぬきがある辺りに叩き付けた。

 鉄が切断され、周辺の木材が遅れて伝わる衝撃によって粉砕された粉塵の中、肩を扉に押し当て、そのまま力任せに押し開いた。


 扉は魔法で強化されておらず、攻撃魔法は、飛んでこない。


 情報通り、敵に魔法使いはいない。

 そして身体強化が使える程度の、一般的な帝国兵相手ならば。


 五十人だろうと、敵ではない。


「城門が破られたぞ!」

「――帝国近衛兵(インペリアルガード)だ!」


 砦内の帝国軍が、口々に叫んだ。


「ひるむな! ここで死ぬとしても――皇帝陛下の御為に!」


「チッ」

 大剣を持った帝国近衛兵(インペリアルガード)が、舌打ちした。


「反乱軍が、皇帝陛下の御名を騙るな!」


 振り回される大剣に、反乱軍の兵士が鎧ごと両断されていく。

 竜巻のような剣風が吹き荒れる度に、身体の部位が飛び、血煙が上がる。


 疲労は避けようもないが、攻撃魔法の飛んでこない戦場で五十人を殺し尽くすだけならば、十分に余裕がある。



 その剣が、一度だけ、止まった。



 しかし、それは一言二言かわすだけの、短い時間。

 戦いの最中に気を抜けば、どんな戦士だろうと死ぬ。


 彼は帝国近衛兵(インペリアルガード)であり、それは、戦場における振る舞い方をよく知っているという事だった。


 敵を全て斬る。


 それが、何であろうと。

 それが、誰であろうと。



 ペルテ帝国と皇帝陛下の御為に。



 後続の帝国近衛兵(インペリアルガード)二人が、城壁の弓兵を仕留めて彼の元に到着した時には、彼の周りの敵軍は、全て、鉄と肉の塊に変わり果てていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 反乱も擬態陽動班の仕事なんでしょうね こういうとき動かず仲間を止める人もいるものですが多分そういう人は不慮の事故や突然死されたのでしょう…怖 [一言] 正義なる毒に侵される人々 毒の…
[一言] 毒がまわる じわりじわりと染み込む様に『病毒の王』の、死へと誘う毒が…… ああ、如何なる結末を迎えるのか、恐ろしくも楽しみでもあリます。
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