現地産の種を使用した反乱扇動プラン説明会
「まぁた擬態扇動班頼りですねえ」
「うん、まあね」
リズの言葉に頷く。
彼女を自室に呼び、打ち合わせによって決定された、擬態扇動班によってペルテ帝国における反乱を扇動する、という概要だけを伝えた。
そして資料を渡す。
「ペルテ帝国と対魔族同盟の現状を考えれば……是非とも反乱はそれなりに成功させてほしいところですけどね……」
「まあそこは資料読んで」
彼女が資料を読み込んでいくのを黙って見つめる事にした。
うちのダークエルフさんは可愛いなあ。
ややあって、一通り目を通し終えたリズの表情は曇っていた。
「反乱の扇動自体は成功すると思います。けれど……この戦力では……ダメですよ。帝国近衛兵に、勝てません。まともな被害さえ、出ませんよ?」
「勝てないねえ」
リズの言葉に頷く。
「……何を考えてるんですか?」
「次、これ」
テーブルの下、足下に置いた資料入れから、二つめの資料を取り出す。
「二回目? ダメですって。数を重ねればいいというもので……は……?」
資料を読んでいたリズが、眉根を寄せる。
「帝国近衛兵が……数名反乱に参加? いや、この予測、希望的観測が過ぎます。『あの』帝国近衛兵が皇帝を裏切るとか、ありえませんって」
「彼らは帝国近衛兵という一機能だ。しかしそれでも彼らは人間だよ。――ああ、骨の髄まで皇帝陛下への忠誠を叩き込まれた、人間だ」
私は笑う。
「彼らは同時に、骨の髄まで同じ帝国近衛兵との絆を叩き込まれてる。幼い頃から苦楽を共にした同胞。擬態扇動班でさえ手が出せないほどの絆がある」
「だから……」
「けれど、彼らは人間だ。……家族が、いる。帝国は、帝国近衛兵を『作る』ために、帝国全土から人材をかき集めている。……必要なのは、最強の戦士だけ。適性がないと判断された子供は、そのまま親元へ留め置かれる」
口元を歪めるように笑った。
「人間性を捨てないで、人という種族の限界に迫った者達だ。全くもって尊敬に値する。けれど、言い換えれば、強さのためにこそ、人間性を捨てなかった」
大切な物があるからこそ、人は戦える。
そのために、力を蓄える。
「反乱に参加させる一般兵に、インペリアルガードの肉親を入れてある」
守るべきだったもの。
一番最初に剣を取った理由の一つ。
闇の――と思っている――奴隷商人に捕まらなければ、あり得た未来の一つ。
それを、彼らは自らの手にかける事になる。
帝国のためにと、鍛え上げた刃によって。
「……でも……勝てませんよね?」
「そこら辺は精神魔法込みの演技指導が軽く入ってる。――反乱をささやくんじゃない。『俺の分までこの国を良くしてくれ』っていう感じに」
あのマニュアルからヒントを得たのだ。
精神魔法は、決して万能ではない。
反乱自体は予定されていたもの。帝国近衛兵でこそないが、帝国を憂い、皇帝陛下の立場を憂い、敵わぬまでも意志を示すために旗を翻そうという義侠心。
彼らから、忠誠心を奪うほどの精神魔法を使えば、壊れるだけだ。
しかし、肉親への想いを少し思い起こさせ、死ぬ前に遺したい言葉を、ほんの少し誘導するぐらいならば。
それが、何一つ、その人の心に反しないならば。
「…………」
なんとも言えない表情で押し黙ったリズに、足下の資料入れから三つ目の資料を取り出して、放る。
「現在のペルテ帝国は、老齢の皇帝が病床に就いている事もあり、不満がくすぶっている。知っての通り、世襲制ではないのでな。皇帝の選出機関"選帝院"への不満を中心に煽るようになっている。――次を求める余り、今の皇帝の権威を軽んじる愚か者共に鉄槌を……とな」
四つ目を取り出した。
「合間に純粋な市民集団を武装蜂起させる予定だ。帝国近衛兵にしてみればカカシ同然だからこそ、思うだろうな。――正規兵ですらない、帝国の臣民を刃にかけてまで、何を守ろうとしているのだ……? と」
一つ一つは、煽れる程度の小さな火種だ。
ペルテ帝国はリストレア魔王国が見習いたいほどに精緻に組み上げられ、管理され、運用される巨大な国家機構であり、この程度で物理的に揺らぎはしない。
けれど、国家を支えるのは、人なのだ。
全ての人の心を管理する事は出来ない。
五つ目を取り出す。
「難民の流入でスラムも拡大中。戦力には期待出来ないが、この火種は私達が何もせずともじきに燃えるだろう。ほんの少し傷が癒えれば……どうして自分達の村が守られなかったのかと……思うだろうな。まあ、本当の悪者は難民を作り出した張本人の"病毒の王"なんだが、人は手の届く範囲しか殴れない生き物だ」
そして六つ目に手を伸ばしたところで、リズが口を挟んだ。
「ちょっと。マスター。――これ、いくつありますか?」
「全部で二十四だよ。とりあえずね。擬態扇動班と一緒にお仕事頑張った!」
「私は……これ……褒めるべきですか……褒めるべき……ですよね」
「うん、褒めて」
「はい……その、よく頑張りました……」
これを本当に褒めていいのだろうか、という迷いが伝わってくるようだが、一応褒められている。嬉しい。
「一つ一つの確率はそう高くない。――でも、どこかで誰かが、絶対に思うはずだよ。皇帝への忠誠を叩き込まれたからこそ。この国のために戦えと教え込まれた者達だからこそ」
人を殺すのは、悪意ではない。
誰も悪意をもって、帝国近衛兵を『作ろうと』などしなかった。
あの文書に、悪意は一片もなかった。
罪のない子供を意図的に奴隷に落とし、そこから救い出す事によって忠誠を誓わせるという、背筋が寒くなるような非人間的なシステムを正当化したものは。
望んだのは、ただ――
私は、にっこりと微笑んだ。
「『この国を、良くしたい』って」
「……あの、マスター」
「なあに?」
「『ド外道』って言葉知ってます?」
以前なら、微笑んで聞き流していた。
けれど今の私は、笑った上で、頷いてこう言える。
「とてもよく知ってるよ。私は常識人だからね」
私が望むのも、同じ事。
『この国を、良くしたい』という気持ちだけで、私はこんな作戦を立てられるし、命令出来る。
つまり私もまた、帝国のために、より良い国のために帝国近衛兵を作ろうとした人達とご同類の『常識人』なのだ。
地獄への道は善意で舗装されているというが、きっと本当だ。
そしてもうこの戦争は、手段を問う段階にはない。
ただそれだけの、話だ。




