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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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恐怖すべき信頼


 私は、擬態扇動班と王城の一室で会議を行っていた。


 クラリオンを含むドッペルゲンガーが三人。厳密には擬態扇動班ではないが、協力してくれる王城付きの文官が一人。


 書類上は所属が変わらないままの『出向』扱いになっている。

 しかし私を『マスター』と呼んでくれる。

 一々『"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様』と呼ぶより楽、というのはあると思うが。


 ドッペルゲンガーの皆は、全員焦げ茶のフードをかぶっていて、化けている種族は、クラリオンがダークエルフ、後の二人が獣人だ。

 今日はクラリオンも耳出しフードではなく、全員、耳がフードで隠れて見えないのが少し残念。


 文官の娘はダークエルフで、首の後ろで結んだ銀髪を肩に垂らしているのが可愛い。


 王城という事もあり、護衛はサマルカンド一人のみで、一つしかない扉を、廊下側に立って固めてくれている。


 私は、四人を見渡して、先程まで話していた内容をまとめにかかった。



「――以上が、ペルテ帝国における、帝国近衛兵(インペリアルガード)へと対抗するための作戦の概要となる」



 これはプレゼンの一種だ。

 パワーポイントこそないが、要点を絞り、はっきりと伝える。


 今なら地球に戻っても、どんな職場でもハッタリだけで乗り切れそうな気がするが、限りなく強い権限を盾にゴリ押しという楽な手段を覚えてしまったので、役に立たないスキルかもしれない。


 しかし、私はこの国に骨を埋める気でいるし、生きている間はきっと魔王軍最高幹部だ。


「……何か質問は?」


 ゆっくりと全員の顔を見回す。

 どこか遠慮している雰囲気を感じたが、上司に遠慮して発言が滞る会議は、大抵失敗する。


「言いたい事があるなら、遠慮せずに言ってほしい」


 すると、次々に口を開き始めた。



「どうやったらこんな外道な事思いつくのでありますか?」


「ちょっと引きました」


「味方で良かったです」


「人間に同情します」



「……そういう遠慮?」


 まさかの予想外の方向に遠慮されていた。

 皆の信頼が刃のようだ。


「では、可能か?」


「可能です。我ら擬態扇動班の腕の見せ所ですね」

「頼もしい限りだ」


「危険はありますが……やる価値はあるでしょう」

「危険手当は出すからね。……お金の問題じゃないのは、分かってるけど」


「……ええ、金の問題ではありませんね。――我らドッペルゲンガーは、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様より、何より大切な物を頂いております」


 一人のドッペルゲンガーの発言に、内心で首を捻る。

 素直に聞く事にした。


「……それが何か、聞いてもいい?」


 彼女は、微笑む。



「信頼を」



 とん、と胸を突かれたような気がした。


 ……この子達は、幸せにしたいな。


 私は、部下全員に、同じ事を思っているけれど。

 リストレアという国に属する全てに、同じ事を思っているけれど。


 もしかしたら、当たり前の事さえ、当たり前じゃなかった、この子達には。


 何一つ実績を持たなかった私の、最初の部下である、彼女達には。


「……私の方こそ、貰っているさ」


 笑ってみせた。



「私を"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"と呼ばせたのは、君達の力だぞ」



 皆が、顔を見合わせた。

 私の言葉は、彼女達の心に届いただろうか。



「……あの、もしかしてこう……頑張りすぎました?」


「我らがマスターを非道の悪鬼にさせてしまったでしょうか……」


「非道すぎてごめんなさい……」



 予想外の方向に言葉が届いている場合、どうすればいいのだろう。


 そこで、さっきは無言だったクラリオンが一歩前に進み出た。


「――皆、何を言っているのですか」


 おお、部下からの援護射撃!

 ちょっと憧れてたやつだ!



「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様は、我らがお力を貸さずとも、その非道さをもって、頭角を現していたでしょう。私達はあくまで、その手助けをしただけです」



 これ、私の憧れてたやつと違う。


 褒められている、とは思う。

 信頼されている、とも思う。


 でも、方向性が、おかしい。


 いや、名乗っている名前と、立場からすれば正しいのかもしれないけど。


 心の中で、一つため息をつく。


 私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。

 種族、人間。

 目標、人類絶滅。


 ならば、すべき事は。



「では、各自、自由な意見を述べてくれ。私の基本方針を、実際に使える形にしていこう」



 可愛い部下達と、非道かつ外道極まる作戦を、全力で練り上げる。


 それだけだ。


「「「「はいっ!」」」」


 皆が、笑顔で頷く。

 和気あいあいとした雰囲気の中、会議は順調に進んだ。



 そして何故か、途中から段々と全員の顔色が青ざめていった。



 文官の娘が、黙り込んだドッペルゲンガー三人に代わって、震え声で呟く。


「……我らがマスターは……噂になっていたような……"殺戮という概念"とかじゃ……ないんですよね?」


 懐かしい言葉だった。

 私の正体説の大穴中の大穴。

 概念生命体という、いもしない存在を仮定する必要のある、生粋のギャンブラーでなければ選ばない選択肢。


 私は、可愛い部下達に微笑んでみせた。



「純度百パーセントで、人間だとも」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ふむぅ、どんな作戦だろう? 真剣に取り組む部下達を、真面目に青ざめさせる悪辣な手法であることは間違いなさそうだが…。 真実を公表しても怪文書扱いなのは納得しかない。 ならば、効果的…
[良い点] かわいいこたくさんの会議、マスターご機嫌 部下からの信頼がイタすぎて微妙な方向にw クラリオンが真面目にとぼけていてイイ。 [気になる点] 文官さんがマスター呼びするのは『病毒の王』と呼…
[一言] 『人』であるからこそ『人でなし』になれる
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