帝国の機密文書
"第六軍"は、トップである私、"病毒の王"直属の護衛班を除けば、暗殺班と擬態扇動班からなる。
この二班が、おおむね現地活動班として、現地……つまり人間国家の領土で『色々』活動しているというわけだ。
暗殺班は、死霊を中心に暗殺者が多数所属している。
バーゲストと連携している以外は、実にオーソドックスに暗殺者らしく戦う部署だ。
擬態扇動班は、二十八人のドッペルゲンガーを中心に、各所で、時に恐怖を煽り、時に楽観主義を広め、たまに情報をかすめ取っている。
本国の方にも『シナリオ担当』がいるが、これは厳密には"第六軍"ではなく、王城の文官から、志願制で協力してもらっている。
ドッペルゲンガーと並んで、まだ"第六軍"が存在しなかった頃……いや、そもそも私が"病毒の王"の名前さえ与えられていなかった頃からの付き合いになる。
後に私がリズにつけてもらい、陛下に名乗る事を許された二つ名"病毒の王"を広めた立役者でもある。
陛下の配慮か、文官の協力者達は皆、女の子が選ばれている。
ドッペルゲンガーは元からみんな女の子。
なので是非とも仲良くしたいものだが……『何故か』大層怯えられている。
その中の一人、ドッペルゲンガーのまとめ役であり、擬態扇動班の長クラリオンが報告に来ていた。
以前はリズに化けていたが、今日は、私の知らないダークエルフの姿に変身して、焦げ茶のフードを目深にかぶっている。
リストレアではたまに見る、長いエルフ耳だけが穴から出る、すっきりしたデザインのフードだ。
そのフードと褐色肌のせいで分かりにくいが、顔色が、悪いように見えた。
彼女は、さすがに擬態扇動班を束ねる者として、連絡役を務めてくれている事もあり、私に対して無闇に怯える事はない。
なので声をかけた。
「クラリオン。体調が悪いの? 報告は後回しにしてもいいよ」
「いえ……違うのです。本日報告に上がった件に関してでありまして……」
顔を青くしたまま口ごもるクラリオンの様子に、背筋がぞくりとする。
「何か、あったのか?」
また、私の部下が死んだのだろうか。
それとも――それは、これからなのだろうか。
「はい。ペルテ帝国の、機密文書を入手しました」
「……あれ? いいニュース?」
「え? ――ええ、そう言えるかと……」
「クラリオンがあんまり調子悪そうだったから、一体どんな悪いニュース持ってきたのかと思ったけど……」
「それは失礼を」
しかし彼女の顔色は依然として青く見える。
「なあに? そんなに人間の闇覗き込むような機密文書見つけちゃったりした?」
私が軽く言うと、クラリオンが目を伏せた。
「……あれ? 図星?」
「私達は……擬態扇動班であります。恐怖を煽り、暴動を起こし……人心を荒廃させる事が仕事だと……認識しております」
「……うん」
陰惨極まる仕事だ。
かなり真人間の彼女達にとって、それは辛い仕事だろう。
けれど、それは、全てのドッペルゲンガーのため。
虐げられた種族が、未来も虐げられたままでいなくてもいいように。
――ただ、彼女達は、少なくとも現実として、その『仕事』をこなしている。
相応の耐性は、ついているはずだ。
「クラリオン。何を見たの?」
「読んで下さい。それで、我らの見たものが……我らの感じたものが、何だったのか分かるはずであります」
彼女が差し出した、質のいい白い紙の束を受け取る。
刻印された紋章は、意匠化された太陽と炎、それに交差した円月刀――ペルテ帝国の紋章だ。
私の世界のものに劣らない、かなりの上質紙だ。帝国の公文書はいい紙を使っていると聞いたが、本当らしい。
「分かった。とりあえず目を通すね」
まず一度ざっと目を通す。
――インペリアルガードに関する文書だと?
"帝国近衛兵"と言えば、ペルテ帝国最強の戦士団だ。
ダークエルフで構成され、長い時間を鍛錬に費やして鍛え上げられた、リストレアの誇る暗黒騎士団と、質的に拮抗してみせる化け物揃い。
それは人類が、集団戦ではなく、一対一で魔族の最精鋭と戦えるという『事実』そのもの。
この文書は、そのインペリアルガードの育成手法に関する物のようだった。
読み直していくと、引き込まれていった。
人の持つ、闇の深さに。
「……なるほど」
一読し、概要を理解したところで、文書の束を放り出すと、ため息をついた。
「さすが帝国。合理性の塊のようなお国柄なだけはあるな」
「……驚かれないのでありますか?」
「ん? 驚いてるよ。ここまでするとはね」
「……それにしては、その……動揺が見られませんが……」
「……ああ」
軽く頷いた。
確かに、驚いた。
この世界の人間が『ここまで』やるとは。
しかし。
少し厭世的に微笑む。
「君達よりは、人間というものを知っているから……」
見飽きたとまでは言わないが、人間がこれぐらい出来る事は、知ってる。




