地下室から聞こえる笑い声
夜中にふと目覚めた。
割と寝付きはいい方だが、昼間にバーゲストに埋もれて、うとうとしたりすれば、そういう事もある。
一匹寝床に連れ込んでいたバーゲストが、私が身を起こしたのに反応し、起き上がる。
とりあえず首筋に抱きついて、しばらく首元の一際もふもふな毛を頬で味わっていたが、そうしているうちにトイレに行きたくなって、仕方なく、最後に軽くぎゅっとして、解放した。
鼻面を押し当ててすり寄ってくるバーゲストの頭を軽く撫でて、冷えないようにパジャマの上から深緑のフード付きローブを羽織り、さらに護符を三種まとめて首に通す。
その内の一つは若干冷気耐性が上がるので、寒さにも強くなるのだ。
他のを着ける意味は、実は特にないのだが、三つ同時に装備するのが常なので、一つだけだと妙に軽く感じてしまう。
トイレは部屋に備え付けられたものも含めいくつかあるが、掃除を含めたメンテナンスの関係で、なるべく共用の一つを使ってほしいと言われている。
そしてバーゲストと共に廊下に出て、共用トイレで用を足した時、ふと笑い声のようものが聞こえた……気がした。
「今の、聞こえた?」
バーゲストを見ると、こくりと首を縦に振った。
「案内出来る?」
再び頷くバーゲスト。
とてとてと歩くバーゲストの後を追う。
夜の屋敷内を散歩した事はなかったが、昼とは随分と雰囲気が違う。
ちょっと、夜中に襲撃を受けた時の事を思い出すが、今は安心感が違った。
警報は鳴り響いていないし、戦力も増強されている。
バーゲストが立ち止まり、私を振り返る。
ここだ、と言っているようだった。
「地下室……?」
笑い声は、最近下りる事もなくなった、地下へ続く階段から聞こえてきた。
いつもは閉められている扉が薄く開いていて、そのせいで漏れ聞こえてくるのだろう。
ちらりと、リズを起こす事を考えた。
しかし、ここは館内で、聞こえてくるのも笑い声だ。
一応バーゲストに先導を頼む。
かなり暗いが、勝手知ったる『自分の家』だ。
それに、少しばかり冒険心をくすぐられた。
一人きり――バーゲストは連れているけど――で、『夜中に地下の探検』など、こういった機会でなければ出来るものではない。
急な石造りの階段を下りると、光が漏れている部屋を見つけた。
入った事はない部屋だが、笑い声もそこから漏れている。
足音を忍ばせて近付くと、ドアが開いた。
不意打ちに心臓が飛び跳ねるが、そこに見えた姿を見てほっと胸をなで下ろす。
「どうなされた、主殿」
そこにいたのは、直立した骸骨であるハーケン。
ほっと胸を撫で下ろ――あれ、感覚おかしいな。
ほっとするべきでは、ない気もする。
日本にいた頃の私なら、間違いなく悲鳴を上げていた……と言い切れない乙女力の低さがまた。
素直に助けを呼べているだろうか。
それでも、日本で歩く骸骨に出くわしたら、少なくともこんな安心感を抱いていない事は間違いない。
「少し、目が覚めてね。そしたら、笑い声が聞こえてきたから」
「――む? 声が?」
「地下への扉が、少し開いてたよ」
「それは申し訳ない事をした。いつもは閉めておるのだが」
「いつも? 今日だけじゃないの?」
夜間の警備は、睡眠の必要のないハーケンが責任者という事になっている。
睡眠の重要性が低いサマルカンドが補佐に当たり、常時敷地内に放たれているバーゲストと、リズのセキュリティトラップが警戒網の穴を埋める。
警備ではないが、レベッカは夜でも実験室にこもっている事が多いので、以前より遙かに守りは固い。
「うむ、そうだな……いや、見てもらった方が早いかも知れぬ」
ハーケンが、部屋から出てきたもう一人のスケルトンに、軽く指で上を指す動作で指示を出す。
話は聞こえていたのだろう。彼――かは分からないが――は、私に軽く会釈し、上の扉へと小走りで向かう。
見覚えがない――というより、うちにハーケン以外の骸骨のひとがいたとは知らなかった。
いつの間にか、人員が増えていたらしい。
そして私は、ハーケンに軽く肩を押され、部屋に入った。




