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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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血の契約


 暗殺に来たという上位悪魔(グレーターデーモン)が、暗殺をやめると言った後、すぐに忠誠を誓おうと言ってひざまずいた。


 実は夢オチとか、そういう最低なオチかな?


 とりあえず目の前のデーモンに質問する。


「暗殺に来たんだよね」

「暗殺に参りました」


「とりやめる事にしたんだよね」

「とりやめる事にいたしました」


「それで? どうして忠誠とか誓いうんぬんって話になるの?」

「……人間……いや、生き物とは、死の前に本質が見えるものでございます」


 ゆっくりと語り出す。

 気が付くと、言葉遣いが敬語になっていた。


「泰然としておられる。死を覚悟して、国家に奉仕する事を選ばれた方を殺すなど……そのような愚行、今の私には出来ませぬ」


 そんな大したものじゃないかも。

 ちょっとこっちの世界に来てから、殺されそうになるのに慣れただけというか。


「命令違反の罪で殺されるやもしれませぬ。最高幹部の暗殺を謀った罪で処刑されるやもしれませぬ。ですが、せめてそれまでの生を捧げる事で、罪の清算とさせて頂きたく思います」


 頭を垂れて、許しを請う上位悪魔(グレーターデーモン)


「都合の良い、自己満足である事は承知しております。だが、どうか」


 目の前の悪魔――サマルカンドが、自分の手首を、爪を立てて切り裂いた。


「ちょっと! 何やってるの!」


 慌てて掛け布団を持ってベッドから飛び降り、手首へ当てる。白い掛け布団が、すぐに真っ赤に染まった。

 サマルカンドがゆっくりとした動きでその掛け布団を取り、ぼたぼたと落ちる血に自分の指先を浸し、鮮やかな紅色をしたそれで、私の頬にさらさらと文字を書き付けていく。



「我が名をお呼び下さい。私はこれより貴方の絶対なるしもべ。全ての命を使って、貴方の盾となりましょう」



「……ええー……」


 嘘でなさそうなのは分かる。

 こんな演技をして騙したりするまでもなく、上位悪魔(グレーターデーモン)の高い魔力で精神魔法を使えば、簡単に操れるはずだ。


「その、何か制約とかあるの……?」

「私の方には。主の方にはありませぬ。ただ、絶対的な命令権を持ちます」


 上位悪魔(グレーターデーモン)に?


「お疑いなら、支配下になる前に、腕の一本や二本を差し出しても構いませぬ」


 私が黙っている間にも、真剣に、言葉を重ねていく。


「我が忠誠など要らぬと申されるならば、自害を命じて頂ければ、そのようにいたします」


「待って、気持ちが重い」


「仕えるに値する方の、命を狙った。その罪は、命でのみ償えます」

「……うーん……うん、分かった」


 覚悟を決めて、頷いた。


「名前呼ぶだけでいいの?」

「はい」



「――サマルカンド」



 名前を呼んだ途端、頬に描かれた血文字が熱くなった。


 胸を満たす、確かなもの。

 温かく、優しいもの。

 てのひらに、心臓がのっていて、それを緩やかに握り込んでいるような。

 その心臓の鼓動を、自分がいつでも止められるのだという確信。


 同時に、私はそんな事をしないだろうとも、思う。


 これは、私のものなのだから。

 これは、私に捧げられた絆なのだから。


 サマルカンド。



 今、この悪魔は、本当に自分の全てを捧げたのだと、分かった。



「サマルカンド」

「はっ」


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の口調に切り替える。


「お前の忠誠を受け取ろう。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の名において」

「……有り難き幸せ。この上なき幸福にございます」


 重い。嬉しいけど重い。


 見ると、未だサマルカンドの手首からは血が滴っている。

「サマルカンド。命令だ」

「いかようにも」


「手首を治療しろ」


「は?」


 首を傾げるサマルカンド。


「ん? 聞こえなかった? それとも聞けない命令とかもある?」

「いいえ。私の生命と尊厳全ては貴方のもの。しかし、命令の意図を図りかねております」


 重い。

 なのに、なんでこんな簡単な命令が聞けないのか。


「私はそんなに難しい事を言ったかな?」

「意味の上では、言っておりませぬ。しかし、私は貴方の命を狙いました」


「うん」


「そのような私めに、自分自身の治療……それも、契約の際に当然必要な、自傷による傷の治療を命じられる意図が分かりませぬ」


「ねえ、サマルカンド。馬鹿なの?」

「我が主の深遠なる叡智に比べれば、馬鹿者でありましょう」


「いや、そういうお世辞はいいから」

 ため息をついた。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の口調に戻す。


「――お前は、私に命を預けたと言ったな?」


「はい」


「それは、私の部下になったという解釈でいいな?」

「そうしていただければ、至上の喜びです」


「なら、さっさと手首を治療しろ。私は、怪我してる部下を見て嬉しくなるような上司じゃない」

「はっ……」

 サマルカンドが自分の手首にてのひらを押し当てると、指の隙間から白い煙が上がる。

 そして手を離すと、傷は、跡形もなかった。


「頬の血をお取りします」

「頼む」

 サマルカンドが、筋骨たくましい腕を伸ばし――



「離れろ、ゴミクズ」



 その腕に、ナイフが突き立った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 切り替え早!よく受け取ったなぁ 重そうだと思っていたけど思った以上に重かった様子。 空っぽの穴だらけのマスターの心に黒のモフモフが詰まっていく、黒犬黒山羊黒エルフ
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