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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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なによりも大事な事


 戦勝の宴も大事だが、その前に、もっと大事な事がある。


 私は、"第六軍"に割り当てられた一人部屋で、人を待っていた。


 今、この部屋を一人で使っている、私の副官さんを。


「マスター、ただいま戻りました」


「リズ、おかえり!」


 帰還の報告をするリズを、思いきり抱きしめた。

 暗殺者(アサシン)装束なので、いつものメイド服とはまた、抱き心地が微妙に違う。


「わっ」


「はあ~……」


 しばらく、自分の腕の中にリズがいるという、当たり前のようで当たり前でない幸福をゆっくりと噛み締める。


 今日、沢山の敵が死んだ。


 それに比べれば僅かな数だが、私達の仲間が死んだ。


 けれど、私も、彼女も、その中に入っていない。


 彼女をぎゅーっとするのをやめると、リズと目を合わせた。



「それで、何してほしい? 全力で可愛がるって約束したからね」



「あ。あれやっぱり本気なんですね。ちょっときつめの戦場に行く前に冗談で緊張をほぐす気遣いとか、そういうんじゃないんですね」


「もちろん」


「あとなんか増えてません? 全力とか」

「気のせいです」


「マスター、適当な事言う時口調変わりますよね」

「気のせいです」


「気のせいじゃないですってば」

「気のせいです」


「……そういう事にしておきます」

「うん」


 根負けしたリズに微笑む。


「……何も要りませんよ。こうしているだけで、十分です」


 リズも、微笑みを返してくれた。



「勝ちましたよ。神聖王国の最高戦力を全てと、主戦力の五分の一。民兵も、あれだけ失えば、色々厳しくなるでしょう。装備も、物資も、大量に失われました」



「……うん」


「それに、聞きました? "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が宴に参加するって聞いた時の皆の反応!」


 嬉しそうなリズ。


「……私達、ここまで来ましたよ」

「うん」


 リズが、私の手を取る。

 そして、声のトーンを一段落とした。


「……もちろん、まだ、神聖騎士団の八割は残ってますし、"ドラゴンナイト"以外の王国の通常戦力も、帝国の主戦力も無傷。戦争が終わったわけじゃないですし……きっと」


「まだ……勝ちきれないね」


 今回の勝利が、人間側を刺激する可能性は十分にある。


 危機感を抱き、本格的に戦力を整えて決戦を挑まれれば……リストレアの国土は、無残な事になるだろう。


 今日のような少ない犠牲では勝てないだろうし、犠牲を積み上げても、勝てる保証などない。


 犠牲のない戦争も、勝てる保証のある戦争も、ありはしないけれど。


「それでも、今日私達は、勝ちました。あなたの――"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"がもたらした勝利です」


「みんなで、勝ったんだよ」


「それはもちろんですが、"第六軍"が最大の戦功を上げた事は、誰の目にも明らかですよ。"第二軍"と"第三軍"との連携も出来ました。この場に集ったのは最精鋭。きっと、私達を侮る者も、不当に恐れる者も、いなくなるでしょう」


「……そうなる、かな」


 リズが語るのは、明るい未来だ。

 けれど私はひねくれているので、つい、思ってしまう。


 私のような非道な悪鬼が、本当に受け入れられるのかと。


「そうするんですよ」


 けれど、私の副官さんは、笑ってくれた。


「あなたは、この国を守る、魔王軍の最高幹部なんですよ。誰もが、じきに分かります。私達部下が知っている事を、皆が知るようになります」


「……知ってる事って……?」


 リズが、一際笑みを深くする。



「我らが悪い魔法使い様が非道なのは、敵軍に対してだけだって事ですよ」



 レベッカにも、同じような事を言われた。


 私達の敵は、人間だ。

 自分が――同じ種族を敵に回している事に、思う所がないと言えば嘘になるけど。


 この笑顔の前に、種族の壁が、なんだというのか。


 ――この笑顔を永遠にするためなら、人類絶滅さえ、安いものだ。


 私は愛しさの全てを微笑みに変えて、それでも足りなかった全てを動作に変えて、彼女をもう一度抱きしめた。


 リズも、抱きしめ返してくれる。



「入るぞ」



 レベッカの声が聞こえ、ノックの音とほぼ同時に部屋の扉が開く。


 反射的に身を離そうとしたリズだったが、私は気にせず抱きしめ続けたので失敗する。


 腕の中でじたばた暴れる彼女の動きは、私の身を案じてなのか、弱く、到底ほんの数秒で抜け出る事など叶わなかった。


「……随分と悪いタイミングだったようだが、マスター、呼ばれているぞ。戦勝の宴に一番の功労者が出席しないでは、様にならない」


「ほら、マスター! レベッカがこう言ってますよ!」


「もうちょっと、ダメ?」


「意向を汲んでやりたい所だが、疲労のせいで酔いが早い。そろそろ行かないと、印象に残らない……どころか、記憶に残らんぞ」


「それもまずい……よね」


「当然だ。私が部屋を移るから、続きは夜にゆっくりしろ」


「分かった」


 レベッカの言葉に頷いてリズを解放すると、リズが叫んだ。


「続きってなんですか! 夜にゆっくりする事とかないですからね!?」


「ああはいはい。そういう事にしておくから」

「しておくってなんですか」


「ほら。その恰好で宴に行く気か?」

「分かりましたよ……」


「先に行っている。追いついてくれ」

「了解です」


「着替え手伝ってちゃダメ?」


「手伝う事とかないですから」

「時間が無駄に掛かりそうだから却下だ」


「分かったよ」


 レベッカを伴って、部屋を出る。

 最後に、振り返って、笑いかけた。



「待ってるよ、リズ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] わあい、イチャイチャ回 病毒の王が皆に認められる日がきたと喜ぶリズ、なんなのその可愛さ [気になる点] アサシン衣装のリズの抱き心地。ほぼ露出しているわけで… そりゃマスター離さんわ [一…
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 是非、夜に続きをしてくださいwww
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