勝利の褒賞
私は、王城に来ていた。
再び、ドラゴンのひと以外の最高幹部が勢揃いした玉座の間。
「ランク王国の"ドラゴンナイト"を実質的に壊滅させ、行動不能に追い込んだ"病毒の王"の働きは、賞賛に値するものだ」
そこで、陛下直々にお褒めの言葉を頂いている。
「よって"病毒の王"に褒美を与えよう」
ちりちりとした、視線を感じる。
けれど、この前より少しマシなのは、"ドラゴンナイト"がこの国にとって強大な敵であり、それを打ち倒した――というかド外道な手段で再起不能に追い込んだ――私の働きが、この国にとって有益だと理解している者が多いからだろう。
私の働きが有益なのは理解した上で、種族や、やり方に文句を付ける人達は多いので、そういった視線はなくならないが。
「望む物を言うがよい……」
リズの長い耳に口を寄せる。
そしてリズが一歩前に進み出て、私の言葉を代弁する――という名目で、予定されていた言葉を述べる。
「"病毒の王"様はこう言っておられます。『お褒めの言葉を頂き光栄の至り。願わくば、陛下とこの国へ変わりなき忠誠を捧げる事を許されん事を』」
「無論だ。そなたの忠誠をこれまで通り受け取ろう。……欲がないのだな」
微笑む陛下。
「だが、貴公は命令に従い、確かな戦果を上げた。後の者のためにも、褒美を与える事は決定事項である。……褒美を考えておくがよい」
鷹揚に手を振る陛下。
退室を許可されたので、玉座の間からリズを伴って退室する。
……そして、また応接間のソファーにて陛下と差し向かいになる。
「すまぬな、無茶振りをして」
無茶振りって自覚はあったんですね陛下。
「だが貴公のおかげで、一息つける。向こうも厭戦気分だ。特に帝国と神聖王国はな。妙な動きをしてこれ以上暴れられたらたまらんと言ったところか」
向こうの基本戦略は国境線での睨み合いであり、現状維持だ。
事なかれ主義者や、現状に満足している者達にとっては、全面戦争など冗談ではない。
もちろん――私達にとっても。
けれど、だからこそ、私達は常に攻め続けなくてはいけない。
人間国家の世論は常に、私達の敵だ。
平和を叫ぶ人達が。
絶対の安心を欲しがる人達が。
その理由を、種族の差に求める人達が。
私達の生存権を、認めない。
「謁見での事は茶番だったが、それもご苦労だったな」
戦果を上げて、それを当然の事として誇る事もない"病毒の王"カッコイイ!
そんな"病毒の王"に忠誠を誓われる陛下スゴイ!
という、特別な褒美を与える事もしなくてよい上に、何かと立場の不安定な私と、その私を重用する陛下のイメージアップ作戦だ。
陛下が仰ったように茶番だが。
とは言え、私をよく知らない者には、噂の"病毒の王"が改めて忠誠を誓うというのはそれなりにインパクトがある。
私の正体を知る者にも、相応のメッセージが伝わるはずだ。
「褒美は辞退する流れの予定と聞いておりましたが」
そう言うと、陛下はあっさりと言った。
「あれは私の方の独断で変更させてもらった」
「どうか一言ご相談を」
頼みます陛下。
しかし褒美なので強く言いにくい。
これが処罰だったら、さすがにひどいが。
「それで、希望する褒美は、ないのか?」
「私は今の立場に満足しておりますので」
でも、褒美であっても、一度決まった事は相談なしで変更しないで下さると嬉しいです陛下。
「ただ、増員は引き続きお願いします。希望者がいれば、死霊軍以外からでも」
「うむ、告知はしておこう。……私的な要望はないのか?」
「今のところはございません。考えさせていただきます」
「うむ。最大限の便宜を図ろう。……そなたならば、非常識な事は言わぬであろうしな」
そう言って微笑む陛下。
信頼が重い。
そこで、背後に控えていたリズが、口を開いた。
「陛下。私からも増員に関してお話が」
「うむ。言うがよい」
「早急な護衛の増強を希望致します」
「リズ。その話は、終わったはずだよね?」
私の護衛が少ないのには、いくつか理由がある。
その一つは、私の勤務場所が最後方であり、そこでの護衛増強とは、友軍への疑念に他ならないというものだ。
暗殺まで実行するのはごく少数とは言え、疑念っていうか確信なので備えなくてはいけないが、仰々しい警備は、要らぬ不信感を抱かせる。
ゆえに、最精鋭をたった一人。
かつ、メイドという隠れ蓑をまとわせる。それが、決定だ。
私がメイドさんを好きかどうかは、また別の話。
「以前とは状況が変わりました。今回頂いた『褒美』の権利を使ってでも、増強が必要な事態になったと、護衛の立場より判断し、副官の立場より具申致します」
陛下の前なので、かしこまった口調のリズ。
「差し迫った危険が、あると?」
「差し迫った物はございません。ですが、計画段階ですが"病毒の王"暗殺計画はいくつか存在し、今回名声が高まった事により、改めて再考する者も出るでしょう。……差し迫った脅威の一つが、消えたゆえに」
陛下が目頭を押さえ、深いため息をついた。
「愚かな事だ……。彼女を失うのはこの国にとって損失だと、分からぬか」
「分からぬのでしょう。……我らは、決して一枚岩では、ないのです」
リズの言葉は、重かった。
種族もばらばら。
獣人と不死生物をひとくくりにして、ドッペルゲンガーのようなごく少数の種族を抜いても。
私達はダークエルフ、獣人、不死生物、悪魔、竜と、少なくとも五つの種族からなる異種族共生国家だ。
敵を前にして団結した、寄り合い所帯。
ここに至るまでも平坦な道のりではなかったし、これからもそうだろう。
けれどそれは、人間も同じ。
同じ種族で構成されていてさえ。
国や地域が違えば、最早違う種族かというほどに、歴史も文化も思考も、何もかも違う。
私達は人間達に『違うもの』としてひとまとめにされ……向こうは私達を敵とする事で団結し、私達は敵とされた事で団結した。
「分かった。内々に、各軍より希望者を募ろう。ただ、最高幹部の護衛の務まる強者ともなれば、簡単にはゆかぬ」
「はい。しばらくは私一人でお守り致します」
「頼む」
そしてすまなさそうに、陛下が私を見た。
「……最大限の、努力をするつもりだ。だが――」
「お気になさらず。それだけの物を頂いております。ただ、もしもの時は……部下を頼みます」
頭を下げる。
「うむ……すまぬ……」
帰り道、馬車の中でリズは妙に不機嫌だった。
「どうしたのリズ? 私、何かまずい事言った?」
リズがじろりと私を睨む。
「『もしもの時』って、私の腕に何かご不満ですか」
「いや、リズに不満はないよ? でもたまに留守にするし、多勢に無勢って言葉もあるし。そもそもリズはアサシンで、正面から来られるのは専門外だよね?」
「……それは、その通りですが」
憮然としつつも認めるリズ。
「来ないといいんだけどねえ。『もしもの時』」
「全くです」
けれど、『もしもの時』は、意外に早くやってきた。