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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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クッキーと世界情勢


「――それで? 何か計画に変更は要りそう?」


「いや、基本プランに変更は必要ないだろう」


 レベッカが報告を再開する。

 一応ここまで現地活動班の裁量に委ねてきたのだから、行動は最適化されているはずだ。


 しかし情勢と共に、活動地域や、擬態扇動班と暗殺班、どちらを重視した作戦行動を取るのかなど、その時々で方針を示す必要がある。


 方針だけ示して現地に丸投げ、が基本なので、そこだけはブレさせるわけにはいかないのだ。


「不満も常識的な範囲だな。損耗率もゼロに近い。一度捕捉された……と言うより、不意の遭遇戦による被害があったようだ。しかしこれは……どうしようもないな。割と敵の規模も大きかったようだし、離脱に徹し、黒妖犬(バーゲスト)二匹の損害で済んだ事は、喜ぶべきだろう」


「そっか……うん」


 あの子達は、群体の魔力生命体だ。

 私でさえ、個々の区別はついていないし……そんなもの、ないのかもしれない。


 いざという時には、黒妖犬(バーゲスト)を盾にするよう、バーゲスト達にすら命令し、あの子達はそれを受け入れた。


 けれど、犠牲は犠牲だ。


 レベッカは、ちらりと私を見たが何も言わず、あえて淡々と報告を続けた。


「王国はドラゴンナイトを失ってから旗色が悪いな。神聖王国が一番好戦的だ」


 常備軍の数でいうなら、神聖王国は一番少ない。

 しかし、あの国は宗教国家。住民は全員狂信者……というのは決めつけというものだが、民兵を動員し、聖戦の名の下に勢力を広げた過去を持つ。


 そして神聖騎士団。

 "福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"と呼ばれる生え抜きを筆頭に、対不死生物(アンデッド)・対悪魔(デーモン)に長けた騎士団を有し、国内に自然発生するアンデッドの対応においては、他国の追随を許さない。


 アンデッドに頼らねば――頼ってさえ――数で劣るリストレア魔王国とっては、天敵だ。


「帝国は?」


「砂漠や荒れ地の多いお国柄で、水場のある大都市近辺に農場が集中しているからな。あまり手を出せていないせいで、三国の中では一番元気だ。神聖王国ほど好戦的ではないが、それは戦力を温存したいだけだな」


 レベッカが、少し目を細めた。

 剣呑な光が宿る。



「――多少強引にでも攻めるか?」



 レベッカの問いに、私は首を横に振った。


「いや、いいよ」

「何故だ。このままでは、帝国だけ国力を温存されるぞ」


「真剣味はね、違う方がいいんだよ」


「……どういう事だ?」


「分断を狙っておられるのですね」

「なるほど、そういう事であるか」


 サマルカンドが口を開き、ハーケンが頷く。


「何故、人間側の国力を温存させる事が、分断に繋がるのだ?」


「人間ってだけで、一枚岩じゃないんだよ。分かりやすくすると――こういう事」


 平皿に盛られたクッキーを積み上げていく。


 自分の前に五枚。

 リズの前に四枚。

 レベッカの前に三枚。

 サマルカンドの前に二枚。

 ハーケンの前に一枚。


 一枚余ったので、口の中に放り込む。


「うん、リズのクッキー、最初の頃より美味しくなったねえ」


「お褒めいただきありがとうございます。でもマスター、この例え、あんまりよくありませんよ」


「え、自分では結構分かりやすかったと思ってるんだけど」


「私に二枚など過分です。どうぞ我が主に」

「我も食事は不要……と言うより、不可能なのでな、レベッカ殿に進呈いたそう。これでリズ殿と同数であるな」


「いや、私、さっき食べた分と合わせて八枚になって、リズとレベッカより四枚も多くなるけど?」


「それはマスターは最高幹部ですから」

「ああ、不満などないぞ」


「みんないい子すぎた……。ええと、やりなおそうか」


 十五枚になったクッキーを、五枚ずつ積み直す。



「それぞれが王国、帝国、神聖王国とする。まず、王国はドラゴンナイトを失った。二枚分ぐらいかな……」



「リズ、レベッカ、あーん」

「あーん?」


 リズが疑問型ながらも口を開ける。

 リズの開けた口にクッキーを入れた。

 ポリポリと咀嚼するリズ。


 なんか妙に楽しい。


「レベッカもあーん」


「拒否する」


「あーん」


「だから……」


「あーん」


「…………」

 

 レベッカが渋々といった風に口を開ける。

 レベッカの開けた口にクッキーを入れる。

 ボリボリとわざとらしく音を立てて咀嚼するレベッカ。


 じっとりとした目で睨み付けてくるという事は、抗議のつもりらしい。


 妙に嗜虐心をくすぐる。


「それで……そうだね、農地への攻撃」


 もう一枚、王国のクッキーを取る。


「レベッカ、あーん」


 レベッカが無言で口を開ける。


「あーんって言ったら、あーんって言ってほしいなあ」


「……拒否するわけには、いかないか?」


「いいよ。職務に反しない程度の自由裁量を認めないほど、狭量なつもりはないからね」


 明らかにほっとした様子のレベッカ。



「私はちゃんとした上司だからね。公式記録に、『今日はレベッカにあーんって言ってほしいって言ったら拒否された』って書くからね」



「うわあ」

「なんて狭量な」


 リズとレベッカがそれぞれの反応を示す。


「命令拒否した部下のキャリアを気遣っての事だよ。もちろん正規の報告書だから、ちゃんと王城に提出するからね」


「さすが我が主。退路を徹底的に断たれる」

「肉を切らせて骨を断つとはこの事よ。――むしろ逆のような気もするが、どちらにせよ、自らの不名誉を恐れておらぬ」


 サマルカンドとハーケンをちらりと見たレベッカが、助けにならないと判断したらしく視線を私に戻す。

 目で抗議されているのは分かるが、今回は無視した。


「さて、レベッカ……後は分かるね?」


 微笑んで、改めてクッキーを差し出した。


「あーん♪」


「あーん……」


「もっと可愛く言ってくれるとお姉さん嬉しいなあ? はい、あーん♪」


 一瞬レベッカが無表情になった。

 一度目を閉じて、次に開いた時には、年相応の愛くるしい満面の笑顔。


「あーん♪」


 声質まで違った。

 すかさずクッキーを放り込む。

 ちゃんと美味しそうに食べるレベッカ。


「さすがレベッカ」


 ヤケっぽいが。


「……マスターに可愛がられていいですね、レベッカ」

「お前はこれが羨ましいのか?」


 真顔に戻ったレベッカが、リズを妙なものを見るような視線で見やる。


「それはまあ」


 真剣に頷くリズ。

 これ知ってる。先住ペットのいる家に新しいペットが来た時のやつだ。

 トラブルを回避するコツは、先住ペットを立てて可愛がる事。


「ごめんねリズ。あーん♪」


 一枚神聖王国のクッキーを取る。


「はい! あーん♪」


 満面の笑顔で口を開けたリズの舌にクッキーを載せる。

 妙な扉が開きそうになるなあ。


 そしてもう一枚、神聖王国のクッキーを手に取る。


「サマルカンド、あーん♪」


「あーん」


 渋い良い声の『あーん』、それも上位悪魔グレーターデーモンのものが聞ける日が来るとは、生きてはみるものだ。


「……ハーケンも、した方がいい?」

「そのお気持ちだけで十分である」


「そう。じゃ、気持ちだけあーん♪」


 一回笑顔で差し出すだけは差し出す。


 からからと笑うハーケン。

 私もにやりと笑うと、クッキーを掲げて見せた。


「このクッキーは、まだ神聖王国のものだ」


 もう片方の手を添える。

 パキン、と音を立てて半分に割ったクッキーを、バリボリと噛み砕いた。

 そして宣言する。



「神聖王国を、叩く!」



「さすがマスター! それでこそ"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"です!!」


 三つに分けられたクッキーの山は、アンバランスだった。


 王国は二枚。

 神聖王国も二枚。


 帝国は――五枚。


「神聖王国を叩いて、王国と同じレベルまで落とす。帝国は無傷とは言えなくても、この二国に比べると元気だ。――さあ、足並みは揃うかな?」


「確かに、同じ人間で、対魔族同盟を組んでいても……一枚岩ではない……か。で、神聖王国を叩く策とは?」



「それはこれから考える」



「……マスター、前言撤回してもいいですか?」

「いや、ほらね? そこは報告書読んでからじゃないと」


「しまらないやつだな……」

 レベッカがため息をついた。


 私は微笑む。


「まあ、みんなで考えようね」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか年超えたら急にリズがデレ出して不穏……
2023/03/18 15:13 退会済み
管理
[良い点] レベッカ効果か?リズがとっても素直に焼きもちw! それをペットネタで理解しちゃリズが不憫。状況は似てるけど誘惑してるマスターが言っちゃ駄目だよー この辺は素直じゃないよね [気になる点]…
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