二人の帰還
年が明け、まもなくしてレベッカとサマルカンドが帰ってきた。
レベッカが報告する。
「帰還した。現地の損耗ゼロ。特筆すべき戦果もゼロだがな」
「おかえり、レベッカ、サマルカンド。みんな無事なのが、何よりの知らせだよ」
白い息を吐くレベッカとサマルカンドを、屋敷内に招き入れながら、リズを見た。
「リズ、お茶淹れてくれる?」
「はい」
リズが台所へと消え、私は二人と共に談話室へ向かう。
「報告はお茶飲みながらにしようね。でもひとまず――お疲れさま」
「ん……なんだか、くすぐったいな」
レベッカが、言葉通り、少し照れくさそうな表情を浮かべる。
「何が?」
「その……そんな風にねぎらわれた事など、あまりなかったものでな」
「え、そうなの? ――サマルカンドは?」
「は、私めも、このような心に染みる手厚いねぎらいの言葉を受けた事など、我が主より他にはありませぬ」
……そんなに重いねぎらいの言葉は、口にしたつもりがない。
「そっか……サマルカンドの前の上司さんはもういないけど、エルドリッチさんには陛下を通じて一言、言っておくべきかな……」
「いや、軍隊だからな」
「軍隊でも、だよ」
レベッカの言葉に、きっぱりと宣言した。
「そういうものか……?」
「そういうものだよ。どんな職場でも、信頼関係の構築は必須だよ。軍隊みたいな特殊な職場の方が大事かもしれない。――それにね」
「それに?」
「単純にあいさつとかねぎらいの言葉って、ちょっと嬉しくなーい?」
「……まあそうだな」
レベッカが頷く。
そして首を傾げた。
「しかし、なんでそのまともさで、"病毒の王"なんてやってるんだ?」
「それが私にも謎でねえ」
しみじみと頷く。
「何を気の抜けるよーな会話してるんですか。――お茶の準備出来ましたよ」
「いつもありがとね、リズ。あ、ハーケンも呼んできて」
「はい」
「奴は飲めないだろう?」
「でも、そういう雰囲気は好きだって言ってたから。それに、これ報告会兼ねてる……というかそっちがメインだしね?」
「そうだったな。……ところで、あいつが、かなり高位の不死召喚生物だって分かってるか?」
「分かってるよ?」
「ならいいんだが」
「――どんな事情があっても、みんな、私の可愛い部下だよ」
「……時々、お前が本当に大物に見えるよ」
レベッカが、呆れるように口元を少し緩ませて笑った。
「うちのマスターは魔王軍最高幹部ですよ? 当然じゃないですか」
何故か自慢げなリズ。
五人揃ったところで、口を開く。
「じゃあ、レベッカ、サマルカンド。報告を聞かせて」
レベッカがサマルカンドと目配せし、彼の頷きを受けて、口を開いた。
「人間側に"病毒の王"は恨まれていたぞ。"病毒の王"さえいなければ……という風潮もあるな」
「そりゃ好都合だね」
「そうか?」
「そうだよ。私はただの一要素でしかない。その私を過大評価するなら――勝てる戦争も勝てないよ」
私の言葉に、私以外の全員が一斉に眉をひそめた。
いや、ハーケンは眉がないので、あくまで雰囲気の話だが。
「ただの一要素……?」
「過大評価……?」
「僭越ながら、我が主にあらせられましては、ただの一要素といったものではなく、戦局を左右する重大な要素であるかと」
「主殿は、ご自分を過小評価するきらいがあるな」
レベッカ、リズ、サマルカンド、ハーケンがそれぞれ思い思いの感想を口にする。
しかし、私は首を横に振った。
「本当の事だよ。私は何もしてないもの」
「マスターが何もしてないなんて事がありますか」
「『私は』何もしてないよ。私の部下がみんな優秀なだけだから」
「いや、そう言ってくれるのは嬉しいがな。私にはちょっとあの非道さで命令を下すのは無理だぞ?」
「そんなに非道言われると照れるよレベッカ」
頬に手を当てる私を無視して、リズとレベッカが聞こえるようにひそひそ声を交わす。
「照れる要素ありました?」
「ないような気もするが」
この二人も、随分と仲良くなったものだ。




