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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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蝋燭の星空


 王都に近付くと、人の流れが出来つつあった。


 私の住む屋敷は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の住居であると同時に"第六軍"の本拠地として有名なので、普段は人気がなく、ご近所さんとかいない。


 しかし王都の近郊には、ほどほどの人が住んでいる。

 王都という、政治の中心であり、物流の中継地として重要な都市を支えるために、農地や放牧地があり、そこで働く人達がいる。


 地産地消という言葉が生きているのは、この世界のいい所だ。


 人の流れが、人混みになっていくにつれ、リズが気を張るのが分かる。


 今日は私、リズ、ハーケンの三人と人数が少ないので、四方向を全て護衛で固めるという警備体制が取れない。

 後ろはハーケンが固めているが、他はがら空きなのだ。


「リズ」


 隣にいるリズの腕を取って、自分の腕と絡めた。

 耳元に、小声でささやく。


「気、張りすぎだよ」


「この人混みですから。万が一という事がありえます」


「自然にしてないと、そっちの方が危険だよ。それに、もしうっかり死んでも怒らないから」

「いや、私は怒りますよ」


「それでも、私に気付かれるぐらいあからさまに警戒するのはやりすぎじゃない?」

「……まあ、それはそうですが」


「ここまで、見られてる感じとかはなかったんでしょ?」

「はい」


「じゃあ、こんな風に普通にしてれば、私が誰かなんて、分からないよ」

「しかし、マスターの恰好は見る人が見れば……」


 確かに、私の恰好は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の正装……から、肩布と仮面を抜いたプライベートモード。一番防御力の高い一張羅だ。

 リズはメイド服に紺のケープコート、ハーケンはサーコートに焦げ茶のフード付きマントという外出用の恰好だ。



「それは大丈夫だと思うんだよねえ」



「何故ですか?」

 リズが少し強い口調になる。


「だって……ほら」


 私が指さした先にいるのは、深緑のフード付きローブと、若草色のローブを重ね着したダークエルフ。


 もちろん、知り合いではなく、ただの通りすがりだ。


「ブロマイドの効果かな。こう……服屋さんとかでね。最近、この組み合わせよく売られてるの見るんだよ」

「……なるほど。影武者だらけですね」


 人混みを見ていくと、他にも何人かいる。


 フード付きローブ自体はリストレアにおける一般的な服装だ。

 深緑も、自然に溶け込むナチュラルカラーという事で、やはり一般的なカラー。

 若草色も同様。


 しかしこの組み合わせが流行したのは、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"のブロマイドが売られ始めてからだ。


 リズが、少し肩の力を抜くのが分かった。


 そして、組んだ腕を、ちょっとぎゅっとしてくれる。


「……これは、護衛のため、ですからね」

「それでも嬉しいよ」


「…………」


 黙り込んだリズが、自然に周囲に気を配るのをそれ以上邪魔はせず、緩やかな人の流れに乗って王都へ入った。




 王都には、広場がいくつかある。


 野外市を開くための広場だったり、今いる大体の場所が分かるために数字の縫い込まれた旗が立てられていたり、狭い道の合間に馬車が方向転換するためのスペースだったり、以前の火事の名残がそのまま防火帯として残されている空間だったりする。


 そして、今日のように、人が集うための場所として、広場があるのだ。


 年越しと新年は、親しい人と広場に集まって、年末年始の挨拶をしながら過ごすのが一般的だという。


 別に、「どの広場で年を越さなければいけない」という決まりはない。近所で済ませる人も多いから、通る広場ごとに人溜まりが出来ていた。


 ただ、一番人気は、私達が今向かっている広場だろう。


 王城の手前にある広場。

 その広場に面して立派なバルコニーがある館が建てられている、王都で一番大きな広場だ。


 間もなく年がゆくという事もあり、その広場は人でごった返していた。


 とはいえ、かなり広い広場なので、まだ人と人の隙間もそこそこある。


 無秩序でもなく、皆、落ち着いている。

 この辺りの落ち着きは、長命種が多いゆえ、なのかもしれない。


 少し急いでも、何も変わらないというのんびりとした気質が、特にダークエルフにはある。


 獣人の人達は人間に比べれば長命な割に、戦いの場で果てる事こそ本望という生き急ぎ気質な所があるが、年越しという血がたぎる要素のないイベントで暴れるほど馬鹿でもない。


 たまに飲みすぎて羽目を外している人もいるが……まあ度を超せば、暗黒騎士団と獣人軍を中心とした会場警備に制圧されるので、大きな混乱にはならない。



 『あるお方』の来訪を知らせるベルが鳴った。



 ざわめきがゆっくりと静まる。


 そしてバルコニーに姿を見せたのは、白基調の正装に身を包んだ、リストレア魔王国、国王。


 つまり、我らが魔王陛下だ。


 人間達には文字通りの魔王と恐れられ、反対にリストレアの民には慕われている、数多の難局を乗り越えてきた建国王。


 この広場は、告知などの時に陛下や広報官が姿を見せるバルコニーがあり、陛下の姿を一目見られ、またお声を聞ける事から人気なのだとリズに教えてもらった。


 私は仮にも魔王軍最高幹部なので、公的行事の際はもちろん、内密にもお会いしたりはしているのだが、まあそれはそれ、これはこれ、というやつだ。


 陛下が口を開く。


「間もなく年が明ける……この一年は、そう悪い一年ではなかった。だが来年は……恐らく、人間との争いが、激しくなるだろう」


 私が約束した『三年での人類絶滅』まで、ほぼ、あと一年だ。


 特に明確な根拠なく、キリのいい数字を言っただけなのでそれが現実になるかは分からないが、人間側も焦れている。情勢はいつ大きく動いてもおかしくない。


「国を守るのは王の務め。そして魔王軍の役割。だが同時に、ここにいる、そしてこの場にはいない、リストレアの民全てが、この国の守り手なのだ」


 解釈によっては『一億総玉砕』になるので、そうならないようにと、静かに決意を強くする。


「だが、固い事は抜きにして、今はただ、新年を祝おう」


 この距離でも、陛下が微笑んだのが分かった。



「リストレアよ、永遠なれ」



 陛下が頭上に『攻撃魔法』を打ち上げる。


 "火球(ファイアボール)"――それも特大の。


 ただし、攻撃力を抑えられ、爆発と発光を強化した――つまり、日本語で言うならば。


 王都の直上で、美しい花火が散った。


 それを合図に、全ての明かりが消されていき、王都が闇に沈む。


「マスター、どうぞ」

「ありがとう、リズ」


 リズに手渡されたのは、燭台に刺された一本の蝋燭だ。


 一応お祭りごとなので、広場には食べ物の屋台も出ているが、この蝋燭を売る屋台も出ている。


 燭台だけ、蝋燭だけ、セットで……と、売られ方は様々だし、デザインも色々。お値段もピンキリ。

 年末に向けて店頭に並び、普通は当日までに用意する物なのだが、駆け込み需要、というやつだ。

 うちは、リズが抜かりなく用意してくれている。



 そして新年を告げる、鐘の音が鳴った。



 十二回鳴らされ、十二時を示す鐘が鳴り始めると同時に、魔法の詠唱が唱和していく。

 私も唱え、蝋燭に火を灯した。


「"点火(ティンダー)"」


 この世界では、少しの魔力と、最低限の素質さえあれば、マッチすら必要ない。

 ほとんどの住民が簡単な魔法を使えるリストレアにおいては、人が生きていくのに必要なものを作るためのリソースを削れる。


 それは戦争をするのにも役立つし……平和を築くのにも、役立つはずだ。



 鐘が鳴り終わる頃には、数千……いや、数万の蝋燭が灯り、地上に夜空が生まれたようだった。



 この星全てに、それぞれの人生がある。


「ねえ、リズ」

「なんですか? マスター」


「今年も……よろしくね」

「ええ。今年も……よろしくお願いします」


 蝋燭の明かりに照らされたリズは、今年も可愛い。


「ハーケンも、よろしくね」

「うむ。今年も我が主のために剣を握るとしよう」


 蝋燭の明かりに照らされたハーケンは、骸骨の顔に濃い陰影が付いてホラーだ。



 ――建国歴、四百二十一年。



 きっと、今年は、リストレアの未来を決める年になる。


 後は、この蝋燭を持って、家路を辿る。

 途中で消えてもいいが、家に辿り着いたら消すのがならわしだ。


 人によっては消えずに家に辿り着く方が縁起が良いと言って、家のすぐ近くの広場にしか行かないらしい。

 そういった人向けに、長かったり、太かったりする蝋燭も売られているほどだ。


 人混みに、また流れが生まれ、道々の家に人が入る度に、ふっと蝋燭の灯火が消されていく。


 年越しの時点で夜が遅く、そのまま眠りにつくのが一般的な事もあって、少しずつ暗くなっていく。


 普通の蝋燭を使っている上に家が遠い私達は、火を消さずに家に辿り着くのが難しい。


 最初に、私の蝋燭が消えた。


「消えちゃいましたね」

「うん」


 間もなく、ハーケン、そしてリズの蝋燭も燃え尽きる。


 私達は、蝋燭がなくなった燭台を持って、家路を辿った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 護衛のため、 うん、いい言い訳だ ということで今回はずっと腕組んだままなんですね♪ [気になる点] 夜目の利かないマスター 帰り道大丈夫? あ、リズに掴まって歩くから大丈夫? さいですか…
[一言] 点火の魔法名で笑っちゃう
[一言] 蝋燭がなにか不穏....運命の暗示なのか....
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