死霊暗殺者
リズとの協議の結果、バーゲストは四十八匹の内、四分の三にあたる三十六匹を前線へ投入する事になった。
そして館のバーゲスト全て、四十八匹を背後にずらりと並べた状態で、死霊軍より転属してきた死霊暗殺者、総勢五十名を出迎える。
人間型をしているが、黒に近い深紫のフード付きローブを目深にかぶっているので、骨のはずの顔は陰になってほとんど見えない。
しかし、全員が例外なく衣装ごと半透明に透けているので、死霊と分かる。
「――"病毒の王"だ。諸君ら、精鋭を新たに部下として迎えられる事を嬉しく思う」
私の衣装は、"病毒の王"の正装、仮面抜き。
「残念ながら持ち場が違うため、そう会えないのが残念だが、顔は覚えておいてもらおう」
つまり、素顔だ。
私が人間だという事は既に聞いているはずだが、居並んだレイスさん達には微かな動揺が見られる。
とはいえ、不信感をあからさまに見せないなら、十分に合格点。
「諸君らの派遣先、ランク王国における具体的な作戦内容は、既に命令書を受領して把握している事と思う。だが改めて、簡単に概要を説明しよう」
杖の石突きを、芝生に突き立てた。
「作戦区域内の家畜、及び食用に適した獣を全て狩れ」
杖を引き抜き、持ち直した。
「これは特別任務であるが、通常の任務も並行して行ってもらう事となる。つまり、作戦区域内の非戦闘員も攻撃対象に含まれる。家畜の世話を出来る者、及び狩人を優先。牧場の他、畑や果樹園、備蓄倉庫……あらゆる食料生産に関する施設・人員の排除を目的とする」
静まりかえって聞いているレイス達。
「"病毒の王"の名において命じる」
彼らに向けて、私は笑った。
「永遠の恐怖と飢えを、ランク王国の大地に刻み込め」
私が口を閉ざした事で、しん……と場が静まりかえる。
私は気持ちと口調を切り替えた。
「という訳で、みんな体に気をつけて頑張ってね」
「マスター、マスター」
リズの湿度の高い視線を無視して、言葉を続ける。
「命令書にはなかったと思うんだけど、戦力が足りないと思うので、うちのバーゲスト達を三十六匹連れていってもらいます。基本的に頭のいい子達で、みんなの言う事を聞くようにしつけてあるので、よろしく。仲良くしてね」
「だから"病毒の王"様。おたわむれを」
「私は、何もふざけていないつもりだが?」
薄く笑う。
そして、目を細めて、リズに鋭い視線を向ける。
「それとも何か? ――君は、この程度で私を侮る暗愚の群れだと、私の部下達を馬鹿にしているのか?」
「……失礼致しました。お忘れ下さい」
リズが深々と頭を下げ、一礼する。
「気にするな」
軽くリズに手を振って、レイスさん達に向き直る。
「追加の命令書だ。と言っても、バーゲスト達との連携を加えただけのものだ。注意事項は全て書いてあるつもりだが、今読んで、質問があれば手を挙げろ」
リズが手際良く、命令書という名のバーゲストとの付き合い方プリントを配っていく。
なんとなく学生時代の課外活動を思い出す光景だ。
受け取った死霊達が書類に目を通していく動作はきびきびとしていて、出来のいい部下を持つ幸せを教えてくれる。
「現地で分からない事があればバーゲスト達本人に聞くように。一方的ではあるが、共通語でのおおまかな意思の疎通は出来る。首をイエスなら縦に、ノーなら横に振るようにしつけてある」
すっと、手が挙がる。
指揮官のレイスだ。
……服や顔で見分けられないので、立っている位置から判断しただけだが。
そのレイスが、一歩前に進み出た。
近づき、目線が合った事で、フードの陰の頭蓋骨がはっきりと分かる。
暗い眼窩の奥に、不死生物特有の青緑の炎が静かに燃えている。
「"病毒の王"様に問いを投げる無礼をお許し下さい……」
「許そう。……あ、礼儀と修飾語は最低限で構わないぞ」
「分かりました。黒妖犬の支配権は、どなたに?」
「全て私にある」
「現地での犠牲は、どこまでが許容されますか?」
「はっきりと言う」
私は苦笑した。
「聞いておかねばなりませんので」
そう、これは戦争だ。
ならば、犠牲はつきもの。
「一人の欠けも許容しない」
その上で、私は宣言した。
「本作戦は隠密行動である。正面衝突は避けろ。安全性を最優先。敵が正規軍であり"ドラゴンナイト"であるなら、何の兆候もなく動けるものではない。危険があると判断された場合、速やかに作戦区域外へ撤退せよ」
「撤退した後は、どのように?」
「敵軍が作戦区域の護衛のため居座るようなら、効果は薄くなるが、他地域で作戦展開を続けろ。本作戦の目的は"ドラゴンナイト"を運用したリストレア魔王国への攻撃行動阻止であり、足下が騒がしい時にそうそう大規模遠征など出来るものでもない。その地域担当の現地活動班がいれば、協力して事に当たれ」
真面目に戦争など、やるものか。
その結果、戦争よりおぞましい行為に手を染める結果になったとして――それがなんだというのだ。
私がここに立っているのも、その積み重ねにすぎない。
お互いが、真面目に礼儀正しい『戦争』をやっている限り、私がこの世界に関わる事など、なかったのだから。
「あらゆる判断を現場に……お前達に委ねる。指揮系統は尊重する。私の命令は、あくまで行動指針と思え。……出来るな?」
「ご命令とあらば……」
彼が頭を垂れ、続いて、全死霊が、整然と頭を垂れた。
国境まで向かう幌のない荷馬車に、生者なら重量オーバーになりそうな密度で乗せられた死霊達が、先程までの事を話し合っていた。
「隊長殿。どう見られました?」
「……信じてもよかろう。あの"病毒の王"だ」
隊長に続き、皆が思い思いに口を開く。
「あの態度には驚きましたがね」
「メイドの方がいさめられたのも当然でしょう」
「馬鹿。あのダークエルフ、俺達より腕は上だぞ」
「踏み絵でしたね」
「もし不用意な発言したらどうなっていた事やら」
「生きた心地がしませんでした」
「俺達、死霊なのになあ」
定番のアンデッドジョークに、皆がひとしきり笑う。
「……背後に黒妖犬四十八匹を並べられて、なお侮る暗愚などいるものか」
笑いが落ち着いたところで、隊長のレイスがぽつりと呟くように発した言葉に、皆が、一斉に頷く。
そして、自然と、荷馬車と距離を取って併走するバーゲストの群れを見た。
バーゲストが荷馬車から離れているのは、馬を怯えさせないようにだ。
「これほどの数を一人が支配しているという事実には驚きしかないが……三十六匹の黒妖犬……戦力としては、十分すぎる」
やはり皆が一斉に頷く。
「行こうではないか。敵国に恐怖と飢えを。――そして、我らが新しき主に勝利をもたらすために」
隊長のレイスが不敵な笑みと共に、軽い口調で言う。
透けたフードの陰で、皆が一斉に笑みを浮かべた。