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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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一枚のメモ

挿絵(By みてみん)


 世界の枠を超えた、共通項がある。


 国家を支えているのは国民であるという事。

 戦争という事象が悲惨な物であるという事。

 倫理観とは絶対的な法則ではないという事。


 私は、それを知っている。



 だから私は、この世界で"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"と呼ばれた。



 今の私の立場はリストレア魔王国、"第六軍"、魔王軍最高幹部。


 私には、部下がいる。


 例えば、いつものように着替えを出してくれた、愛らしいダークエルフのメイドさん、とか。


 メイドさんの可愛さや、尊さも世界の枠を超えている。


 非道さや残酷さだけが、私の生まれた世界との共通項ではない。


 ……だからこそ、非道になれてしまう、とも言うが。


 若草色のローブに、深緑色のフード付きローブを重ね着し、長い黒髪を両手でローブからすくい上げて、払って背中に落とした。

 軽くローブの袖を振り、さっと軽く撫でて整える。


 そして、彼女の名を呼んだ。


「――リズ」


「はい、なんですかマスター? いつになく真剣な顔ですね」


 私は彼女に紙片を差し出した。



「今日の午後六時に、私服でこのメモの建物まで来てくれ。レベッカと共にだ」



「……ここは……?」


「今のところ危険はない。だが、武装は怠るな。私はやらねばならない事があるので、先行する」


「了解です。詳しい内容を伺いましょう」


 リズが、キリッと真剣な表情になる。

 彼女のメイド服は私の趣味であると同時に、本物のメイドとして実益も兼ねているのだが、彼女はそれだけの存在ではない。


 私の護衛であり、監視であり、副官であり――"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"の二つ名を持つ、暗殺者(アサシン)だ。


「今は話せない。だが、安心しろ。無茶な事はしない。サマルカンドとハーケンを連れて行く」


 "第六軍"は小所帯とはいえ、他にも人員はいる。

 けれど、リズ、レベッカ、サマルカンド、ハーケンが、私以下、序列第二位から第五位までを与えた側近だ。


 全員が、相応の腕を持っている。


「あの二人を同時に……? リスクはあるのですね」

「常に備えは必要だ。それだけだよ」


「詳しい説明をお願いします」

「すまないが、今は話せない。そういう性質の事情が存在する」


 彼女を、安心させるように微笑んだ。

 口調を、柔らかいものに変える。


「朝食は、レベッカと三人で取ろう。私はその後出るから、レベッカにはリズから説明をお願い」


「はい、分かりました」




 午後六時。


 メモの住所に、リズとレベッカは来ていた。


 そして、リズが首を捻る。


「この住所……ここ、ですよね?」

「ああ。レストランだよな」


 レベッカが頷いた。

 個人宅かと思わせるようなたたずまいだが、看板も出ている歴としたレストランだった。


「レベッカ。魔力充填量は?」


 リズは、主からの私服指定、かつ戦闘もあり得るという事で、エプロンとヘッドレス、それにカフスやガーターベルトなどの装飾を取ったメイド服の、紺色のシャツとスカートの上に、ベージュの上着を羽織っている。

 赤いマフラーはいつも通りだ。


 もちろん私服も持っているのだが、いつも通りの武装を仕込める恰好の方がいいだろうという配慮だ。


「戦闘が予想されるとの事で、完璧だ。屋内戦闘は得手ではないが、足手まといにはならんよ」


 レベッカはいつも通りの服装だが、ぽん、と腰を叩いた。

 いつもは短杖(ワンド)一本をホルダーに入れて下げているだけだったが、今は二本の剣がぶら下がっている。

 華奢な細剣(レイピア)と、対照的に頑丈さを追求した左手用短剣(マンゴーシュ)


 彼女は数多の戦場を経験しているベテランの魔法使いで、それは魔法を過信していないという事でもある。


「分かりました。――では、行きますよ」

「ああ」


 覚悟を決めて重厚な木製の扉を開けると、吊されていたベルが鳴る。


 受付の女性ダークエルフが頭を下げる。


「リーズリット・フィニス様と、レベッカ・スタグネット様ですね」


「はい」

 リズが頷く。


「ご予約を承っております。こちらの部屋へどうぞ……」




 案内された部屋の扉は閉まっていた。

 普通の家を流用した、完全個室のレストラン……なのだろう。


 受付の女性は部屋の前まで案内して、既に去っていた。


「……リズ。詳細は、聞いていないのだな?」

「はい、知っている事は全て伝えました。マスターは、今は話せない、と」


「武装しろと言われたのだよな?」

「ええ。……室内の魔力反応は……マスターとサマルカンド、ハーケンだけですね。レストランで? 何を……?」


「分からん。入るしか、ないだろうな」

「レベッカ。何かあれば、サポートを……頼みます」


「任せろ」


 リズの瞳から、光が消えた。

 "最適化(オプティミゼーション)"。簡単な精神魔法。



 私は、一本の刃。



 彼女は胸の内で一つ呟くと、ドアノブに手を掛けて、素早く押し開いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 表紙イラストの二人、後で指が触れ合っているのがいいです。 あと鎧の色も好き。 マスターの杖にいたってはこの角度!難しいですよね スゴい [一言] 暗躍マスター。護衛が増えたおかげで、リズに…
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 二人共の綺麗さと格好良さを兼ね揃ったイラスト、ありがとうございます〜 果たしては残念臭いの癒し事情、それとも真剣な任務でしょうかね?
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