親友との別れ
合同訓練の後、私はもう一週間ほどリタルサイドに滞在していた。
途中からリタルサイド城塞の宿舎へと拠点を移し、ハーケンが剣を使った訓練を受け持ち、レベッカとサマルカンドが対抗魔法訓練を担当する、本来こうあるべきだった合同訓練に『参加』した。
正確には、ブリジットとリズが丁度良い機会との事で『訓練』をしてくれて……姉妹揃ってよく似た笑顔で限界を見せてくれた。
訓練が終われば、失った時間を取り戻すように、時にはブリジットと二人きりで、時にはリズを交えて、ゆったりとお話などして過ごした。
シェフに再訪の約束をしたカゴネ湖のレストランにも、ブリジットを加えた四人で一度訪れて、ディナーを堪能した。
それは、楽しくて、特別な時間。
だから、終わりが来るものだ。
別れの時が来ていた。
「ううー……ブリジットぉー」
彼女に抱きつくと、あやすように背中がぽんぽんと叩かれる。
「――ほら、馬車の準備出来てるぞ?」
たった一週間で、私の対応にも、随分と慣れた様子のブリジット。
「いくらでもお待ちいたしましょう。ご友人との別れを邪魔するなどという無粋な真似はいたしませぬ」
今日のサマルカンドは、有能な御者さんだ。
ハーケンも無言だったが、彼もまた、望めばいくらでも待ってくれるだろう。
しかし、そういう訳にはいかない。
「寂しいよ……」
「ああ。私も……寂しいよ」
髪が撫でられた。
そして肩を軽く押され、私とブリジットの間に僅かな距離が生まれる。
彼女と、正面から向き合う形になった。
名残惜しい。
この世界に来て、初めて出来た友人だ。
すれ違って、ようやくきちんと仲直り出来て……でも、もう私と彼女は共にこの国の魔王軍最高幹部だ。
しなければならないお仕事が山積みであり、けれど、必要とされる場所は違う。
「……マスター。行きましょう。いつまでも、そうしてはいられないんですから」
「分かってるけど……」
リズに視線を向ける。
彼女は、微笑んでくれた。
「……私がいるじゃないですか」
あまりに可愛い事を言ってくれるので、とりあえず抱きしめた。
リズが顔を赤くする。
「なんでうちのマスターは毎度毎度、こうやって抱きつくんですかね!?」
「嬉しいからだよ」
最後に軽く頬と頬を当てて、身体を離した。
「ブリジット、それじゃあ」
「ああ。妹を頼む」
「それはもう」
頷く。
「何かあれば、いつでも呼んでね。仕事放り出して行くよ」
「放り出さないでいいようにしますので、一言声掛けて下さいね」
全員が馬車に乗り込み、走り出す。
私は、馬車の窓を開けた。
「――またね、ブリジット!」
身を乗り出して、大きく手を振る。
「ああ、またな!」
彼女は、手を、振ってくれた。
全身を使うように大きく、この距離でもそうと分かるぐらいに。
誰が見ても、気付くぐらいに。
「――あ」
それが嬉しくて、さらにぶんぶんと手を大きく振ったら、バランスを崩した。
「ちょっ、マスター!?」
リズが素早く、私を抱き止めて落下を防ぐ。
そのまま馬車の中に引きずり戻された。
リズとレベッカに呆れた視線を向けられる。
「うちのマスターは、本当に危なっかしいですね……」
「本当に何やってるんだ。リズに感謝しろよ」
「うん」
まだリズが、両腕を私のお腹に回していたので、くるりと回転して彼女に抱きついた。
「――ありがとね、リズ」
「……マスター、抱きつくの好きですね」
「少し違うね」
「何が違うんです?」
「私は、リズが大好きなんだよ」
「……はいはい。よく存じておりますよ」
「レベッカ。分かってると思う?」
「分かってると思うが、そういうのは二人きりの時に言うべきだと思うぞ」
「さすがレベッカ」
「レベッカ、適当な事言うのやめなさい」
リズが軽く抱きしめ返していた腕を外すと、私をぐいと隣に押しやった。
私はそれにめげず、距離を詰めて肩を寄せた。
「楽しい旅行だったね」
「……ええ、まあ」
リズが頷く。
思ったより観光の時間を取れなかったのは心残りだが、合間合間に楽しみを見つける事は出来たし、何よりお仕事が無事に終わったのは嬉しい。
心に引っ掛かった棘も取れて、全てが上手く行っているような気すらする。
――それは、錯覚だと、分かってはいるのだけど。
「でも帰ったら、お仕事お願いしますね。分かっているとは思いますが、我々の敵は多く、困難は山積みです」
「うん」
私は、"病毒の王"。
種族、人間。
目標、人類絶滅。
人類の全てを滅ぼすまで、私の戦いは終わらない。
あるいは、私が死ぬまで。
あるいは、私が要らなくなるまで。
心に忍び込んだ寒気を振り払うように、私は隣のリズに抱きついた。
「じゃあそういう訳でぎゅーっ!」
「とうとう一見ちゃんとした理由考えるのも放棄しましたね!?」
リズを抱きしめながら、思う。
温かくて、柔らかくて、愛おしくて。
これに比べれば、人類の全てに、価値がない。
リズは、何かを察したのか、引き剥がそうとする手を止めた。
そして、そっと、背中に手を回して。
ぎゅっと、抱きしめ返してくれた。
・2章あとがき
マスター! 後ろ! 後ろ向いて!!
という気分になった2章ラスト。
うちのマスターが思ってるよりはリズもデレています。
はいこんにちは、水木あおいです。
病毒の王「2章」をお読み頂きありがとうございました。
……この回だけ迷い込んでそのままここまで読んでしまったという猛者は、1章も読んで欲しいなと思いつつ、そのまま己が道を貫いて頂きたいような気もします。
これを読んでいるあなたは、自分が小説家だったら、こんな小説を書きたいなあ、というものが、ありますか?
私はあります。
楽しい時にも、しんどい時にも読みたくなって、読んだら元気になったり、少し和んだり……せめて、少し辛い事を忘れていられるような。
そんな小説を、書きたいと思って生きてきて……今も思っています。
なのに書いた作品にどうして「人類絶滅」という言葉が入っているのかは、このあとがきを機会に考えてもよく分かりません。
まあ、人と、人以外の種族がいる世界は、少しダークになるのが世の常ですよね。
その上で、ひととひとが一緒にいれば、少しほのぼのするのも、世の常であると信じています。
……ひとによりますけどね。
3章からは、ちょっぴり影が濃くなっていくかもしれません。
でも、イベントごとに主人公たちは仲良くなってもいるので、合間のほのぼの成分も増量中です。
ちょっと甘めで砂を吐きたくなる回とか好きですよ。
読み返して、書いた本人なのに、何故か胸が痛くなる時があるのがちょっとアレですが、まあ仕方ないですね。
最後に、今後の更新の予定に関して。
一段落した余韻を楽しんで欲しいので、2章完結を機に少しの間更新を停止します。
2019年の吉日より更新再開します。十一月中だと思っていますが、十二月になる可能性も否定出来ません。
合間に番外編が投稿されるかもしれないしされないかもしれません。
……1章より……告知がなんとなくアバウトさを増したような気がする……。
ちなみに余韻を楽しんで欲しいのは嘘ではありませんが、3章分の作業が終わっておりませんので、そちらの方が大きいですね。
それともう一つ、現在感想に関しては、活動報告で触れさせて頂いていますが、2章完結と共に、基本的に返信しない方針とさせて頂きます。
これはマイナスの感想が辛いとかそういう理由ではなく、純粋に時間が少しでも欲しいためです。
感想返信を丁寧にこなして毎日更新するタイプの作者様もいらっしゃいますが、どちらか一つだけ、という事になれば、感想を下さる方のためにも、可能な限り更新頻度を保ちたいと思っています。
これまで感想を下さった全ての方に、この場を借りて改めて感謝を伝えたいと思います。
頻繁に下さる方のものは日々の励みですし、気合いの入った回にいい感じのものを頂くと手応えを感じます。
シンプルに面白いというのはもちろん、一気読みしたとか、日々の楽しみだとか、飽きないとか、そう言って頂けるのも、嬉しくてたまりません。
きつめのものも、わざわざ書き込んでくれた事実はありがたい事ですし、作品を見つめ直す機会にはなりました。
今後も、感想はどのようなものでも歓迎しています。
少なくとも現時点ではそれに変更はありませんし、どのようなものでも嬉しい事も、変わりありません。
……プラスの方がマイナスより遙かに嬉しいのは正直な所ですけども。
また、今後も、活動報告にて触れさせて頂く場合はあるかもしれません。
それでは、引き続きうちの子達をよろしくお願いします。