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病毒の王  作者: 水木あおい
2章
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十秒間の永遠


「……マスター。姉様。どうしたんですか? その、随分さっぱりしたような顔をして」


 声の届かない、少し離れた城壁の上にたたずんでいたリズが、並んでやってきた私達二人を迎えてくれた。


「リズは、私達の事よく見てるね」

「それはまあ、副官ですし、妹ですから」


「家族同然って事だね。やっぱりこれはもう結婚したも同然では」

「マスターは息をするように妄言を吐きますね」


 ブリジットがいつもの調子の私達を見て、苦笑した。


「……色々、積もる話もあってな」


「はあ。……聞かない方が、いいんですよね?」


「そうしてくれると、助かる」

「うん。女の子には一つや二つや三つや四つ、秘密があるものです」


「ちょっと多くないですかね」

「むしろ少ない方だよ。ただ、リズにはあんまりないけどね」


「どういう意味です?」

「あんまり隠す事もないから」


 闇が、一段と濃さを増した。


 夕日が、地平線の向こうに沈んだからだ。


 黒い大地の向こう側に、橙色の光がほんわりと輝いて、世界に一本の線を引いている。


 この黄昏時が、一日の内で世界を最も美しく見せる時間なのは、地球もこの世界も変わらない。


 この瞬間に世界が終わるかのような薄闇の中、私は微笑んだ。



「私、この国好きだよ」



 城壁の、温かさをほとんど失いつつある、石積みを撫でる。


 この城壁は、背後の全てを守るために、築かれた。


 この城壁を築くために、どれだけの血が流れただろう。


 どれだけのひとが、平和を積むために、戦ったと言うのだろう。


 どれだけの、優しいひとがいたと言うのだろう……?


「ブリジットが助けてくれたから。……私自身を見てくれて。種族だけで、全てを判断しなかったから」


「そんなに大層なものではないぞ」

「大層なものだよ。……それが出来ないから、戦争になるぐらいにはね」


 ――私は、お前達とは違う。


 そんな、世界に引かれた、一本の線がある。



 私の大切なものは、全て線のこちら側だ。



 だから、線の向こう側は。


 だから、線の向こう側を。


「だから――私は、滅ぼすよ」


 呟いた。



「人類に、存続する価値があるものか」


 

「…………」

 ブリジットとリズが、二人して黙り込んで、やっぱりこの二人姉妹だなあって顔で私を見つめていた。


「どしたの?」


「いや、そういう顔をすると……改めて……最高幹部なんだよなあって……」


「うん、これでもね。ブリジットとお揃い!」


 彼女に抱きついて、ぎゅーっと抱きしめた。


「え、あれ!? なんで私は今抱きしめられてるんだ!?」


「大丈夫大丈夫! 友達同士のハグとかすっごく普通の事だから!!」


「え……は? あれ? ふつ……う?」


「うんそう。普通の事です」


 断言した。


「……私は、まだお前の、友達か?」

「ブリジットって、結構馬鹿だよね」


 一度体を離し、呆れた目で見た。


「私は何で今罵られてるんだ」

「分からないならおしおきです」


 またぎゅーっと抱きしめる。


 ブリジットが、多分困った顔でリズを見た。


「……リズ?」

「知りませんよ。二人の問題でしょう。まあ強いて言えば、うちのマスターは姉様の事を、ずっと友人だと言っておられましたよ」


 

「……そうか」



 見えないけれど、ブリジットが微笑んだのが分かった。


「でもやっぱり抱きしめるのおかしくないか?」

「普通の事です」


 断言した。



「マスター。姉様とは本当に『そういうの』ないんですよね?」



 リズのじっとりとした視線が向けられる。


「ないよ? 少なくとも今の所は」


「なんですか今の所はって。後、やっぱりただの友人に抱きつくのっておかしくないですか?」


「おかしくないよ? ほら」


 今度はリズに抱きつく。

 ブリジットとは、また違った抱き心地。

 それを慣れた感触だと感じる事に、甘い満足感を覚える。


「いや、軽々しく抱きつくのがどうかって話してたつもりだったんですけどね!」


「ごく普通の事です」


 断言した。



「私はそうは思いません!」



 リズが顔を真っ赤にしているのが、分かる。

 それは、私が彼女の表情を察する事が出来るほど付き合いが長いとか、深いとかではなくて、単に触れている長い耳の先が熱いから。


「分かったよ」


 一度、体を離す。


「分かってくれましたか」


 ほっとしたようなリズの表情をしばし堪能した後、もう一度ぎゅっとした。


「さっき、何を分かったんですか……?」



「これは、特別って事で」



 私の腕の中に、彼女がいる。

 私の、線の内側。

 大好きな感触。

 私の、特別。


「……妹を、任せた」

「任されました」



「そういう話は本人の許可を取ってしてくれますかね!?」



 リズの言う事は、全く正論だ。

 全く反論は出来ないので、微笑んで聞き流す事も多い。

 けれど、今は違う。


「じゃあ聞くね。もう少し抱きしめてていーい?」


「なんで許可が出ると思ってるんですか?」


「じゃあ、離していいんだね?」

 彼女を抱きしめたまま、耳元にささやく。


 リズが黙り込んだ。



「…………………………あ、当たり前じゃないですか」



 たっぷり十秒は掛かったのは、即答とは言えないと判断しても、いいと思う。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、今日の更新もお疲れ様です! おおおぉ!これこそ、最高の百合百合イチャイチャの治癒です〜 私はブリジットさん一番推しですから、誠にありがとうございます!! でもリズさんは本当に超可…
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