戦いの終わり
暗黒騎士相手に、十戦全てを勝利で戦い終えた。
本日の『メイン目標』である、『リタルサイド駐留軍の意識改革』も達成されたと言っていいだろう。
最悪、私を敵とする事でまとまるだけでもよかったのだが、会場に流れる温かい空気は、私も受け入れられたようだ。
"病毒の王"の名が友軍に過度に恐れられ、侮られるのは、あまりいい事ではない。
私は、宣言したようにリストレア魔王国の、魔王軍最高幹部なのだから。
そして気になるのは『サブ目標』である、『リズにかっこいいところを見せる』なのだけど……。
皆の元に戻ると、ハーケンに木剣を預け、サマルカンドに手袋を渡す。
フードを下ろし、一息ついた。
実のところ、今日の成果は、私の独断専行の結果だ。
彼女達さえ、観客の一人とする事で、"病毒の王"の孤立を際立たせ――その状態から、評価を見直させる事でのギャップという心理効果を狙った。
つまり、姑息な小細工の一種。
リズには、姉の所属する暗黒騎士団相手に、外道な事をさせた。
「マスター」
そろそろと、リズを見る。
彼女の、表情は固かった。
「……ごめんなさい。マジもんの外道とか言って」
「……え、何それ。初耳なんだけど」
予想外の言葉に、やっぱりサブ目標は失敗だったかと不安になる。
けれど、彼女は一転して、柔らかな笑顔を浮かべてくれた。
「いえ、レベッカとちょっと。――かっこよかったですよ」
その一言だけで。
リズに、自分の行動を、肯定されるだけで。
私は、私に価値があるのだと、思える。
「……私、ちゃんと"病毒の王"できてた?」
私は彼女達四人に聞いた。
「できてました。……あなたは、私達、臣下の誇りです」
「……ん、そうだな。中々の物だった。正直、見直したぞ」
「真に立派な戦い振り、そして演説であった。これで最早暗黒騎士団に――いや、リタルサイド駐留軍に、"病毒の王"を軽んじる者などおるまい」
「魂が震えるほどの素晴らしさでした。この命尽きるまで貴方に忠誠をとの誓いを、改めて強くする思いです」
リズ、レベッカ、ハーケン、サマルカンドが、それぞれの言葉で私を褒め、認めてくれる。
「……そう。うん、みんな、ありがとう」
今日のメイン目標とサブ目標を同時に達成した充足感をゆっくりと味わいながら、笑顔を浮かべた。
「みんながいたから、勝てたようなものだよ。――みんなの事を、本当に信頼してるから、こんな慣れない場所でも戦えた」
ありとあらゆる手練手管が、この四人と、擬態扇動班への信頼において成り立っている。
「感謝してる」
「――"病毒の王"!」
凜とした声が、日の傾いた練兵場に響いた。
「姉様……」
「……ブリジット」
初めて会った時と同じ、軍服姿。
銀髪をポニーテールに結い上げた姿も凜々しい彼女は、私と同じ魔王軍最高幹部にして"第二軍"暗黒騎士団の騎士団長。
そして、私がブリングジットを縮めてブリジットと呼ぶ、友人だ。
もしかしたら、『友人』の前には、『かつての』がつくのかもしれない。
彼女は、二本の木剣を持っていた。
一本がサマルカンドに投げられ、危なげなくうちの黒山羊さんはキャッチする。
「剣を取れ」
「ブリングジット様。失礼を承知で申し上げますならば、我が主は本日、十連戦をこなした後でございます。なにゆえでしょうか?」
「"病毒の王"の覚悟は分かった。だが、この目で今一度見定めたい。あくまで、模擬戦だ。勝敗を問題にもしない」
彼女は、私をまっすぐに見据えた。
「剣を取れ、"病毒の王"!」
私は、にっこり笑って、サマルカンドの手から剣を取り上げて。
「拒否します」
笑顔のまま、放り捨てた。
「……は?」
ブリジットが、シリアスな顔のまま固まる。
ややあって困惑顔になった。
「……い、いや。本当に模擬戦だ。木剣だし、さっきの魔法道具も、ありでいい。ただの手合わせで、細心の注意を払う事を誓う」
「本当?」
「本当だ。騎士の誇りに懸けて」
「うん、でも拒否します」
私は改めて首を横に振った。
「『訓練中の死者』はたまに出てるよね? 暗黒騎士団所属から死霊軍所属に転換されてる人達いるよね? ブリジットの事を疑ってるわけじゃないけど、これでも最高幹部だから、本当にそういうリスク冒せないんだ。ごめんね!」
「……本当に安全には気を遣う事を誓う。私は騎士だ。そして騎士には、剣を合わせてみねば、分からない事がある」
ブリジットが、木剣を拾い、歩み寄る。
柄をこちらに向けて、差し出した。
「私はまだ、お前と剣を合わせていない」
「言いたい事は理解した。だが、正式に拒否させて頂く」
ブリジットと、話したい事は、沢山ある。
けれど、それは、今ここで、剣を介してではない。
「あなたの言う事は分かる。――だが、私は騎士じゃない。戦士でもない。厳密に言えば、魔法使いですらない」
魔法使いのようなローブを着て、杖を持っていても、私は所詮ただの人間。
「私は、戦わないのが仕事。剣を握らずに、より多くの人間を殺すのが仕事」
それでもなお、"病毒の王"を名乗るのは、私が指揮官だから。
そして"第六軍"指揮官の仕事に、剣を持つ事は含まれない。
「私と剣を合わせても、あなたには、きっと何も分からない」
それに私は……もう彼女に剣を向けられたくないし、彼女に剣を向けたくもないのだ。
「……そうか」
「代わりといってはなんだが、後でゆっくりとお話でも。……妹さんとの将来の話とか」
最後は小声でささやいた。
「はっ!? マスター、何言ってるんですか!」
「……妹に、手を出したのか?」
心なしか、視線が……冷たいような、呆れたような、ほっとしたような。
もう、リズとの方が遙かに長いので、過ごした時間が短いブリジットの視線は、何を意味しているのかよく分からないところがある。
「それはまだだけど」
「そのいずれ予定があるみたいな言い方は止めて下さいマスター。姉様も、違いますからね。私とマスターは女同士ですし百パーセント上司と部下です。マスターのこれはセクハラといって冗談みたいなものですから。この人は呼吸するように冗談を言う人ですから!」
「……どちらを信じればいい?」
「最高幹部で、さっき部下に臣下の誇りとまで言われた私」
「それは取り消しです。妹の私に決まってます」
「……まあどちらでもいい。だが、大事な妹だ、泣かせるな」
「それはもう」
「え、姉様? ちょっと、どちらでもよくはないです」
「……また、後で、話せるか?」
「もちろん。もう、私達は、いつでも話せるよ」
ブリジットが、小さく微笑んだ。
木剣を、二本とも放り捨てる。
落ちて、転がって、離れた所で止まった。
よく通る声で、ブリジットが宣言した。
「今日のところは、私達の負けだ、"病毒の王"。訓練の参加に、感謝を」
そして、"第二軍"と"第六軍"の合同訓練は、その全ての予定を終えた。