拍手と喝采の中で
「暴露……大会? "病毒の王"様。説明を……詳細な説明を要求してもよろしいですか……?」
犬耳さんが、ひきつった、精一杯の笑顔を浮かべて私の発言の真意を問う。
「なに。私は準備を怠らない最高幹部であり、私には優秀な部下が数多くいるというだけの話だ」
「もう少し詳しく」
「私は今日勝つと決めた。彼らに勝ち手段を用意したのは事実だが、必要なら私はそれぞれに追加の切り札を切る用意があった」
「そこをもう少し詳しく」
「訓練の参加者に関して、入念に情報収集をさせて頂いた。その過程で私は、いくつか人に知られたくないだろうと察する秘密を知るに至った」
「……は?」
リズが、トラップと手投げ弾作成ぐらいしか今回の作戦に関わっていない理由が、これだ。
擬態扇動班と共に、情報収集に努めていた。
そして、彼女クラスの暗殺者の潜伏・情報収集の技術をもってすれば、一般騎士の私生活を丸裸にする事など造作もない。
「とっても心優しい最高幹部である私は、彼の秘密をここに集う皆に暴露する事で、親しみを持たせてやろうという訳だ」
「きょ、脅迫は禁止ですよ!」
「正式なルールとして受け入れた覚えはないな。それに、脅迫じゃないよ。私の勝ちは確定していて、私は何も要求しないからね。強いて言えば、ただの憂さ晴らしかな?」
「なおタチが悪いです!」
「ルール上は?」
「……問題ありません」
「ごめんなさいやめて下さいお願いします!」
そこまで私と犬耳さんの会話を、徐々に顔を青ざめさせながら聞いていたオールバックの若手暗黒騎士が叫んだ。
「喧嘩を売った相手が悪かったね」
冷たい視線を向けようかとも思ったのだが、あえて笑顔で宣言する。
「私は"病毒の王"。君達若い暗黒騎士に最高幹部の資質を疑われてちょっぴり心が傷付いた、"第六軍"軍団長だ」
場が静まりかえる。
「降参! 降参する!」
「うん、分かった。私の勝ちだね」
明らかにほっとした顔をする。
「さて、暴露大会を始めようか」
「やめて! 降参した! 降参してるから!」
「――え? 私は降参しろとは言ってないし、降参したら言わないとも言ってないよ? そんな事したら脅迫になっちゃうしね!」
犬耳さんにちらりと視線をやると、彼女は目をそらした。
「大体、何を怯えている?」
一瞬希望があるかと、彼の表情が明るくなる。
「噂話は得意だろう?」
彼の表情が絶望に染まった。
「全く。うちの情報収集担当が機嫌を損ねてなだめるのが大変だったぐらい、好き勝手言ってくれたらしいじゃないか」
リズが、瞳のハイライトを消して「とりあえず十人ほど暗殺してもいいですか?」と危ない事を口走るぐらいには、好き勝手言ってくれたらしい。
「それはまあ最高幹部ともなれば、多少の噂話や愚痴や悪口の的になるのは仕方ないが、それでも限度というものがある」
多少思想と言動に問題があろうと、暗黒騎士は精鋭であり国家の盾であるという事を丁寧に説明し、それでもなお憮然として機嫌の悪い彼女をなだめるという名目にかこつけて、抱きしめて――
リズが、顔を真っ赤にして「分かりました! よく分かりましたから! もう機嫌直りましたから!」と言うまで愛でる事が出来たので、別に怒ってはいない。
むしろ、いつもと違う表情のリズを見る事が出来たので、口には出さないがよくやったとすら思う。
「謝ります……騎士の誇りに懸けて謝りますから……」
「騎士の誇りとは便利な言葉だな。騎士の誇りを汚す行いに対して謝罪する際にも使えるのか?」
「うう……」
涙を流して、自分の秘密が暴露された際の恐怖に怯える彼を見て、フードの陰でため息をついた。
泣いても、現実は何も変わらない。
まあ、相手がほだされる事はあるけど。
「……ま、可哀想だからやめてあげるよ。恨まれたい訳じゃないしね」
暴露大会をしても、別に"病毒の王"にメリットはない。
暗黒騎士団の評判を落としたい訳ではないのだから。
後、性癖は人それぞれだし。
「君が国家に忠誠を誓う騎士たらんと努力する限り、私と、私の命令で君の秘密を知った者は全員口をつぐもう」
「……ありがとう……ございます……」
それだけを言うと、がくり、と膝を突く。
「……勝者、"病毒の王"様……!」
犬耳さんが、同情混じりの視線を彼に向けながら、私の勝利を宣言する。
今度こそ真面目に剣で勝つつもりだったのに、結局言葉の剣で戦意喪失させてしまった。
まあ、物理的に痛い思いをさせたい訳ではないので、それもいい。
今日の『メイン目標』を達成するために、まとめにかかる事にする。
虚脱状態の彼が、同僚の暗黒騎士二人に肩を優しく叩かれ、よろよろと下がるのを確認した後、私は口を開いた。
「――さて、栄光ある暗黒騎士諸君。そしてリストレアの守り手たる、リタルサイド駐留軍諸君」
ここに集う全てへ、拡声魔法の恩恵によってよく通る声で呼びかける。
「拍手は? 喝采は? 勝者への祝福はどうした? 自分達が負けたら、素直に相手の勝ちも祝えないのが戦士の誇りや騎士道精神って奴の正体なのか?」
ぱらぱらと拍手が聞こえる。
「私は、ルールに従って戦ったぞ。"病毒の王"の名において、正々堂々と、だ」
冷ややかな視線。温度の低い祝福。
私はその中で、笑ってみせた。
「だから、分かったろう。――ルールがあってさえ、これだ」
少しだけ、空気が変わる。
「いつだってルールを破る人間がいる。しかし、ルールに従ってさえ、これほどの事が出来る。――だが、あえて言おう!」
鞭打つような声に、私に視線が集中する。
「お前達の敵は、戦争にルールなど設けちゃいないぞ」
はっとしたように息を呑む音が相次いで聞こえた。
みるみると、顔が引き締まっていく。
リストレア魔王国と、人間国家の対魔族同盟の間には、何のルールもない。
国際法も、戦時条約も、慣習上の捕虜の取り決めさえ。
いや、『捕虜』という概念さえ。
ありとあらゆる、決まり事が存在しない。
それが、異種族間絶滅戦争というやつの正体だ。
「リタルサイド城塞が担う任務は、国境防衛。だが国境防衛とは、一度や二度相手の侵攻を跳ね返す事ではないぞ。我らは怠惰も甘えも侮りも何もかも廃して、ここを守り抜く必要がある。ここを抜かれたら――何が起こるか、分かるな?」
人間の支配地域に、魔族はいない。
ほとんどが、現在のリストレア魔王国の領土へと逃げてきたからだが……少数、それぞれの土地へ留まった者達がいる。
建国が果たされて間もないリストレアという国へ組み込まれる事をよしとしなかった、都市国家に近いダークエルフの小国や、獣人の小部族。個人で動く悪魔。個々の縄張りを持つ竜。
リストレア建国は、歴史の上では、人間国家の統廃合が活発になった流れを受けての事だ。
"ドラゴンナイト"という力を得て、周辺諸国を平らげたランク王国の台頭。
現在の帝国の萌芽となる砂漠地方の部族統合戦争。
そして後に神聖王国へと繋がる一神教の急速な布教。
しかし彼らは、戦争の後に、同胞と手を取り合う事を選んだ。
大陸の全面支配が現実的でないと分かっていた賢い人達が、人間は味方として、ある程度の支配地域を確保した後の安定を望んだ。
その過程で、『魔族』は人類の敵とされた。
結束を固めるために、違うものを敵と定める。
地球でも、うんざりとするほど繰り返されてきた、古典的にして原始的かつ……効果的な手段だ。
そして、人間の支配地域では、その全てが根絶された。
リタルサイド城塞が抜かれる事があれば、その歴史が再現される。
私達が歩いたリタルサイドの街が。
カゴネ湖のレストランや、屋台の夫婦や、街を歩いていた人達が。
その全てが。
「懇願しても、謝っても、絶対に、お前達の大切な物を踏みにじる事を、お前達の大切な人を殺し尽くす事を、やめないぞ」
想像しただけで、苦悩に顔が歪み、同時にそれをさせまいという決意が目に見えて現れていく。
「今日の敗北を恥に思う事はない。――だが、戦場で必要な覚悟がどのようなものか、分かっただろう?」
謀略も、罠も、毒も、魔法も、何もかもが許可される。
正々堂々や誇りという言葉に酔う事は、許されない。
非道さえ、敗北よりは価値がある。
「お前達の長、ブリングジット・フィニスは騎士道精神の体現者だ。大いに学べ。そして、誇り高き暗黒騎士たれ。誇り高き戦士であれ」
魔族の人達には、正々堂々や誇りという言葉が相応しいように思える。
決闘で勝敗を決め、最小限の血で抑える理性的な判断も、彼らにとっては当たり前なのだろう。
しかし、人間にとっては、そうではないのだ。
「だが、同時に覚えていろ。私のような存在が、いつか絶対に敵になると。考えておけ。その時、どうやって大切な物を守るのか。何を諦めて、どこまでを切り捨てるのか」
守りたいものがある。
守れないものがある。
けれど、もしかしたら。
何かを、諦めれば。
「私は、プライドを捨てた。定められてもいないルールを守る事を止めた。ちっぽけな倫理観も、同族殺しの忌避感も、捨て置いた」
自分の気持ちとか、優しい考え方とか、したくない事とか。
そんなものを、諦めれば。
もしかしたら。
「――私は、"病毒の王"。覚えていろ」
思い返すのは、叙任式の日の事。
私が、本当に"病毒の王"になった日の事。
都合のいい道具としてでも、この国のために戦うと、決めた日の事。
私は、木剣を逆手に持ち替え、その切っ先を練兵場の床に叩き付けた。
強化された力で石床に叩き付けられた木剣が、砕け散った破壊音の余韻の中、私は木剣の残骸を握ったまま、決意を込めて宣言した。
「リストレア魔王国の平穏を脅かす全てが、私の敵!」
静まりかえる練兵場を、ゆっくりと見渡した。
いい顔だ。
全員の心に、刻まれたようだ。
自分達がリストレア魔王国の軍人であり、平穏の守り手だという気概と覚悟が。
私は、声質を柔らかなものに変えた。
「――私は、"病毒の王"。覚えていろ」
敵意が消え、温度の上がった視線を一身に受けながら。
「出自がなんであれ、種族がなんであれ、私は、"第六軍"魔王軍最高幹部」
木剣の残骸を放り捨てて。
私は、宣言した。
「お前達の、友軍だ」
拍手と、喝采が会場に満ちた。