バーゲストの腹毛を撫でるお仕事
基本プランは固まった。
しかし、今回現地活動班に被害が出た事もあり、人手が足りない。
いや、そもそも、以前から人手は慢性的に足りないのだ。
なので、それについて、リズと庭で打ち合わせをしている。
「以前から申請していた死霊軍からの追加人員は?」
「はい、五十名ほど。暗殺者の技術を持つ死霊という注文でしたので、数を揃えるのに時間が掛かったようですが。腕は私と比べるのは酷というものですが、十分に有能です」
さりげないアピールが可愛い。
「問題は、今回、死霊二十八名をまとめて失いましたので、増員しても戦力が足らな……あの、マスター。真面目に聞いているとは思いたいのですが、やっぱり相応に真面目な態度で聞いて頂けませんか?」
「え?」
私は、ごろんとしてお腹を見せるバーゲストの腹毛を撫でながら話を聞いていた。
「……さすがに気が散ります」
「分かったよ。ごめんね」
リズに謝った後、バーゲスト達に向き直る。
「お話終わらせてから遊ぶからね。ちょっと待ってて」
撫でるのを切り上げると、私の後ろに何故か列を作るバーゲスト達。
順番待ち?
「ですから、私も現地派遣用の兵力としてカウントする事をご考慮下さい」
「リズを? ……リズの事は信じてるけど……いや、信じてるからと言うか……」
言い淀んだ。
リズは間違いなく優秀な暗殺者だ。
人員不足の問題は、とりあえず解決するだろう。
しかし問題は、彼女が優秀な暗殺者であると同時に、暗殺者の手口を知り尽くした、優秀な護衛でもあるという事。
「私死なない?」
「そうなんですよねえ……」
ため息をつくリズ。
「陛下の護衛を減らすのも怖いですし、かと言ってうちのマスターは私がいなくなると、さっくり暗殺されそうで……」
"病毒の王"は最高幹部であり、英雄だ。
しかし、正体不明な上にやり口は非道。権限や予算もどんどん増強され、その度に割を食う部署がある。
なので、敵はもちろん、味方からも命を狙われかねない立場だ。
隙を見せるのは、よくない。
「悩ましいねえ」
「ええ。数を揃えればいいという訳にもいきません。隠密活動が主目的ですか……ら……?」
リズの言葉が尻すぼみになった。
「何か?」
「ちょっと待って下さいマスター」
「何?」
「いえ、少し確認を」
リズが、私の後ろにいるバーゲストを、一匹ずつ指さして確認していく。
何故か、その動作をもう一度繰り返した。
そして、もう一度。
「数え間違いじゃないですよね……」
リズの顔色が冴えない。
「ここにいるのは十一匹だね」
私も数えてみた。
「どうして『十一匹』いるんです?」
「なんの事?」
「館に配備されているバーゲストは十匹です」
リズの言葉に、首を捻った。
「……もっといるよ?」
「は?」
「だから、もっといるよ? 館の警備だってのは知ってるから、全部集めるような真似はしてないし。私のそばに寄ってきた子を適当につかまえて遊んでる内に、何匹か寄ってくるだけで……それでも、多い時で二十匹ぐらいはいたと思うけど」
「……二十?」
リズが額に手を当てて押さえる。
「まさか……え? まさか?」
現実を見たくないと言いたげな苦悩した声。
ふるふると頭が軽く振られる。
「マスター。現在の正確な数を数えたいので、可能な限り集めてくれますか」
「分かった。――お前達、分かったね? 仲間連れといで。全部」
私が声を掛けると、並んで撫でられる順番待ちをしていたバーゲスト達が、何故か寄ってきた。
そこにひょこりと、館の陰から一匹のバーゲストが姿を見せた。
走り寄ってきて、私の周りの群れに加わる。
「そう言えば、『群れの連携は魔法的なもの』って言ってたね」
「ええ。……マスターの指示が伝わっているようですね」
ごろん、と一匹が「撫でれ」とばかりにお腹を見せて転がる。
「みんなが集まるまで、この子撫でて待っててもいい? 褒めてあげないと」
「……ええ」
リズが頷く。
「ありがとねー」
許可が出たので、私は手を伸ばしてわしゃわしゃと腹毛を撫でる。
「しかし……普通黒妖犬には、こういう指示は出来ないんですよ?」
「リズ。目の前の現実が全てだよ」
「それはそうなんですが」
少しして、集まったバーゲスト達を見渡したリズが、ため息をついた。
「……あのですねマスター。私この時ほど、マスターを人間離れした方だと思った事ないですよ」
「褒めてる?」
「微妙な所です」
リズが、並んでいるバーゲストをさっと一瞥した。
「……なんで、『四十八匹』もいるんですか?」
「私には『さあ』としか言えないよ」
「マスターにお教えしておくと、十匹が一人で安全に使役出来る数。二十匹がほぼ限界です。……四十八匹? 馬鹿な」
「別に危ない事はなかったと思うけど」
「ええ、それが何故か、マスターを主人と思っていらっしゃるようで……安全では、あります。今の所、と言わざるを得ませんが」
「リズ。バーゲストって、遠距離の移動に耐えられる魔獣?」
「耐えられるも何も。元々行動範囲の広い魔獣ですよ。脅威評価も、その神出鬼没さから来る所もあります」
「じゃあ、これで兵力の問題は解決かな?」
リズが迷いながらも、頷いた。
「……この子達がマスターの命令を聞けば、解決です」