8 ユニット結成!
「楓お姉ちゃん!曲作ってみたい!!」
「Oh・・・」
ピアノ教室をサボっていた石井由愛ちゃんにアドリブで一緒に演奏する楽しさを教えてからというものの、由愛の頼みで楓は週1くらいのペースで由愛の家に通い色々と教えたり悩みの相談にのったりしていた。
いつか曲の作り方も教えてくれとか言われそうだなー、と思っていたら案の定その日が来たというわけだ。
由愛は楓が作曲をできるということを知らないのだが、楓が色々と詳しいので多分作曲の仕方も知っているだろうと予想し頼んでいる。そしてそれは見事に当たっていた。うーん、するどい。
「実はもう作ってあるの」
「あるんかい」
しかも曲は既に作ってあった。
由愛が結構突っ走るタイプなので由愛と知り合ってから楓はノリツッコミが上手くなった気がする。
「でもピアノだけだから、ドラムとかベース?みたいな他の楽器をどうやって入れたらいいかわかんなくて・・・」
「なるほどねぇ・・・」
そもそも曲を作るとは、というところからの説明がいるようだ。
楓はいつも持ち歩いているノートPCを開く。前世の頃から比べると驚くほど薄く、軽くなっていて持ち運びが全くしんどくない。それが楓に前世で死んでからの時間の経過を感じさせる。
「ピアノソロだったら別にピアノで作れば終わりだけど、世間一般の人が好んで聴くような曲を作りたいって意味だったらパソコンで音楽を作るのが基本かな」
「ピアノ教室で先生もそう言ってたけど、パソコンで他の楽器をどうやって鳴らすの?」
「作曲をするソフトがあって、それで自動で演奏するように指示を出す感じかな。実際に見てみたほうが早いと思うけど、こんな感じ」
楓はストックしておいた曲のファイルを開き、由愛に見せる。
「で、この曲は再生するとこんな感じ」
「お~!すごい!」
「だいたい10個ぐらいの種類の楽器を使ってて、それを同時に鳴らすとこんな感じの音になるかな。それぞれの楽器は自分で演奏して録音するか、『打ち込み』って言われる手法で機械に自動で演奏させる方法があるの」
「打ち込み?」
恐らく生きていて初めて聞いたであろう単語に由愛が首をかしげる。
「打ち込みっていうのは『この音をこの長さで鳴らしてね』ってパソコンで指示してパソコンに演奏させる方法。この曲は全部打ち込みで、こんな感じでマウスでカチカチしながら打ち込んで再生すると、ほら」
楓が打ち込みで適当にピアノを打ち込み、再生させる。
「・・・すごい!!ピアノが鳴ってる!!」
「でしょ?これを繰り返して曲を作っていく感じかな。じゃあ、由愛ちゃんが作った曲をまずは録音してみよっか」
「録音?」
「由愛ちゃんが作った曲はピアノだけ出来てるんでしょ?ならあとはそれを録音して他の楽器を入れたら曲になるかなー、と思って」
「確かに!」
由愛ちゃんは合点がいった、という感じですぐにピアノの前に座る。
楓はピアノとパソコンを同期させ、録音のスタンバイをする。無線で録音できるようになるとはいい時代になったものだ、と楓は色々な機材のケーブルでごちゃごちゃしていた前世の自分のデスクを思い出す。
「楓お姉ちゃん、もう弾いてもいい?」
「あ、うん。良いよ」
楓は録音ボタンを押し、録音を開始させる。由愛がピアノを奏で始める。
(・・・にしても、すごいな)
楓は演奏する由愛を見ながら驚いていた。
由愛はまだ9歳であり、小学校では3年生だ。にも関わらずピアノのみとはいえ立派に曲になっている。
ピアノの技術も楓と出会った頃から格段に成長している。若いってすごいなぁと楓は思った。
そんなことを考えていると演奏が終わったので録音を終了する。ここからは由愛の演奏に打楽器や伴奏楽器を入れていくいわゆる「編曲」と呼ばれる作業だ。
「じゃあ、ここに楽器を加えていこっか」
「何の楽器から入れるの?」
「好きな楽器からでいいと思う。でも基本的には『リズム隊』って呼ばれるベースとドラムから入れるのがスタンダードらしいね」
ドラムとベースが先にあれば曲としてそれっぽくなるのも早くモチベーションも下がりにくいしその後の楽器もベースの音が決まっていれば入れやすいからだろう。ちなみに楓は何の楽器から入れるなどのこだわりはない。要は曲になればいいのだ。
今回はとりあえず基本に則って由愛ちゃんの弾いたピアノに打楽器とベースを入れ、再生してみる。
「すごい!曲になってる!」
「ピアノがコード楽器だからこれだけですでに曲っぽいね!」
作っている曲が急に曲っぽくなる瞬間というのは作曲の醍醐味の一つだと楓は思う。
「でもちょっと寂しいかも」
「そういう時は楽器を足していくといいよ。でも増やしすぎるとごちゃごちゃしちゃうから程々にね」
「でもどういう楽器を入れたらいいの?」
「そういう時は『こういうフレーズ入れたらいい感じかも』ってフレーズを打ち込んで、楽器は後から決めるってのもありだよ」
「なるほど――」
そんな感じで楓なりに作曲のやり方を教えていく。だんだん作曲作業にのめり込んでいく由愛の背中をかつての自分と重ねながら見ていると、由愛が急に振り返る。
「楓お姉ちゃんにお願いがあるんだけど・・・」
「ん?どした」
「ギター入れてほしいんだけど・・・ダメかな?」
聞くと由愛はもともとこの曲を楓のギターと一緒に演奏する前提で作ったらしく、言われてみれば確かにギターが入るスペースが曲のところどころに確保されてある。
「全然いいよ!で、どんなフレーズを弾けばいいのかな?」
「楓お姉ちゃんの好きに弾いてくれたらいいよ」
「いいの?」
「うん!好きに暴れてくれたらいいよ!」
「・・・わかった!じゃあ、録音頼んでいいかな?」
「もちろん!」
(・・・よく考えたら人と曲を作るのは初めてかも)
曲どころか、何かを作るそのものが人とやるのは初めてかもしれない。
前世でゲーム会社にいた時はもちろんチームでゲームを作っていたわけだが、ゲームそのものの完成形は既にプロジェクト開始時からほとんど楓の手により完成させた状態であり、あとはそれをチームで具現化していくというスタイルだったのでゲームの世界観の構築に他人の手を入れさせたことは前世では一度も無かった。
他人の手を入れさせて自分の世界観が壊れるのは我慢ならなかったし、大抵のことは自分でやった方が速かった。自分が考えた世界をプログラムで再現する、という作業だけを他人に任せれば自分は考えることに集中できる。そう前世の楓は考えていた。
(まぁ、それが前世の私の強みであり、限界だったのかもしれないなぁ)
楓と製作チームの関係は悪い言い方をすれば発注者と下請けの関係だ。その関係では楓が想像できる以上の結果は生まれない。なぜなら楓の言うとおりに周囲が物を作るだけだから、その指示以上の「何か」が生まれる可能性はかなり低い。
そのやり方が悪いとは思わないが、正しくなかったとも楓は今思いなおしていた。
実際に今、由愛の作った曲に合わせてギターを弾くと楓が自分でも想像もしなかった音が出てくる。自分はこんな音も出せるのかと驚くと共に、自分の音が誰かと掛け合わさることでこんなにも広がる世界が確かにあったのだ。
楓は前世で感じたことのない興奮を覚えながらギターを奏でることに集中した。
◇
「お疲れ様でーす」
「おう、帰ったか澤村」
時刻は夜中の0時を回った頃。24時間営業の店舗だけが灯りをともしている中、ここソルダーノ・レコーズの事務所は未だに明かりが灯っている。
澤村と呼ばれた男はコーヒーマシンでコーヒーを一杯作るとあー疲れた、と言いながらソファに腰掛ける。
「ライブは上手く行ったか?」
澤村に問いかける男は二階堂拓。ここソルダーノ・レコーズの長である。
「まぁ、何とかなりました。二階堂さんもお疲れ様です」
「ありがとさん。この年でこんな時間まで仕事するもんじゃないな。まだ20代のお前じゃあるまいし」
「アラサーの僕でも嫌ですよ、こんな時間まで」
ソルダーノレコーズはアーティストの音源の流通やイベントなどをサポートする事務所である。レコーズとついているがレコード会社ではない。イメージで言えば芸能人の事務所のミュージシャン版みたいな感じである。
「毎日同じ時間で仕事が終わる、って仕事じゃないからな。しゃあないな」
「そっすねぇ・・・。あ、そういえば今日メンバーから面白いアーティストの話を聞きましたよ。何でもあの『仁科奏』にそっくりのギターがいるユニットがいるらしくて」
「・・・はぁ。お前、俺が仁科奏の大ファンだってことをわかって言ってんのか?あの人の真似をした奴は今まで幾らでもいたけどよ、誰一人としてただの猿真似で終わってる。誰もあの人の代わりになんてなれやしねぇよ」
「いや、僕も聴きましたけどマジで本人でしたって!曲もめっちゃ良かったし、二階堂さんもちょっと聞いてみてくださいよ」
そう言いながら澤村は二階堂にスピーカーと同期接続されたタブレット端末を差し出してくる。
「まぁ、ずっとモニターとにらめっこだったし息抜きに見てやってもいいが・・・」
「素直じゃないなぁ。あ、ミュージックビデオもすごいんでそっちも必見ですよ」
「ほう・・・どれどれ」
二階堂は品定めするように画面をのぞき込み、流れてくる音楽に耳を傾ける。
曲はピアノから始まった。透明感のあるフレーズだ。そこに更に透明感あふれるギターが乗ってくる。
この音が出せるのは二階堂の記憶の中では1人しかいない。
(いや、しかし、そんな馬鹿な・・・!?)
仁科奏は確かに死んだはずだ。それは疑いようのない事実だ。にも関わらずその音は間違いなく二階堂がかつて聴きこんでいた仁科奏の物だった。
(同じ、だけど違う?)
確かに仁科奏のギターだったが、彼が存命だった頃のプレイとは少し違う。まるで仁科奏が今の曲を聴き更に進化したような、そんな感じが二階堂はした。
(一体、一体誰なんだ!?このギターを弾いてるやつは――)
曲は二階堂にとってあっという間に終わった。聴き終えた今も信じられないといったような顔で二階堂は画面を見つめている。
「ね、言ったでしょ?」
「・・・あぁ、疑って悪かった。まさかこんなアーティストがいたとはな・・・」
「出てきたのはここ1か月くらいらしいんですよ。曲もまだ3曲しかないですし。聴いた瞬間、ウチで契約してほしいなと思って二階堂さんに聴かせた次第っす」
「といってもこのレベルならもうどっか他所と契約してるんじゃないか?ミュージックビデオのレベルも高すぎるだろ。3DCGのフルアニメーションって、一体幾ら掛かってんだ?どれもこれも素人がやるレベルじゃないし、すでにどっかのバックがついたアーティストが仕掛けたプロジェクトなんじゃねぇか?」
二階堂が疑問を呈す。
「いや、それがこのミュージックビデオも全部自前らしいっす」
「何ィ!?」
「しかも今聴かせた曲はピアノを弾いてる子が初めて作った曲らしいです・・・」
「何ィィィィ!?」
驚きで椅子からひっくり返りそうになる二階堂。映像と音楽のレベルから何百万円もかけてプロが仕掛けたプロジェクトユニットかと思っていたら違うどころかなんと初めての曲という。信じろという方が無理のある話だった。
「・・・よし澤村。今すぐコンタクトを取れ」
「えぇ~、今っすか。僕今週ライブの準備でほとんど寝てないんですけど・・・」
「他所に取られたらそれこそ一大事だろうが!ほら、早く!」
「もぉ~、しょうがないなぁ」
澤村はコーヒーを飲み干すと自分のデスクに付き、キーボードを打ち始める。
(それにしても・・・一体これほどの演奏技術、編曲能力、映像の作成技術を持った2人組とは、一体何者なんだ?)
窓の外を眺めながら心の中で呟く二階堂であったが、その問いに答える者はいなかった。
◇
楓と由愛が曲を作り始めて1ヶ月、2人は今まで作った曲をネットにアップすることにした。
当初はネットにアップするなど楓は全く考えていなかったが、せっかく作ったので感想を聞いてみたいという由愛の希望もありネットにアップすることにした。由愛が主導で作った曲もあれば楓のアイデアに由愛のピアノを載せたものもある。といっても由愛はまだ作曲を始めて1ヵ月なので最後の仕上げなどは楓がレクチャーがてら全て行った。
曲だけでもいいが何か映像もあった方がより多くの人に聴いてもらえるだろうと思った楓は由愛に曲を作った時のイメージを基に映像を付けることを由愛に提案した。由愛はこれを快諾し楓の3Dアニメーションをフル活用したミュージックビデオと共に由愛が初めて作った曲は世に出ることとなった。
最後に残った問題が、アーティスト名だった。
一応2人の共作なので、何かユニット名が必要だねという話になったのだがいまいち良い案が出てこなかった。
「Yua & Kaedeとかでいいんじゃない?」
「楓お姉ちゃんそれはいくらなんでも単純すぎるんじゃ・・・」
「だよねぇ・・・」
名前にあまりこだわりのない楓が適当に決めようとすると由愛がジト目で睨んでくる。すいません。
「そろそろおやつにしようか?」
2人がうんうん悩んでいると、由愛ちゃんのお母さんがおやつを持ってきてくれた。由愛ちゃんの家ではおやつを出すことは無いらしいのだが毎週由愛のために家まで来て色々と教えている楓に申し訳ないということで楓が来る日はわざわざお菓子を用意してくれているらしい。かたじけない。
「何悩んでるの?」
ケーキを置き終えた由愛のお母さんが尋ねてくる。
「実は2人で作った曲をネットにアップしようってことになったんですが中々ユニット名が決まらなくて・・・」
「あら、この前聴かせてくれた曲よね。あれなら絶対天下取れるわよ!」
「あ、ありがとうございます」
「それに、確かにユニット名は大事よねぇ」
由愛のお母さんも加わって3人でユニット名を考えるが、なかなかこれだというものは思いつかない。
思いつかない時は思いつかないものなので楓は話題を変えることにした。
「にしてもこのケーキ美味しいですね。このちっちゃい苺みたいなやつってなんていうんですか?」
「それはラズベリーよ。ケーキじゃなくてパイなんかにもよく使われるわよね。ラズベリーパイってよく聞くし」
「・・・そうだ!ラズベリーってどうかな!ユニット名!」
由愛が閃いたように言う。
「確かに、女の子のユニットなんだし可愛らしくていいんじゃない?」
由愛のお母さんもうんうんと同意する。女の子同士のユニットではあるが演奏するのはピアノとギターの歌無しインストである。音楽的には全く可愛らしくない気がしなくもない。
とはいえ楓も特段名前にこだわりは無かったのでそれで良いと同意を示した。
「よし!じゃあ私と楓お姉ちゃんのユニット名は『Raspberry』に決定だね!」
「決まってみると何時間も悩んでたのがアホらしくなってくるねぇ・・・」
楓はため息をつきながら紅茶をすする。
かくして、ギターの楓とピアノの由愛のユニット「Raspberry」が誕生した。
誰かとユニットを組んで活動するのは楓にとっても初めてのことだったので、これから何が起きるのか楓にとっても楽しみであった。
その「何か」が起こるのは楓が思うよりも遥かに早いのだが、のんびり紅茶をすすっているその時の楓には知る由も無かった。