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クリエイター少女の奮闘記  作者: 前川
中学生編
5/41

5 離陸準備

由愛ちゃんとセッションしたあの日以降、毎週由愛ちゃんから「一緒に演奏しよ!」というお誘いがある。

(最初は毎日しよ!と言う由愛であったが由愛のお母さんに「楓ちゃんのことも考えなさい!」と怒られた結果週1に落ち着いている)


やはり若い時の何かにのめり込む力というのは凄まじい。毎週会うたびに由愛は驚くほど成長している。きっと将来はいい演奏者(プレイヤー)になるだろう。


(それにしても、ちょっと上ばっかり見すぎてたかな)


楓は前世の記憶が蘇ってから、正直ずっと焦っていた。


早くまた最前線に戻りたい。そこにいなければ自分を追いつめられない。追いつめられる「何か」が無ければ表現者はただ枯れていくだけだ、と楓はよく理解していた。


だが、クリエイターとして最前線で活躍する、というのはこれから先いくらでもチャンスのあることだ。しかし、学生として過ごせるのは一度だけ(2度目だが)である。今じゃなければ出会えない人、出来ないこともあるんじゃないか、と楓はここ最近で知り合った人を思い浮かべながら思った。


(うん、やっぱりその時にしかできないことを大切にしなきゃね。今に集中!)


「――川原さん!」

「ひゃい!?」


完全に自分の世界に入り込んでいた楓であったが国語の担当教師である津田先生の声で現実に引き戻された。


「じゃあ、今言ったページを読んでください」

「えーっと・・・」


思考の世界にふけっていた楓が授業を聞いていたはずもなく、うろたえる。

そんな楓にしょうがないな、という感じで隣の席の吉川君がこっそり読むページを教えてくれた。


楓は口パクとジェスチャーで「ありがとう」と言いつつ、教えてもらったページを読み上げる。


「はい、そこまででいいですよ。考え事をするのはいいですが、授業中は授業に集中してくださいね」

「はい・・・すいません」


今に集中、と決意しながらも全く今に集中していないことに気づいた楓であった。



「また考え事してたの?」


昼休み、史織が楓に呆れながら話しかける。


「まぁ、色々ね...」

「でも先生の声が聞こえなくなるほど自分の世界に入れるってすごいね...」


感心する葵。葵とは遠足での一件以来打ち解けあい、最近は楓、史織、葵の3人で一緒になることが多い。

前世では変人扱いされ友達がほぼいなかった学生生活を送っていた楓はそれがちょっと嬉しかったりする。


「気分転換じゃないけど、今日放課後3人で出かけない?」

「行く行く!!」

「行き先も聞いてないのに早くない?返事」


葵の提案に即答する楓に苦笑いしながらつっこむ史織。


前世では学校が終わればすぐに家に帰り自分の世界に引きこもっていた楓は友達とのこういうイベントに少し憧れているところがあったのであった。


「で、どこに行くの?」


楓が葵に問いかける。


「実は商店街に手作りの靴屋さんがあるんだけど、知ってた?」


葵が言うには学校の近くの商店街に手作りの靴屋さんがあり、気にはなっていたものの行くきっかけがなかったらしい。


「え、なにそれめちゃめちゃ行きたい」

「確かに、最近って靴なんかも足の写真スキャンで履かずに通販でぴったりの買えるから、お店に行くことってあんまり無いよね」

「マジで!?」


もともと何かを作るのが好きなデザイナー上がりの楓は当然興味を示すと同時に、靴業界には明るくなかったので史織による最近の靴事情を聞き驚く楓。


「じゃあ放課後3人で、行きましょうか」

「「はーい!」」


かくして3人で放課後に靴屋に行くことにしたのであった。



なんとか自分の世界に入り込まないよう午後の授業という強敵を制した楓は放課後、昼休みに話した通り楓、史織、葵の3人で靴屋へと向かった。


「いい天気だねぇ~」

「ふふっ、そうだね」

「5月にもなると暑い日は結構暑いけど今日はいい感じの気温だね」


楓が何とはなしにこぼした言葉に史織と葵が返事をしてくれる。

社会人になると会社に朝から晩までこもりっきり、という人も多いと思うがかくいう楓も会社から出ないで作業するパターンの職場だったので、まだ太陽が昇っている時間にふらりと外を歩けることが新鮮な気分だ。


「あっ、ここだよ」


葵が視線を向けた先には、そこそこ年季の入った2階建ての建物があった。看板には「平井靴屋」と書いてある。入口のドアは一応自動ドアらしく(失礼)ドアのガラス部分には「手作りの店 平井靴屋 修理もやってます」と黄ばんだシールが貼ってあった。


ショーケースには靴が飾ってあるが、あまり置いてある靴は前世の時点でもすでに若者向けではないのでは、という感じのラインナップである。


確かに雰囲気もカジュアルというよりはちょっと重々しく、中学生が1人で入るには若干入りづらいかもしれない雰囲気だ。重ね重ね失礼だが未だにこういう店もあるんだなぁ、と楓は思った。


「じゃあ、入ってみよっか」

「うん」


葵の言葉をきっかけに中に入る3人。自動ドアをくぐると8畳くらいのスペースが広がっており、壁一面に靴が並んでいる。


ほとんどは紳士靴であるが学生靴や体育館履きなど学生が使いそうな靴もチラホラと並んでいる。


良くも悪くも「普通とはちょっと違うもの」が好きな3人はチェーン店などには無い独特な店の雰囲気に興味津々で、置いてある靴を三者三様にじっくりと眺めていた。


そうしていると店の奥の方から50歳を過ぎたくらいの女性が暖簾(のれん)から顔を出した。


「いらっしゃいませ――、あら、今日のお客さんはずいぶんと若いわねぇ。しかも女の子なんて」


やはりいつもの客層とは違うのか、目をパチクリさせている。


「すいません、気になって入っただけなので客、っていうわけじゃないかもしれないんですが・・・」

「いいのよいいのよ、まずは興味を持ってもらうところから商売は始まるんだから。気にしないでじっくり見ていってね」


申し訳なさそうに頭を下げる楓たちに、女性は気にしないでとゆったりした雰囲気で答える。


「それにしても、すごい数ですね。これは全部手作りなんですか?」

「そうね。学生さんが使うような履物なんかは仕入れてるものだけど、他は基本的にウチが手作りで作ってるわ。あ、でも靴を作ってるのは私じゃないの。哲也(てつや)さーん!」


史織が質問すると3人が色々な疑問を持っていることを察したのか、その女性は暖簾の奥のほうに向かって人の名前を呼んだ。


「はーい、どうしたんだ・・・ってこれは珍しい。女の子のご来店とは」

「この子達靴に興味あるみたいなの。私じゃちょっと答えられないしあなた答えてくれない?」

「任された。おっと、挨拶が遅れたね。私はこの店の店主の平井哲也(ひらいてつや)です。こっちは妻の百合子(ゆりこ)。あと僕の息子で友也(ともや)がいるけど、今は2階で作業中だ」

「川原楓です。中1です!」

「長谷川史織です。同じく中1です」

「上野葵です。私も中1です」


お互いの自己紹介を済ませる。

話を聞いたところ平井靴屋はその名の通り平井一家が営む靴屋さんらしい。靴を作るのは店主でもあり一家の長である哲也さん、経営を握るのは百合子さん、友也さんも靴作り担当らしいが現在修行中の身らしい。


「2階で作業中、ってことは2階は製作場なんですか?」

「その通りだよ。2階で靴を作ってる。靴作りはあんまり広いスペースがいらないからね、これくらいの大きさの建屋でいいんだ」


その後も3人の質問に答える哲也。最後は2階の作業場を見せてくれて、3人とも大興奮であった。



「「「今日はありがとうございました」」」

「いやいや、こちらこそ楽しかったよ」

「お仕事中なのにすいませんでした・・・」

「いやいや、これも仕事のうちさ。若い人が靴作りに興味を持ってもらうことが、結果的に未来の靴作りに必ずいい影響を与えると思っているからね。中学生にはウチの靴は高いだろうが、お金が稼げるようになったら是非買いに来てね!」


謝る葵に対しても哲也は大人の対応だった。


(すごい人だなぁ・・・)


今日の楓たちとの時間は哲也にとって一銭にもならない時間だったはずだ。しかし哲也はお金だけで物事を判断しない視野を持っている。


その場だけの損得だけで物事を見るのではなく、未来のこと、その業界のことまで考えて普段から仕事をしている人が一体どれだけいるだろうか。楓は靴に関しては素人だが間違いなく平井靴屋の靴は良い物だろうな、と楓は思った。


「ただ正直、若い人との関わり方とか、最近のハイテクにどう向き合ってくかは今のウチの悩みどころなんだけどね・・・」

「・・・そうなんですか?」


さっきまでの朗らかな雰囲気とは一転、少ししょんぼりとした様子でそういう哲也へ、楓はもう少し掘り下げようとする。


「店の中を見ればわかると思うけど、若者向けの靴なんてほとんど無いだろう?もちろんそういう層にも買ってほしいんだけど、そもそも若い人の来店なんてほとんど無くてね。みんな通販やチェーン店に行ってしまうんだ」


まぁ若いうちは時間もお金も無いことが多いからしょうがないけどね、と哲也はこぼした。


「君たちも薄々思っていたと思うけど、よく潰れないなぁって思わないかい?」

「それは...」


3人とも失礼だと思うので聞きはしなかったが、確かに平井靴屋を営んでいける利益をどこで生み出しているのか、というのは疑問だった。


「ウチの大きな収入源の一つはオーダーの靴を売ることと、それを売った後のアフターサービス。これは利益率がすごく高いから、お客さんで常に賑わっているくらいの客数は必要ないんだ。もう一つは地域と密着した取り引き。例えば学校と懇意になって何十人、何百人の生徒の靴をウチから仕入れてくれたら結構ないい稼ぎになるんだ。そういう昔からの付き合いのお得意先さんがあるから、現状やっていけてる感じかな」


たしかによく潰れそうで潰れないお店というのは割とある。


他に収入があるから、という理由のお店もあるが平井靴屋は地域との助け合い、それと哲也についているお客さんのオーダーと靴のケアで経営が成り立っているようだ。


「別に僕の代でこの店が終わるなら今のままやっていけばいいんだけど、息子の友也(ともや)がいるからね。今のままのスタイルだとこの地域の中で完結した商売だし、友也にとってはあまりにも閉鎖的すぎるかなって思ってるんだ。友也はまだ20代だし、口には出さないがやっぱり今のスタイルにどこか閉塞感(へいそくかん)を感じてると思う。何とか新しい道を示してやりたいんだが私はこの40年間ずっと靴を作ってきたから、何か斬新なアイデアを出そうにも難しいところがあってね・・・」


こんなこと君たちに言ってもしょうがないね、ごめんねと言う哲也はさっきまでの朗らかな雰囲気ではなく、どこか諦観しているようであった。



「色々知れて良かったけど、やっぱり色々問題があるんだね...」

「うん...」


帰路に着いた3人は今日の感想を話し合っていた。


「若者向けの靴をバンバン作って、おしゃれな写真を撮ってネットで上げまくるとかじゃダメなのかな?」


「その路線で行くなら、もう既にやってる若者向けのメーカーが沢山あるし、その中に飛び込む必要があるけどそれは結構運がいると思う。上手くいけば目を引くかも知れないけど、良いものを作れば誰かが見つけてくれるっていうわけじゃ必ずしもないからね...」


史織のシンプルな質問に楓が答える。

良く(おちい)りがちなのが「良いものを作り続ければいつか見つけてもらえる」という考えだ。

もちろん見つけてもらえる可能性もあるが、基本的にはそんな受け身の姿勢では収入が稼げる商売に持っていくところまではどの道辿り着かないだろう。


「それにいきなり若者向けの靴を作ってももう一個問題が出てくると思う」

「「問題?」」


楓の言葉に首をかしげる史織と葵。


「もし若い人が興味を持ってくれたとしてその後の流れまで考えると、まず手作りゆえの値段の高さがネックになるかも。今どき数千円で靴がオーダーできる時代だし。それから、デジタルインフラの整ってなさ。今はデジタル端末さえあれば靴屋に行かなくてもアプリで手軽に自分にぴったりの靴が手に入るこの時代に、わざわざ靴屋に行って、オーダーに必要な採寸や打ち合わせをして、靴が完成するまで待ってくれるかっていう懸念があるかな。平井靴屋はホームページこそあるけど、それも本当に一応作っておいたくらいのものだし、まして平井靴屋のアプリとかそんなのないしね」


逆に言えばこれらの問題が解消できればまだまだ進化して行けるポテンシャルを持ったお店ということでもあるが。


「楓ちゃんの言葉を逆算すると、手作りなのに値段は安くして、オーダーから受け取りまでオンラインでできる環境を構築する...ってこと?」


葵が楓の言葉を要約する。


「そんな感じかな?」

「大分ハードル高くない?」

「そうだねぇ...確かに高いかもねぇ...」


史織の言葉に相槌を打つ楓。


(まぁ、そのハードルを必ずしも飛ばなきゃいけないなんて決まりはないんだけどね)


楓は心の中でニヤリと笑う。


ハードルが置いてあったらほとんどの人はそれを跳ぼうとするだろう。しかし必ずしも跳ぶ必要はないし、もっと言えばそのハードルを跳ぶ必要が本当にあるのか?という問いまで産まれるのが人生の面白いところだと楓は思う。


(さて、久々にひと仕事しますか!)


「・・・なーんか面白いもの見つけた顔してる」


「そう?」


そんなことを考えていると、史織が楓の顔を覗き込んでくる。


「この顔は何か面白いことを思いついた時の顔なの?」


「そうだよ葵ちゃん。この顔を楓がしてる時は良くも悪くも何かをやらかす時の顔だよ」


「良くも悪くもって何よ、良くも悪くもって...」


小学校の頃から楓との付き合いがある史織は楓がやってきた(やらかしてきた)ことをよくご存知なので、言い返せないのがつらいところである。


「まぁでもこの顔の時は大丈夫な時かな」


「そうなの?」


「多分。でも何かあったら私と葵ちゃんにも声かけてね?」


「そうだよ。楓ちゃんなら大抵のことはなんとなくこなせそうなイメージがあるけど・・・1人で抱え込んでつらい思いはして欲しくないな」


「・・・ん、2人ともありがとう!」


前世ではデザインからプログラミング、3Dモデリングと3Dアニメーション諸々の技術を駆使して作品の入り口から出口まで全部1人でこなせた楓は「なんでも1人でこなせるマン」として扱われあまり自分を心配してくれる仲間、というのがいなかったので自分のことを掛け値無しで純粋に心配してくれる史織と葵の存在が心強い。


(・・・割と仲間っていうのもいいもんじゃない。()()()()?)


楓は前世の自分自身にそう言うのであった。



1週間後、楓はお父さんのお下がりのノートPCを持って再び平井靴屋を訪れていた。


「相談したいことがある・・・とのことだけど、どういった内容なのかな?」


事前にアポを取っておいたがおおまかな内容しか哲也へは伝えていない。

楓はノートPCを開き、哲也の方へ向けながら言った。


「平井靴屋の未来について、お話に来ました――」

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