39 初ライブ!
ステージに出た朱莉がまず目にしたのは、商店街の駐車場いっぱいに入った沢山の人。
商店街の恒例イベントとは言えある程度は参加者が宣伝しなければここまでは人も集まらない。
SNSでそれなりにフォロワーがいる朱莉は今日のことを当然告知しており、それを見た人達が実は来てくれていたのだ。
その証拠に、観客席の至るところに自身のハンドルネームである「キノアカ」と書かれたうちわやタオルなどを掲げた人達がいる。
それを見た瞬間、朱莉は再び己を恥じた。
リアルでのイベントをやったことがない朱莉にとってSNS上での反応は全てデジタルの中の出来事であり、その向こう側に人がいるということを頭では理解していても実感が持てなかった。
だからこそいくら再生回数が伸びてもいいねがついても虚しさを感じていたのだが、これまでの活動が実は身を結んでいたことに気づいていなかったのだ。
(私、本当バカだ。勝手に自分の世界に閉じこもって、応援してくれてる人のことなんて考えもしないで——)
初めて聴く外の会場での大きなアンプの音と背後から聴こえる身体を揺らすバスドラムの鼓動は、とても自然に自分の身体へと馴染んだ。
身体を揺らす振動を生み出しているのは友達とも仲間とも言えない、だけど背中を預けても良いと思える新しい仲間たちが生み出す躍動だ。
「今日はみんなが知ってる曲を超沢山メドレーでやります!全力で駆け抜けるんで一緒に盛り上がりましょう!」
初めて感じる高揚感の中で朱莉は仲間たちのビートを背負うと、微塵の怯えも感じさせない大きな声でそう叫んだ。
◇
2曲目はシンセサイザーのリフがあまりにも有名な80年代のアメリカのバンドの曲で幕を開ける。
そのリフが響いた瞬間会場はおぉっ、と沸いた一方で楽器経験者は目に飛び込む情報と耳から入る音が一致しない怪奇現象を目の当たりにしていた。
先述の通りその曲はシンセのリフが主役の曲だ。そして実際にシンセサイザーの音が会場に響き渡っているのだが——
((((いや、なんでギターからシンセの音出てんのぉお!?))))
ステージ上にはキーボードディストなどいない。つまりこれは楓がギターから出している音なのである。
実はこれだけならギターシンセというものがあるので、技術があればできない事も...まぁ、ない。
おかしいのはイントロが終わり、シンセサイザーのリフに重ねてなんとエレキギターの音も入ってきて今度は観客はこう突っ込んだ。
「「「「いやなんでギターの音出てんのぉ!?」」」」
オバケの顔が描かれた布で顔を隠した謎のギタリストの一挙手一投足に、楽器経験者たちは度肝を抜かれそう叫ぶのであった。
◇
「2曲目から容赦なさすぎだぜうちの姉御はよ...」
blue saltのギタリスト、俊介は思わずそう呟いた。
楓の熱心なフォロワーなら誰でも知っているが、楓のギターはデジタルテクノロジー満載の超ハイテクデバイスになっている。
6つある弦はそれぞれ別個に出力され、これまた楓が作った特製デバイスにてMIDI信号として処理されPCへと送られる。
この処理をすることで和音でも関係なくDAWのシンセ音源をギターからコントロールすることが出来るのだ。
またMIDI信号として処理される前段階でそれぞれの音は分岐させられており、それらをコントロールする6chデバイスにて各種弦の音量とイコライジングをコントロールできる造りになっている。
つまりこれらを駆使することでシンセサイザーとエレキギターの音を別のスピーカーから同時に出力することが出来る。
...のだが、それはあくまでデバイス上の話だ。
F1を作れるということと、F1を乗りこなせるということは別の話ということである。
演奏するプレイヤーにはギターとシンセサイザーをギターの指板上で同時に演奏するスキルが求められる。
簡単に言えば今楓が行っていることは左手を1~4弦に載せシンセサイザーのコードを弾き、右手をネックの上から周し5,6弦を押さえギターパートを演奏している。
いわばピアニストとほぼ同じことをしているだけなのだが、1つだけその驚異性を述べるのであれば弦を弾くことなくただハンマリング——つまり押弦するだけでギターのパワーコードをと伴奏のコードを演奏し続けているのだ。
ピアノは鍵盤を押せば音が出るが、エレキギターはそうでないことを踏まえるとこれは驚異的なことである。
4人のバンドでボーカルの朱莉がギターもベースも弾けないとなると、通常であればリズム隊を除けば使えるのはギター1本のみだ。
しかしギター1本であらゆるヒットソングをカバーする今回のメドレーを演奏するのはかなり厳しい。
そんな不可能を可能にするのが川原楓という少女なのだ。
ソフトウェア、そしてハードウェアエンジニアという2つの経験。
誰も考えつかない様なアイデアを息を吸う様に吐き出し続ける圧倒的なイマジネーション。
そうして産まれたアイデアを実際に演奏する演奏能力。
ただギターを弾いているだけでは彼女に一生追いつけないという、ギタリストという概念そのものを純粋な好奇心と溢れる出る笑顔で破壊つくした異星人。
そんな彼女にとって腕がまるで4本あるかの様に演奏するなど容易いこと。
かつて世界中のギタリストに希望と絶望を同時に与えた可愛らしい侵略者が、とある商店街の駐車場でその力の片鱗を振るおうとしていた。
◇
(しかし不思議なリズム隊だ...)
西高軽音部のステージを見ながらガールズバンドLUPOのギタリストであり楓の厄介古参ファン(笑)でもある丹田奈緒は心の中でそう呟いた。
(ドラムはかなり上手いな、叩くフォームから見ても几帳面な性格と見た。それに対してベースはまだ初めて間も無くないか?やたらとアドリブ入れようとしてるし、ドラマーの子とはまるで真逆の性格だ)
奈緒自身がプロのバンドマンでもあるため、演奏を見ればある程度のことはわかる。
バンドのレベルはリズム隊でほぼ決まる、というのが奈緒の持論だ。
理由は簡単で、世界一のボーカリストやギタリストがいてもヨレヨレのリズムの上に音を重ねたら全て台無しだからである。
実際ドラムとベースが安定しているだけでバンドの演奏は一段と上手く聴こえる。
奈緒の第一印象は「カッチリしたドラムとあんまり上手くないのにやたらと動き回るベースだな」というものだった。
(だけど....なーぜか2人とも合ってるんだよな)
奈緒の見立てでは2人の中にあるタイム感は全く違う様に見える。
にもかかわらず、なぜかリズム隊としてちゃんと機能しているのが不思議でしょうがない。
(たまたま上手く行く組み合わせだったのかな?)
◇
(うおおおおおおおおおおおお師匠に合わせて叩くの楽しすぎるぜえええええええええええ!!!)
(よく分かんないけど、最後は川原さんに合わせればいいか)
なぜこんなにも正反対の2人が最終的にはシンクロするのか?
答えは単純で2人とも楓の演奏を基準にしているからである。
...リズム隊がギターを基準にするのか(困惑)
このバンドの成り立ちを知れば上記は何も不思議ではないのだが、今日が初見の奈緒にとってはそんなこと知る由もない。
結果的にはタイプの違う2人が生み出す決して正しくないグルーヴが楓への畏敬の念(二階堂)と愛(仁)と合体して不思議な魅力として機能するというミラクルを起こしていた。
なお楓のバックでドラムを叩くという長年の悲願を達成した二階堂は若干目がイっていたのもパフォーマンスに影響があったとかなかったとか。
◇
誰もが知ってるヒット曲から、動画サイトでやたら流れる広告の曲、スマートフォンの呼び出し音をアレンジした楽曲やヒット曲同士を組み合わせたいわゆるマッシュアップなど多彩な魅せ方で進行していくメドレーはオーディエンスを完全に魅了していた。
その様子を冷静に分析する1人の男がいた——早瀬玲だ。
(悪く言えばこれだけとっちらかったセットリストだというのに、歌っているボーカルの彼女も素晴らしいな)
とにかくみんなで楽しめるメドレーという目的のために集まった楽曲は様々なジャンルを横断することになる。
しかしながら英語から日本語、男性も女性も混ざりかつキーの高さも毎回ブレブレの曲を朱莉は歌いこなしている。
この背景には朱莉が中学3年間の間ずっと歌い手として活動していた経験がある。
朱莉は再生回数を意識して流行の曲をカバーしまくっていた。
当然あらゆるジャンルをカバーすることになるわけで、それが朱莉のボーカリストとしての表現の幅を広げたのだ。
結果として国内外のあらゆるポップソングに精通するシンガーとなった朱莉は楓の斬新なプレイをポップに昇華させる大きな要因となっている。
そして動画を投稿するという以上は自分の歌を録音し、聴く必要があるということだ。
上記が何を意味するのかというと、自身のベストテイクを録音するというプレッシャーの中歌うという緊張への耐性と録音した自身の声を聴くことで客観的に問題点がわかり、上達することができる。
これを中学3年間の間に一人部屋に篭り繰り返してきたことが初めての人前、しかもバンドが演奏するための環境では無い中で朱莉が素晴らしいパフォーマンスを披露する要因となっている。
結局のところ、土壇場で自分を支えるのは誰も見ていない所で行ってきた自分自身の努力なのだ。
「全く、なんで川原さんの近くにはこんなすごい人たちばかり集まるんだか」
玲は呆れる様にそう呟くと、難しいことは考えず目の前のショーに集中することに決めるのだった。
◇
ライブが進行するにつれて、楓の弾くフレーズはより自由奔放に、より楽しそうな音を奏でる。
由愛を始めとするメンバーは楓がいわゆる「ゾーン」に入りかけていることに気づいていた。
これはRaspberry時代からあった現象で、その日の楓の精神状態が最高に良い時に起こる。
唐突なフレーズの変更や、現代のポップミュージックを支配する12音階に縛られない楓独自の自由なスケール、音階の無い音ですら即興でプレイに利用するトリッキーさなど、ギターが無機物とは思えない程に時に泣き、時に叫び、時に笑う様に音を奏でる。
弦をベンドすることで無限の音域を作り出せるエレキギターという楽器の特性は、川原楓という少女の才能を余すことなく放出するのに最適なデバイスだった。
そしてゾーンに入った時の楓はギタリストのみならず、他の楽器のプレーヤーすらステージから退場させる程に手がつけられない領域へ到達する。
他を寄せ付けず平伏させるその様子はまるで皇帝の様であり、楓教の信者を増やす一因になっているとかいないとか。
ただこのゾーンは楓の調子が良ければ入れるわけではなく周囲の環境やその時の世情、チームの雰囲気や会場の状態など様々な要因が重ならなければ到達できない精神状態であり、Raspberryの時でも由愛は年に数回程度しか見たことがない。
それほどまでに希少な現象でありまたアレが見れるのかと由愛は内心興奮しながらステージを眺めていた。
その他の楓の関係者の誰もがその瞬間を目撃できると思っていた時、それは起きた。
◇
(——少しもミスをする気がしない)
ステージでギターをかき鳴らす楓の調子は由愛たちの予想通り絶好調であった。
親と一緒にいる小さい子供から老夫婦まで様々な人がいて、かつ楓の知り合い——具体的にはサングラスで変装したつもりの由愛たちや自分の両親。
それからいつもの商店街の人たちが自分の店の出し物もあるだろうに顔を出してくれているし、中学の時からの親友である葵と史織の姿も見える。
というかこの前楓を誘拐した高城沙耶香まで観客と一緒になってタオルを回している様な...
とにもかくにも、自身をサポートしてくれる人たちの声援は確実に楓の背中を押し、プレイ面でも確実に良い影響が出ている。
中盤にあるギターソロが近づき、楓は興奮が止まらなくなる。
いったい今の自分はどんなソロを弾いてしまうんだろう?
自分自身に対するワクワクが止まらなくなるこの瞬間は表現者として最高の瞬間の一つだ。
ソロに備えて足元のブースターに近づき、スイッチへと足を伸ばしたその瞬間、楓はいつもと違う何かを感じ、後ろを振り返った。
そこにはそれぞれが会場の観客を見据え、自分の仕事に専念するメンバー達がいた。
朱莉はもちろん楓がいるからという理由で入った二階堂も一ノ瀬も今では完全にライブへと没入し、その視線は観客の方へと向いている。
楓は仁科奏の記憶も含め、本当の意味で横一線のメンバーと活動したことが実は無い。
かつてのゲーム会社では統括プロデューサーという立場だったし、独立後も自分が会社の代表だった。
Raspberryも自分が由愛とチームを引っ張っていく役割であったし、中学の時のバンドも文化祭のみのサポート役だった。
結果的に自分がリーダーをするのが一番手っ取り早いのでいつもそうして来たのだ。
しかしながら今、自分がリーダーとして指揮を取るのでは無く、同じ戦場で1人の戦士として肩を並べ戦う——そんな状態に自分がいることに気づいたのだ。
自身の才能をこれでもかと見せつけるパフォーマンスから、仲間と音のコミュニケーションを純粋に楽しむパフォーマンスへ。
楓にとって未知の領域へと繋がる扉が、今開かれた。
◇
ステージで演奏する楓の音が明らかに変化したことに、奈緒をはじめとした楓の関係者はすぐに気づいた。
(これが、楓ちゃんの本当の姿なのか...!?)
いつもなら自分とギターの一対一の世界へ深く深く潜っていき誰も追いかけられない領域へと潜っていってしまう楓だが、明らかにそれとは違うと奈緒はすぐに気づいた。
ボーカルやベースとユニゾンしたりハモったり、ドラムのフィルインと合わせたり。
まるでバンドメンバー同士を繋ぎ、より大きな風を巻き起こす様に。
今までとは全く違う楓のプレイに、奈緒たちは息を呑んだ。
「...僕たちは川原楓というギタリストを、勘違いしていたのかもしれませんね」
その様子を見ていた玲が呟く。
「暴力的な才能で見る者全てをひれ伏させる孤高の表現者かと思っていましたが——まさか更に上のギアがあったとは......」
「オイオイ、既に世界を取ってる様なもんなんスよ?まだ伸び代があるとかどうなってんすかね...」
玲の言葉に俊介が苦笑いしながら緩く突っ込みを入れる。
「すげぇよ楓ちゃん!なぁ由愛もそう思——!?」
「————へぇ」
興奮した奈緒が由愛の方を向くと、そこにはバナナで釘が打てるんです☆と言わんばかりの冷たいオーラを纏った由愛がいた。
「そっかぁ、これが楓姉ぇの本当の姿だったんだね...ふふふ...」
「えーっと、おい大丈夫か由愛〜?」
虚ろな目でステージを見つめ続け小さな声で何かを呟き続ける由愛に若干引きながら奈緒は声を掛ける。
「何であそこにいるのが、私じゃないのかなぁ?私じゃ物足りなかったのかなぁ?——じゃあもっと楓姉ぇとの距離を縮めないとねぇ、あはは、あははは、あハはハハハ!」
「アカーーーーーン!!!!!!てか皆も見て見ぬ振りしないで何とかしろよな!」
「我が心すでに空なり。空であるが故に無....」
「姉御が絡んだ由愛ちゃんはアンストッパブルっスから...」
「だー!男のくせにどいつもこいつも使い物にならん!」
様子のおかしい由愛に対して、我関せずを貫こうとする男連中に頭をかかえる奈緒。
とは言え由愛がおかしくなるのも無理はない。
由愛は楓にとって自分が特別な存在であるという自認があった。
それはかつてRaspberryとして活動し共に多くの苦難を経験してきたという事実があるからだ。
確かに川原楓という少女の理解者は他にいるかも知れない。
しかしクリエイターとしての川原楓は由愛が一番わかっていると思っていた。
それは表現者としての生の部分が一番出るステージで、音楽という媒体を通じコミュニケーションを取ってきたという経験からくるものだ。
事実、由愛は最も楓と表現者として心を通じ合わせてきたと言っても過言ではないだろう。
しかしその自負が根幹から覆される事件が今まさに目の前で起きているのだ。
由愛にとってはめちゃくちゃにハードなNTRをされたといっても過言では無く、こうなってしまうのもおかしくはない...のか?
「楓姉ぇは普段は優しいのにステージでは傲慢で、もっと圧倒的で、もっと超越した存在じゃなきゃダメなんだよ...あ、そっかぁ?さては周りの人たちが何か吹き込んだのかなぁ?それなら早く思い出させてあげないとね。そしたら私と過ごした時間も——」
「だーっ!演奏中にステージに上がろうとすなーっ!」
ふらふらとステージへ歩いて行こうとする由愛を羽交い締めにしつつ、奈緒は叫んだ。
◇
ギターソロが終わり、そのまま曲はラストのサビへと入っていく。
練習で常に楓のプレイを見ていたメンバーだったがこの土壇場で新しい楓のプレイスタイルを見せられ、そのテンションは最高潮に達していた。
ほぼ15分間歌いっぱなしの朱莉の声は後半に来て更に鋭さを増すというプロ並みの芸当をやってのける。
二階堂のドラムは序盤の機械の様に正確なプレイからいい意味での人間らしさ——感情が見え隠れする様になっており明らかなブレイクスルーを。
たったの2ヶ月しかベースを練習していない仁は随所にミスがあり未熟さは感じるものの、天性の才能かその自由奔放なアドリブはバンドに良いアクセントを加えている。
まさに全員が覚醒した状態でバンドは最後のサビへと突入していく。
最後に来て朱莉の声は更に伸びやかな高音を奏で、駐車場を埋める観客達の耳と心を響かせる。
大サビの終わりが近づき、最後の最後はギターソロだ。
朱莉はサビの最後のロングトーンそのままに叫ぶ。
「——行けぇぇぇえええ!!!最強無敵のギタリスト、川原楓!!!!」
楓はその声を聞いた瞬間、反射的にある行動に出た。
——今まで顔を隠していた布を脱ぎ捨てたのだ。
メンバーなどの周囲への影響を最小限にするため、楓は自身の正体を隠した。
しかしそれは楓とバンドに対するある種の線引きでもあり、メンバーとは距離を取るということでもある。
その距離を象徴するマスクを投げさり、観衆の前に素顔を晒す。
性別を隠すため男物の制服を着ていたということもあるが、こんな豪快なプレイをするなら当然男だろうと思っていた観客は色白で細身の女の子が出てきて再び度肝を抜かれた。
顔を隠す布を投げ捨てた楓はそんな観客を余所にそのまま足元のゲインブースターを蹴飛ばしギターの弦を弾き飛ばす。
足りない握力を補うため逆さからネックを持ち上げる必殺のチョーキングビブラートは、普通のギタリストが揺らす1音半の範囲を遥かに超える2音差の領域へ。
スライドとチョーキングを多用し、ドレミファソラシドと無音階の領域を行き来する楓特有のフレーズはまるで生き物の声の様に会場に轟く。
サビのフレーズをリフレインする朱莉と楓のギターは最早ツインボーカルと言っても差し支えがないほどの存在感を放ち、そんなフロントの女子2人を二階堂の堅実なドラムが支え仁の動き回るベースが隙間を埋める。
平均的な身長で親しみやすいルックスと明るい声質のポップなボーカル朱莉と、高身長で色白かつ細身ながら超絶技巧で豪快なギターをかき鳴らすどこか浮世離れした楓のコンビは今までに無い組み合わせで観客の心を惹きつけ続ける。
会場中の観客の期待に応えきった朱莉と楓は、後ろへ振り向き最後の小節に入る。
言葉が無くともその意図が一瞬で分かった二階堂と仁は少しずつテンポを落としていき、一つ一つの音をゆっくりと4人で紡いでいく。
最後の一音を全員で大きく長く響かせると同時、4人は全員観客へと目線を向け朱莉の「以上大町西高軽音部でした!ありがとうございました!」という声と共にそれぞれの楽器をかき鳴らす。
二階堂がゆっくりとタムを回し、最後の大きなクラッシュシンバルの音と共にバンドのパフォーマンスが終了する。
その瞬間、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
鳴り止まない拍手は司会進行役のスタッフがMCを入れるのを躊躇うほどだった。
大きな拍手と声援の中、朱莉と楓は観客へ向かってお辞儀をした。
いつもは傍若無人気味な二階堂と仁も、楓が頭を下げているのを見て真似する様に頭を下げる。
4人が頭を下げている間も観客からの拍手は鳴り止まなかった。
「大町西高等学校軽音部の皆さんありがとうございました。続いては——」
4人が頭を上げるのを見て司会がMCに入る。
朱莉達は楽器や機材を抱えて速やかに舞台袖に捌ける。
その様子を舞台袖で眺めていたバンドがいた——笹原達だ。
笹原たちは朱莉たちの次が出番であり、舞台袖で控えていたのだ。
圧倒的なパフォーマンスを見せられ舞台袖で固まっているボーカルの笹原を見て、朱莉は口を開いた。
「暖めておいたよ、ステージ」
そう言って立ち去る朱莉に二階堂と仁はあえて無言で付いて行く。
唯一、一番後ろを歩いている楓だけが笹原に向かって舌を出しあっかんべーをしながら立ち去っていった。
◇
その後の笹原達の高校の軽音部のパフォーマンスは言うまでもなくひどいものだった。
といってもあれだけ圧巻のステージを見せられれば無理もないと言えよう。
朱莉の圧倒的なパフォーマンスに萎縮した笹原は緊張で全く声が出ておらず、初音から外しっぱなし。
全く通らない声のせいでほとんど楽器帯の音しか聴こえていない状況だった。
朱莉に手を出そうとしたギターの男はあくまで家で上手に弾けるだけでライブ経験は乏しく、生アンプでの音作りも杜撰。
立ち弾きに慣れていないのかミスも多く、とても聴いていられるものではない。
観客もどうしても先ほどのバンドのギタリスト——楓と比べてしまう。が、流石に比較相手が悪すぎて最早同情するレベルである。
他のバンドメンバーも先程の大町西高のパフォーマンスに気圧され、ガッタガタの演奏。
先程までの熱気が嘘の様に静まり返った会場の中、スカスカの伴奏と音痴なメロディで奏でられる流行りの曲が会場に虚しく響き続けるのであった。
楓「あっかんべーwwwwベロベロバーwww」
朱莉・二階堂・仁「・・・・」