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クリエイター少女の奮闘記  作者: 前川
高校生編
40/41

38 嵐の前も嵐

リハーサル前にいったん自由時間となり会場を見ていた朱莉に、かつて朱莉をいじめていた主犯格の笹原が声を掛けてきたのだが・・・?

「——笹原さん」


「あれー久しぶりじゃん。なんか雰囲気変わったね、高校デビューってヤツ?笑」


朱莉は息を吸うようにマウントを取ってくるような会話に嫌な意味で懐かしさを覚えつつ、返事を返す。


「あー、まぁそんな感じ。笹原さんも市民発表会出るんだ?」


「そうそう。何かSNSでバズってる人たちから誘われてさ、ボーカルで出るんだよね〜」


(逐一自慢しないと気が済まないのかな.....)


朱莉は思わずはぁ、とため息をつくと笹原へ誰かが声を掛けるのが聞こえた。


「おー梨恵ちゃんこんなとこいたんだ」


「あ、有斗せんぱぁ〜い」


男の声に反応して笹原が媚びた声を出す。

現れた男は自分に自信がありそうないかにも陽キャの男子といった感じだった。


服装も第2ボタンまで開けたワイシャツにおそらく学校指定ではない茶色のカーディガンを羽織っており、アップバングで大きく額を出した髪型は自分の顔への自信が見える。


(生まれてから人から陰口とか言われたことないんだろうなー)


かつていじめられていた朱莉は陽キャを見るとすぐに陽キャ感知センサーがピピッと反応するようになっていた。


「へー、てか結構可愛いじゃん。アカウント教えてよ」


「有斗先輩、コイツ中学の頃マジで陰キャだったんでやめた方がいいですよ〜」


「あ、そうなの?全然見えないけどなー。てか君もイベント出るんだ、バンド?」


「まぁ......」


「じゃあパートは?」


「ボーカルですけど...」


「そういえば木乃原さん中学の頃なんかネットに動画投稿してるっていってたよね〜。歌ってみたってやつ?」


笹原がそういえば、と思い出した様に言う。


「マジ?俺ギターなんだけどさ、今度俺の曲で歌ってよ。俺結構フォロワーいるしそっちにも悪い話じゃないっしょ?」


「あー、大丈夫です...」


「俺の曲結構有名なんだけどなー。よく流れてこない?『イイタガリ症候群』って曲」


「あー、どうですかね......」


「てか木乃原さんさぁ、どうせ大したことない底辺歌い手だったんでしょ?有斗先輩とコラボさせてもらえるだけありがたく思いなよ」


「顔は良いしさ君。ぶっちゃけ顔出せば歌なんて下手でも伸びるし。ほら早くアカウント教えなよ」


「ちょっ——」


そう言いながら男は朱莉の肩に手を回そうとしてくる。


——しかし何者かが朱莉の手を引き、男の手は空を切った。


「そろそろリハーサルだ。行くぞ」


「二階堂君...」


そこには同じバンドメンバーの二階堂が立っていた。



「なんだお前?」


いきなり現れた二階堂に、笹原の前だからか男は少し威嚇気味に二階堂に声を掛ける。


「答える義理も無いな。悪いが急いでる、くだらんナンパなら他所でやれ」


「んだと...!?」


突然現れ対立してきた二階堂に男は憤る。


男はそのまま朱莉の手を引いて立ち去ろうとする二階堂を呼び止めようとするも——


「——失せろ。次は無い」


振り返った二階堂の気迫に男は完全に怯んだ。


その男も長身ではあったが二階堂の身長は184cmもあり更に大柄なこと。


顔つきも切れ長の目で睨むと威圧的だ。


そして武道の経験から醸し出される隙の無さが男の手を引っ込めさせる要因となった。


「行くぞ木乃原」


「あ、うん」


立ちつくす男と笹原を残し、二階堂は木乃原の手を引きその場を後にした。



「二階堂君」


そのまま楽屋へ向かう途中、朱莉は二階堂へ声を掛ける。


「...なんだ」


「その......ありがとう。助けてくれて」


二階堂はリハーサルだと言ったがリハーサルはまだ先である。


それは明らかに朱莉を連れ出す為の方便だと朱莉は理解していた。


「...師匠ならこうするだろうと思っただけだ。お前の為じゃない」


「それでも、だよ」


「...フン。まぁ好きにしろ」


二階堂の言葉を最後に沈黙が流れる。


周囲の参加者やスタッフの声が場を支配する。


「ダメだな、私は....。やっぱり本当の自分はいじめられてた時の自分なんだって思っちゃう」


それは明らかな弱音であり、朱莉は二階堂にこんなことを言っても冷たくあしらわれるだろうと思っていた。


助けに来てくれたであろう二階堂の行動に心が動かされて思わず言ってしまったのかもしれない。


「師匠が信じるお前を信じろ」


「え?」


意外にも二階堂から返ってきたのは激励の言葉だった。


「もしもさっきの奴らが助けを求めてきても師匠は手を貸さないだろう。お前だから貸したんだ。そして師匠はお情けでお前に協力しているわけでも無い」


「そ、そうなの?」


朱莉は二階堂の唐突なカミングアウトに驚きの声を上げる。


「あの人はRaspberryのプロデューサー的な立ち位置でもあった人だ。ダメなものはバッサリと切り捨てる、作品やアーティストに対する非情な一面も持っている。そんな師匠がこれだけお前に時間を使っていると言うことはきっとお前に何か感じたんだろう。それに、俺もボーカルがさっきの女みたいな奴だったらこのバンドに参加してない。あいつのことはわからんが、多分一ノ瀬もな」


そう言うと二階堂は話は終わりだと言う風に口を閉ざした。


(楓は、一体わたしのどこにそんなに魅力を見出したんだろう?)


二階堂が自分を励ますために言った言葉だとは分かっているが、朱莉の悩み自体は解決しないままであった。



他グループのリハーサルが始まり、大町西高の軽音部メンバーはその様子を見学していく。


普通のホールやライブ会場であればすべての楽器の音をマイクで拾いPAが音作りをして各スピーカーからフロアに流すが、今回のイベントではボーカルにマイクがただ立てられてるだけの超シンプルなプロダクションだ。


数グループのリハーサルが終わると、朱莉たちの順番が回ってくる。


楽屋から各自の楽器を運び、ステージ上へセッティングしていく。


それが終われば各自アンプに楽器をプラグインし、音出しをしながらチューニングを合わせる。


バンドのリハならここでPAが各楽器の音作りに入るが、今回はボーカル以外アンプの音をそのまま流す会場なのでそれは各自で行う形となる。


それが終われば全体の調整だ。


時間もないのでいきなり冒頭の数分を演奏し、最終調整に入る。


楓のギターでのイントロが終わりに近づき朱莉が歌い出す時も近づいてくる。


——その時、ふと観客席で笹原がこちらを見ているのが朱莉の目に映った。


その瞬間、朱莉の頭にかつていじめられていた記憶がフラッシュバックする。


(あれ、この曲の歌い出しって私いつもどんな風に歌ってたっけ?)


(ていうか、どうやっていつも歌ってたっけ?)


(どうやって声って出すんだっけ?)


(私はなんで——なんで歌を歌いたかったんだっけ?)


「——ッ、ァ」


「朱莉!!!」


異変にいち早く気づいた楓がギターを背中に回して座り込んでしまった朱莉に駆け寄る。


「——ッ!ァ——!!」


「大丈夫、ただの過呼吸だから。ゆっくり息を吐いて——」


朱莉の症状が過呼吸であることを察知した楓はすぐに背中をさすりながら落ち着いた声で声を掛ける。


二階堂も仁も、万一に備えスタッフテントからAEDを駆け持ってきた富井もその様子を黙って眺めていた。


朱莉は段々と落ち着きを取り戻したが、安心と情けなさから楓の胸で涙を流した。


楓は朱莉が泣き止むまでそばにいたかったが、このままではぶっつけ本番になってしまう。


まだ泣き止まない朱莉を富井へと預け、音響のスタッフへ「ボーカル一旦私でリハ続けます」と指示を出す。


朱莉の声量や癖を把握していた楓は擬似的に朱莉の声を再現しリハーサルはなんとか終わったのであった。



「ごめん、皆ほんとごめんね」


「気にしてないから。私たち全員朱莉の味方だからね」


リハーサル後、バンドメンバーと富井は機材を置くため控室へと歩いていた。


楓は泣きながら謝る朱莉の肩に手を置きながらずっとそばで共に歩き続けている。


笹原との一件や初めてのライブで緊張していたこともありパニック状態となってしまった様だったが、楓や周囲の励ましで朱莉はだいぶ落ち着きを取り戻していた。


ちなみに男性陣は余計な口出しは無用とばかりに沈黙を貫いていた。


「——む」


その時、前方から誰かが歩いてくるのが二階堂に見えた。


リハーサル前に朱莉に詰め寄っていた男と一緒にいた女子高生だと気づいた二階堂はすぐさまその少女——笹原のことを注視する。


すれ違う直前、何も知らない楓は俯いて歩く朱莉を庇うように笹原の方へ身を寄せて避けようとする。


その時だった。


「陰キャは陰キャらしく大人しくしとけよ(笑)」


すれ違い様、朱莉に聞こえる様にだけ笹原は小さく呟いた。


しかし隣にいる楓にもその言葉はハッキリと聞こえていた。


それを聞いた瞬間、楓は鬼の形相ですれ違った笹原の方へ振り返った。


その恐ろしさは後ろを歩いていた二階堂、仁、富井ですら一瞬怯むほどで、そのまま笹原を光の速さで追いかけようとする楓をほとんど脊髄反射で男3人衆は止めにかかる。


「師匠!落ち着いてください!」


「川原さん!」


「落ち着け川原さん!!」


(マジかよ...!!)


仁が驚愕するのも無理はない。


文字通り大の男3人に羽交い締めされているにも関わらず、楓は一向に止まる気配がない。


「おーこわ(笑)じゃ本番楽しみにしとくね〜。まぁそこの陰キャが歌えればだけど」


そう言いながら笹原は手をひらひらと振り立ち去っていった。



「いやホントにすいませんでした......」


控え室に戻った楓は冷静さを取り戻し、メンバーに対して土下座をしていた。


「俺もムカついたけどさ、川原さんがあそこまで怒ってるの見たらなんか我に返っちまったわ」


仁が先ほどの出来事を思い出しながら口を開く。


「怒髪天を衝くとは正にあのことだね☆」


「面目ないです.....」


「でもここで暴れたらせっかく木乃原さんが立ち上げた軽音部ごと無くなったカモ.....☆」


「朱莉ごめええええん!!!」


「いや大丈夫だから!むしろ私の方こそゴメン!」


富井の言葉に楓はことの重大さを更に認識し朱莉へ謝る。


「まぁ、それだけお前が師匠にとって大事だってことだ。腹立たしいがな」


フン、と言いながら悪態をつくように吐かれた二階堂の言葉を聞いた瞬間。朱莉はハッとした。


ずっと昔の自分ばかり見て、今の自分が手にしている物を何も見ていなかったのではないか?


自分のためにこんなにも怒ってくれる友人を持った人間が、果たして世界にどれだけいるだろうか?


自分のことが好きかは別として、仁も二階堂も決して自分を否定したり、除け者にすることはない。


そんなメンバーと今バンドをやれていることはとても幸せなことじゃないのか?


(いつまで悲劇のヒロイン演じてんだ、私は)


朱莉の中で何かが変わっていく。


(今を見ろ、もっとこの瞬間を見ろ!)


朱莉は楓、二階堂、仁、(と富井校長)の顔を見て確信した。


——自分はこの人たちと一緒に音楽を始めるために歌を歌い始めたんだ、と。


そう考えると不思議と過去を受け入れられる気がした。


いじめられていたことさえ、歌と出会いそしてこの3人に出会うためだったとさえ感じ始める様だった。


それは朱莉が本当の意味で過去と向き合い、過去を受け入れることができた証左に他ならなかった。


「心配かけてごめん、もう大丈夫!」


朱莉は4人と向き合うと、力強くそう宣言した。


「.......よしっ!」


「フン」


「その意気で頼むぜ」


「うむ⭐︎」


朱莉の声を聞いてその言葉が強がりではなく本心から言っていることが分かった楓、二階堂、仁、富井は朱莉ヨシ!とばかりにうんうんと頷く。


「大町西高等学校軽音部の皆さん、出番30分前ッスー」


「「「「「押忍!!!」」」」」


「うわ元気良ッ!?」


紆余曲折があったが本当の意味でバンドになった4人は、控室に来たスタッフが引くほどの気合いで返事をしたのだった。



市民発表会のステージ会場は多くの人で賑わっていた。


普段は駐車場である会場はステージ前まで人でいっぱいで、老若男女問わず様々な人がダンスや手品、和太鼓などのステージパフォーマンスを楽しんでいる。


そんな中観客席にはとある不気味な集団が後方に陣取っていた。


その集団はサングラスとマスク、帽子で徹底的に顔を隠している。


身分を隠したいのだろうが、逆に悪目立ちし周囲の注目を引いてしまっているのだが当人たちは気づいていないようである。


「楓ちゃんの出番はまだかよ?」


その集団のうちの1人、長い黒髪が目立つ女性——丹田奈緒が口を開く。


「チラシによるとこの次ですね」


それに応えたのは色白で細身の、10代後半と思われる男——早瀬玲だ。


「しかしホント地域のイベントって感じっすね」


「あぁ。音響システムもほぼマイクとスピーカーのみだ。バンドには厳しいぜこりゃ...」


そう呟いたのはバンド「blue salt」のギタリスト俊介とボーカルの圭吾だ。


『続いては大町西高等学校軽音部によるヒットソングメドレーです!大町西高等学校軽音は今年発足したばかりで——』


「来た!」


司会進行のアナウンスを聞いて声を上げた少女は楓とかつて共にRaspberryとして活動していた少女、石井由愛だ。


このメンバーだけで数千人規模の箱を満席に出来る程の人気を誇るアーティスト達がこんなバレバレの変装をして一般人の発表会を大人しく見て待っているのは、かつて世界を震撼させたとある少女の登場を待ち侘びているからだ。


進行のアナウンスとBGMを背にバンドメンバーが登場し準備を始める。


横に立つベースの男の子はモデル級のスタイルにこれまた芸能人顔負けの整った顔立ち。


ドラマーの男の子もベースの子に負けず劣らずで長身でスタイルが良い。短く刈り上げられた髪型と切れ長に目がシャープな印象を与える。


そして由愛を始めとしたメンバーのお目当てであるギターの楓は白い厚布の様なものを被りお化けに扮して顔を隠している。


恐らく自身のネームバリューを鑑みてのことだと由愛達はすぐに理解した。


楽器をプラグインすると、ギター、ベース、ドラムはすぐに同時に音を出し始めた。


リハーサルの時のアンプセッティングを出してあるので、また各コントロールノブを同じ位置の戻すだけだ。


音出しの確認が終わるとそのまま残った強烈なディストーションギターのハウリングに被せてドラムがオープンハイハットで大きく4拍子のカウントを叩く。


裏拍からギターがリフを奏でる。


そのリフは音楽番組で使われているテーマ曲で、インスト曲にも関わらず日本人なら老若男女誰でも知ってる曲だ。


楓のリフが聴こえた瞬間、観客たちは一斉にバンドの演奏に耳を傾け始めた——そうする価値があると瞬時に判断したのだ。


ベースも入り曲が完全に始まると、1人の少女が登場する。


その少女はセンターマイクへと向かっていく。


そしてマイクを取ると、自信を持った顔で叫ぶ。


「はじめまして、大町西高校軽音部です!!今日は皆さんが知ってる曲たくさんやるんで盛り上がってください!」


後に伝説として語り継がれる新生大町西高校軽音部の最初のライブが、幕を開けた。

二階堂「師匠は人格者!」

楓「ぶっ○す!!!」

二階堂「師匠!?」

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続きが気になる! 勝手な妄想ですけど某◯ステの登場曲が頭から離れないw
続きが気になるんじゃー そして校長…よく校長になれたな…
後書きの温度差よ……
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