32 一難去ってまた...何難?
前回までのあらすじ
軽音部を発足させるべく部員を募っていた木乃原朱莉は川原楓と二階堂輝信の2名を入部させなんとか同好会としてスタートさせた。
・・・ように思われたが、顧問がいないと同好会へ申請が出来ないことに気づき、3人は顧問の先生を探し始めるのであった。
「うん、やっぱり無理だわ」
とあるスタジオにて楓と二階堂を前に、朱莉はベースを置いて言った。
「ベース弾きながら歌うのは無理です!!!!」
◇
3人で始動した軽音同好会だったが、2つの問題に直面していた。
1つは顧問の不在。
そしてもう一つがベーシストの不在であった。
3ピースのバンドとして活動すれば良いと踏んでいた3人であったが、ボーカルを担当する朱莉は楽器未経験者。
最初は楓がベースを弾き朱莉がギター、いわゆるギターボーカルの王道3人編成で考えていたが朱莉がギターの習得をギブアップ。
簡単な曲ならギターよりは弾きやすいだろうということでベースに持ち変えるも、これも難しすぎてギブアップ。
朱莉の場合はただ楽器を弾くだけでなく歌いながらの演奏を求められるので、難易度はさらに跳ね上がる。
結果やはり3ピースのバンドは厳しく、新たにベースかギターを探す必要が出てきたのだ。
「ていうか思ったんだけどさ」
「うん」
「楓ちゃんギターもベースも上手すぎない!?」
しれっと朱莉がギターとベースをとっかえているが、それすなわち楓がギターとベース両方ともこなしているということである。
楓はギターとベースのみならずキーボードやドラムも高度に演奏できる。
というかRaspberryでShe's My Princesという曲を演奏する際は楓がギターボーカルを執るので、ギターボーカルもこなすことが出来る。
楽器においてもマルチプレイヤーなのだ。
「当たり前だ。このお方をどなただと——」
「二階堂くん?」
「はっ!」
楓の言葉に二階堂は掛け声と共に敬礼を返す。
「神が何でもこなせるのは当たり前だ。あらゆる表現に愛されたお方だからな」
「二階堂くん、神は流石にあだ名だとしてもキツイからさ(周りの目線が)、もうちょっとゆるいやつ無い?」
「それでは師匠と——」
「いや、本当に君たちどういう関係なの?」
「気にしない気にしない」
「それで、顧問はどうするんだ?」
「二階堂君私と楓ちゃんとの対応の温度差エグくない??.....とりあえず、担任の錦戸先生に相談してみようかなと」
朱莉がはそう提案すると残りの2人も頷いた。
◇
「なるほどねぇ」
というわけで3人は朱莉の担任である錦戸の元を訪れていた。
「というか3人揃ったんだね。それなら結構なんとかなるかも」
事情を聞いた錦戸は朱莉たちが悪く無い状況にいることを伝える。
「同好会は週3日しか活動できないんだけど、これが逆に先生側にとっては良いかも。あと運動部でもないから怪我とかの問題も起きにくいし、定期的に大会があるから土日を犠牲にして引率、とかも無いしね」
「そういえば教師って部活動中も給料出るんですか?」
朱莉は素朴な疑問を口にする。
「無いよ」
「「「えぇっ!?」」」
錦戸の言葉に思わず朱莉、楓、二階堂の3人は声を出して驚いてしまう。
「ウチは公立だから部活動には特に給料は出ない。土日に部活動業務をすれば手当が出るけど、うちの地域は4000円しか出ない」
「「「4000円!?」」」
またも3人は驚きの声を上げる。
「ま、巷ではやりがい搾取なんて言われてるよね。若い教員ほどそういうの煙たがるから最近は色々問題視されて抗議の動きがあるけど、まぁ基本は教師の犠牲の上に成り立ってるよね」
「ていうかそれ今言っちゃうんですか!?」
これから顧問をお願いしに行く3人に闇が垣間見える話をぶっちゃける錦戸へ、朱莉は突っ込んだ。
「さっきも言ったけど、同好会なら1人くらいはやってくれるでしょ。部活っていってもあんまり活動してない部活もあるし」
「前に軽音部を担当していた先生がいるはずでは?その人は空いていないのですか」
二階堂が疑問に思っていたことを口に出した。
「異動になって4月から別の学校に行ってるよ」
「では新任の先生が空いていますよね?」
「その新任の先生ってのが僕だからね。家庭科担当の小野塚先生が家庭部と掛け持ちしてたハンドベル部を引き継いだんだ」
「オーマイガー」
ごめんね、と謝る錦戸に頭を抱える朱莉であった。
「ま、とにかく先生みんなにやってくれないか聞いてみようよ。話はそこからでしょ?」
楓の言葉に他の3人が頷いた。
◇
「まさか全滅とは...」
絶望的な表情で錦戸はそう呟いた。
あの後、錦戸同行の元各先生の元を回ったものの結果は全員ダメだったのだ。
「いや、まさか誰も受けてくれないとは誤算だった。申し訳ない」
錦戸が3人に頭を下げる。
「錦戸先生のせいじゃ無いですよ。とはいえどうしたもんかなぁ...」
普段ポジティブな朱莉も、流石に少し後ろ向きな気持ちになってしまう。
「さっき坂田先生も言っていたが、なぜそんなに部活動にこだわるんだい?バンドがやりたいならもう既にメンバーは揃っているし」
「それは——」
錦戸の言葉に朱莉は言葉を詰まらせる。
「.....まぁ、それもその通りと言えばその通りですし、人数もまだ3人だし。もうちょっと3人で話し合ってみます。色々ありがとうございます錦戸先生」
何かを察した楓が朱莉の代わりに答える。
「役に立てなくてごめん。何かあれば言ってくれ」
「ありがとうございます。それでは失礼しますね」
楓はお辞儀をしながらそう言うと、朱莉と二階堂を連れて職員室の外に出た。
◇
「あの先生の言う通り、なぜ軽音部にこだわるんだ?」
放課後の教室で作戦会議と称し朱莉、楓、二階堂が集まる中、二階堂が朱莉に投げかけた。
「メンバーは揃いかけてるんだから、バンドがやりたいならこのままスタジオを借りて練習で良いんじゃないのか?」
「うーん....まぁ、2人には言わないとだよね」
朱莉は準備運動のようにフーッと息を吐き出す。
「あたしさ、中学の頃いじめられてたんだよね」
朱莉はそこで様子を伺う様に一旦区切ったが、楓と二階堂は無言で次の言葉を待った。
「いじめられてた子を庇ったらさ、私も標的になっちゃって。いじめられてた子が転校しちゃってからはずーっと私が標的になっちゃってさ。学校で居場所が無くなっちゃったから、歌の動画の投稿始めたんだよねー」
朱莉は昔を思い出すように様に遠くを見つめた。
「学校では誰にも構われないからさ、昔から歌はちょっと自信あったしそれで再生回数稼げれば自分の価値が証明できるって思ったんだよね。私はこんなにすごいんだぞってネットで証明することが、いじめてた奴らへの私なりの仕返しっていうか」
だから再生回数の為なら何でもやったよ、と朱莉は自嘲気味に笑った。
「流行りの歌ばっかり歌ってるのも、有名人とコラボ多いのも、全部再生回数のためなんだよね。おかげでそこそこ有名になってさ。そうしたらこの孤独も埋まるんじゃ無いかって、そう思ってたんだ。でも違った」
朱莉は一瞬だけ目を伏せる。
「顔も知らないネットの人から幾ら沢山褒められたって、私の孤独は埋まらなかった。おしゃべりしながら部活動に向かう子達とすれ違って1人で家に帰る時さ、思うんだよね。『あぁ結局どんなにネットで有名になったって私はこの子達が持ってる物は手に入んないんだ』って...」
そう言うと朱莉は沈黙した。
その沈黙が話の終わりであり、楓と二階堂の言葉を待っていることは2人にも分かった。
「ま、もう私の中では終わったことだから、2人とも気にしな——」
「おい、部員募集のチラシはまだあるのか?」
「えっ?」
朱莉の言葉を遮ったのは二階堂だった。
「だから、チラシだよ、部員募集の」
「あ、うん、あるけど」
二階堂は朱莉がバッグから取り出したチラシを受け取ると席から立ち上がった。
「二階堂君どこ行くの?」
「チラシコピーしてくる」
「えっ?」
「まだもう1人いるんだろ、部員。勧誘してくる」
二階堂の行動の意味を理解した朱莉はパァっと顔を明るくさせた。
「二階堂君!!」
「あーうるさい!俺は別にさっさと師匠とバンドを始めたいだけだ。勘違いするな」
「二階堂君はツンデレだったんだねぇ」
「師匠!俺は別に——」
「木乃原さんいるかーい?」
騒ぐ3人に何者かが声を掛ける。
「錦戸先生!?」
「あーいたいた。良かった」
声の正体は錦戸だった。
「朗報を伝えにきたんだ。——顧問が見つかった!」
「えっ!?」
錦戸の報せに3人は驚く。
「でもさっき職員室回った時は誰も受けてくれませんでしたよね?」
「職員室には普段いない人だからね」
「えっ?それって——」
「失礼!」
朱莉の困惑の声を遮るように1人の男の声が響く。
「君たちかい?新生軽音同好会のメンバーは」
「「「校長先生!?」」」
声の主はここ大町西高等学校の校長である富井校長であった。
「まさか私たちの顧問って——」
「その通り☆どうも軽音同好会の顧問になりました、校長の富井です。トミーって呼んでね☆」
「「「えええええええ!?」」」
わっはっは、と笑う富井校長に3人も流石に驚く。
と、その時だった。
「校長ォォォォオオオ!」
叫び声と共にズダダダ、と誰かが教室に向かって走って来る音が聞こえて来た。
しばらくすると教室の扉が勢いよく開かれる。
「失礼!ここに校長は来ませんでしたか!」
「教頭先生!?」
錦戸が驚くのも無理はない。扉を開けたのは教頭である寺前先生だったからだ。
「えーっと、校長先生はここには来てないですね...」
「そうですか、人の気配がするからここかと思ったんですが...。あの野郎、承認の判子依頼してたのに遅いなと思ったらいつの間に校長室から脱走しておるからに....!」
「ははは....」
「では他を当たりましょう。皆さんももう夕方ですから早めに帰るように」
そう言うと教頭は肩をいからせ廊下を歩いて行った。
「....ふぅ、危ない。相変わらず固苦しいやつだぜ☆」
のそのそと教壇の下に隠れていた校長が顔を出した。
「いやー錦戸先生からまだひょっとしたら君たちが校内にいるかもと聞いてね。思わず仕事放り出して来ちゃった☆」
「えぇ....」
「校長...」
朱莉と錦戸がこの人大丈夫かな....という目で富井校長を見つめる。
「ところで校長先生って顧問になれるんですね」
楓が素朴な疑問を口にする。
「地域によって違うけど、ウチはまぁ大丈夫☆」
「実際に校長が顧問やってるとこもあるしね」
「へぇ〜」
「仕事は教頭に押し付ければ良いしね☆」
「それは良いんですかね....」
若干問題発言な校長の発言に苦笑いをこぼす楓。
「....ん?」
朱莉は何かに思い当たったように顎に手を当てる。
「ってことは軽音同好会始動、ってコト!?」
「そうだね」
「ふん、気づくのが遅いぞ」
楓と二階堂は呆れたようにそう言いつつも温かい目で朱莉の方を見ていた。
「っっっっっっやったああああああ!!」
「おめでとう☆よーし、今日はみんなでこのまま打ち上げ行っちゃう?」
「さっき教頭先生に仕事頼まれてるって言われてましたよね校長!?」
「この人が顧問で大丈夫なんかね...」
「一応校長が務まってるんで大丈夫だと思います、師匠」
喜ぶ朱莉と打ち上げを提案する校長、それにツッコむ錦戸と楓に補足する二階堂で教室は一気に騒がしくなる。
「何やら楽しそうですね。私も混ぜてくれませんか?」
そんな盛り上がりムードを一気に凍らせるように現れたのは教頭であった。
「げぇっ!」
「どうせこんなことだろうと思いましたよ。鬼ごっこは終わりです」
校長の肩を万力のようにがっしりと掴む教頭は優しい口調だが、ミシミシと音を立てる校長の肩に隠しきれない怒りが滲み出ている。
「さっさと校長室に戻って書類処理してください」
「校長と学生との交流を邪魔する気かい寺前先生!?」
「それも大事ですが、まずは自分の仕事を終わらせてください」
「錦戸先生!見てないで助けて☆」
「いや、自分ではどうしようもないですし仕事は終わらせてください...」
「わーおド正論☆」
「良いから行きますよ」
「教育への冒涜だぁぁあああ」
助けて〜という悲鳴(?)と共に富井校長は寺前教頭に引きずられて退場して行った。
「なんか、すごいキャラの濃い校長ですね(?)」
「あぁ見えても結構すごい人なんだけどね...」
朱莉の感想に錦戸は苦笑いしつつフォローをする。
「何か実績がある人なんですか?」
「そうそう。たまに本やネット記事で取り上げられてるんだけど、校長は元営業マンだったんだよ」
「へぇ〜」
錦戸から校長の過去を教えられる楓は感心の声を漏らす。
「有名企業のトップセールスだったんだって。そんな人が校長になったってんで一部で話題になったんだよ」
「へぇ〜」
「教頭は高校の同級生らしいね。腐れ縁なんだ、ってしかめっ面で教頭がこの前言ってた」
「だからタメ語が一瞬出てたんですね...」
なるほどね、と朱莉は頷いた。
「まぁ色々あったけど(?)、打ち上げパーティやろうよ!同好会発足記念の!」
「良いかもね。二階堂君は?」
「師匠が行くなら俺も行きます」
「二階堂君打ち上げには否定的!?」
「おーい、今日は時間も遅いからなるべく寄り道はしないよーに」
「はーい」
盛り上がる朱莉達を錦戸が嗜めるように注意する。時計の針はすでに夕方を刺していた。
「活動の詳細はまた追って連絡になると思うからちょっと待っててくれ」
「了解です!それじゃ失礼します!」
「気をつけてね」
3人は錦戸へ頭を下げて挨拶をすると、教室を出て行った。
◇
「しかしお前が自ら顧問を買って出るとはな」
校長室へ戻った寺前が富井へと話しかける。
「たまたま職員室でその話を聞いてね。誰も手を挙げてないって聞いて流石に手を挙げてしまったよ」
2人きりの時は旧来の仲なので2人とも敬語は使っていない。
まぁたまにタメ語が漏れ出てる時もあるが...
「それにひょっとしたら色々ありそうだったしね」
「色々?」
「音楽シーンに興味はあるかい?」
「最近の流行り廃りはあまり分からんが...」
「そうか」
「何か関係あるのか?」
「さぁね」
富井は寺前の問いかけをはぐらかす。
親しみやすい態度ではあるが富井は元有名企業のトップ営業マン。
当然、真面目や人が良いというだけでトップになれるわけではないということは寺前も分かっており、今回も何かしらの考えがあるのだろうと勘繰りつつもそれ以上の追求はあえてしない。
これまでの付き合いでそれが無駄なことを覚えたからだ。
「まぁ、そんなに打算的でも無いし、大人の事情って訳でもないよ。それにほら見てみてよ」
「ん?」
富井の視線の先には校庭で朱莉、楓、二階堂が打ち上げのつもりなのか自販機で買った炭酸飲料で乾杯していた。
(二階堂は渋々という感じだが...)
「あの子たちのあの笑顔が見れた。それだけで教育者として、一人の大人として...私は満足ですけどね」
「...まぁな」
3人が持つアルミ缶から勢いよく吹き出した炭酸飲料が夕陽に反射する。
その光景は富井と寺前にはとても眩しく、かけがえのないものに映った。
◇
「と、いうわけで!今日の部活始めるぞー!!!」
「わーい」
「フン」
放課後、視聴覚室に併設された防音室に朱莉、楓、二階堂の3人が集まっていた。
防音室は元々軽音部が使用しており、新生軽音同好会の発足により再び使用者が戻ってきた形だ。
「喜ぶのは良いが、結局ベーシストを探さないとバンドがスタート出来ないんだろう?」
「そうなんだよね〜」
喜ぶ朱莉に二階堂が現状の問題を突きつける。
以前であればその言葉に朱莉はもっとショックを受けていたかもしれないが、今は二階堂が悪意があってそれを言っている訳ではないと分かっているため前向きな反応だ。
「まぁ何とかなるでしょ。同好会自体はスタート出来たわけだし」
「だね!」
楓も楽観的な言葉で朱莉を励ます。
「....」
「....?どしたの?」
朱莉が楓と二階堂を見つめニヤニヤと笑う。
「何でもないっ!じゃ、記念すべき第一回目のミーティング始めよっか!」
「わーい(拍手)」
「...フン。さっさと始めろ」
「よーし、というわけで今日の活動内容はベーシストの——」
「川原楓さんいますか!」
「「「!?」」」
朱莉が活動を始めようと口を開いた瞬間、防音室の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは身長180cmくらいの男子生徒だった。
スラリと細いシルエットが特徴的で、毛先にパーマの掛かった髪型が似合う美形な顔立ちだ。
唐突な乱入者に3人は入口の方を一斉に見る。
「オレ、1-Bの一ノ瀬 仁って言います。軽音部入部希望です。楽器は何でも行けます!やったことねーけど(小声)」
「「「!!??」」」
続く言葉で3人は更に驚愕した。
「あ、ちなみに川原さんって彼氏いる?」
そして更に続く言葉で3人はズッコケた。
「なんかまた変なの来たね(直球)(小声)」
「何で変な人ばっか来るのー!!」
「おい木乃原、それは俺が変人ということか?」
一難去ってまた一難、果たして軽音同好会は無事に始動できるのか。
次回、刮目して待て——




