31 神、私は仰せの通りに
神は、いる。
そういうと俺をヤバいやつだと思う奴もいるだろう。
しかし、俺にとっては実在するのだ。
俺――二階堂 輝信と神との出会いは、偶然立ち寄った手芸店の中であった。
当時中学1年生だった俺は出かけた先で家庭科の授業で使う裁縫道具を買わなければいけないことを思い出し、ちょうど駅前にあったその古びた手芸店に入った。
中に入ると店構えの通り年季の入った商品棚と商品が並んでおり、店奥のレジにはかなり年配のように見える白髪の老婆が座っていた。
いらっしゃいなどの声掛けは無く初見には入りづらそうな店だな、客足とか大丈夫なのか?と中学生ながらに思いつつ目当ての商品を買ってさっさと帰ろうと思ったのだがすぐにそれどころでは無くなった。
(――この音楽は何だ!?)
俺はその店内で流れていた音楽に衝撃を受けた。
俺の家は厳しい家で、この時代にもかかわらず未だに俺はスマホなどのタブレット端末を持っていない。
ゆえに流行にも疎く、どんな音楽が流行っているかもよく分かっていない。
そもそも、いつも学校での昼食時に校内放送で流れる「流行りの歌」というのは俺にとってはどれもくだらないものに聴こえた。
その手芸店で掛かっていた曲は歌が無い、いわゆるインストってやつだった。
今ならギターだと分かるのだが、その時はあまりにも独自の音色すぎて何の楽器か理解できなかった。
しかし俺にとってその音は今まで聴いてきた音色の中で最も切なく、美しく、透き通っている音だった。
曲は知的で、クールな面と、それでいて狂い叫ぶような情熱さという相反する要素を同時に持っており、俺が聴いてきた流行りの曲とは一線を画すものだった。
こんな世界があるのかと、文字通りカルチャーショックだった。
俺はレジで商品を買いながら、店内で掛かっていたアーティストの名前を老婆に尋ねた。
「これの良さがわかるとは、お前さん若いのに分かってるじゃないか。あげるよ、これ」
彼女はそういうと1枚のCDをくれた。ジャケットには「Raspberry」と書かれていた。
ちなみに買った手芸商品は20%OFFしてくれた。
家に帰ると俺は夢中でCDを聴いた。
自分用のPCがたまたまCDを読み込めるタイプで良かったと思う。
CDを買うのはよほど音楽が好きな人間だけで、廃れつつあるフォーマットだ。
俺が生まれる前には人気者なら100万枚も売り上げると聞いたこともあるが、すごい時代もあったものだ。
そのCDを聴いて以降、一気に俺はRaspberryのファンとなった。
まず驚いたのはメンバー。
ギターの楓という少女は俺と同い年で、キーボードの由愛という子に至ってはまだ小学3年生というのだ。
しかもギターの少女はミュージックビデオのアニメーションまで担当しているという。自分と同い年だというのに何という才能だろうか。
彼女たちが有名になり始めると、徐々にネットにインタビュー記事なども出始めた。
もちろん俺は貪るように読んだ。
ギターの彼女は、とてつもなく思慮深かった。
あらゆる創作物に対する知識と実体験、生き方に対する哲学、そしてそれを決してひけらかさない謙虚さ――インタビュー記事の内容は自分と同じ歳の少女が発した言葉とは思えないものだった。
それに比べて俺の学校の奴らときたら。
やれあのゲームが面白いだの、やれのあの芸能人がどうだの、やれあの漫画やアニメがどうだの・・・スマホをいじりながらくだらない話題で延々と盛り上がっている。
俺は人は何故生きているのかとか、空は何故青いのかとか、そういうことを空想し、推理し、時には本を読んで他人の考えや事実と照らしわせるのが好きだ。
しかし、そんなことが話せる人間など、大人でもいなかった。
というのにこの少女ときたら!
もし俺がこの少女と話しても、俺の持っている引き出しなど一瞬で開けつくされ手詰まりとなるだろう。
俺は正しく――神だと思った。
※以下、二階堂くんの脳内回想において、楓は「神」と呼称されます
神は決してSNSやメディアへ露出しない。
俺の周りの女子と言えば、何かとスマホでカシャカシャと写真を撮ってはSNSにアップしている。
女子だけでなく、男子もそうだ。
皆SNSで注目されることを狙っていて、SNS上で多くの数字を持っている奴が偉い、というような風潮を感じる。実際、いいねの数や再生回数でマウントを取っている場面などいくらでも見てきたものだ。
一方、神はご存じの通りメディアへの露出は一切しない。
最低限Raspberryの宣伝のために何かすることはあっても、SNSで自身の功績を誇ったり、自撮り写真を上げたりなどは絶対にしない。
特に顔出しに関しては厳しい。
Raspberryが活動を始めたした当初はその超絶技巧さから海外で「筋肉モリモリマッチョマンでロン毛の仙人みたいな風貌の人間たちのユニット」だと思われていたのだ。
俺は勘繰った。
――いや、それで1ミリも、いや、千分の1ミリも神への信仰心が薄れることは無いが、ひょっとすると――容姿にはあまり自信が無いのかもしれない、と。
しかし、それは思違いも甚だしい勘違いであった。
俺はある日、ついに念願のRaspberryのチケットに当選した。
Raspberryのチケットは超希少なチケットだ。
というのも、Raspberryの活動期間は短くたったの2年だったため、大きな会場はほとんど抑えることが出来なかった。
そのため、ほとんどのライブは小規模のライブハウスからイベントホール程度の大きさで行われた。
しかし、Raspberryの人気度に対して明らかに供給が足りておらずチケットは常に一瞬でソールドアウトが当たり前であった。
平日は学業優先とし活動はしない、と表明していたRaspberry側も流石にこの事態を重く受け止め平日のライブも組まれるようになった程だった。
それでも毎回チケットは争奪戦となっており、そんなゴールデンチケットを俺はついに手に入れたのだ・・・!
俺はついに彼女を生で見れる感動に打ち震え、ライブ前日は興奮で眠れない程だった。
ついに生で拝んだ神の御姿は――まごうことなき神だった。
Raspberryは繰り返すがメディアでの露出などがほとんど無い。
故にネットでは色々な噂をされている。
ポジティブなものもあるが、ネガティブなものもある。
彼女たちはアテフリで実はゴーストライターや演奏家がいるだとか、ライブでCD音源は再現できないとか、そういった類のものだ。
しかし現実はむしろ逆であった。
生で聴いたRaspberryの演奏は凄まじかった。
むしろ音源では彼女たちの真の素晴らしさはスポイルされている――そう思える程に彼女たちは最高だった。
そして、神はとても綺麗な少女だった。
俺は神への畏敬の念が更に高まった。
こんなに魅力的な容姿をしているにもかかわらず、それを一切メディアにひけらかさないその謙虚さ――同級生と比べると天と地ほどの差があるように感じた。
彼女は別次元の存在だ。俺はそう思った。
そんな彼女たちを見て、俺も何か音楽を始めようと思った。
ギターとキーボード以外でだ。もちろんそれらは既に至高の存在がいるから。
そして俺は両親に隠れてドラムを始めた。
理由は、そんな機会は絶対に無いとは思うが神達の演奏を後ろから支えたいと思ったからだ。
Raspberryは基本的にギターとキーボード以外は打ち込みだから、その音源に追わせて自分のドラムを被せるのが俺にとっては至福の瞬間だった。
そうしてドラムを始めて気づけば3年が経っていた。
俺の演奏技術は神の作った超難易度打ち込みドラムにより鍛え上げられ、それなりの腕前になった。
元々人間が叩くことを考えていない打ち込みなので当たり前だが。
しかしその腕前を披露するつもりは俺には無い。
俺はあくまで神の演奏と共にドラムを叩くのが好きなだけであって人前で自身の演奏を自慢することになど興味が無かったからだ。
少しも自慢したい気持ちが無いかと言えばまぁ嘘になるが、何かにつけて誰かに自慢することは控えようと思っているのだ。神の様に。
現在、Raspberryは活動休止中だ。
元々期限ありでの活動とアナウンスされていたが、最後のライブで5年後の活動再開がアナウンスされたのだ。
俺は5年後の来たるべき時までに己を高めようと思った。
この辺りでは有名な進学校へ入学し、少しでも神に近づくため学校での授業はもちろん様々な学問を学んでいこうと思っていたのだが——
しかし、5年を待たずして神は俺の目の前に現れた。
『軽音部員 大募集中!』と書かれたチラシを持って。
◇
遡ること数日前。
軽音部員の再始動を達成すべく、朱莉は楓と共に学校近くのファミレスで部員を集める作戦を考えていた。
「どうすれば部員が集まるかな〜」
朱莉はドリンクバーで取ってきたメロンソーダをストローで飲みながら呟く。
ちなみに、
「お昼の放送で流すとか、先生に相談して全校にチラシとか配って貰うとかで良いんじゃない?」
「なるほどねー。スマホで作れるかな?」
「出来るよ」
「じゃあスマホで作って学校中にばら撒いてもらうかなー」
ということで作ったチラシを学校中に配ってもらったり校内放送で部員を募集したのだが、
「1人も声を掛けてこない!?」
「ねー、ハハハ...」
なんと効果ゼロ。入部希望者は1人も集まらなかったのだった。
ということもありこうしてファミレスで再び作戦会議をしているのがことの経緯である。
「こうなったら、奥義を使おう」
「奥義?」
朱莉の言葉に楓は首を傾げる。
「私はそれなりに可愛い見た目をしています」
「自分で言っちゃうんだ」
「楓ちゃんも美少女です」
「うーん、そうかな?」
「それを利用してビラ配りしつつ男子にアピールして入部してもらいます」
「うわー最悪のやつだった」
楓は眉毛をハの字にして朱莉の提案への否定を示す。
「でもこのやり方なら簡単に人集まりそうじゃない?」
「自分の手でビラ配りするのは賛成かな。顔が見えないんじゃ入部したい人も不安だろうし。でもそれは入部を希望している人への誠意であって男子へのアピールに使うのはオススメしないよ」
「えーなんで?」
それなりに容姿に恵まれていると自覚している朱莉にとって自身の容姿を利用することは当然であり、それを否定する楓へ疑問を投げかける。
楓はそんな朱莉をどこか母親のように見つめながら口を開く。
「例えば、楽器が弾けるっていうのは後天的な努力によって身につく物だよね?」
「うん」
「対して容姿っていうのは生まれつき自分が手にしてる物って言えるじゃん?」
「確かに」
「つまり容姿の良さみたいな生まれつき持ってるものっていうのは、時間を掛けて楽器を練習するとかそういう『対価』を支払ってないワケ。そういう何も身銭を切ってないものを武器にするのはハイリスクハイリターンになりがちだと思うよ」
「あー、いわゆる犯罪とか炎上系の商法みたいなのに似てる?」
「そうそう。アレも犯罪行為なんかで自分自身を切り売りしてるようなものだからね。もちろん容姿はメイクのスキルとかそういう努力の部分もあるけど」
「なるほどー」
一理あるな、と腕を組む朱莉を見ながら楓は紅茶を口に含む。
「もちろんそのリスクを承知の上で武器に使っていくのも度胸があっていいと思うし、そういう武器に頼るしかない境遇の人もいるから、頭ごなしに否定するわけじゃないけどね」
「そっか....てか思ったんだけどさ」
「うん?」
「楓ちゃんって何か言う事がおじさん臭いね」
「ブフォッ!?」
楓は飲んでいた紅茶を吹いた。
◇
そんな経緯で朱莉と楓は学内にて軽音部員募集のチラシを配っていたのだが——
(楓ちゃん、なんかずっと楓ちゃんのこと見てる男子いるよ!?)
(うーん、知り合いかな?)
(楓ちゃんに一目惚れしたんじゃないの?)
(まさか)
小声で話しながら楓はタハハ、と苦笑した。
楓はこの手の視線に慣れていた。というのも——
(絶ッッッ対Raspberryのファンだよね!?)
そう、Raspberryとして活動していた際にファンから向けられる目線と全く同じだったからだ。
どうしたもんかと楓が悩んでいると、その男子が歩み寄り楓に声を掛けてきた。
「あの——」
「あ、ひょっとして入部希望ですか?」
「はい!ドラム希望です!」
「えっ、良いじゃんドラム!」
楓とその男子の会話に、朱莉が割って入る。
「上履きの色が赤ってことは君も1年だよね?」
「そうだ」
「名前は?」
「二階堂だ....ところで神、こいつも部員ですか?」
「かかか神!?楓ちゃんって宗教関係者か何かなの???ってか私に当たりキツくない??」
「ちょーっと二階堂くんこっち来よっか!?」
ガシィッ!と楓は二階堂の肩を掴むと朱莉から引き離し踊り場の端へと連れて行く。
(君、ひょっとして私のこと知ってる?)
(もちろんです!Raspberryの楓御大ですよね!!)
(あーそれ内緒にしてるから。まぁちょっと黙っといてくれる?)
(一体なぜ...はっ!⦅←超速理解⦆承知です!)
(あ、あと神っていうのもやめてね?)
(了解です神!)
(分かってないよねぇ!?)
「何やってるのー?」
小声で楓と二階堂が話していると朱莉が2人に声を掛ける。
「いや、何でも」
「いやいや、絶対何かあったよね!?」
「無い無い。あ、二階堂くんこの子は木乃原朱莉ちゃん。ボーカル担当だよ」
「えぇ...。あー、木乃原です。よろしくね二階堂くん。一応歌い手やっててちょっとは有名なんだけど」
「流行の曲ばかり歌ってる奴には興味が湧かんな」
朱莉が歌い手として有名ということは学内でも噂になっていたため二階堂も知ってはいた。
ただ朱莉はあくまで歌い手として既存の流行曲を歌うという活動内容のため、Raspberryの楓という創作ゼロイチモンスターを崇拝する二階堂は朱莉を毛嫌いしているのであった。
一方朱莉は朱莉で必死であった。
二階堂に性格的な問題があっても、とりあえず入部させ部を発足させてしまえばあとはこちらのものだ。
楓は入部するとは言っていないが頼み込めば多分入部してくれるだろう(適当)
一旦は3人いれば同好会として認められるので、入部を希望している二階堂を受け入れればとりあえずはフィニッシュなのだ。
「ま、とりあえず3人いればバンドは出来るよね」
「そうそう!だからとりあえず二階堂君に入って貰えば一応同好会としてスタートできるよね!」
「私が入部する前提なのが気になるけど...とりあえずさ」
楓は二階堂の方を見ると、言った。
「見せてよ、二階堂君のドラムの腕」
◇
かつて軽音部が使用していた防音室に朱莉、楓、二階堂の3人が集まっていた。
廃部となったものの学校の機材だからか楽器や機材は処分されておらず、楓と二階堂は片付けられたドラムをセットし叩ける状態に戻す。
ある程度二階堂が叩きやすい位置に各種金物・タム類をセットすると楓が二階堂に告げる。
「ま、何でもいいから適当に叩いてみてよ」
「何でも、ですか....」
二階堂は楓のアバウトなリクエスト少し笑った。
「お、なーに笑ってんだよー」
「いや、すいません。あまりにあなたが俺のイメージ通りの人だったもんで」
二階堂は憧れの人物の前で演奏を披露することに緊張していたが、楓が想像通りの人物すぎて堪えきれなかった。
楓が今までに成し遂げて来たことを考えれば天狗になってもいいはずだ。
ましてや中学生という年齢を考えれば尚更である。
にもかかわらず彼女は自分をひけらかすようなこともしなければ、功績を誇示するようなことも無い。
むしろフレンドリーな姿勢で初対面(本当はライブで会っている....が)の人間にも歩み寄る姿勢は正しく二階堂の思い描くRaspberryの楓像であった。
(テクニックを誇示する必要はない。俺がドラムという楽器で一番大事だと思っていることを奏ればいい)
セッティングの終わったドラムの前に座った二階堂を見て、楓は即座に呟いた。
「巧いね、彼は」
「えっ?まだ叩いてないのに?」
「楽器を構えれば大体わかるんだなこれが」
二階堂がドラムを叩き始めた瞬間、朱莉は楓の言葉の意味を理解した。
奏でられたのはシャッフル気味での8ビート。
BPMは100ぐらいだろうか。
テンポも速すぎず、かと言って手数の多いフィルインでテクニックを誇示することも無い。
特段難しいプレイでは無いが、しかしドラムに明るくない朱莉でも二階堂が巧者だと分かった。
一方で楓は二階堂の何が優れているか一瞬で感じ取っていた。
自身の技術をひけらかさない、粒立ちが整っている、など良いところは多々あったが特筆すべきはリズムキープだ。
例えば世界で一番歌が上手い人間がいたとしよう。
だが、どんなに歌が上手かろうがドラマーのリズムがグッチャグチャではロクな演奏に聴こえるわけがない。
二階堂はそれをよく分かっており堅実なドラミングを披露した。
それを見た楓は「リズムのブレのなさ」が二階堂の身上だとすぐに看破した。
加えてただリズムが正確というわけではなく、今二階堂が叩いているシャッフルビートはノリを出すのが難しいリズムだ。
ただメトロノームに合わせて正確に叩ければ刻めるビートではなく、そういった音楽に対する造詣の理解が必要であり、音楽センスも優れていることを物語っている。
「二階堂君、ありがとう」
演奏を始めて10秒程度で楓は手を叩き二階堂の演奏を終了させる。
スツールから立ち上がりどうだったかと様子を伺うように楓を見る二階堂へ、楓はグッと親指を立てた。
「いいドラマーだね、二階堂君」
「・・・っ!ありがとうございます!」
楓の言葉の意味をすぐに理解した二階堂は楓に頭を下げる。
「二階堂君!入部するよね?よね?」
逃がさないぞ、と言わんばかりに頭を下げる二階堂の肩を朱莉はグッと掴み入部を促す。
「あぁ。だが俺は神と一緒に演奏をしたいのであって、お前のためじゃ無い。そこを勘違いするなよ」
「態度が全く軟化しない!」
「ハハハ、まぁこれで一応3人揃ったじゃん」
「・・・ん?今3人って?」
「うん」
「じゃあ楓ちゃんも入部してくれるってこと!?」
「まぁ、部員が増えるまではいるよ」
「よっしゃああああ!」
朱莉はガッツポーズしながら飛び跳ねた。
「よし!これで大町西高等学校軽音部、始動だね!」
「あ、ちなみに4人以上じゃないと同好会らしいよ」
「ってオーイ!!」
かくして木乃原朱莉、二階堂輝信、川原楓の3人で大町西高等学校軽音同好会、始動———
二階堂「おい、顧問はいるのか?」
朱莉「あっ」
次回、顧問探しの巻。刮目して待て——




