30 良く調べてから動こうね
桜が舞う季節。この年新たに高校生となった一人の少女はある野望に燃えていた。
(ついにこの時が来た・・・!)
今年この大町西高等学校、通称「西高」に入学した少女「木乃原 朱莉」だ。
彼女はバンドに憧れる少女で、ネットではそこそこの知名度があるボーカリストでもある。
まぁ、いわゆる「歌い手」という言い方が伝わりやすいだろう。
中学時代には無かった軽音部への入部を志し、ステージでバンドとして華々しく活躍する自身の姿へ思いを馳せながら入学式の今日を迎えたのだ。
朱莉はまだ綺麗で着崩されていない制服に身を包んだクラスメートたちに交わりつつ、体育館で始業式に参加する。
各教員の挨拶と紹介、生徒会長のあいさつ等が終わると、いよいよ朱莉が待ちに待った部活動の紹介だ。
(バンドの演奏って生で聴いたことないから、楽しみかも―――)
ここで出てくるバンドはさぞかしレベルの高い人達だろう、と期待しながら朱莉は軽音部の出番を待った。
サッカー部や野球部、バレーやバスケ吹奏楽部。部活の花形とも言える部活動が次々と紹介されていく中で本命の軽音部を待つも中々出てこない。
(あ、さては大トリってことか!やっぱり軽音部と言えばステージが主戦場だしね!)
「えー、それでは先ほどのハンドベル部を持ちまして部活動紹介を終了させていただきます」
「どっせーい!?」
朱莉はズッコケた。
◇
「錦戸先生!」
帰りのHRが終わるなり朱莉は担任の先生となる錦戸のもとへと駆けこんだ。
「ん?君はえーっと木乃原さんだっけ?」
錦戸と呼ばれた男は名簿を見つつ、まだ顔と名前が一致していない朱莉の名前を思い出す。
「西高って軽音部ありましたよね!?」
「あー、それかぁ・・・。ちょっと横の談話室で話そうか?」
錦戸は場所を職員室から談話室へと移すと、少し伸びた顎鬚をポリポリと書きながら朱莉へ事情を説明した。
確かに去年まで西高に軽音部は存在したが、昨年卒業した3年生を最後の世代とし廃部となったこと。
理由としては、そもそも後の世代が入ってこなかったこと。
そして一番の問題として、軽音部員から飲酒と喫煙者が出たことが大きな問題となったことだった。
「もちろん正規の手続きを踏めば再度軽音部を始めることはできるが・・・3つの問題がある」
「3つ?」
「1つは人数。軽音部はその特性上1人では出来ないからね。バンドという以上は3人は必要だろう」
「ですよねー」
朱莉はそれはそうだと相槌を打つ。錦戸も比較的若く厳しそうな先生でも無かったので砕けた相槌となっているが。
「次に部員の品行方正さかな」
「つまり優等生ってことですか?」
「そうだね。もちろん最低限の規則は守ってもらわなきゃいけないんだけど、正直さっきの事件があって学校側のイメージも悪くなってるからプラスアルファの要素があれば生徒会や先生方にも話を通しやすい。テストの点数が良いとかね」
「な、なるほど」
朱莉は西高にギリギリで合格した自覚があるので、この点は不安だったが軽音部のためなら何とかしようと飲み込んだ。
「3つ目は実績だ。これはどちらかと言えば生徒会や職員へのアピールの為に使う」
「なるほど。つまりアピールってこと?」
「そう。軽音部が活動することによってこういった効果が生まれましたという何かがあると、説得しやすいだろうね。そして最後に一番重要なことだ」
「あれ、錦戸先生それ4つ目では?」
「細かいことはいーの」
朱莉の最もな突っ込みに錦戸は手を振って躱した。
「4つめは――面倒くさくないってこと」
「面倒くさくない?」
「そう。なんでこんなに部活動数が絞られてるか分かる?」
「うーん、そりゃまぁ沢山ありすぎてもしょうがないし・・・?」
「それもそうだけど、結局のところ顧問の問題なんだ」
「・・・・あ」
朱莉は合点が行ったと言う様に手を打った。
「1つの学校にいる教員数は限られてる。たいていの場合1人の先生につき1人の部活動だから、部活動には実質的な枠があるワケ。ちなみにもうウチの高校は全員枠埋まってるのよ」
「えぇ!?じゃあ新しい部活二度と作れないじゃないですか!?」
「まぁまぁ待ちなさい。そこで大事になってくるのが兼任ってシステムなんだよ。これを使えば1人の先生が2つの部活動を持つことも可能ってわけだ」
「あー、大体話見えました。つまり兼任しても出来るぐらいの活動内容の部活ってことですか」
「そういうこと」
錦戸はよく出来ました、と言う様にうんうんと頷いた。
「ちなみに錦戸先生は何の部活の顧問なんですか?」
「僕?僕はハンドベル部だよ」
「・・・・」
「何!?その『じゃあ軽音部くらい兼任出来るだろ』みたいな目は!?僕はやらないからね!?」
「ちぇっ・・・」
ありがとうございました、というと朱莉は談話室を後にするのだった。
◇
「うーん、課題は山積みだなぁ・・・」
朱莉はすんなりと始まると思っていた軽音部ライフが急に中々のハードモードになってしまったことに頭を悩ませる。
「あたしは楽器できないから、あたしの他にギター、ベース、ドラムを最低限探すとして・・・あと3人もメンバーが必要なのか」
朱莉は今後やることを頭の中でリストアップしていく。
求められているのは問題を起こさなくて、勉強もそこそこ出来て、先生への顔覚えがよく、実績を残さないといけないのでゼロの状態からの活動に協力的で、ギター・ベース・ドラムのいずれかが出来る人間・・・・
「って、んな人間都合よくおるかー!!!」
朱莉はこの高校に中学校からの友達などもいないため、文字通りゼロからのスタートだ。
そもそも、この時期は友達づくりの大切な期間であり普通はそれだけでも結構なビッグイベント。
友達を作るだけで大変な所に先述の条件を満たす生徒を集めるなど至難の業だ。
「・・・ま、考えても無駄無駄。とりあえず帰ろ」
今日は入学式だけで終了だったので教科書などの備品購入が済めば1年生は帰宅してOKだ。
部活動の見学も可能だったが、これから部活動を作ろうとしている朱莉には不要なため下駄箱へ直行する。
「ん?」
下駄箱へ向かっている途中、何かが廊下に落ちているのを朱莉は見つけた。
(これは・・・生徒手帳?)
拾ってみるとそれは真新しい生徒手帳だった。恐らく1年生の物だろう。
(多分前を歩く女の子の奴だ!)
瞬時にそう悟った朱莉は前を歩く少女に走って追いつくと、肩をトントンと叩いた。
「?」
「これ!あなたの落とし物じゃない?」
朱莉は振り返った少女の顔を見て思わず息を呑んだ。
(うわ、すごい可愛い)
あまりケアをしていないのか、若干乱雑さを感じる髪は肩のあたりで切りそろえられている。
ほぼノーメイクの顔はそれでもその存在を主張する大きな目と色白な肌。小さな口には申し訳程度にリップが塗られている。
・・・というより乾燥を防ぐリップクリームが塗ってあるようだ。
顔のパーツ1つ1つは100点満点というわけではないのだが、不思議な愛嬌がある。そんな顔立ちだ。
(てか背ぇ高っ!脚ほっそ!!まつ毛なっがー!)
朱莉も自分で言うのは何だが結構可愛い方ではないかと自覚しているのだが、この少女は身だしなみは粗雑な所もあるが、絶妙なバランス感の上に成り立つ何とも不思議な魅力がある――そう感じた。
「あ、これ私の生徒手帳です。ありがとうございます」
その少女は生徒手帳にある学生証を確認すると、朱莉へお礼を言った。
「いやいや、あたしも新入生だから敬語は大丈夫だよ」
「あ、上履きの色で分かるんだっけ」
何年生かすぐに分かるように生徒が身に着ける上履きは色が3つある。
今年は1年生が赤色。2年生は緑色。3年生は黒色だった。
「あたしはA組だけど、あなたは何組?」
「私はC組だよ」
「違うクラスか~。でも折角だしさ、友達になろうよ。あたしは木乃原朱莉。あなたは?」
「私は――」
これは後に大町西高等学校にこの軽音部あり、と言われるほどの軽音部となり入部者に代々語り継がれる伝説の世代。
「川原楓。よろしくね」
『始まりの四天王』と呼ばれるメンバーの、最初の出会いだった。
・・・なお、卒業した四天王本人たちが「その呼び名はクッソ恥ずかしいのでやめて欲しい」と言っていることはあまり知られていないのだった。
 




