閑話2 楓の拳
これはまだRaspberryが活動していた頃のお話し。
「馬鹿めが!!掛かりおったわ!」
「詐欺飛びかよ~!」
ある日、事務所にて楓とマネージャー(という名の何でも屋)である澤村は格闘ゲームで盛り上がっていた。
最近ではめっきりプレイ人口の減った格闘ゲームであるが、澤村と楓が共に同じタイトルの格ゲー好きということが発覚し以来こうして時間があるとプレイしたりする。
なお2人がプレイしているのは20年以上前に発売されたタイトルであり、忙しい2人がまだ若く時間があったころ(楓は仁科奏の記憶から)にハマったタイトルだ。
「いやー澤村さんはフェイントに引っ掛かりやすいから楽しいですねぇ」
「楓の戦法が突拍子もなさすぎるんだよ・・・何だよ覚醒必殺技キャンセルからの下段って」
「はいはい。負けたんですからジュースおごりですよ」
「はいよ~」
勝った楓にブーブー言いながら澤村は自販機へ行こうと立ち上がる。
澤村が外に出ようとするとドアがノックされる。
「お疲れ様です」
「あれ、由愛じゃないか。今日は休みじゃなかったか?」
「ちょっとアイデアが浮かんだので。ちょうど楓姉ぇも来てるって聞きましたし」
「あぁ、なるほど。今リビングでゲームしてたよ」
澤村が由愛をつれて事務所内に戻ると、由愛を見た楓が「よっ!」と挨拶をする。
「何だかあまり見ないコントローラーですけど、これはどんなゲームなんですか?」
アーケードコントローラーを持つ楓に興味を持ったのか、由愛が2人に質問する。
「これは格闘ゲームで使うコントローラーだ。見ての通り2人対戦型の、相手を戦いで倒すゲームだな」
「へぇ~・・・」
「由愛もやってみる?」
楓がコントローラーを由愛に渡す。
「うん!やってみる!」
「おっ、マジか。でも上達するまでには結構掛かるからな~格ゲーは」
「そうなの?」
「まずキャラを動かすだけでもちょっと時間がかかるし、コンボを覚えないといけない。しかもそのコンボもキャラごとに変えないといけなかったりするし」
「とにかく、覚えるのことが多いのさ。実戦でしか成長しない要素もたくさんある」
「へぇ~。なんだか音楽に似てるね!」
由愛は無邪気に笑いながら、楓に「一戦やってみたい!」とリクエストする。
「良いよー。ちゃんと手加減するし!」
「しなくていいよ。ちょっと練習させてくれたら」
「え゛っ゛・・・いや、それはちょっと無理があるんじゃないかなー?」
「大丈夫だから!」
自信満々に言い切る由愛だが、楓と澤村は目線でまずいと会話していた。
(流石に初心者に本気出せませんよ!1日で格ゲーやめるでしょ!)
(適度に接待プレイしたらいいじゃないか)
(由愛はするどいから、多分手抜き過ぎるとバレて怒っちゃいますよ・・・しかもなんか変なスイッチ入っちゃってますし。こうなると引きませんもん)
(うーん・・・程よくボコボコにするしかないんじゃない?)
(程よくボコボコって・・・まぁそうするしかないですけど)
上記の内容を、この2年間の付き合いで身につけた特殊能力(?)で相談した楓と澤村はとりあえず由愛に基本的な操作方法を教えたのち対戦することにしたのだが――
◇
「・・・」
「「・・・」」
適度にボコボコにしたのだが、由愛は完全に拗ねてしまっていた。
無理もない。初心者からすれば上級者の攻撃は何もわからないまま一方的にやられるだけ――通称わからん殺し状態になってしまったのだ。
今年小学5年生になった由愛は年齢にしては大人びているが、負けん気が強く頑固な面もある。まぁだからこそ楓とアーティストとしてやっていけてる訳だがそれでもまだ今年10歳の少女だ。
そんなこんなで、事務所には気まずい沈黙が流れていた。
(だーから言ったじゃないですかああああ!)
(いやいや、しょうがないだろ!本気を出してって言ったのは由愛なわけだし!)
(そういうのは良いからこの状況何とかしてくださいよ!!)
(由愛は楓が好きなんだから上手いこと言っといてくれ)
(うわ丸投げだ流石キタナイ大人キタナイ)
(君も大人みたいなもんだろ・・・)
澤村との念話(?)を終えた楓はため息をつきつつ由愛に話かける。
「・・・まぁ、初心者は誰でもこんなもんだって。とりあえずさ、ジュースでも飲も?」
楓は由愛の肩をたたきつつ、一緒にティーブレイクを入れる提案をする。
「・・・いい。その代わり」
「ん?」
「もし私が1週間練習して、楓姉ぇに勝ったらお願い1つ聞いてくれる?」
「え゛っ゛!?いや、それは無茶じゃ・・・」
いくら由愛の飲み込みが早いとは言え、1週間で楓に勝つのはかなり厳しいと澤村も楓も瞬時に思う。
(受けたらいいじゃないか。由愛が1週間もやれば、まぁいい勝負くらいは行くだろ。俺が教えておくし)
(それはそうなんですけど、負けたら何でも言うことを聞くって言うのがね・・・)
(まさか負けるつもりなのか?)
(万が一ですよ。いやね?最近の由愛の視線が時々怖い時あるんですもん・・・)
(・・・まぁ大丈夫だろ)
(他人事ですねオイ)
「いいよ。じゃあ今から1週間後、やろうか」
ふぅ、と楓はため息をつくと由愛の挑戦を承諾する。
「ほんと!?よし、1週間頑張るぞ〜」
「敵CPUは慣れてくれば弱いし、僕が楓役の模擬相手を務めるよ」
「本当ですか!お願いします♪」
にこりと笑う由愛を見て2人は機嫌も戻ったかなと安堵する。
しかしこの時2人は本当の意味で理解していなかった。世界中から注目を浴びるraspberryの1人としてフロントに立つこの少女の能力と、その気持ちの強さを——―
◇
こうして由愛の格ゲー猛特訓が始まった。
結論から言うと、由愛は4日経つ頃には完全に澤村を超えていた。
今回のゲームが25年前ということもあり研究しつくされており、しかもその内容を動画でいつでも学ぶことが出来る。
由愛はインターネット上の講座動画を見て研究しつくされた最適解を身につけ、それが終われば実践を繰り返しあっという間に成長したのだ。もともと理論派でもある為、研究が大事な格ゲーとの相性も良かった。
澤村を超えた由愛は真っ白に燃え尽きイスに座っている澤村を尻目に、オンライン対戦で腕を磨き始めた。
25年前のゲームではあるが人気作だったため最新のハードでリバイバルされており、オンライン対戦もそこそこの人数のプレイヤーが残っていたのだ。
オンラインでもあっというまにランクを上げた由愛は一時期ネットで話題になったとかならなかったとか。正に現代の環境(と楓への執念)が生み出した怪物と言ったところだろう。
そうして迎えた楓との決戦当日。事務所には楓、由愛、澤村、そしてたまたま仕事で来ていた綾乃の4人が集まっていた。
「勝負は2本先取した方が勝ちの3本勝負、で良いかな?」
「楓姉ぇがそれでいいなら、大丈夫だよ」
「良し・・・じゃあ、始めようか!」
お互いがキャラクターを選択し終わり、試合前のカットインが流れる。
(そのキャラで来るか・・・)
由愛が選んだキャラクターは初心者にオススメと言われている剣で戦うキャラクターだ。
攻守・近距離遠距離のバランスが良く、飛び道具(ビームなどの何かを飛ばして相手にぶつける攻撃のこと)も持っているため扱いやすい。
対する楓は近距離の火力が非常に高いインファイターなキャラクターを使用しており、上手くハマれば相手を火力だけで押し切ってしまう。そういう戦法が楓の性格にも合っているため、お気に入りのキャラである。
「由愛と楓がゲームなんて珍しいわね」
綾乃は仕事の息抜きに試合を呑気に感染しつつ、そう呟く。
「まぁ色々あってね」
澤村も他人事の様に気楽そうに試合を見ている。
「2人ともすごい高いレベルな気がするけれど?」
「それが由愛はまだ初めて1週間なんだ」
「はぁ!?何をそんなに・・・あぁ、ひょっとして、楓がプレイしてたから?」
「それもある。あと、由愛が勝ったら楓が何でも言うことを聞くって約束がある」
「・・・なるほどね」
全てを察した綾乃はモニター画面に目をやる。
「でもやっぱり経験者の方が強いのね。楓が押してるように見えるけど?」
「・・・いや、まだこんなもんじゃない。由愛の本気は」
◇
(確かに恐ろしく上手くなってる・・・でも手こずるほどじゃない!)
楓は由愛の上達ぶりに内心驚いてはいたものの、あくまで想定の範囲内。
手こずるほどではないと試合を進めていく。
楓はその勢いのまま、1本目を先取した。
次のラウンドに進む時、楓はふと気になった。
――隣に座っているこの少女は、本当にこんなにすんなりと降せる相手か?
――本当に、私の相方はこんなに歯ごたえの無い相手か?
ふと楓が隣の少女に目をやると、にこっ、と笑いながらその少女は小さく呟いた。
「全部分かっちゃった♡」
◇
「全然さっきまでと違うじゃない!?」
綾乃は先ほどまでと全く違う試合展開に驚いていた。
楓が押していた前半戦とは対照的に、由愛が完全に楓を封殺しているのだ。
「これが由愛の全力だからね」
「1週間でここまで行けるものなの?」
「普通は無理だね。でも由愛は格ゲーの適性があったんだ」
「適正?」
そんなものあるのか?と綾乃は首をかしげる。
「まず由愛が理論派ってところ。格ゲーは突き詰めていくと理詰めになっていくところがあるんだよね。いかに効率よく相手の体力を削るかだったり、相手の出す攻撃に対して最大火力を叩きこむのはどのコンボか、だったり」
「なるほどね。感覚でやってる感じあるけど結構理詰めな面もあるのね」
「そうそう。もう一つは、由愛がのめり込んだらとことんのめり込む性格ってこと」
「それはよく分かるわ。由愛と楓は本当、止めないとずっとやってるものね」
心当たりがありすぎるわ、と綾乃は首肯する。
「そしてもう一つはキーボーディストってこと」
「それって何か関係あるのかしら?」
「ギター弾く時、基本的には指板を抑える指の方が複雑な動きをしているだろう?」
「まぁそうね」
「対してキーボードは両手ともに常時忙しなく動いている。つまりギタリストと違い両手ともに繊細な動きが可能ってわけだ。格ゲーのアケコンは両手で触るからね。まして超プロ級の由愛なら誤入力無く最短でコマンドを叩けるってわけだ」
「言われてみれば確かにそうね」
「――とまぁ色々あるんだけど、一番大事なのが実はあって」
「あら。でも試合を見てればそれは何となくわかるわ」
◇
(こんなバカな・・・いったい何が!?)
あっという間に2ラウンド目を落とした、楓は由愛のあまりの変貌ぶりに驚いていた。
初めは通っていた攻撃が全く通用しない。
返ってくる反撃は全て最大火力のミスが無いコンボ。
立ち回りも堅実で、楓お得意の意味不明ムーブも全てお見通しと言わんばかりに捌かれる。
試合は既に達人の掌の上で転がされる弟子、といった様相を呈していた。
由愛がここまで楓を完封で来ているのはいわゆる「人読み」が出来ているからだ。
人読みというのはその人特有の癖などを読むことだ。
コントローラーを握るのが人間である以上は絶対に出てくる部分であり、楓は逆にこの癖をむしろ積極的に出し、自分のペースでかく乱するのが得意なのだ。
しかし今回は相手が悪かった。
家族を除けば楓のことを最もよく知っている人物の一人であり、楓大好きな由愛からすれば楓が考えていることなど手に取る様に分かる。
楓は得意なかく乱戦法が読まれれば勢いに任せただけのプレイであり、オンライン対戦の猛者に揉まれてきた由愛からすればただのカカシですな、と言ったところだった。
(このまま負けたらマズイ・・・・!)
負けたら何でも言うことを聞く、という約束がここに来て絶体絶命の楓の肩に重くのしかかる。
というのも最近の由愛はなんだか恐く、何をお願いされるか分からないからだ。
仁科奏の記憶も追加すれば理論上の年齢は50代目前のくせに、情けない奴である。
(かくなる上は・・・!!)
楓はチラリと机の上に視線をやる。視線の先にあるゲーム機はちょうど楓と由愛の真ん中にあり、手を伸ばせば届かなくもない。
(この勝負の結末は――無効試合と行こうぜ!!!!)
電源切断――あまりにも情けない手段に出た楓が伸ばした白く細い腕を、由愛の手が掴む。
「なっ!?」
「何やってるのかなぁ?楓姉ぇ?」
画面を見ると覚醒必殺技までコンボが入り、勝ちが確定した由愛がコントローラーから手を放し、楓の腕を掴んでいたのだ。
「こ、こんなバカな・・・」
「言ったよね?私が勝ったら何でも言うこと聞くって」
「こんなバカなぁぁぁあああああ!!!」
楓の断末魔と共にKO、というSEが響き渡る。これ以上無いほど情けない完敗であった。
「あーあ。やっぱりこうなったわね」
ずぞぞぞ、と紅茶を吸いながら綾乃はため息をつく。
「楓は経験者だけど、別にガチ勢って程でも無いからね・・・それにしてもあまりに哀れな道化すぎて笑っちゃったけど。」
「あれが世界中の音楽チャートを騒がせてる次世代のカリスマギタリストって世も末ね・・・」
ズルルルル、と途中から飽きていた澤村もカップ麺をすすりながらそう呟き、2人は合掌する。南無阿弥陀仏・・・・。
そしてソファーに倒れこんだ哀れな道化に、由愛が近づく。
「ねぇ楓姉ぇ、お願いがあるんだけど――」
「あ、あっ・・・」
「聞いてくれるよね?」
◇
ある晴れの日、休みだった楓と由愛は人が集まる街へと2人で繰り出していた。
「楓姉ぇ、似合ってるよ」
「・・・うん、ありがとう」
楓の服装を褒める由愛に、死んだ魚の様な目で応える楓。その原因は来ている服だ。
楓は基本的に下はチノパンなどのパンツで、上は適当にスウェットとかパーカーだ。しかし今日来ているのは袖の無いノースリーブの黒いワンピースなのだ。長さも膝より上の丈になっており、楓の細く長い脚が良く映える。
いつも肌の露出が少ない服装を好む楓にとってこの服装はまぁまぁ恥ずかしく、今でも顔を上げて歩くのが気恥ずかしいくらいだった。履きなれないパンプスもその一助になっているか。
周りの目など気にしなければ良いのだが、すれ違う人から見られているのが分かる為余計に気恥ずかしくなってしまう。
もちろんこんな服など楓は持っていないので、事務所にあった衣装を由愛と綾乃が今日の為に拝借しコーディネートしたのだ。何を着せても素材が良いのでどうとでもなるのが腹立つ、というのが綾乃の弁だが。
由愛のお願いとしては楓と一日中、街をブラつきたいというものだった。
楓はスタイルも良く可愛い少女だと由愛が思うが、自分を可愛く見せることに関心が無い。
綾乃が教えるまで化粧もしなかったし(今でもほぼしない)髪など寝癖が付いたままステージに上がろうとする時さえある。
しかし、自分を着飾るというのも楽しいものだと由愛は思う。
押し付けるのは良くないと分かってはいるが、自分自身の感性を拡張することはそれすなわち自身のアウトプットも拡張することに他ならないからだ。
「うーん、しょうがない!」
楓はそういうと頬をパシッと叩き、背筋を伸ばす。
「今日はとことん『カワイイ』をテーマに、2人で楽しもう!」
「え?いいの?」
唐突な楓の豹変ぶりに、由愛は驚く。
「あんまりこういうことも普段しないしね。やっぱり自分の感性に無いものを体内に流し込むのは好きだから」
そう呟く楓の横顔は、先ほどまでの遠慮していた時とまるで別人だった。長く伸びたまつ毛の下にある大きな瞳は、真っすぐと前を見据えている。
――あぁ、なんて綺麗なんだろう。
そう由愛は思った。
「どしたん?私の顔に何かついてる?」
由愛が楓を見つめていると、楓が由愛の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だよ。最初はどこ行こう?」
「ネイルとかやってみたいかも。ギタリストって手がアップになるし、そういう時に爪が綺麗な色だったら面白いかなって」
「いいね!」
「よし、じゃあ出発!」
キラキラとした街の中を、それ以上にキラキラとした笑顔で二人の少女は歩く。
ショーウィンドウに反射する二人の姿は、楽しそうに笑っていた。




