29 Passing each other
「今頃楓ちゃん卒業式っすよ」
「おぉ、そうか。時が経つのは早いもんだ」
とある商談の帰り道、車の中でソルダーノレコーズの代表である二階堂とかつてRaspberryを担当していたマネージャーの澤村は今日で中学校を卒業する楓のことを話していた。
「高校に進学するのは、少し意外な様な気もしますが」
澤村は感想を述べる。
川原楓という少女はかつて天才クリエイターとしてその名を轟かせた仁科奏の記憶を持っている。
転生したのか、それともただ単に前世の記憶を持っているだけのか、ただの思い込みなのか・・・ということは誰にも証明できないが、彼女が成し遂げてきたことを鑑みれば普通の少女でないことは明らかだ。
だからこそ彼女のマネージャーであった澤村は高校に行かず、そのままプロとして全ての時間を表現活動に費やす道もあったのではないかと思ったのだ。
そんな澤村の疑問を表情から汲み取ったのか、二階堂が口を開く。
「俺の知り合いにな、セミナーとかを主宰するイベント会社で働いている奴がいるんだ。そいつが言ってた話なんだけどな。とある大手企業の社員で、SNSが火付けとなって大人気になり本を出版した人がいたんだ」
いきなり脈絡のない話が始まったが、関係のある話なのだろうと澤村は沈黙で続きを促す。
「独立して、毎日舞い込む講演の依頼をこなしていった。こういう企業向けの専門的な講演っていうのは中々良い値段するらしくてな。1講演で数十万円くらいするらしい」
「そんなにですか・・・」
「で、そのうちの数十パーセントは仲介のイベント会社が持っていくわけだが、それでも講師の手元には余裕で10万以上、場合によっては何十万円も残るってわけだ。しかもほぼ粗利だから利益率も最高だし」
「うわぁ、エグいですね・・・」
そういう世界もあるんだなぁ、と澤村はため息をつく。
「講演を一本こなせば一気に数十万円。その人は月のほとんどを講演に費やした。でも、ある日を境にぱったりと講演の依頼はこなくなった」
「それはなぜですか?」
「講演でしゃべる内容はその人が今まで経験してきたことから来るノウハウや経験談なわけで、それはつまり今まで自分が身につけてきたものだろ?」
「・・・あぁ、なるほど」
「そうだ。要は自分の今までの人生の貯金を切り崩して今の収入に変換してたわけだ。講演の内容はいつも同じだから、需要が一周したら『あの人の話はもういいや』ってなったワケ」
今まで育ててきた作物を何も考えず全部収穫しちまったようなもんだ、と二階堂は言った。
「俺が言いたいのは、アウトプットっていうのはインプットが無ければ出来ないってことさ。これはミュージシャンなんかも一緒だ。ぶっちゃけ、ほとんどのミュージシャンは有名になり始めて長くて10年くらいの間に名曲が集中すると思わないか?」
「まぁ、それは確かに・・・」
もちろん息長く続いているミュージシャンはいっぱいいるが、業界を変えてしまうような衝撃的な曲はほとんど活動最初の数年から10年の間に出来ていると澤村も思った。
「これは俺の持論なんだが、1つの才能の輝きは、持って10年ぐらいなんだと思う」
「10年ですか」
「そうだ。ここで俺の言う才能ってのは、若い時に自分が感動する何かに出会って――例えば絵でもギターでも何でも良いが――それにひたすら打ち込んで、長い年月をかけ大人になった時輝き出す才能って意味だ。大抵の場合、その才能が1つでも実ればそれだけでも十分すごいことで、2つ実らせられる人間は歴史的に見てもごくわずかだと思う」
1つ実らせるだけで莫大な情熱と時間がいるからな、と二階堂は呟く。
「この才能はその時の本人を取り巻く環境、立場なんかも密接に関係してるから、カラクリがわかったからって言って何個も実らせられるわけじゃない。ミュージシャンとして成功して、その後F1レーサーになってワールドグランプリ制覇して、そのあと映画監督として世界的ヒットを飛ばし続けるとか無理だろ?」
「まぁ、なるだけなら死ぬほど頑張れば行けるかも知れませんが・・・」
「その業界で全部トップクラスの才能を実らせるのは、時間的に不可能だろうな。音楽の世界1つに絞っても何十年もずーっと歴史に名を残すレベルの名曲を提供しつづけたアーティストなんて1人もいないんだぜ?まぁ、せいぜい2つだろーな。それが何故かわかるか?」
「二階堂さんの言う通り、時間じゃないんですか?」
澤村が二階堂の問いかけに答える。
「俺は一番は情熱じゃないかと思う。どんなに素晴らしいミュージシャンでも、若い頃の爆発的なエネルギーをずっと持ち続けることは難しい。もちろん音楽はずっと好きだと思うぜ?でも、音楽を初めて知って、のめりこんでいた時のモチベーションには敵わないと思うんだ。良くも悪くも、それが普通だし、年をとってもそんなエネルギーを持ってたら生きづらくてしょうがないと言えないこともない」
どんな人も色々と折り合いをつけて生きていくもんだ、と二階堂は呟いた。
「楓ちゃんはそこが異常なんだ。とにかく情熱が衰えない。音楽とか、ギターに限れば彼女のレベルに到達する人間は大勢いる。でも彼女はあらゆるジャンルで、普通の人間であれば到達できない領域にいる・・・。それはお前が一番知ってるだろう?」
「そうですね・・・」
二階堂に問われた澤村は首肯せざるを得ない。
楓がここまで注目されているのはアニメーションやエンジニアリングなどの技術も持ち合わせているからに他ならないからだ。
「とにかく、情熱の規模がでかいんだ。まるで一つのジャンルじゃその炎を抑えきれないような・・・そんな彼女がその炎のエネルギーとして、何を喰わせようと思ったと思う?」
「えーと、特定のジャンルだけじゃダメでしょうし・・・そんな全方位完全対応の都合良いエネルギーなんてありますか?」
「人生だよ。あの子は自分が生きて得たもの全部が創作のエネルギーになるんだ。ウチに所属した当初から、ライブとかレコーディングとか、いろんな仕事で自分と由愛ちゃんを拘束するのを嫌ったろ?それもそういう理由からだろうな」
「音楽活動だけでは満足できないと?」
「だろうね。お互いまだ小学生と中学生っていうのを活動休止の理由にしてはいるが、1種類の活動だけじゃガソリンが足りないんだろう。あと、シンプルに同じ環境にずっと居られないだけだろうな」
二階堂の解説を聞き、改めてこの人の観察力の鋭さは流石だと改めて澤村は思った。伊達に曲者揃いの音楽業界で長く飯を食っていないのだ。
「一体5年後の再結成はどうなるんでしょうね」
「それこそ想像もつかんね。ひょっとしたらもう音楽じゃなくなってるかも」
「・・・またリアルな」
2人は顔を見合わせると、あの少女ならあり得ない話じゃないなと笑った。
「じゃあ僕らも頑張りますか。5年後何が来ても大丈夫な様に」
「そうだな」
晴空の下、走行距離23万キロを超えた社用車の中で2人はそんな話をしながら商談へと向かうのであった。
◇
「それじゃあ皆、元気でな!」
時を同じくしてとある中学校。卒業式を終え教室へと戻ってきた生徒たちへ担任の最後の挨拶が終わったところだった。
解散した後も教室に残り最後のおしゃべりに興じる生徒がほとんどで、教室の中には明るい声が響くと同時にこれでお別れだという一抹の寂しさが存在する不思議な空気を楓は感じていた。
(そういや仁科奏の記憶だと中学校の卒業式が終わった時はソッコーで帰って絵描いてたな)
もう少し周りに目を向けろよな、と内心楓が苦笑いしていると自身に近づいてくる気配を感じる。
「川原!」
唐突に名前を呼ばれた楓は声の方向へ目をやる。
するとそこに立っていたのはかつて音楽の授業で楓の才能に目をつけて以降、ずっと楓をミュージシャンとして目標としている高井翔だった。
「一応今日でお別れだし少ししゃべっておきたいと思って」
「別にいつでも通話できるじゃん?」
「やっぱ実際に会うのとじゃ別だろ?」
「・・・まぁね」
あの授業から2年が経ち高井君は少しずつ名が売れ始めている。新進気鋭の若きトラックメイカーと評されている高井のスポンジの様な吸収力に楓は内心舌を巻いていた。
やはり10代の頃というのは夢中になる力がすごいのだ。
「川原は西高だっけ?」
「そうそう。高井君は音楽科あるとこだっけ?」
「うん。ぶっちゃけ今まで感覚でやってきたから、しっかり理論を学んでおきたいなって」
「なるほど」
うーん見習いたいと唸る楓にジト目を向ける高井君。
「川原って、ひょっとして音楽理論詳しくない??」
「いやー、実は自分の曲のキーも分かりません・・・」
「はぁ!?じゃあどうやっていつもアドリブとかしてるわけ!?」
「いやーなんていうか・・・勘?」
「勘って・・・」
こんな有様だが、この少女は世界中のチャートをインスト曲で総ナメにした実績を持っている。
更にはギタリストであれば知らないものはいない名ギタリスト中の名ギタリストであるコージー・デューセンバーグをして「僕たちはエレキギターという楽器の使い方を間違えていたのかもしれない」と言わしめたという逸話は有名すぎるほど有名である。
・・・なんかその事実を思うと今から真面目に音楽理論を学ぼうとしている自分が馬鹿らしく思えてくる高井君だったが、相手が世界クラスの超感覚派モンスターなので気にするなと言ってやりたいところである。
「・・・俺さ、いつかお前を驚かす曲を作ってやるよ」
「ほう。そいつは楽しみだね」
「忘れんなよ!それはそれとして・・・このノートPCにサインくれない?」
「ん??まぁ良いけど」
唐突な宣戦布告の後に急にサインを求められ思わずずっこけそうになりつつも、楓は高井が差し出したサインペンを受け取りノートPCへサインをする。
「ありがとなっ!じゃあまた」
「また?」
「あぁ・・・どこかのステージの上で」
「なるほどね!・・・まぁ気長に待ってるよ」
そういうと高井は背を向け歩き出す。
「あの〜」
「ん?」
高井君との挨拶を済ますと、次に楓に声を掛けてきたのは谷口帆香であった。
帆香は2年前、文化祭でバンド演奏に出演することになった楓の機材を嫉妬心から隠し騒ぎを起こし、後に軽音部全員への謝罪と似顔絵を描くことで和解した時から楓と友達になった。
その後は若さゆえの意志力を良い方に発揮し、中学生ながらネットでもそこそこ名の知れたイラストレーターとなりつつある。
しかし帆香は決してその評価に満足することは無い。なぜなら川原楓という存在の大きさを目の当たりにしているからだ。
ただ絵を描けるだけじゃない、自身の世界をこの世界のあらゆる表現手法を使ってこの世界に体現すること――その奥深さと、自身が今いる場所などまだまだ通過点に過ぎないと知っているからだ。
「ありがとうね、楓ちゃん」
「え、何が?」
「色々と!」
「・・・おうよ」
それだけで楓は何かを察し、和やかにほほ笑んだ。
その後も、知らず知らずのうちに影響を与えていた同級生や後輩から別れの挨拶ラッシュを受けた楓が教室を出たのは1時間近く後だったという。
◇
「疲れたわ・・・」
「お疲れ~」
教室を出て親友である史織、葵の2人と一緒に帰路に着きながら楓は息をつく。
「やっぱり楓の人気はすごいねぇ~」
「うん。しかも男女関係ないもの」
「あれは人気と言っていいのかね・・・」
楓の下を訪ねてきた学生は男女学年問わずバラエティ豊富だった。しかも中には先生も混ざっていたのでその影響力の広さに改めて史織と葵は内心感心していた。
「こうやって3人で帰るのも、今日が最後なんだね」
史織がふとそう呟く。
言葉にすることで、その事実が3人の中で現実味を帯びてくる。しばしの間3人の少女の間に沈黙が流れる。
「正直、さ。全然心配してないんだ私は」
沈黙を破る様に楓が口を開く。
「史織も葵も出会った時は心配だったし、私が手を引かなきゃとか偉そうなこと思ってたけど、今じゃ自分の考えを持って、自分でやってけると思うし」
「うん。ありがとう」
「世界トップクラスのアーティストにそう言われると自信も付くってもんよね~。まぁでも私たちよりも楓が一番成長したでしょ」
「ほえ?」
史織の言葉に呆けた顔をする楓。
「偉そうに保護者みたいなこと言ってたけどさ、何でもかんでも自分で抱え込んで解決する癖が無くなったじゃん!もっと周りを頼れって昔っから思ってた!」
「そうだ、そうだー」
「そ、それはまぁ・・・そうですけど」
「楓は何でもできるし、1人でこなせる量も常人の比じゃないのは私たちがよく知ってるけど、楓がやりたいことを考えたら1人じゃ絶対時間が足りないでしょ」
「他人を頼るのも創作活動の内・・・だよ」
「なるほど・・・それはまた手厳しい要求だなぁ」
2人は楓の創作意欲が常人の想像を遥かに超える膨大さであることを知っている。だからこそ、楓が創作活動をするにあたって上手く人を頼ることも自身の創作活動の範疇だぞ、と言っているのだ。
そしてその時は自分たちを頼れ、と。
(なかなかどうして、頼もしい親友を持ったじゃないの)
楓は心の中でそう思うと、不思議と笑みがこぼれる。
「この後商店街のみんなが楓の卒業祝いやってくれるんだよね?私たちも行っていいのかなぁ」
「良いって良いって。もう話は通してあるし、あの人たちは集まって騒ぎたいだけみたいなとこもあるし」
「なんか絵が思い浮かぶね・・・」
楓のライブにも横断幕を持って参戦するお祭り騒ぎ大好きメンバーが勢揃いの商店街組合を思い出し、3人は思わず苦笑いしてしまう。
「じゃあ商店街行きますか!」
「おう!」
「うん!」
楓は史織と葵に声を掛けると、少し肌寒い風が吹きぬけるストリートを歩き出す。
仁科奏として生きた記憶の中で感じたことが無い感情を今、確かに楓は感じていた。
同じクリエイターでありながら、自分が築いたものが誰かにとってのヒントや足場、時には寄木の様に姿を変え力となっていくこと。
人は本当の意味で孤独になれないということ。
仁科奏の頃にどこか感じていた物足りなさを埋める物は、本当はもうその手にあったのだ。
ただ自分がそれを感じる心を持っていなかったのだ。
「――楓?」
「どうしたの?急に立ち止まって」
気づけば立ち止まっていた楓に、葵と史織が声を掛ける。
「ごめんごめん、ちょっと感傷に耽ってて」
「歩きながら考え事したらまたぶつかっちゃうよ~?」
「そういえば、あの時ぶつかった松原さんは今元気?」
「元気だよ~!この前もさ・・・」
(さようなら、仁科奏。私は私で、やっていくから)
楓は心の中でそう呟くと、2人と共に商店街へと向かって再び歩き出す。
これから待ち受ける幸せな時間を想像し微笑みながら。
第一部完結になります!
こんな誰にウケるのかわからん変なお話にここまで付き合ってくださり、ありがとうございます。
きっと僕と同じ、ちょっと変な人なんでしょう(ド失礼)
一応第二部もありますので、そちらも気長にお待ちいただければと思います。
一旦はこれにて、ありがとうございました!
※タイトルはmozellさんの「Passing each other」という曲から取りました。こういうシーンに合ういい曲ですので、ぜひ聴いてみてください。
 




