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クリエイター少女の奮闘記  作者: 前川
中学生編
29/41

28 こっち来る?

「改めまして、Raspberryでギター担当してました。川原と申します。横の澤村は私のマネージャーです」


名刺交換を済ませ席に着いた一同に改めて挨拶をする楓。


「えーっと、では今回の依頼をくださったのは川原さんと?」

「です。是非松原さんにお任せしたいと思いまして」

「じゃあ川原さんにデザインの決定権があるんですね」


Raspberryという組織の全容が掴めていない英梨は楓に質問し、楓がデザインにGOサインを出すか出さないか決める権限があると解釈する。


「正確に言えば、川原が作曲、アートワーク、ミュージックビデオ、各グッズデザイン、PRの手法から各ディレクションを活動初期は全て1人で行っていました。なので決定権というよりは全部彼女がやっていた感じです」

「あ、あれを全部ですか!?」


澤村の説明に英梨は驚く。それが本当であれば楓は世界を相手取る作曲センスと演奏技術を持ちながら3DCG、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、更にはそれらの総合プロデュースをこなせるということだからだ。英梨の業界でも様々な工程をこなせる人間はいるがあまりに各スキルのレベルが違いすぎる。


(て、天は何物を与えてるんだ・・・)


容姿だけで十分天からの授かりものと言ったところだが、ここまでされると英梨としては乾いた笑いがただ出るだけであった。合掌。


「しかし、なぜウチの松原に?失礼ですが御社であればもっと大きな所にも話を持って行けそうですが・・・」


社長である緒方が最もな疑問をぶつける。実際彼からしたら何故ウチの様な中小を、しかも松原という営業を名指しで指名してきたのか全くわからないのでここで真意を問うのは自然な流れと言えよう。


「実は先日迷子になっている時にたまたま通りがかった松原さんに道を教えていただいたんです。その時にちょっとした話で盛り上がりまして、そこで名刺を頂きました。それでこの人に任せたいな、と思ったと言う次第です。彼女は意志がありますから」

「意志?」

「はい」


楓の言葉に緒方は首を傾げる。先日のことはややこしくなりそうなので楓はさりげなく事実を歪曲させつつ伝える。


「技術は数をこなせばある程度の物は身に付きます。例えば楽器は練習すればした分だけ上達します。ですがこういうことをしたい、とかこういう世の中にしたい、とかこういう物を作りたい、という意志は育てることが難しいです。ですが松原さんはそれを持っていると私は思っています。そして私はそういう人と仕事をしたいので今回声を掛けさせてもらいました」

「な、なるほど・・・」


まだ川原楓という人間を掴みきれていない緒方は思いのほか精神論の様な理由だったことに若干たじろぐ。


「それで今回の依頼のキーホルダーですが頂いた資料には大まかな企画しか書かれていませんでした。どこまでを弊社に任せてもらえるのでしょうか?」


楓が今回企画したアイテムはキーホルダーだが、楓側と英梨側でどこまでが分担なのかは明らかにされていなかった。


「逆に聞きます。どこまで出来ますか?」

「なっ・・・」


質問に返された質問に英梨は驚愕する。どこまでやれるか、と問うてくるということはその気であれば全て任せてもいい、ということだ。


自身を見つめてくる大きな瞳は英梨の覚悟を見定めている様だ。人当たりの良い雰囲気とは正反対の鋭い視線に英梨は楓の深層を垣間見た気がした。


「・・・全てお任せください」


英梨の言葉を聞いた瞬間、楓はニヤリと笑った。


「わかりました。よろしくお願いします。一つだけ忘れないでほしいことがあります」


楓は人差し指を立てながら言う。


「私たちは一つの商品を作るチームであって、依頼する側とされる側だけでの関係ではありません。例え違う会社であっても。なんでまぁ、そんなに肩ひじ張らずなんでも気軽に言ってください・・・ということぐらいですかね。いうてこんな子供相手じゃ頼りないかもですけど」


えへへっ、と笑う楓の笑顔に場の空気が一気に和らぐ。


「それじゃ今決まったことをもう一度整理すると――」


そのまま打ち合わせはサクサクと進み、英梨も緒方も自分よりも一回りも二回りも年下の少女に圧倒されたまま打ち合わせは終わった。



「一体、何が目的なんだろうな・・・?」


ソルダーノレコーズからの帰り道。緒方は助手席でそう呟く。


実際楓がやろうとしていることは常識的な観点から考えれば非常に非効率かつ利益も少ない。


既に自社でグッズを販売するルートは築いている。しかも楓自身がデザインができるわけだから他社に頼めば無駄にマージン分の利益がソルダーノレコーズから流れていくだけだし、他社の進捗を管理するという新たなタスクが出来てしまう。


乱暴な言い方をすれば自社で車を作れるはずの車メーカーが新開発車種の内の1種を丸々他所のメーカーに作ってくれと依頼している様なものだ。一見すると非効率という他ない。


「利益や効率が目的では無い・・・ってことですかね?」

「まぁあれだけ成功したユニットのメンバーだし、好き勝手やっても事務所があんまり強く言えないんじゃないか?わがままな大物子役に振り回される大人みたいなさ」


緒方は頭の後ろで腕を組みながら適当な予想を口にする。


(・・・絶対そうじゃないだろうな)


英梨にはこの楓の行動が子供のわがままの様な、一時的な感情による暴挙ではないという確信があった。


それを推し量ろうとして、やめた。どうせ自分に分かりっこないと思ったからだ。


(とりあえず、今は貰った仕事に集中しよう)


それにしても楓ちゃん可愛かったなぁ!などと助手席で言っている社長を横目に、英梨はそう思うのだった。



こうしてRaspberryと株式会社ルーンがタッグを組んでのプロジェクトが始まった。


「ラフ案に関しては問題ありません。ですがこのイラストはデザインソフトで書きましたね?」

「えぇ」

「もちろん2Dの表現で事足りるならそれで構いませんが、今回の場合3Dでレンダリングできたらもっと可能性が広がりますから、3DCGでレンダーしましょう。3Dソフトの使い方は私がリモートで教えますから」

「えぇ!?」

「今どきデザイン業務に関わる人間が3Dソフトを使えるのはデフォルトになりつつありますからね。それに一度3Dで作ればその後の検証やPOP、販促動画や資料作る時の構図の変更も一瞬なのでトータルで見ると楽だったりしますよ」

「あ、はい」


と3Dソフトを楓に教えてもらったり


「今回この部分に版使いますけど、このデザインだと版が重なった時のバラつき考えると位置がズレてちょっと目につきそうな可能性があるんでここはズレても目立たないデザインにしときましょう。100分の1台で精度出る様なとこに頼んでるわけでも無いと思うんで。あ、あと中国に見積もるときはフォーマット用意したんでこれに可能な限り記入させてください」

「えっ??あっ、はい!」


と何故か製造工程の指南をもらったり


「この前作った3Dのデータを使えばそのまま3Dアニメーションも作れますから、販促動画でそれも使いましょう。また作り方はリモートで教えます」

「・・・あっ、はい」


と、いう感じで英梨は着々とスキルアップ(?)しながら案件が進んでいき――


「うん、これで行きましょう」


楓からのGOサインが出た。


今回英梨が楓に提案したのがキーホルダーと、加えてセットの鍵置きだ。


鍵置きは楓が使用しているアンプをモチーフにしており、そこにシールドのキーホルダーを挿しこむことで鍵を吊るして置けるアイテムだ。挿し込む側のアイテムも変えることで今後のバリエーション展開も見込めるという拡張性もある。


楓は英梨が持ってきた最終サンプル品を満足げに眺めつつ英梨へと返す。


「では後はこちらの方で進めます。進捗は随時報告しますから」

「わかりました。にしても、固くないですか?」

「固い?」

「いや、話し方が。初めて会った時は敬語も使ってなかったじゃないですか」


楓がむすっとした顔でそう言ってくる。


「まぁ、一応お客様な訳だし・・・」

「気持ちは分かりますけど、敬語じゃなくていいですから。名前も下の名前で呼んでもらって構いませんし」

「ええっと・・・じゃあ、楓?」


英梨がそう言うと楓は嬉しそうに笑い、じゃあそういうことでお願いします()()()()と照れくさそうに言う。


(か、かわいい・・・!)


楓のマネージャーである澤村から「楓は天性の人たらしなので、ご注意ください」と最初の打ち合わせの帰りにコソッと言われたがその理由が少し分かった気がした。


「ところで、楓はどうしてこんなにいろんなこと詳しいの?」

「今はなんでもネットで勉強できますから。小学生が3DCGを当たり前にやってるってこの前なんかの記事で読みましたよ?そういう時代なんですよ時代」

「そんなものかなぁ?」


確かに最近では年齢が若くともその気があれば技術を身につけれる環境が整ってはいる。がそれにも限度があるだろ、と英梨は思った。


「あとまだ腑に落ちないことがあるんだけど・・・」

「なんでしょう?」

「今回の案件楓側から見たら損しかない気がするんだけど・・・」

「ほう、それはなぜです?」

「だって自分で出来ることをわざわざ社外に任せてるわけでしょう?丸投げして私が仕上げるなら分かるけど、ソフトの使い方とか、案件の進め方とか、すごい丁寧に教えてくれるじゃない。それこそむしろ楓が自分でやった方が早いくらいに」


英梨は今回ソフトだけで新しいものを3つ覚えた。


楓はそのソフト全てを基礎から英梨に教え、不明点があれば都度答えている。どのソフトもその分野のプロに指導を仰げばきっと多額の費用が飛んでいくだろうレベルの内容だ。


であれば間違いなく楓が一人、ないしは自社でやった方が早いはずだ。どころか楓が自身のスキルを英梨に教えるということは新たな競争相手を産み出すという可能性もある。


なのに何故楓はわざわざ英梨にここまで懇切手寧に自分のスキルを伝授するのだろうか。英梨はこれがずっと疑問だった。


「英梨さん、私にはね。野望があるんですよ」

「や、野望?」


英梨は楓から出てきた唐突な言葉に少し驚く。


「あなたならよく分かると思いますが、ほとんどの会社は他社との競争に身を置いています。他社よりいかに安くするか、いかに競合品より優れたスペックを盛り込むか。ですがそれは結局椅子取りゲームと同じことで、限られた数の椅子の奪い合いということになります。もちろんそれによって生まれる技術もありますが、長い目で見ればただ消耗するだけの虚しさが残ると言うのが私の感想です。まぁそれが資本主義と言ってしまえばそれまでですが」


楓の言葉に英梨は頷く。英梨の勤務するルーン株式会社も正に価格競争に揉まれているからだ。


「この問題の解決方法は独自の製品やサービスを提供すること、と思われがちですが違います」

「えっ、違うの?」

「正確に言えば80点と言ったところです。その更にもう一つ先があります。そしてそれこそが私の野望なんです」


楓はピッと人差し指を立てる。


「それはこの世の全ての人がこの世に無いものを常に生み出そうと考え、そしてそれを実行する意志を持つこと」

「あっ――」


英梨は思わず間延びした声を漏らす。


「もしもこの世界がそうなれば、きっとそれなりに大変ですけど、退屈しない世界になると思います。この視点を持てば例えただのルーティン仕事でもその裏には無限の発展性があることに気付けるからです。ですがその為にはそれを実行するスキルと、今までに無いことを行いそれを達成出来た時の喜びを経験する必要があります。私はそれを身を以て示す為に私自身がまだこの世に無いと思う物を作り、またそういった意志がありそうな人の役に立てそうなら力を貸したいって思ってます」


英梨は楓の言葉に呆気を取られていた。この少女はこの世界そのものをデザインしようとしているのか、と。


更に英梨が戦慄したのは楓は自分の考えに従う都合の良い世界を作りたいわけではなく、世界中の人間全員が業種問わず画期的なアイデアを出そうとする世の中にしたいという点だ。聞こえは悪いがまるでより強い強者と戦う為にこの世の人間全てが常に向上心を持ち己を鍛えつづける世の中を望む戦闘狂の様な発想である。


「まぁこれっていわば自分の価値観の押し付けだからナイショですよ。言ったのも英梨さんが初めてですし。もっと言えばやってることはテロ組織と一緒だし」

「じゃあ私は楓教に選ばれた信者って感じかしら?」

「いや~、正確に言えば自分から入信したわけじゃないから、この宗教の発展のための・・・実験台?」

「実験体はひどくない!?いつか反逆してやる!」

「はいはい、首を長くして待ってますよ〜」


そんな茶番を言い合いながら笑う2人を、窓から差し込む陽の光が明るく照らしていた。



「お~い、松原これ入力頼むわ・・・?!」


ある日のルーン株式会社にて、いつもの様に英梨へ雑務を頼もうとした同僚が、英梨のデスクのモニターを見て驚いた。


(こいつ・・・こんなこと出来たんかよ?)


モニターには3Dソフトでアニメーションを作っている様子が映し出されている。


入社時に研修で図面の読み方やCADの簡単な使い方は教わるが3DCGの技術など当然教わらない。彼が驚くのも無理なかった。


「あっ、明日になってもいいですか?今ちょっと立て込んでるんで・・・」

「お、おう。頼むわ」


そそくさと自分のデスクに向かっていく同僚に目もくれず英梨はモニターへと集中する。


楓と進めてきたこの案件もいよいよ大詰めだ。あとは今日倉庫に入ってくる出来上がった製品に問題が無ければ各卸先に出荷していく。


英梨がどうにかなりそうだな、とコーヒーを口に含もうとカップに手を伸ばすと、会社支給のモバイルフォンが唐突に鳴り響いた。


(・・・倉庫の大島さんから?)


このタイミングで倉庫のスタッフから電話とは嫌な予感しかしない、と英梨は想い電話に出る――


『お疲れ様』

「お疲れ様です。何かありましたか?」

『うん・・・実はまずいことになっててな」

「まずいこと?」

『あぁ』


電話の向こうの大島が少し間を置いてから口を開く。


『サンプル品の時は出て無かったバリが恐らく全数出てる』



『なるほど、バリですか・・・』


自社倉庫に着いた英梨は現物を見て頭を抱えつつ、起こったことをすぐに楓に連絡した。


バリというのは製品を加工する時に出てしまう出っ張りやトゲのことだ。これは素材を人為的に加工する以上間違いなく出てしまう。


例えば薄く伸ばした粘土に思いっきりパンチをして、穴を開ける。


穴はギザギザで、パンチで撃ち抜いた方向に向かってそのギザギザは伸びているはずだ。


これと同じことが、実は金属や木材でも起きている。加工の条件や工夫次第でバリを減らすことは出来ても無くすことは現状不可能だ。


プラスチックの製品の場合は製品を取り出す際、最後に金型を2分割するわけだがそうするとどうしても金型と金型の間のわずかな隙間に樹脂が入り込んでしまい、パーティングラインと呼ばれる線が入ってしまう。(手元にあるプラスチック製品を見れば、必ずどこかに線が入っているので、見てみよう!)


これがひどい時にはバリとなってしまうこともあるのだ。


そして今回英梨が提案した商品のプラスチック部分に流石にこれは対応せざるを得ない、という大きさのバリが出てしまっていた。


バリが残っているとユーザーがバリの突起で怪我をしてしまい、大問題となりかねない。


『それは致し方ないですね。ただ問題なのが――』

「締め切りがある、ってことよね・・・」


Raspberry自体は活動休止だが、楓が溜め込んでいた数点のアイデアに関してはファングッズとしてオンライン販売する予定であり、今回の商品もそのうちの一つである。


しかしそこは楓のことなのでただグッズを販売するのではなく一工夫凝らしており、今までのライブ映像を様々な媒体で視聴できる『権利』を販売し、その購入特典として今回のグッズを手にすることが出来る。


各ライブの視聴権利を購入し特典グッズを揃えるとRaspberryの2人のラストライブのミニチュアステージが出来上がるというのがこの企画の趣旨であった。


しかし動画というのは結局転載されるので、違法ではあるがこの権利を購入せずとも視聴できないこともない。特典グッズも転売のことを考えれば手に入らないこともない。


じゃあなぜわざわざ販売するのかと言えばお金を払いたいと思ってくれる人たちにRaspberryへとお金を支払う窓口と、それを理由づける強い動機を与えてあげるためだ。だからこそただ単にライブ映像を販売するのではなくそれらを様々な媒体で視聴できる権利と、ただRaspberryのロゴが入った様なしょっぱいノベルティグッズではなくファンがいつでもあの時を思い出せるような、そんなグッズをセットにした。


今回の製品はそういったこともあって各方面との連携の都合上スケジュールがかっちりと決まっている。ただでさえ製造工場からの出荷が遅れていたので最初に出荷する分は今すぐにバリを取らなければ間に合わない。


中国の製造工場に送り返してバリ取りをしてもらうにしても送り返してバリ取りをさせ、また送り返してもらっていては最初の出荷分に間に合わない。従って今割ける人員は英梨の所属するルーン株式会社のメンバーのみとなる・・・のだが


(人手が足りなさすぎる!)


ルーン株式会社の社員数は50にも満たない。しかもそのほとんどはパートが占めており、正社員もほとんど営業で外出していることが多いのだ。


『英梨さんの方だとあまり人手が割けませんね・・・』

「そう、ですね・・・」


楓もその辺りの事情は分かっているので電話の向こうでうーん、と唸る。


『とりあえず、今動ける人で動きましょう。というわけでそっち行きますね』

「えぇ!?」


じゃあ、という一言と共に電話が切れる。


(まさか、楓も一緒にバリ取りするってこと?)



「そらそうですよ。そのために来たんですから」


腕まくりをしながら倉庫に入ってきた楓を見て、英梨は本気かよという様な目線を楓に向ける。


倉庫にいる社員やパートも突然入ってきた中学生の少女に作業をしつつも注目の目線を浴びせていた。


「んで、現物はどれですか?」

「これだけど・・・」

「なるほど。・・・うわ、これでよくGOしたなー現場も」


いつのまにかしっかりゴム手袋を着けつつ、楓は製品を様々な角度から観察する。


「どうやら中国の工場が下請けに流したらしいんだけど・・・」

「そこの品質管理がめちゃくちゃだった、と。ってことはその下請けから日本に直送させたんでしょうねぇ」

「左様でございます・・・」


こういったことは横行しており楓も事情は分かっている。

申し訳なさそうに縮こまる英梨を苦笑いしながら楓は見つめつつ、作業台のやすりを手に取った。


「じゃあやりますか。とりあえず1時間何個できそうかってーのとやり方決めないといけませんしね」

「やりますかって、楓はバリ取りしたことあるの!?」

「あるといえばあるし、無いと言えば無いです。まぁ、でもこんなもんでしょう?」


心配する英梨を他所に楓はあっという間に製品のバリを落として見せた。余談ではあるが楓が前世でプロダクトデザイナーとして働いていた会社で研修として1年間現場にいたのでバリ取りなど日常茶飯事であった。


それどころか楓の場合携わっていたのが製品の部品だったので100分の1ミリ台での細かさでのバリ取りを電子顕微鏡を見ながらこなしていた。そんな楓からすれば精度を求められていないデザイングッズのバリ取りなど朝飯前である。


「いうて時間掛からなさそうですね。時間あたりに出来る個数も今ので大体わかったんで、英梨さんそっちの作業台で残りカス飛ばす係お願いします」

「わ、分かったわ。でも1人じゃバリ取りが追い付かないんじゃない?」

「なんで今こっちに回せる人がいたらこっちに回ってもらってください。英梨さんがそれやってる間にこっちもストック作れるよう頑張るんで。あ、製品の状態表示のカードとかあります?」

「えぇ・・・」


やたらと手慣れている目の前の少女に若干引きつつ、英梨は人手を確保しに場を離れるのであった。



こうしてなぜかクライアント(楓)も巻き込んだ(というより勝手に入り込んできた)バリ取り大合戦が幕を開けた。急ぎの作業をしていないパートの人間を総動員し作業に当たる。


呼ばれたメンバーたちは始め慣れないバリ取り作業に目を白黒させていたが、楓が一連の流れを誰でも出来る様に準備しておいたことで比較的スムーズに事は進んだ。


人によって感覚は違うのでただバリを取ってくださいと言っても感覚に任せればやる人によって製品の仕上がり、つまり品質にバラつきが起きてしまう。


楓は「このレベルでやってください」という見本を作り、かつ「このやり方でやってください」というやり方、そして「この時間で最終的にはやってください」という2つを全員に説明した。


各自にやってもらい、仕上がった製品を楓もしくは英梨が確認しOKが出れば独り立ち、という流れだ。こうすることで理論上は違う人がやっても大きな差異が出ることは無い。


楓が各メンバーに話しかけつづけたこともあって作業は私語もある和気あいあいとした雰囲気の中行われた。これにも理由がある。


これだけ大きなバリをそのまま出荷する様な品質管理であれば他にも不良の箇所が存在する個体が紛れ込んでいる可能性は高い。


しかし相談しづらい雰囲気にしてしまうともしおかしい点を見つけたとしても「まぁいいか」でそのまま流れてしまう可能性がある。だからちょっとしたことでもスッと話せる雰囲気を作ったのだ。


楓は前世で様々な職場を見てきた。


様々な組織があったが失敗した人間を怒鳴りつけるとか、そういった恐怖で人を縛るようなやり方の組織が楓はあまり好きではなかった。


そのやり方を楓は否定するわけではない。というかそのやり方でも実際組織は機能すると思っている。


ではなぜあまり好きじゃないかと言えばシンプルにロスが多いからだ。


怒鳴れば次からミスをしないのであれば楓だって怒鳴る。しかしそんなことがありえないのは誰でも分かるだろう。むしろ怒鳴られた人間は一時的に心的ストレスを負うわけで、その状態で何かを言っても冷静に頭が働いていないことなど容易に想像できるし、その様な精神状況で作業をさせれば更にミスを呼ぶだろう。


従って怒鳴っている暇があればその時間でまずは問題への対処、その後に原因の究明と改善策をその人間と一緒に考える方がはるかに効率が良いというのが1つ。


もう1つは組織に隠蔽体質がついてしまうことだ。


人の失敗を過剰に責めたりするような組織にいれば自然と人は失敗を隠すようになる。失敗を隠す、ということは組織の伸びしろを隠すのと同義だと楓は思う。


失敗には原因がある。それを突き止め改善することで人、ひいては組織が成長するわけで、失敗を隠すということは成長する機会を自ら手放しているに等しい。


そして情報を隠蔽すれば役職者の耳に情報は入らない、ということは役職者は組織が今どういう状態であるか分からなくなるということだ。その状態で組織にとって有益な判断など出来るはずもない。


都合の悪い情報は隠蔽され上がってこないので問題が上層部へと露呈する頃には打つ手無し、という組織を楓はよく目にしたものだ。


そんな経験のある楓が情報の交換が活発な組織を好むのは当然といえよう。


「えっ!じゃあこれRaspberryのグッズなんですか!?」

「そうなんですよ~。あっ、これ内緒なんで秘密にしてくださいね」


てへへ、と苦笑いする楓を見て英梨はそんなこと言って大丈夫なのだろうか、と思いつつ作業を進める。


初めは「なんだこの女の子?」という反応のパートメンバーだったが楓の人懐っこい笑顔と柔和な雰囲気もありあっという間に打ち解けていた。相変わらず人の心を開かせるのが恐ろしく上手いと英梨は思った。


「すごい人気だったわよね、Raspberryって。周りの子がみんなピアノかギター始めたって言ってたわ」

「ウチの子もニュースで見てギターの子に憧れちゃって。最近ずっとギター弾いてるわ」

「テレビに出ないから顔は見たことないけど、2人とも小学生と中学生の女の子なのよね?」

「らしいですね~。同じ中学生なのにすごいですよね」

「って楓ちゃん中学生なのかい!?」

「バリバリ今年受験の中学生ですよ~」

「あら、背が高くて大人っぽいから高校生かと思ってたわ」


アッハッハ、と笑いながら作業するパートのメンバーと楓を見ながら英梨は「本人!目の前にいるの本人だから!!」と心の中で叫んでいた。



「何とかなりましたね・・・」

「ねー・・・」


時計の針が12時を余裕で回る頃、2人はなんとか初回出荷分のバリを取り切った。


といってもパートメンバーが帰った後は外回りから帰ってきた営業など動ける社員を総動員しなんとか終わった形で、2人でやり切ったわけではないが。


ひとまず後のことは明日するとして、楓と英梨は工場内の休憩スペースに置いてあるソファで燃え尽きた灰の様になっていた。


「そういえば、ご両親が心配してるんじゃないの?」

「仕事の手伝いで事務所に泊まる、って言ったんで大丈夫大丈夫~」


ふぁぁ~とあくびをしながら楓は答える。


「徹夜になるかなって思ってましたけど、皆が手伝ってくれたおかげで意外と早く終わりましたね」

「そうね。まさかこんなに人が集まってくれるとは思ってなかったわ・・・」

「それだけ認められた、ってことじゃないですかね?」

「え?」

「今回の英梨さんの頑張りが、ってーことですよ。そういうのって伝わりますからね」


楓がふと後ろを見やると、英梨の同僚である営業のメンバーの内の1人が立っていた。


「あのー、松原に用があって来たんですけど」

「ですって、英梨さん?」

「えっ、私?」


英梨はソファから慌てて立ち上がる。


「いやー出来ればで構わないんだけど、お前が使ってる3Dソフト、俺にも教えてくれねーかなって・・・」

「おい抜け駆けはずりーぞ!松原俺にも教えてくれ!」

「それ俺もいいか~!?」

「社長!?ずるいですよ!」

「なんでだよ!差し入れ持ってきてやったろ!?」


最初の1人を皮切りに、撤収作業をしていた社員たちが次々と便乗していく。突然社員たちに囲まれた英梨は戸惑いつつも、笑顔でそれを受け入れていた。


英梨はその時、初めて気付いた。きっとこれこそが楓が英梨に見せたかった景色なのではないかと。


ふと英梨はソファーで寝たフリをしている少女へと目を向ける。


その口元は、微かに微笑んでいる様に英梨には見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >もっと言えばやってることはテロ組織と一緒 反社会活動と反体制活動というのは混同されがちで テロリズムと民権運動も大日本帝国時代から混同されがちだからこその表現でしょうか 民主主義を形…
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