27 君に決めた
前回までのあらすじ
雑貨メーカーに勤める松原英梨と曲がり角でぶつかった楓。楓は彼女が何やら気になる様で―?
「仕事が出来ましたよ!!」
バーン、と事務所のドアを開け放ったのは現在絶賛受験生のはずの楓である。
「久しぶり。珍しいね」
Raspberryのマネージャーだった澤村が自分のデスクから楓に挨拶をする。
Raspberryは解散したが楓と由愛はソルダーノレコーズに所属している。2人に作編曲やアートワーク制作の依頼などがあるからだ。
といっても楓は受験生なので高校受験が終わるまでは仕事も受けないし、事務所に来る用事も特段ないのでしばらくソルダーノレコーズとはご無沙汰だったわけだ。
「この時期に受けたってことはよっぽど気になったんでしょ?」
「あ、わかる?」
「そりゃあんたとの付き合いも長くなってきたからね」
楓の弟子でありかつて小学生デザイナーとして名を馳せた綾乃は全てお見通しといった風に言う。
ちなみに綾乃は現在中学2年生なので来年が受験の年となる。
「楓姉ぇ久しぶり!」
「由愛久しぶり〜!」
Raspberryとして活動していた頃はほとんど毎週会っていた2人も解散してからはこうしてたまに事務所で会うくらいなので2人とも再会を喜ぶように抱き合う。
「・・・由愛ってさっきまで防音のスタジオで作業してたわよね?」
「あの子は音楽と楓のことになると第六感が覚醒するから・・・」
澤村と綾乃には由愛のお尻に存在しないはずのしっぽがフサフサと揺れる幻覚が見えていた。
(楓は気づいてないけど、由愛の楓に対する愛情ってちょっと・・・・アレよね?)
(皆まで言うな、久保さん。その先は魔の世界だ)
中学卒業を控え出会った時から10cm近く身長が伸びた楓の胸に由愛は顔をうずめながら抱き着き楓の香りを堪能している。由愛が楓に向ける感情は尊敬とか仲が良いとかそういう何かを超えている・・・と澤村も思わなくもない。
しかしそれは致し方ないと澤村は思う。
自身を子供でなく対等の相手として扱い、時には導いてくれる。色んな事を知っていて、だけれど決して由愛に偉そうに何かを教えるようなこともしない。
そして表現者としての圧倒的な才覚。それは世界中を見渡しても類を見ないものであり、いつでも由愛にとって目指すべき大きな道標となった。そして表現者としての才能を持ち、生きてきた楓にだからこそ相談できることがある。
由愛は表現者として大きな才能を秘めている。だからこそ由愛の悩みを本当の意味で受け止められる人間は自然と彼女と同じレベルかそれ以上の才能を持った人間に限られてしまう。
楓は由愛のそういった悩みも真正面から受け止められる。世界トップクラスの表現者として。由愛にとって楓は表現者としての葛藤の全てぶつけることができる、正に唯一無二の存在なのだ。
こんな相手とユニットを組めば、そりゃあ惚れてまうやろーー!!というもんである、と澤村は思うのだった。
(いつか楓を中心にとんでもない修羅場が巻き起こりそうだ・・・)
そんな起こるか分からない未来を勝手に想像し胃の辺りをさする澤村を不思議そうに見る綾乃であった。
「ところで楓姉ぇが事務所に来るってことは、何かお仕事?」
「まぁね~。皆ちょっと今時間ある?」
いたずらを思いついた様な顔で問いかけてくる楓に、3人は顔を見合わせ、首を縦に振った。
◇
「――ということがあってね。その人にちょっと仕事を頼んでみたいな、と思った次第なんですよ」
楓は少し前に女性と道でぶつかった話をし、事の経緯を話した。
Raspberryのサイトにはオンラインショップがある。主にファッションの小物から雑貨品などのグッズで、楓や綾乃が基本的にデザインしている。
元々はライブの時の物販品として楓がデザインしたグッズを商店街の皆の協力のもと販売していたのだが、これが非常に好評で話題になったのだ。しかしRaspberryのライブは非常に倍率が高くライブに行けないというファンも続出。余談だがRaspberryのファンでありながら一度もライブに行けていないファンも大勢いる。
その結果転売が横行したので楓がライブ限定の物販をやめてオンラインで販売することにしたのだ。
ここで問題になるのが物量の問題である。ライブの物販として粛々と行っていた頃は売切れたらおしまいでーすという感じでやっていたのだがオンラインとなれば日本中、いや世界中からのオーダーが入る。
となれば生産数の大幅なアップやストック場所の問題、そして流通経路などなど問題がたくさん出てくるというわけだ。
グッズのオンライン販売は元々ソルダーノレコーズが他のアーティストでもやっていたので委託先の会社はある程度当てがあったのだが問題は製造の部分だった。
というのも楓のデザインするグッズはRaspberryのロゴが入ったシャツとかバッグ、といったものではなく例えば名刺入れとかバッグ。果ては靴などもあり幅が広く、専門性も高い。
なのでそれらを製造するにあたり楓の相談先としては当然商店街の皆をまず当たる。が、彼らもあくまでメーカー程の規模で仕事しているわけではないので当然対応できないこともあるし、あまりコネのない業界も多々ある。
となるとネットの海の中から対応出来そうなメーカーを探し、そこに製造を打診する。そして値段と条件が合えばようやくGOが出せるという流れがあるのだ。
当たり前だがソルダーノレコーズは音楽業界の会社であり、モノづくりの会社との繋がりはほぼ無い。もしも製造メーカーに詳しく、幅広いコネクションがあるような人物がいれば、楓はこういう物を作りたいとその人間に相談するだけで良くなるので非常に楽なのだ。
そこで知り合ったのが雑貨品の製造を手掛ける会社の営業である英梨だった。
英梨は少なくともその経歴からすれば楓の悩みを解決する可能性のある人物であり、今回新しい商品を1つ任せてみたいがどうだろうか、というのが楓の話の内容であった。
「話に聞いただけじゃ正直頼りないって思うけど、まぁ楓が決めたんなら結局何言っても無駄だしね」
若干諦観の混じった感想を綾乃が言う。
「要するに雑貨品のメーカーと繋がりが出来る、したがって今後はそのメーカーに作りたいものを言うだけで良くなるからこちら側の負担が減る、と言うことだよね?」
「おっしゃる通りです。まぁ要するにウチは企画だけやればオッケーってことかな。ワンチャンその後のベンダーも小売りも新しい所が開拓できるかもって期待もあります。今はソルダーノレコーズの流通ラインに無理やりぶち込んでるだけですし」
「ベンダー、小売り?」
澤村と楓の会話に出てきた聴き慣れない単語に由愛が首を傾げる。
「それを説明すると長くなるねぇ。よし、じゃあ久しぶりに楓先生の社会科タイム始めようかな!」
「わーい!」
楓がどこからともなくメガネを取り出すと由愛が喜んでパチパチと拍手する。
Raspberryとして活動していた頃はよくあった光景で、前世を足すと既に半世紀近く生きている楓がまだ小学生の由愛の疑問に答えるコーナー(?)である。
「ベンダーとか小売りっていうのを説明するためには商品がお客さんの手元に届くまでの流れをまず説明する必要があるね。由愛は原価って知ってるかな?」
「うん!物を作るのに必要な値段だよね?」
「そんな感じかな。例えばこの3色ボールペン、原価は10円だとしようか。でもこのペンはお店に出ると1本100円で売られてるとしたらこのボールペンを作った会社は1本でいくら儲かってると思う?」
「えーと、100円で売ってるんだよね?10円で作れるなら、80円くらいの利益じゃないかな?」
楓の質問に由愛がうーんと悩みつつも答える。
「80円の利益ってことは90円でお店に売るってことね?」
「うん」
「多分だけど、1本40円前後だと思うよ」
「えぇぇ!?」
楓の言葉に由愛は驚く。
「由愛が間違えるのも無理ないんだ。実は作ってる会社とそれを売ってる会社の他にも登場人物がいるからね。ここで出てくるのがベンダーってわけ。卸とも言うけどね」
「物を作ってる会社がそのままお店に売ってるんじゃないの?」
「そういうパターンもあるよ」
「んん?じゃあベンダーって何で必要なの?」
楓の言葉に由愛の疑問はますます深まる。
「このボールペンが10円で作れるのは大量生産を前提にしてるからなんだ。例えば由愛がこのボールペンを手作りで作ってくれって言われたら1本40円でなんて絶対売らないでしょう?」
「それはもちろん」
由愛は何を馬鹿なことを、と言う様に首を振る。
「世の中の商品が今の値段で買えるのは大量生産を前提に作られてるからなんだよ。そして大量生産をするってことは生産する機械を作ったり買ったり、人を雇ったり、工場を建てたりしないといけないわけ」
「うわー、そう聞くとすごいお金がかかりそうだね・・・」
「その通り!となると掛けたお金が取り返せる量を最低でも生産するよね?」
「そうしないと損しちゃうもんね?」
「そうそう。由愛は賢いね~」
楓によしよしと頭を撫でられ恥ずかしながらも嬉しそうに笑う由愛。なんだかんだ楓も由愛に甘えているのかもしれない、と2人の授業を見ている澤村と綾乃は思った。
「元を取れる量を作るとしたら、まぁやっぱりすごい量になっちゃうわけ。それこそ何万個とかね。ここで問題が起きてくるの」
「問題・・・?」
「そう。1つは作ったものを保管する場所。当然大量に作るわけだから作るにつれて置き場所は困るよね。まぁボールペンくらいだったら置いとけるかもしれないけど、例えば大きい商品なんか大量生産したらそれを置くための建物をまた借りないといけないかもしれない」
「そっか・・・じゃあ物を置いとくだけでお金かかっちゃうんだ?」
「そうなの!次がじゃあどこに売ればいいねん、っていう問題」
「えっ、お店じゃないの?」
由愛が何を言っているのか、という口ぶりで首を傾げる。
「自分で作ったハンドメイド品を何個か売るっていうんならまぁ分からなくもないけど、元を取るために何万何十万と作った商品を、果たして1つのお店がぜーんぶ買い取ってくれるかな?」
「うーん、それは難しいかも・・・」
「となると、日本中のお店に出荷したい。でもそれを1から自分でやるとすると結構難しいんだ。日本中のお店の人たちと接点を作らないといけないし、それをお店に持っていく仕組みとか、連携面も考えていかないといけないから」
「うーん、それは大変そうだね・・・」
腕を組んで考える素振りを見せる由愛。
「じゃあもしも全国のお店と接点があって、すんごく大きな倉庫を持ってて、商品を日本中に運ぶシステムを持ってる人がいたらどうかな?」
「あっ、ひょっとしてベンダーって・・・・」
「そう。つまり作りと売り手を繋ぐ人ってこと。で、この人たちも慈善活動じゃないから、由愛が10円で作って40円で売ったボールペンを50円から60円くらいでくらいでお店に卸すわけ」
「要するに場所代とか、お店を紹介する手間賃を貰う、ってこと?」
「そういうことだね。これを自分だけでやろうと思ったら、日本中に倉庫を持ってないといけないとか、その倉庫ごとにスタッフを抱えないといけないとか、毎月の施設の維持費とか、そういうのが原価に上乗せされるからね。結局外部に任せた方が安く付いたじゃんってこともあるの」
「・・・今更だけどさ、本業がクリエイターであんなこと説明できる中3の女の子って滅茶苦茶よね?」
「今更でしょ・・・」
由愛と楓の授業(?)を眺めながら澤村は綾乃の問いかけにをいつものことだと流す。
「じゃあさ楓姉ぇ、お店が商品の生産から販売までやったら一番儲かるんじゃない?」
「その通り。SPAってやり方ね。でもその分リスクがあるから」
「リスク?」
「安く作るにはそれなりの量を作らないといけないっていうのはさっき言ったけど、裏を返せば作った量が絶対に捌けるっていう自信が無いといけないワケ。例えばこれはいける!って思って大量生産するために沢山お金を使って商品を作って、全然売れなかったらやばいでしょ?」
「確かに・・・」
「でもメーカーや卸から仕入れるやり方なら好きな量で仕入れられるからね。作る側も売る先が沢山あれば在庫になっちゃうリスクも減るし。1つ売れたら何万とか何十万って利益が上がる商品なら全部自分でやる価値はあるけど・・・まぁそれも説明すると長くなるからこの辺で切り上げようかな」
「な、なるほど~」
「はい、というわけで今日はこの辺で。また次の授業でお会いしましょう」
由愛がパンクし始めたのを見計らい楓はかけていた眼鏡を外した。
「話を戻すと、知り合ったその松原さんはメーカーのポジションってことだよね?」
「ですね。でも典型的な価格競争で生き残ってきたメーカーっぽくて、しんどそうでしたね。ただでさえ雑貨業界のメーカーの立場って弱そうですし」
競争相手が多く、単価があまり高くない製品のメーカーは基本的に小売り(お店)、卸業者に比べて立場が弱いことが多い。というのも彼らがいなければ自身では商品を捌けず、結果足元を見られ割を食うことが多いからだ。
「価格競争してる内は、あまり明るい未来はないでしょう。それやってる内は相手からすれば幾らでも替えの利く相手ですから。かといってじゃあどうするかということを考える人も時間もない、というのがそういった会社の典型的なパターンですね。目先の売り上げを確保するのに精いっぱいって状況だと思います」
「負のスパイラルってわけね・・・」
楓の言葉に綾乃がふぅ、とため息をついた。綾乃も楓の弟子として既に2年以上が経っているのでそういった日本の企業の問題の触りくらいならある程度知っているのであった。
「じゃあ他の会社さんがやってない新しいことをすればいいんじゃないの?」
由愛がシンプルな疑問を口にする。
「いやはや、全くもって由愛の言う通り。・・・なんだけど、ここで物事の本質が大事になってくるんだよね」
「本質?」
「そう。大事なのは『この事業をすることで何がしたいのか?』っていうのが大事なんだよね。魅力ある商品っていうのは言い換えれば『魅力がわかりやすい』ってことでしょ?それはこの商品とかサービスで何がしたいのか、っていうのがハッキリしてればしてるほど如実に現れる。つまり何か新しいことをしようっていうのは手段であって目的にはしない方が良いってこと」
「よく言う『手段と目的を取り違える』ってやつね?」
「そうそう」
綾乃の言葉に楓がうんうんと頷く。
「今ってそういう意思を持つのが難しい環境になってると思うんだよね。例えばむかーしの日本は何もかも後進国だったから『もっとこういう商品があればいいのに』とか『もっとこういうサービスがあればいいのに』っていう問題が誰にでもわかりやすい時代だったと思う。でも今は色々な商品やサービスが幅広すぎて、何をやったらいいか分かりづらくなっちゃったんだと思う」
「まぁ確かに不満は無い生活を送れるよね。もちろん小さい不満はあるだろうけど」
楓の言葉に澤村は確かにな、と相槌を打つ。
「そういうこともあって今の時代強い意志を持ってる人ってそれだけで貴重なんですよ。まぁそういうこともあって一緒に仕事してみたいな、と」
「そう思ったわけね?」
「うん。ほら、受験だからって一旦止めちゃってた企画のやつあったでしょ?あれをお願いしてみようかなって」
「お願いするっていっても、どこまでやってもらうんだい?」
「決まってるじゃないですか」
澤村の言葉に楓はニヤリと笑った。
「――全部ですよ」
◇
「おーい松原。これ倉庫の人間に発送指示頼むわ~」
「あっ、はい」
どうせ暇だろ?という様な態度で同僚から書類を差し出された英梨はそれを渋々といった感じで受け取る。
先日楓と正面衝突(文字通りの意味)した雑貨メーカー「ルーン」の営業マン、松原英梨が所属するルーンという会社はメーカーではあるが従業員が何百何千といる企業ではない。
むしろ営業は5名しかおらず社長も現在英梨達がいる本オフィスと呼ばれるところで一緒に仕事をしているし未だに社長自身が現場に出張ることもあるくらいだ。
あまり営業成績の芳しくない英梨は周囲の人間から雑務を押し付けられる様になっていき、今では半分営業事務の様なポジションになってしまっている。
(いやまぁ、仕方が無いことなんだけどさ・・・)
忙しく外回りへ駆けていく同僚達とは対照的に、英梨は社内にいることが多い。楓にも言ったようにいっそ営業事務というポジションになってしまえば楽なんだろうな、と思いつつ今日も今日とて雑用仕事をカタカタと打ち込んでいたのだが――
「ブフッ!?」
会計ソフトで入力作業をしていた英梨のパソコンの画面に新規のメールが届いたことを知らせるポップアップが表示される。
そのメールの差出人はなんと今話題のソルダーノレコーズからだった。驚きのあまり英梨はコーヒーマシンで入れたコーヒーを思い切り吹き出しかける。
(『ソルダーノレコーズ』って・・・あのソルダーノレコーズよね?)
ソルダーノレコーズは音楽への興味は並である英梨でも耳にしたことがある音楽会社だ。理由は簡単でついこの間解散したRaspberryというユニットが所属しているからだ。
Raspberryはその活躍により英梨の様な音楽にどっぷりハマっていない様な人間にも認知される程の知名度を誇っている。Raspberryの知名度に比例して元々そこまで大手というわけでも無かった所属事務所のソルダーノレコーズもメディアに取り上げられる機会がドカンと増えたのだ。
英梨も「Raspberryを世界的グループにした立役者!?所属事務所のソルダーノレコーズとは?」みたいな見出しのネット記事を読んだ記憶がある。
(しかもRaspberryブランドの商品提案のご依頼って・・・・マジ?)
メールの本文に目を通すと、Raspberryのギタリストでありデザイナーでもある少女が行っている商品の企画からデザインまでを委託できる企業を探しており知人を通して紹介してもらったと書いてある。
(音楽業界の人に名刺なんて渡したっけな?それともなんかの詐欺?)
しかも本文に『是非松原様にお願いをしたい』とまで書いてあるのだ。となれば過去に英梨と面識があるか、英梨の仕事を知っている人間の紹介になる。来社しての打ち合わせ依頼も来ているので詐欺にしても不自然だ。
(と、とりあえず返信しなきゃ)
英梨は雑務そっちのけで返信を打ち始めた。
「戻ったぞ~。おっ、どうした松原。珍しく前のめりで仕事して!」
「し、社長、お疲れ様です・・・」
英梨がカタカタとキーボードを叩いていると社長である緒方が打ち合わせから帰ってくる。
「そんなに大事な案件か~?」
「ちょ、社長!」
そう言いながら緒方は英梨のモニターを覗いてくる。正直に言うと英梨はこの社長のデリカシーに欠ける部分が苦手であった。
「・・・ん!?ソルダーノレコーズ!?」
そして英梨と同じく、緒方も仰天した。
「お前、いつの間にこんなトコとコネ作ってたんだよ!やるじゃねぇか~。もう事務仕事メインで良いんかなって思ってたぞ!ハハハ!」
「ま、まぁ・・・」
「よし、この打ち合わせ俺も行くわ!一応顔出しといたほうが良さそうだしな!」
「えぇ!?」
お前の場合はただソルダーノレコーズに行ってRaspberryのメンバーに会いたいだけだろ、と内心思う英梨であった。
◇
数日後、Raspberryのスタッフにアポを取った英梨は社長である緒方と共にソルダーノレコーズに来ていた。
「思ったよりボロいビルだな・・・」
「社長、誰が聞いてるか分からないんですからやめてくださいよ!」
ビルの前で正直な感想をつぶやく緒方を注意しつつ、英梨はエレベーターに乗り受付へと向かう。
受付を終え受付嬢に応接室へ案内される。
「しばらくお待ちください」と受付嬢が出ていくと、緒方が英梨に無駄話を話しかけてくる。
「Raspberryの2人も来るかな!」
「いやー、流石に出てこないでしょう・・・。というかデザイン業務は普通別スタッフでは?」
「いやさ、なんでも2人共めちゃくちゃ可愛いらしいからな~。是非お目にかかってみたいもんだ」
Raspberryを知ってはいるが特段詳しいわけではない2人はあることないことを待っている間に話す。
そんなことを話しているとドアがノックされ「失礼します」という言葉と共に2人の男女が入ってくる。
先に入ってきた男性は20代後半から30代半ばくらいで、細身な体にタイトなスーツが良く似合っている。顔も典型的な優男といった感じで、スーツを着ていなければアーティストと言われてもおかしくない容姿だ。
そして続いて入ってきたのは高校生くらいの少女。
七頭身はあろうかという長い手足はチノパンとシンプルなパーカーに包まれた上からでもその細さがわかる程。
肩に掛からないくらいに切りそろえられた髪はただでさえ小さい彼女の顔を更に小さく見せている。
「あっ・・・」
2人を見据える大きな瞳はどこかで見たことがあるような瞳で――
「あああああああああああああああああああ!!!!」
英梨は思わず大きな口を開けながら声を上げてしまう。
「あ、どうも。Raspberryの川原楓です」
その少女は英梨が道でぶつかった、あの少女だった。




