26 テンプレから始まるストーリー
「はい、本日は無事Raspberryの活動を一旦終えられたということで、乾杯!」
「「「「乾杯!!!」」」」
楓の必要最低限の音頭と共に始まったこの打ち上げはRaspberryが無事に活動終了出来たことを祝ってのものだ。(といってもまた再結成するのだが)
場所は都内のホテル――ではなくRaspberry属するソルダーノレコーズの中でもまぁまぁ広いホールで開催され、集まったメンバーもメンバーとスタッフ、それと特にRaspberryと親交が深い人物に限った小規模なもの。
というのも楓が打ち上げがあまり好きではなく、今まで打ち上げが行われたことはほとんど無かった。
本人曰く「んなことしてる暇あったら早く家に帰って体を休めなさい」というのが言い分だ。ちなみに実際は思いついた創作のアイデアをさっさと帰ってさっさと試したいという創作キチ的発想からくるものであり、先の言い分は建前だ。しょうもない野郎(?)である
「姉御!飲み終わったならコーラ注ぎますよ!!」
「姉御!ピザ持ってきました!!」
「楓ちゃん!ハンバーガーもあるよ!!」
「頼むから自分のペースで飲み食いさせてくれ!!」
楓が健康のために日頃ジャンクフードを控えていることを知っているLUPOとblue saltのギタリストである奈緒や俊介を始めとした参加者たちは楓のために皿一杯のジャンクフードを持って楓を追い回している。折角の打ち上げにも関わらず自分以外が鬼の鬼ごっこをさせられている楓が幸せかは不明である。
「ほんといっつも騒ぎの真ん中にいるわね・・・」
「最後まで楓姉ぇらしいね」
「いやでもそういうパーティじゃないんだけどね・・・」
その様子を傍目に見ながら綾乃と由愛、そしてマネージャーの澤村はのんびりとした雰囲気で色とりどりのスイーツに舌鼓を打っていた。スイーツが好きというのは3人のちょっとした共通点だったりする。
それぞれがそれぞれの楽しみ方で(?)打ち上げを楽しむ様子をソルダーノレコーズの代表である二階堂は微笑ましく見守っていた。
音楽業界は色々と厳しい世界だ。才能の世界というのもあるし、かといって才能があれば良いというわけでもなく運やタイミングも重要だ。
かつてはCDというフォーマットがあったことが良くも悪くも音楽業界を安定させていた節があったが、今やCDの売り上げだけを当てにしていくことは不可能だ。音楽業界はそれぞれ次なる一手を打つ段階に来ており、今はまさに新しい時代への過渡期といった様相を呈している。
・・・と二階堂は思っていたのだが楓を見ていると過渡期など無いのでは、と二階堂には思えてくる。
つねに変化し続け、留まることはない。安定した場所に着けばすぐさま次の場所を目指し旅を続ける。そんなアグレッシブな生き方の彼女だからこそ多くの人が惹かれるのだろう。それこそ世界中の人間から。
「これはこれは、皆楽しそうですねぇ」
「武田専務、いらっしゃってたんですか・・・!」
物思いにふける二階堂に声を掛けたのは武田と呼ばれた男だ。
武田は業界人であれば誰でも知っている様な大手の音楽プロダクションの専務であり、かつての二階堂の上司であった。
武田の勤める音楽プロはレーベル、事務所、制作の全てを包括している。
音楽やアーティストを製品として扱うスタイルが特徴で、作曲やプロモーションを工程ごとに分けその分野のプロが間違いなく売れるやり方で作品を仕上げ、世に出していくというやり方で一時代を築いた。
しかしこのやり方ではアーティストの意向は無視されがちであったりアーティスト自身は成長しづらいという問題があった。
一時は栄華を極めたものの時代の流れと共にアーティスト自身が自身をプロデュースすることが当たり前となっていった結果、現在ではかつてほどの勢いは無くなっている。
二階堂もそんなやり方に嫌気がさし自身でレーベルを立ち上げた。それが今のソルダーノレコーズというわけだ。
武田はそんな二階堂の気持ちを分かっており、ソルダーノレコーズ設立にあたって資本金を出資したり自身のコネを使いソルダーノレコーズのアーティストをラジオやテレビ番組などで使ってもらえるよう図っていた。
武田自身も自分の会社のやり方が歪であるとは感じていた。が、あまりに組織が巨大化しすぎておりこれらを正すということは組織を一から解体するのとほぼ同義だ。
ということもあり武田はこっそりとソルダーノレコーズを支援してきた。綺麗ごとではあるがアーティストもそれをサポートする人間も、音楽が好きな人間全員が笑顔になれるようなビジネスを目指して――
「まさか私たちが何十年かけても作れなかった光景を、たった15歳の少女が2年間で作り上げてしまうとは。いやはや二階堂君はとんでもない逸材を見つけてきたものだ」
「気まぐれでしょう。あの子なら別にどこでも関係ありません」
「そうでしょうかねぇ。あれだけの子であれば相当な暴れ馬なことは想像に難くありません。そんな彼女が引く手数多の中からソルダーノレコーズを選んだのは偶然ではないと思いますよ」
「そう・・・ですかね」
ほっほっほ、と笑いながら武田はコーヒーの入ったカップに口をつける。
「音楽の才能があるものはいる。未来を見通すものもいる。そして後世を育てようというものもいる・・・いることにはいるんですが、これら全てを高い次元で併せ持つような人材がいたらと何度思ったことか」
「それぞれを分担するべきとは思うんですけど、もし奇跡でも起こってそんな人材がいたらとは僕も専務もずっと話してましたよね。それがまさか日本の、中学生の少女の中から誕生するなんて思ってもみませんでしたけど・・・」
音楽はスポーツなどの競技と違って絶対的な評価が無い世界だ。そのため才能とかセンスといった不確かな物で形容されることが多い。
だが音楽の才能の有る無しプロだろうが音楽にあまり興味が無かろうがなぜかすぐにわかる。形の無い不確かな物にも関わらず絶対的に存在するその力というのはリーダーを担う人間には必要不可欠な力だ。
音楽業界が音楽好き(少なくともそのほとんどは)の人間の集まりである以上、その人間たちを牽引する者には大きな音楽の才が無ければ周囲から敬意を払われず、リーダーとなることは難しい。
そして音楽の才があるからといって未来を見通す先見性を持っているかは分からない。理由としては音楽の才能が開花し世の中に認められるということはそれだけ音楽に時間を投資したということであり生活が音楽一辺倒にならざるを得ないこと、ミュージシャンとして多忙になれば新しいインプットを自身に取りこみにくくなることが原因だと武田と二階堂は分析している。
そして後世を育てようという意思があるということ。
「財を残すは下、業を残すは中、人を残すは上」という言葉がある。簡単に言えばお金を残す者は三流、結果を残す者は二流、一流は人を残す、といったところか。
武田と二階堂がいくら理想の組織を作ったとていつかは自分たちの人生に終わりは来る。そうなった時に人が育っていなければその組織は瓦解するだけだ。
もっと言えば自分たちの会社だけが良くても音楽業界全体が良くなっていくかは分からない。だがもしも音楽業界に居る全員が自分たちの環境をより良くすることに前向きな人間ばかりだったらどうだろうか。
それはまさに2人にとって理想的な業界の姿だ。そんなものは絵空事だと切り捨てるのは簡単だが、絵空事を現実に変えようという意思まで捨てるのはいささか勿体ない。
しかしその絵空事を本当にするには武田と二階堂だけでは厳しいものがある。やはり一番光が当たるのはミュージシャン本人であり、そのミュージシャンがその姿勢でもって後世へと道を示してくれればそれ以上は無い・・・と2人は常に思っていた。
「Raspberryは本当に沢山の名曲を作ってくれましたが、私はそれ以上に2人が世間に与えた影響の方に敬意を払わずにはいられませんね。子供やご高齢の方のキーボードやギターレッスンの生徒がすごい増えているのも2人のファン層が幅広いからでしょう」
「ですね。小学生と中学生の女の子でかつ楽曲のほとんどがインストゥルメンタルだからというのが大きかったんでしょうね」
「彼女たちがステージ上で使用する機材も従来の既製品では満足できないとメーカーに、時には自分たちで新しいものを作っていました。楓ちゃんが考えた弦ごとに出力を分けてPC上でチューニングを変更できるプラグインなんかは画期的でした」
ギター雑誌では様々なギタリストの機材を紹介するコーナーがあるがRaspberryの楓が特集を組まれたことは一度も無い。
なぜなら機材など無いから。PCとギターだけで音作りは全て完結しておりギター雑誌で紹介したところで読者が「?」となる内容しかないのだ。
デジタルギターももちろん(?)作ってある楓だが普通のギターですらもはや半分デジタルマシンになっている。普通のギターには1つしかないインプットは種類ごとに7つもあり音楽ソフトをコントロールするボタンが数個ボディには配置されている。
ギターも同じ仕様がメインとバックアップ用含めて3本しかない。チューニングは全てコンピューターが楽曲ごとに変えてくれるので全て全く同じ仕様、同じチューニングだ。
なので普通のギター雑誌で紹介しようとしても全く中身が濃くならないのだ。むしろ楓の機材の特集はデジタル技術誌のほうで取り上げられている状態である。
「音楽のプロモーションも個人的には画期的でした。ストーリーのある3Dアニメーションをミュージックビデオに使うことでストーリーと曲をセットにして受け手に渡した。詩のないインスト楽曲のおかげでストーリーがあっても受け手の想像に余白が作ってあって、それぞれがそれぞれの解釈で楽しめる様にもなっている」
「普通曲ごとにこれだけの3Dアニメーションを作っていたら大赤字だし時間もかかるんですけど、楓ちゃんが全部自分でやっちゃいますからね。しばらくしたらミュージックビデオが無い曲にもファンがオリジナルで付けるようになって、そういう文化が出来たのも面白かったですね」
「それで有名になった人もいると?」
「そうですね。それがきっかけでプロになった人もいます」
「このまま活動を続けても良かったけど、ここで一旦解散することで道を譲る、というと語弊があるかな。とにかく彼女たちに影響を受けた人たちがどういう世界を作っていくのか本当に楽しみだね。死ぬまでワクワクできそうだ」
「いい意味で心臓に悪い子たちですけどね・・・」
何が起こるかは分からない、しかし何か面白いことが起きるという予感を胸に抱きながら楽しそうにはしゃぐ若者を武田と二階堂は見つめるのだった。
◇
「楓は結局進路どうするの?」
夏から秋へと移り変わる街の中楓とその親友である史織と葵は学校からの帰り道を歩いていた。
3人は絶賛受験生で、史織と葵は夏が始まる頃にはとっくに進路を決めている。
楓はRaspberryの活動が終わるまではまだどうするか悩んでいたので2人は改めて楓に聞いているわけだ。
「高校には進むことにしたよ」
「そっかぁ」
「どこの高校に進むの?」
「近いとこが良いから、西高が第一志望かな。史織が青原で、葵が明咲だっけ?」
楓の場合、高校に進むか進まないかという選択から始まるという破天荒っぷりなのだが親友として付き合ってきた2人は特段驚くことは無かった。麻痺しているとも言える。
「2人は高校入ったらやってみたいこととかあるの?」
「私はデザインやってみたいかも。楓を見ててさ、あーいう技術こそ本を飾ったり紹介するのに持って来いのスキルじゃない?」
史織は図書委員を3年間務めており本への愛情は人一倍強い。
デジタルで本を読むことが当たり前になりつつある中で紙の本を愛する少女であり、その良さを世の中に広めるという使命をこっそり胸に秘めているのだ。世間の流れに逆行する天邪鬼なところは流石楓の親友と言えるだろう。
「ポップとかはもちろんだけどさ、よく楓がやってる3Dあるじゃない?あれ出来たら便利だろうな~って思うんだよね~」
「あれくらい簡単だしいつでも教えるけど?」
「楓の簡単は普通の感覚じゃないから・・・」
若干腰が引け気味に答える史織。
「葵は?」
「私も本が好きだし、本の装丁とかしおりとか、本に関わるものを作ってみたいかな」
「あ~いいね。あれも奥が深い世界だよねぇ・・・」
葵も史織と同じく文学少女で、3年間読書部に所属している。
本人はあまり見せたがらないが葵の文章には楓も史織も一目置いており、部内でも評価が高い。読書感想文の全国コンクールではなんと賞を貰ったりしているらしい。
「で、楓は高校で何したいの?」
ずばり史織が尋ねてくる。
「私は・・・高校生っぽいことしたいかな。前の高校生活の時も学校終わったらバイトか創作活動してただけの青春だったし」
「それ青春っていうのかな・・・?」
葵が首を傾げる。
「正直言っていい?・・・楓のことだからどの道また全然高校生っぽくない高校生活になると思う」
「飽きたとか言って退学もあるかも・・・」
「2人共喧嘩売ってるのかしら?買ってあげてもいいのよ?」
「キャーコワーイ」
「暴力はんたーい」
「はいはいじゃあまた明日ね」
3人の少女はそれぞれの帰路へと手を振りながら別れる。こうして3人で帰れるのもあと何回出来るのだろう、という気持ちをそれぞれ口に出すことは無かった。それを言ってしまうと寂しさがより一層冷たさを増す気がしたから。
◇
御年32歳のとある雑貨品メーカーの営業マンである(といっても女だから営業ウーマンだが)松原英梨はそこそこの人で埋まった電車の中で手すりに体をだらりと預けながらため息をついた。
金曜日の帰り道、普通の勤め人であれば週末を前にして楽しくお酒を飲みに行ったり、家に帰って自分の趣味に没頭したりと浮足立ってそうなものだが英梨の表情は対照的に暗い。
英梨が今の雑貨品メーカーに営業として就職したのが3年ほど前。2回の転職を経てようやく志望していた業界へ入ることに成功したのだ。
元々日用雑貨品のデザインに携わりたいと思っていた英梨だったがデザイナーとしては特段デザインのスキルを持っているわけでも実務経験があるわけでも無いが営業であれば企画から関われる可能性が高いと思っての転職だった。
実際はほとんどが実用性の高い雑貨品に関する業務でデザインが製品に入り込むスペースはあまり大きくない。
面白い日用品を販売しているところはほとんどが大手であり、英梨の会社はお世辞にも大手とは言えないので基本的には大手よりも安く売ることが生き残る道である。
革新的なアイデアで新しい風を市場に吹かせるというよりは大手や他社が見えていない「穴」を狙って細々と生き残っているというのが正直な所である。
もちろん新しい企画にチャレンジする機会が無いわけではない。しかし英梨の考えたアイデアは社内からも卸先からも反応が芳しくなく、最近ではむしろ周囲の営業を補佐する営業事務の様なポジションになりつつある。
自身への失望や周囲からの視線もあり英梨は営業を辞めることも考えていた。きっぱりと割り切り営業事務へと自身が志望すればいっそ諦めもつくというものだ。今更転職も難しいだろう。
今日も今日とて商談で先方が興味を示したアイテムは他の営業が企画したアイテムだった。
何とはなしに顔を上げると車内のモニターには2人の少女がそれぞれギターとキーボードを演奏するCMが流れている。
(確かRaspberryだっけ)
英梨は音楽に明るくないがそれでもRaspberryのことは知っている。2人組の少女のユニットというだけでも珍しいのに楽曲は歌無し、しかもそれで海外のヒットチャートで1位を取ったのだから話題にならないわけがない。
しかもギターの少女は作曲からデザイン、プロデュースまでやっているというのだ。にわかには信じがたいが、もしそれが本当ならその才能を1つぐらい分けてくれよと英梨は思う。
(才能の世界って本当不平等よね・・・)
やれやれと内心思いながら電車を降り駅からさっさと出る。
英梨は浮かれた雰囲気の集団を切り裂くように下を見ながら大股で自宅への道を急ぐ。
街灯も少なくなり駅の周辺より少し暗くなった住宅街に入る。英梨は相変わらず勢いでズンズンと歩いていたのだが木が間にあり向こう側が死角になっている曲がり角で向こうからも人が来ていることに気付いたのだが
「あっ――」
(避けられない!)
下を向きながら歩いていたことやそもそも考え事をしていたこと、そしてとにかく最短距離を歩こうと歩道の内側をズンズンと歩いていた英梨は何とか身をよじって相手を躱そうとするも間に合わない。相手は高校生くらいの少女で、向こうも時すでに遅し、というような顔をしている。
結果、2人は見事にぶつかってしまったのだった。
「あたた・・・」
「だ、大丈夫ですか!?」
「全然大丈夫です。私体すごい丈夫なんですよ」
英梨の方はほとんど早歩きと言っていい勢いで歩いていたので、向こうの少女を弾き飛ばしてしまった。
しかし少女は平気そうにへへへ、と言いながら立ち上がる。
(う、うわースタイルいい~)
改めて見るとブレザーの上からでも分かるスラリと伸びた細い手足に、小さい顔。7頭身くらいあるのではないかと思う身長なのだがぶつかった時の感触からするとめちゃくちゃに軽い。いくら英梨が勢いをつけて歩いていたとはいえ圧倒的なウェイト差を感じた。
肩に掛からないくらいの長さの髪を纏った小さな顔には、存在感のある大きな瞳。
ぶつかったのが怖い人じゃなくて可愛い高校生なのは不幸中の幸いだったと内心思う英梨であった。
「あ、あの~・・・ジュースとか飲む?」
ちょうど近くに自販機があったのでお詫びがてらに何かおごっておこうかという英梨の誠意(という名の火消し)に対し少女は
「いいんですか!?ありがとうございます!」
と笑顔でその提案を受け入れるのであった。
(・・・まぁその方がこっちとしては気が楽だけど)
英梨はこれで済むなら安いもんだと財布を取り出す。
「何が良い?」
「コーヒーのブラック、ホットがいいです!」
「大人ね・・・」
「ぶってるだけですよ」
えへへ、っと笑いながら答える少女を見やりながら英梨はボタンを押しコーヒーを取る。
「はいブラックコーヒー」
「ありがとうございます!・・・おっ、やっぱりお姉さん営業マンですね?」
「えっ、なんでわかるの?」
英梨は少女がずばり自分の仕事を言い当てたことに対して素直に驚いて見せる。
「スーツもただの黒とか紺じゃなくて、下が紺で上がグレーだし、着こなしもこなれてる感じがしました。胸にはボールペンとか刺さってますし。何となく外回りも行く営業さんなんかなって思った次第です」
「なるほどね・・・。やたらと知識豊富っぽいけどあなたは高校生?」
「いや、中学生です。今年受験なんですよ」
「あら、これは失礼。見た目も大人っぽいから高校生かと思っちゃった」
「またまた」
ふふっ、と笑いながらコーヒーを飲む少女を見て英梨は人懐っこい子だな、と思った。
相手の懐に入り込むのが上手いのは社会でも大きな武器となる。英梨は勝手にこの子は大人になっても上手くやっていけるだろうなぁと想像しながら自分の分のコーヒーを開ける。
「にしても中学生か・・・何か夢とかあるの?」
「夢は無いですけど、やりたいことはいっぱいありますよ」
「そうなの?例えば?」
「ダンスもやってみたいし、海外旅行とかも行ってみたいですね。車とかバイクをいじったりもしてみたいしスケボーとかもやってみたいですねぇ」
「な、中々多趣味なのね・・・」
「そりゃあ自分の人生を楽しくするのは自分ですからね!お姉さんは無いんですか?やりたいこと」
「やりたいこと・・・・」
少女の純粋な問いに英梨は言葉を詰まらせる。
「・・・今は一応自分のやりたいことをやれてるはずなんだけど」
「・・・楽しくない、と?」
「まぁ、ね。難しいのよね、大人って。色々さ」
まだまだ未来に希望があふれる少女とは対照的に今の自分がみすぼらしく思えた英梨は本心をごまかすような言葉と共にコーヒーを喉に流し込んだ。
「好きと向いてるは違うってこと。あなたも今のうちにそういうこと考えといた方が将来失敗しないわよ」
「・・・さいですか」
「元々私もかわいい雑貨品が好きだったから今の業界に入ったんだけどね。営業は向いてないし辞めようかなって思ってるんだ」
自分のことを知らない初対面の少女が相手だからか、英梨はつい本心を打ち明けた。どうせ二度と会うことは無いだろう。自暴自棄になっている英梨にはこの少女に社会の厳しさを少しくらい見せておいてやろうという意図もあった。
「まぁ好きな物への関わり方にも色々ありますから、自分にあったやり方で関わっていけば良いと私は思いますよ」
対する少女はどこまでも落ち着いた回答だった。遠くを見つめながらコーヒーに口をつけるその様には不思議な貫禄があり英梨の言葉に少しも気持ちが乱れていないように見える。
10以上も年下のはずの少女が英梨には何故か自身よりも年上に感じられた。
「でもそんなに焦る必要も無いと思いますけどね。私が今読んでるこの本なんですけど、この作家さんは50歳の時に作家になって今では有名な作家になってます。40を過ぎてから有名になった俳優もいますし、80歳になる前に絵を描き始めて国民的画家になった人もいるんですから。お姉さん流石にこの人達よりは若いでしょう?」
「そりゃそうだけど・・・」
「まぁ若者の言葉と思って聞き流してもらって構いませんけど。ところでお姉さん営業なら名刺持ってるでしょう?もらえませんか?」
「別に良いけど、なんで?」
「良いことが起きるかもしれませんから。あっ、悪用はしませんのでご安心を」
「ふふっ、何それ」
英梨は苦笑しながら少女に名刺を渡す。なんとなく大人ぶった子だしきっと名刺交換に憧れがあったのかもしれない、と英梨は思った。
「そういえばあなたの名前は?」
そういえば、と英梨は少女に尋ねる。
「申し遅れました、私は――」
それは後に英梨の人生を大きく変えることになる出会いで、
「――川原楓と言います」
英梨の常識を覆す人物との出会いだった。




