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クリエイター少女の奮闘記  作者: 前川
中学生編
26/41

25 別れは出会いの何とやら

ついに迎えたRaspberry最後のライブ当日。


(・・・ボチボチ起きるか)


朝と夜がちょうど交わるぐらいの時間に、楓は目を覚ました。


(ビックリするくらいぐっすり寝れたな)


楓は緊張で寝れないということは無いタイプだが、流石に最後のライブの前日は色々と思うところもあって寝れないかな、と思っていたのだが杞憂だったようだ。


身を起こし被っていたナイトキャップを外す。前世で男だった時は寝る時にナイトキャップ、すなわち寝るとき用の帽子など被っていなかったが女の子である以上どれだけ短くしても男性よりは髪が長くなってしまう。


その状態で寝てしまうと寝相の悪い楓は寝ぐせが高い確率で付いてしまう。別に楓本人は気にしないのだが大きなライブの時に寝ぐせがついていると毎回メイクさんが大変そうで申し訳ないのでライブの時だけはしっかりナイトキャップを被るようにしていた。


1階の洗面台を目指すためパジャマのまま階段を下りる。下を見る時に見える胸のふくらみもすっかり見慣れたものだ。


あまり大きくなるとギターが持ちづらいのでなんならぺったんこになって欲しいな、と思っているがそんな楓の願望とは裏腹に未だ成長中なのは楓の目下の悩みであった。


もうこればっかりはしょうがないかと思いつつ洗面台へ入り歯を磨きはじめる。


(・・・女の子でも当然毛は生えるもんだと思ってたけど、この体は手入れいらずで楽よな~)


前世では毎朝髭を剃っていたことを思い出し、その煩わしさから解放されたことに喜びを感じる。


ちなみに本当であればメイクがあるので髭を剃る以上に女の子は大変なのだが、メイクに興味のない楓は知る由もなかった。素材の良さに甘えているとも言える。事務所の後輩でありおしゃれ番長である綾乃の教育は全く効果を上げていなかった。


歯磨きが終わると肩に掛からないぐらいの長さに切りそろえられた髪を梳いていく。これぐらいの長さでも男だった記憶があると乾かしたり手入れするのがまぁまぁ面倒だ。髪を伸ばしている女の子に楓は心からの敬意を払いたい。


楓は川原家の台所部隊の一員でもあるので、パジャマのままキッチンへ向かう。着替えてから料理をするとその日着る服が汚れてしまう可能性があるので朝の料理を担当する人はパジャマのまま支度をするのが川原家では通例となっていた。


前世の意識が覚醒した頃の楓の料理の腕はそれはひどいものだったが、今では母である由紀も太鼓判を押すほどの腕前になっている。元より練習すればちゃんとできるようになるタイプなのだ。


台所へ向かうためリビングの扉に手を伸ばすと、既にフライパンで何かを炒める音や音楽が聴こえてくる。


(あれ?お母さん起きてるのかな)


休日は仕事の疲れを癒すために父の(とおる)も由紀も2人とも比較的遅くまで寝ているのだが今日は早起きなようだ。


「おはよう、お母さんお父さん」

「あらおはよう」

「おはよう楓」


リビングのドアをくぐるとかなり早い時間にも関わらずもう既に透も由紀も起きていた。


「2人とも早いね。支度なんて自分でやるのに」

「いやいや、こんな大事な日に悠長に寝ているなんてできないよ。なぁ母さん?」

「とか言って、私が起きてもぐっすり寝てたのはどこのどなたっだたかしらね~」

「母さん!それは秘密って約束じゃ――」

「――ふふっ」


そんな両親のやり取りを見ていると楓は思わず笑ってしまった。


「私、2人の子供で良かったな」

「楓・・・」

「Raspberryの活動もしてるし、前世の記憶もあるからさ。色んな大人たちを見てきたけど、お父さんとお母さん程素直に尊敬できる人ってそうそういないよ。しかもそんな2人が出会って結婚するなんて、本当にすごい奇跡だと思う。世の中には上手く行ってない夫婦もいっぱいいるって言うし、クラスには両親のこと好きになれない子もいるしね。でも私のお父さんとお母さんはどこに行っても、誰にでも胸を張って自慢できる自慢の両親だって思うよ」


楓は照れ隠しの様に笑うが、本当に思っていることなのでしっかりと言い切った。こういったことを面と向かって伝えることは大事なのだ。マジで。


「お母さんも大好きよ~」


そういうと炒め物をしていたはずの由紀が楓に駆け寄り抱き着く。


「もーお母さん危ないよ」

「ずるいぞお母さん!よーしお父さんも」

「中3の娘に抱き着く父ってどうなの・・・」

「私は大丈夫だよ?」

「楓ぇぇぇぇ!」


父親は女の子から嫌われるものだ、と散々会社の先輩方から言われていた透は楓の素直さに感動し涙を流す。


休日の朝から騒がしい川原家だった。



舞台は移りRaspberry最後のステージとなる会場の舞台袖、いつものごとく楓と由愛を中心としたスタッフ、チームRaspberryは例によって円陣を組んでいた。


活動当初は数人しかいなかった円陣が今ではかなりの人数になっていることに楓は感慨深い気持ちになる。


「よしじゃあ――」

「楓姉ぇ!今日私が掛け声やる!」

「お、おう。じゃあよろしく」


いつも楓か由愛が掛け声を言うのだが、何故か由愛が進んで手を挙げたので楓は由愛に任せることにした。


楓も含めたスタッフ全員が不思議そうに由愛を見つめる中、由愛は口を開く。


「皆さん今日がRaspberryにとっての最後の日になります。こんなに沢山の人に知ってもらって、それでも無事に活動できたのは皆さんがいてくれたからだと思います」

「謙虚ー!!」

「寂しいぞー!!」


由愛が全員を見まわしながらそう言うと所々からヤジ(?)が飛んでくる。そんなスタッフの言葉に由愛は笑みを作ると言葉を続ける。


「これだけ手伝っておいてもらって申し訳ないんですが・・・皆さんに私から一生のお願いが一つだけあります!」

(由愛がお願い・・・?)


由愛は聞き分けがよく、大人しい子でありそんな由愛がわがままを言うことはほぼ無い。楓以外のスタッフも珍しいなと思ったのか若干場がざわつき始める。


「今から5年後・・・もう一度Raspberryを再結成したいです!!」

「「「「・・・・・えぇぇぇぇぇええええええええええ!!??」」」」


そして由愛の言葉に全員が驚きの声を上げた。



由愛の話を聞くと、今から5年後はちょうど由愛が義務教育を終えた16歳、そして楓は20歳であり区切りが良いのではないかということ。


由愛にとって楓の負担が多すぎることはずっと悩んでいたことだった。楓は作曲はもちろんMVやジャケットのアートワークなど活動に際して必要なアートワークを全て担当しかつ由愛や綾乃の様な後輩の指導(というと堅苦しいが)、周囲との折衝までやっている。 年齢を考えれば当たり前なのだが、あまりに楓に全てを任せすぎていると由愛は思っていた。確かにこのまま続けるのであれば楓がしんどいばかりだ。


というわけでこの5年の間に由愛も対等な実力を身に付け、1人前の相手としてもう一度Raspberryを結成したい、というのが由愛の気持ちだった。


由愛は自分のわがままとしてこのお願いをしたのだが


「いいじゃない、5年後。私もその頃には一泡吹かせられるようになっとくわ!」

「5年後は30代か~。まぁ何とかなるでしょう」


綾乃や澤村を始めとして各自思うところがあったのか、それぞれがも5年後にもう一度集まるのが当たり前の様に話し始める。


「ど、どうかな楓姉ぇ」


と言ってもそれを許すか許さないかは楓に(ゆだ)ねられている。由愛が恐る恐ると言った感じで楓に伺いを立てる。


「・・・ったく、しょうがないなぁ」


楓は溜め息をつきながら全員を見まわすと


「わかった!じゃあ各自それぞれ自分を磨いておくように!それまでしばらくのお別れだ!」

「「「「「おう!!!」」」」」

「けどまずは今日のライブをしっかり終わらせることが今は一番大事だからな!!」

「「「「「お、おう!!!!」」」」

「・・・大丈夫かな今日」


最後まで息ピッタリ(?)なチームRaspberryであった。



最後のライブということもあり楓と由愛はそれぞれ関わりの深い人物たちを招待していた。


その結果招待席はかなり有名どころが集まってしまいちょっとした珍風景が出来上がっていた。


そんな招待席の1角に高校生の男女が座っている。


「Raspberryのライブは毎回何があるか分からないから楽しみね」


かつて楓が軽音部の助っ人として文化祭に出た時の軽音部のOGであり、当時副部長だった高橋美姫(たかはしみき)がそう呟く。


「曲のアレンジが毎回変わるからな。思わぬマッシュアップなんかもライブに来なければ聴くことが出来ないし」

「・・・毎回アレンジが変わるのは、ただ事じゃない」

「その場で即効で新曲のラフが出来ちゃうときとかもあるからやばいよな」

「末恐ろしいわ・・・」


かつて楓と文化祭に「ダダダ団」として出演したボーカルの原田やギターの東田、ベースの佐原やドラムの西田も来ていた。


Raspberryのライブは非常に評判が高い。それはただ音源通りに演奏するわけではないからだ。


曲によってアレンジは変わるし、楓と由愛にとってソロをアドリブで毎回変えることなど造作もない。

そして時には自分たちの曲と曲をマッシュアップさせるとか、そういうことをするのだ。それはライブ会場に行かなければ聴けないのでファン達はこぞってライブに足を運ぼうとするのだ。


観客席のライトが落ち、開演の挨拶が流れる。


照明が落ちると共に、由愛のソロがRaspberry最後のライブの幕開けを告げた。



(オルガンソロ!?ここに来て!?)


Raspberryの楽曲はジャンルが幅広いと言われている。


ロック、フュージョン、ジャズ、カントリー、エレクトロ、ヒップホップ、果てはメタルまで。しかもこれら複数のジャンルが1曲の中にはいることすらある。


最終的には「もうあれはRaspberryってジャンルだわ」となっているのが世界の現状である。


ライターとしてRaspberryを活動初期から追い続けていた堀田あきらは驚きを隠せない。


ここに来てあえて先進的な音ではなくオルガンを選ぶチョイス。まるでそれはこの2年で成長した由愛が音色など関係なく、自分が弾けばそれが最先端の音だと主張するようだ。


(そしてRaspberryの代表曲をオルガンソロでメドレーにして、それをオープニングに持ってくるとはなんと粋な演出!)


今までを振り返るような演出に60代間近のおじさんはすっかり興奮してしまっていた。傍から見ればすでにブラボーと叫んで立ち上がってもおかしくないように見えるくらいだ。


由愛のソロも観客の興奮も最高潮となったところで、ブレイクと同時に演奏が止まり全ての照明が落ちる。


数え切れないほどの人間が興奮状態のはずなのに、衣擦れの音すら聴こえない。会場全ての人間が1人の少女の登場を待っていた。


永遠の様にも感じる一瞬の中、会場中の期待を一身に受け、(つんざ)く轟音のディストーションサウンドと共にその少女は姿を現した。



楓の登場と共に会場中から大きな歓声が上がった。もはや歓声というよりは咆哮と言っても過言では無い程に。


そのあまりの興奮にまだ1曲目にも関わらず泣き出す観客も続出している。


(流石だ・・・流石すぎるぜ!)


楓と同じクラスで、既にDJとして知名度を上げつつある高井翔(たかいしょう)はRaspberryのすごさを再認識した。


Raspberryの凄さは楽曲や演奏技術はもちろんだが、高井が最も敬意を表しているのはこの演出力だ。ただ会場に上がって曲を演奏するだけじゃない。いや、むしろ曲ですら舞台の仕掛けの一つなのだ。


(活動期間に終わりを設けるのもこの瞬間をエモくするのにめちゃくちゃ効いてる!)


やはり今日で最後という事実がこの瞬間に最高のスパイスを与えている。楓のエンターテイナーとしての手腕はそこが知れないと高井は思った。


(でもいつか、必ず横に立ってやるぞ!)


高井はそう思いながらステージへ再びのめり込んだ。



「She's My Princessだああああああああああああ!!」

「奈緒うるさい!」


かつて楓がデビュー曲のプロダクションを担当したガールズバンドの「LUPO」もこの会場に来ていた。


ちなみにギターである奈緒は元より楓のファンだった為、2曲目が始まった時点ですでにただの限界オタクになっている。そんな奈緒にギターボーカルである莉子は若干引いていた。


(だけど無理もないか)


こんなかっこいいことブチかまされたら、ファンなら感涙物だろう。自分ですら鳥肌が立ったぐらいだ。


2曲目のShe's My PrincesはRaspberryで数少ない英語詩の歌モノで、楓がギターボーカルを務める。

元々Raspberryが元々持っていた儚い世界観に少女の歌声はこれ以上ないくらいマッチしており、当初は「インストじゃないじゃないか!」という批判もあったが楽曲が余りにも良かったので普通に受け入れられた。


元よりRaspberryはインストバンドとして名乗ったことは一度も無い。曲が良ければジャンルなど気にしない奴らである。


「どうしてそんな難しいカッティング弾きながら歌えるんだよぉぉぉおおお!!」

「はいはい・・・とは言え確かにアレは規格外だわホント」


奈緒をなだめつつ、莉子自身もギターボーカルなので楓が今涼しい顔でこなしていることの難易度が嫌というほど分かる。


表拍にアクセントがあるメロディに対してギターは裏拍でのカッティング。しかもそのカッティング自体そこいらのギタリストじゃ弾くだけで精いっぱいの難易度だろう。何気にサビでバックコーラスをしている由愛も十分バケモノだが。


ギターボーカルが本業の莉子としてはこんな物を見せられては立つ瀬が無い。


(あたしらも結構上手くなったんじゃない?って思っても会う度に『まだまだだね』って言われてるようで・・・ほんと遠い背中だわ)


彼女の存在無くして今の、そしてこれからのLUPOも全く違ったものになっていただろう。


莉子は興奮しっぱなしの友人である奈緒を横目に見ながら全力で立ち向かっていける壁があることに幸せを感じた。



「驚きました。前に見た時とはもう完全に別のミュージシャンです」


楓のライバルと評され、これからの世代を担う天才クリエイターと既に名高い早瀬玲(はやせれい)はステージを見ながらそう楓を評した。


「『君がKAEDEのプレイをコピーしている間に、KAEDEは既に別のギタリストになっている』なんて海外でネタにされてるくらいだからな」


玲のマネージャーである芹島(せりじま)が答える。


Raspberryのライブに価値がある理由の1つが「最新版の楓のプレイを見るにはライブに来るしかない」というくらいに楓のプレイの変化が早いことだ。


ギタリストも活動している間にサウンドが変化していくものだ。それは自身のプレースタイルもあるし、機材の入れ替えなど要因は様々。しかし少なくとも1週間でいきなり変わるとかそんなことは常識的に考えればあり得ない。


しかし楓は生アンプを使うこともあればPCのソフトだけで音を作ることもある。音作りのスタイルの移り変わるスピードが恐ろしく速い。


プレースタイルも自分が良いなと思ったものは一瞬で取り込むので前のライブでよく使っていたフレーズが次のライブではもう使われていないことなど日常茶飯事であった。というかなんならデジタルギターなんてものを作ってエレキギターを手放す曲さえある。もはや同じ土俵に立つことすら常識にとらわれていてはできないのだ。


「彼女のコピーなど無駄ってことです。さっき芹沢さんが言った通り彼女をコピーしている間にもう彼女はそこにはいない。R()a()s()p()b()e()r()r()y()()()()()()()()()()()()()()()R()a()s()p()b()e()r()r()y()()()()()()()()()、ってことですから。要は自分の目的地は自分で見つけるのが大事ってことですね」

「まぁそれが大変なんだけどな」

「本当に。・・・でも見つかって良かったです」

「全くだ・・・。それもこれも全部あの子のおかげと思うと頭が上がりませんねぇ俺も玲も」


芹沢ため息交じりにそう言うと全くですね、と玲は答え、芹沢はククッと笑った。




「姉御ばっかり注目されがちスけど、やっぱり由愛ちゃんがいねーと成り立たねぇッス」


Raspberryの初ライブの時の対バンでありなんやかんや今ではプロとしてやっていっているblue saltのギターである俊介はそう呟く。


ちなみにそのライブにRaspberry目当てで来ていた営業マンに見初められ今所属しているレコード会社に所属でき、かつギターが死ぬほど上手いので彼らは楓のことを姉御と呼んでいる。なお本人は若干不服な模様。


「例えばこの曲は7/8拍子の曲で、複雑なキメがそこかしこにある。姉御が伸び伸びとリードを弾けるのはカウントのキーになる音はほとんど由愛ちゃんが弾いてるってのと、姉御が入るところはほら、今みたいに由愛ちゃんを確認してから拍を取ってることが多いっスから」

「確かにな・・・」

「姉御は音楽理論はからっきしだから、演奏のほとんどを感覚で補ってる。それに対して計算された理論に裏打ちされた演奏をする理論派の由愛ちゃんはまさにパートナーとしてはベストってかんじっすね」


俊介の分析にblue saltの他のメンバーもおぉと感嘆の声を漏らす。


「俺からしたら由愛ちゃんも十分バケモンすけどね。血の通った機械(マシン)って言われるだけあって、リズム感もキータッチもゾッとする精度スよ」


(まぁ、だからこその解散なんすかねぇ、姉御・・・・)


俊介はなんとなく解散する理由を勝手に想像し、やっぱ俺らももっと自分追い込まないとなと思うのだった。



「ギターってこんなに声みたいに叫べるものなのね・・・」

「先生、それは楓が弾いてるからってのがほとんどだと思う・・・」

「それね」


楓の学校の数学教師である藤沢先生、そして楓の親友である史織と葵も今日のライブに来ていた。


「それにしても川原さんが有名人ってことは知識として知ってたけど、実際に体感するとわかるわね・・・世界中で話題になるわけが」


藤沢は特段音楽に明るいわけではないが、それでもステージの2人の少女のすごさがわかる。


素人ながらに伝わってくるのが彼女たちの観客たちへの意識だ。演奏に集中しその場から動かない、ということはなく楓などはむしろ会場中を走り回り積極的に観客とコミュニケーションを取っている。


何も知らない藤沢でも彼女たちが何を大事にして行動しているのか、一瞬で理解できた。


「出会った時から変わらないわねぇ」

「あれ、藤沢先生も楓と何かあったんですか?」

「プリントの作り方とか指南してもらったことがあったのよ。その時からやたらと目的意識がはっきりした子だとは思ってたけど・・・」

「昔から困ってる人がいたら首を突っ込む子ですからね。私も葵も仲間外れにされてる時に声を掛けてもらって仲良くなったって感じなんで。ねぇ葵?」

「うん」


3人ともそんなことあったなぁ、と思いながらステージを駆け回る少女を見やる。ギターを弾くのが楽しくてしょうがないという様な笑顔で、見ている観客も思わず楽しい気持ちになるようなそんな笑顔だ。


「・・・でもなんだかんだあの子の最強の武器ってあの笑顔な気がするわ」

「・・・同感ですね」

「・・・あんな顔されたらお手上げですねぇ」


そういうと3人はこちらの席に向かって手を振る楓に手を振り返した。



ついにライブも残すところあと1曲となった。最後の曲に入る前に楓はMCを入れる。


「次の曲が色んな意味で最後になります。皆さんご存知の通りアンコールは私たちやりませんから、次が正真正銘最後の曲です」


楓がそう言うと観客席から様々な声が聴こえてくる。それは感謝の言葉だったり、寂しさを訴えるものだったり・・・内容も様々だ。


「最後の曲を演奏する前に1つだけ皆さんにお知らせがあります。私たちは今日で解散します。しますが、今から5年後にまた再結成します!」


楓の言葉に一瞬の静寂の後、会場中から歓声が鳴り響いた。


「だから皆さん、5年後も元気でいてくださいよ。健康第一でね」

「ひょっとしたらこの中に5年後一緒に仕事する人もいるかもしれませんね!」

「確かに!それいいね~。よし、じゃあ最後の曲行くか~」


楓はMCで特段もったいぶるとか観客を煽るとか、そういった演出ぶることはしない。いつもこんな感じの飾り気のない進行だ。


「それじゃ聴いてください。『Twilight』」


最後の曲は由愛が最初に作った曲で、Raspberry初めてのライブでも演奏された曲『Twilight』。


変拍子あり転調あり泣かせるメインメロありテクニカルなパートあり、というRaspberry欲張りセットみたいな曲だ。楓が途中のソロを片手で弾き切ることでも有名である。


楓のメインリフから始まり、1拍遅れてベル系の音色を使ったフレーズと温かいパッドを使った由愛の切ない伴奏が被さった瞬間に泣き出す観客も大勢いた。しかし不思議と会場に悲壮感は全く無かった。


今日が最後と思い来るも、なんと再結成のアナウンス。しかしそれまで5年の月日を待たなければいけない。


観客たちは胸の中に大きな切なさと希望が同時に存在する不思議な気持ちになっていた。


そんなファンに見守られ2人は最後まで笑顔で演奏を続けた。それはまるでそのライブ会場そのものが1つの芸術作品の様な眩しさを放っていた。


曲が終わっても楓のメインリフを観客がいつまでも熱唱し続けた。そんなファンの想いに楓と由愛は繋いだ拳を挙げて応えた。また5年後にあいましょう、と。


こうしてRaspberry最後のライブが幕を閉じた。人々に感動と、5年後に実る大きな期待をその胸に残して。

ここで終わったらカッコいいけど残念ながら物語はまだ続きます!ごめんね! そして隔週更新ってわけでもないよ!ごめんね!

ちなみに楓が成人を迎える前に死んでしまい、由愛が泣きながら1人で再結成ライブをやる悲しい世界線とかはないのでご安心ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] センキュー! です。 [一言] ライブお疲れ様でした。 燃え。萌えじゃなくて燃え。 燃え尽きました。
[一言] >前世では毎朝髭を剃っていたことを思い出し、その煩わしさから解放されたことに喜びを感じる。 >ちなみに本当であればメイクがあるので髭を剃る以上に女の子は大変なのだ 男が女の子にいうと返って…
感想一覧
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