22 幻影
「おい仁科!これどういうことだよ!」
「ん~?今日も元気良いな芹島」
とあるゲーム会社の一室、総菜パンをかじりながらコーラを飲み昼休みを満喫していた仁科のもとへ芹島秋人は駆け込み、一枚の紙を突き付ける。
「何って・・・勤怠システムの入れ替えプロジェクトじゃねーの?」
「そんなの見りゃわかるよ!なんでそれをお前もやってんのって話!お前が発起人って総務の宮田さんに裏取ってんだからな!」
「宮田のとっつぁん喋っちまったのかよ!あっちゃ〜」
仁科は芹島と同い年ではあるが、新卒で入社した芹島に対し仁科は中途採用での入社なので芹島の方が先輩であるのだが役職では仁科の方が上という複雑な関係となっている。(色んな意味で)
「もともと今のやり方じゃ管理しづらいって話だし、でも誰も何も変えようとしないからこの機会にやりませんかってちょこーっと宮田のとっつぁんに言ってみただけよ、ちょこっと」
「移行の大まかなスケジュールと段取りからシステムと導入業者の選定、導入するメリットまでまとめたスライドを作ることがお前のちょこっとなのか?」
「ってとっつぁん全部喋ってんのかーい!」
「はぁー、ったくお前は出会った頃から変わらねぇ・・・」
2人の出会いは3年前、仁科が個人で開発したゲームが世間で話題となりその腕を買われて中途入社したことが始まりだった。
漠然とクリエイティブな世界で働きたいと思っていた芹島はこのゲーム会社に入社し、プランナー部門に所属している。いつかプロデューサーとなるのが目標であった。
順調に社内で出世街道を歩んでいた芹島だったが、そんな芹島に衝撃を与える人物が入社する。それがこの仁科奏だった。
仁科は一度メーカーでプロダクトデザイナーとして勤務した後フリーターになった経歴の持ち主だ。
その間に作ったゲームが話題になり、実力を買われて芹島の勤めるゲーム会社に入社した。
そんな仁科に対して社内はもちろん、芹島も完全に舐めきっていた。いかに独りでゲームを作ったとしてもその道のプロとしてゲームを開発してきた人間に実力で勝てるわけがない。社内の社員も、芹島もそう思っていた。
実際、仁科の実力は社内のエンジニアやデザイナーを驚かせるものではなかった。しかし仁科は結果的に社員から一目置かれる存在となった。それは一体なぜなのか。
その理由は彼の働き方に関するスタンスにあった。
基本的に今の社会は分業制で成り立っている。例えば製造業で言えば仕事を取ってくる営業、製造を担う現場、製品の品質をチェックする品質保証、全体の管理を行う管理グループ、その他の業務を担う総務などだ。
もちろん会社によって形態は違えどほとんどの組織はこの様に様々な部署があり工程を分担することによって効率を追求している。
しかしその弊害として自分の担当じゃないところは気にしない、あるいは気に掛けていられないという現象が起きがちだ。現に社内には色々な問題があるが現場の社員はもちろん役職者も案件の対応に駆け回っている状況であり様々な問題が置き去りになっている状況だった。
そんな問題に手を出したのが仁科だった。
先ほどの勤怠管理システムの様な問題から案件の管理方法など社内で不満の声は上がっているが忙しくて誰も手を出さない様な問題を、仁科は自分の時間を削って改善書を作り役職者に空いた時間に自分でやるからと提出した。
仁科の謎の熱意に押された社内はどのみちどの人間も手一杯ということもあり仁科に任せることにした。
実際に仁科は様々な改善活動をやり切った。はじめはそんな仁科に対して奇異の目を向けていた社内であったが実際に問題点を自分の時間で改善していく仁科の行動を次第に認めるようになって行った。彼の行動が周りを前向きにさせたのだ。
仁科が社員に認められた理由はもう一つある。それはシンプルにその才能だった。
先での通り、仁科の各種スキルはそれぞれのスペシャリストに比べればかなり劣るレベルであった。しかしゲームというのは完成させてこそ意味があり、完成させたものがどれだけ人の心を動かすかが重要だ。
仁科はゲームが作りたくて入社したのではなく出来上がったゲームが何を持ち何を与えるかを大事にする人間だった。そこからくる意志の強さと1人で何でもこなすマルチスタイルはいつしか周囲の人間を引っ張っていくようになり、そうしている内に彼のスキルも格段にレベルアップしていった。
そしてそんな仁科があっという間に階段を昇っていくのを眺めていたのが芹島だった。
芹島には仁科が何故そんなに明確なゲームの完成形を描けるのか分からなかったし、表現することに対するその情熱がどこから来るのか分からなかった。
なぜ自分に関係の無いことに力を注げるのも理解不能だ。ゲームという枠組みを超えた何か遠い所を仁科はいつも見ているようで、芹島はそれこそが自分に足りない物の様な気がした。
そう思った芹島は仁科になぜその様にふるまえるのか聞いたことがある。
「例えばサッカーで勝ちたいって思ってもさ、自分はフォワードだからシュートとドリブルができればオッケーって俺は思わないわけ。チームの雰囲気が悪ければそれを解消しようと思うし、全員の練習時間をどう合わせるかみたいなフィールド外の問題も気に掛けないといけない。そういう問題が全部解消されてうまく噛み合った結果がゴールにつながるわけだろ?大事なのは1つの組織として最高のアウトプットを出すために自分ができることは何かってことよ」
返ってきた答えは芹沢にとって何の参考にもならない物だった。
「まぁ要は相手を考える気持ちってことじゃね?ハハハ〜」
自分の胸を指さしながら笑う仁科にため息をつく芹沢であった――
◇
「あ、そういえば俺辞めるから。よろしく」
「はぁ!?」
昔を思い出していた芹島は仁科のとんでもない爆弾発言により意識を引き戻される。
「辞めるって、お前なぁ・・・!」
「いやーやっぱチームでやることの良さもあるけどさ、俺のスピード感覚だと1人でやりたいんだよな。と思ってフリーランスでやってくことにしたよ」
唐突な報告だが、こうと決めた仁科が自分の意見を変えることは決して無いとよく知っている芹島ははなから説得するつもりはなかった。
「もう上には言ってあるのか?」
「うん。ちょうど色々一段落したしあと1ヵ月半で引き継いで終わりかな。寂しいか?」
「バーカ、んなわけねぇだろ。お前がいなくなったらプロデューサーの枠も空くしよ」
「おう、頑張れよ」
「言われなくても」
沈黙がしばらくの間、場を支配する。
「・・・ぼちぼち打ち合わせあるし行くわ」
「おう。頑張って」
部屋を出ていこうとドアに手を掛けた芹島は、仁科の方を振り向いた。
「・・・おい仁科」
「ん?なんだい?」
「お前の作ったヤツを超えるもんを作ってやるから、1人になっても気抜くんじゃねぇぞ」
「・・・りょーかい」
そうして仁科は1ヵ月半後、会社を去っていった。
その後芹島が仁科と会うことは二度と無かった。
◇
(勝ち逃げじゃねぇか、馬鹿野郎が・・・)
仁科の死後から14年。今でも芹島は仁科の影を追い続けていた。
表現者として仁科を超えることが出来ないと思った芹島は仁科を超える人間を育てようと思った。白羽の矢が立ったのが今まさに楓のライバルとして世間で話題になっている早瀬玲だった。
仁科以上の逸材を育てると決めたは良いが彼以上に成りうる人物をそもそもどうやって見つければ良いのか、と芹島は悩んでいた。
会社に入ってくる新人は当たり前だがゲームが好きで入ってくるわけで、あくまでゲームという限られた世界内の視点しか持っていない。仁科のようにゲームに固執しないヴィジョンを持つ人物がいないのだ。
とりあえず自分の心当たりのある情報網に片っ端から話を持ち掛けたがこれといった手応えが無いまま数年が経った。
そんな芹島のもとにとある連絡が入る。かつて芹島が楽曲の依頼をした音楽事務所からで、オーディションにすごい子が来たがとてもこちらでは扱いきれないので良かったら紹介するがどうか、という内容であった。
結果的にそのゲームで主題歌を担当したことがヒットにつながったバンドを擁する音楽事務所に芹島は貸しを返してもらう形でその子と会う約束を取り付けた。
結論から言うと一目見た瞬間から芹島は仁科を超える逸材となるのはこの子しかいない、と確信した。まだ小学生にも関わらず全く周囲に対する不安を示さずどこか冷めた雰囲気すら放っている玲は中性的で恐ろしく整った顔をしておりルックスも100点満点であった。
「初めまして。これから君に色々なことを教えることになる芹島だ」
「・・・色々?音楽以外も教えてくれるの?」
「あぁ。嫌か?」
「ううん。何かここの人たち歌って踊るだけだっていうからそれじゃつまんないなぁって思ってたの」
そう言うと玲はニヤッと笑った。聞けば玲の容姿と何でも一瞬で吸収するセンスに早くから目を付けていた両親がこうして芸能事務所に所属させようとしたらしい。動画サイトなどの躍進が進み芸能事務所などもインターネットに乗り込んでくるようになった頃で、事務所も新たな才能の発掘に好意的になっていた。
養成所に所属するという体で実際は芹沢が空いた時間を費やしかつて仁科が持っていたスキルを全て覚えさせた。特にギターは会社に取ってあった仁科本人の演奏動画を見せ完璧にコピーさせた。
5年以上の歳月を掛け、早瀬玲は全てにおいて仁科を超えるレベルになったと芹島は感じた。しかし、この才能をいつ世に出そうか――そう思っていた所に現れたのがRaspberryのギタリスト、楓であった。
芹島にとって登場当初の楓のギターは衝撃的だった。まるで仁科奏が演奏しているような錯覚を覚えたからだ。
すぐにこの相手こそ玲をぶつけるべき相手だと直感した芹島は1年近く段取りを考え、そして準備万端の状態で玲を送り出した、というわけだ。
『では玲君は楓ちゃんより全てにおいて上であると言えるということでしょうか』
『そうなります。特にギターの演奏技術は楓ちゃんを凌駕していると言えますね。いやはや楓ちゃんが出てきた時も新世代の到来だと言われましたが今は才能の世代交代が目まぐるしいですね〜』
芹島は適当に再生されたニュース番組の音で意識を現実へと引き戻される。
どうやら玲と楓を比較する内容のコーナーで、各種の専門家が2人をそれぞれの観点から比較している。
動画では比較の結果ほとんど玲に軍配が上がっており、2人を比較する趣旨の動画は数え切れないほどあるにも関わらずどれも軒並み数十万から数百万再生を稼いでいるのが2人の注目度を物語っている。
(世間でも玲の方が上だという意見がほとんどだ・・・)
玲は恐ろしく飲み込みが早く、何をやらせてもすぐに自分の物にしてしまう才能の持ち主だ。様々な天才が集まるゲーム業界に身を置く芹島をもってしてもこのような天才は見たことが無いぐらいのレベルである。
それ故に小学生の時には既にあらゆることへの興味を失いつつあった。それが玲の小学生ながらにしてまるで色々なことを諦めた大人の様な、良くも悪くも達観した雰囲気を作り出していたのだと芹島は思っている。
そんな玲でも流石に仁科奏の完全コピーは大変だった様で、このレベルになるまでに5年の月日を要した。
「ねぇねぇ、秋人さんがよく言ってた人はもう僕超えたんでしょ?次はどうするの?」
玲は無邪気な顔でそう芹島に尋ねてくる。
玲はどうやら芹島が退屈だった自分の世界を広げてくれたと思っている様で芹島のことを「一緒に居れば面白いことが起きるおじさん」だと認知しているようだ。例にとって仁科奏は既に味の出ないガムであり次のガムを欲しがっているのだろう。
「・・・まぁしばらくはお前のお披露目と、これからはお前の作品を作っていかないと」
「僕の作品、ですか」
「あぁ」
玲はいまいちピンと来ていない顔をしながらも「わかりました」と呟いた。
◇
「楓ー、入ってもいいかしら?」
由紀はギターの生音が漏れる娘の部屋のドアをノックする。
「いいよー」
楓の返事を聞くと由紀はガチャリとドアを開けた。
「あー、ごめん。遅くまで起きてて・・・」
楓は由紀の顔を見るなり夜ふかししている事を気にかけているのだと思い開口一番謝った。
時計の針は23時を指しており中学生が起きているには遅い時間だ。特に楓は不摂生な生活で他界した前世の反省を活かすべくなるべく健康的な生活を心掛ける約束を両親である由紀と透に交わしている。
「いや、夜も遅いし最近頑張ってるから紅茶持ってきたの。良かったら飲んでね」
そんな事情もありてっきり怒られるのかな、と思っていた楓だったが由紀が自分のために紅茶を淹れてきてくれたのだと知り驚きつつもありがとうとカップを受け取った。
「てっきり早く寝なさい、って言うのかと思った」
楓は率直な気持ちを由紀にぶつける。
「楓は一度こうと決めたら誰が何言っても聞かないじゃない」
「お見通しでしたか」
「当たり前よ。何年あなたの母親やってると思ってるの」
ふふっ、と言いながら笑う由紀につられ思わず楓も口が綻んだ。
「まぁ、あんまり遅くならないようにね。疲れって気づいてからじゃ遅いから」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、また明日ね――」
「あ、お母さん!」
部屋を出ていこうとしていた由紀は楓の声に振り向いた。
「ありがとう」
気恥ずかしそうに言った娘の言葉に、由紀は親指をグッと立てて応えた。
◇
「楓は今日もギターを弾いてるのか」
楓の部屋から戻り由紀がキッチンで後片付けをしていると、リビングにいた夫である透が由紀へ問いかける。
「そうみたいね」
「そうか・・・」
楓はここのところ連日夜遅くまでギターを弾いている。楓がなるべく睡眠時間をしっかり取るようにしていることを透も由紀も知っていたし、楓の前世を聞いたこともあってその理由も分かっていた。
「・・・あの子の登場だろうな」
そして楓が夜遅くまで起きている理由も2人には分かっていた。というよりも嫌というほど分かっている。ライバルの登場だ。
早瀬玲、それが突如現れた楓のライバルだった。
楓と同じく高度なギターテクニックと作曲センスを持ち、更に楓と同じ様に3Dの技術からデザイン、各種エンジニアの知識も持っている。
ネットを眺めていれば彼と楓の話題が一度は目に付くぐらいどこもかしこもその話題で持ちきりで、2人をライバルとして比較する記事や動画は後を絶たない。そしてそのほとんどが早瀬玲を支持するような内容だった。
デザインや世界観というのはその人の趣向であるからどちらが上、というのは人によると言えるがことギターの腕前に関しては玲が完全に楓の上位互換だというのが現状の世論だ。
これにはいくつか理由がある。
1つはプレイスタイルと男女の差。以前もあったが楓は今世では女性の中でもかなり非力な部類に属するし、指のリーチもかなり短くなっているので男だった前世のプレイを再現するには工夫が必要だ。
その結果、どうしても力でゴリ押しできる玲に対して一歩遅れを取ってしまう。
またプレイスタイルとして全体の流れやニュアンス重視の楓に対し1音1音の音をハッキリ出すこと重視の玲のギターを比べると玲の方がギターを弾かない人にも上手さが分かりやすく、それがより玲の方が上手という世論を加速させた。
もう1つが顔を出しているかいないかだ。
楓は今後のことや由愛のことを考えて顔出しをしていない。しかし玲はその整った顔を惜しげもなく世間に発信している。
今までは孤高の存在だった楓にとって顔を出さないミステリアスさというのがプラスに働いていたが、ここに来てライバルとなる玲が出現したことにより顔を出している玲の方が素性を明かさない楓よりも世間には幾分か好印象に映ったし、玲が恐ろしいまでの美少年だったのもプラスに働いた。
もちろんRaspberryのライブに行ったことのあるファンや楓のことを知っている人間は楓に対してそれでマイナスイメージを持つことは無いが、この手の話題を好む層というのは大して本人のことを知らない人達であるものだ。
「まさか楓以外にこんな逸材がいたとはな・・・」
「世の中本当に広いわね。でもあの子のことだから今回もきっと自分を追い込むんじゃないかって思うの。でも・・・」
「止めるに止められない、よなぁ」
うーむ、と腕を組む透。
「自分なりのポリシーを持って生きてるとさ、ここは退けない時だってのがあるよね。由紀ならよくわかると思うけど」
「えぇ。それで会社を辞めた人を1人知ってるもの」
「あの時はすまんかったって。きっと、そういう時なんだろうね。俺達にできることは、横に並び立って独りじゃないぞって教えてやることくらいだ。というわけで――」
透はモバイル端末を取り出し、とある人間へメッセージを送った。
「応援要請だ」
◇
動画タイトル:楓ちゃんを超える逸材、見つかる
コメント
・カバーなのに本家より上手くて笑った
・これ転載?
・演奏本人越えだしクソイケメンやん 上位互換か?
・早送りしてんじゃね
・↑本人がライブ配信で実際に演奏できるの証明済みなんだよなぁ
・ギターだけかと思ってこいつのアカウント見に行ったらこいつも3Dできんのかよ笑
・↑デザインもプログラミングもできる
・↑えぇ・・・バケモンやん
・本人より上手いの笑う
・素人の俺から見たら2人ともすごいが
・しかもRaspberryの楓と同い年という
・最近の中学生すごすぎィ!
・世代交代やね
・まぁ今年でRaspberry活動終了やしええんやない?・・・・じゃねぇぇぇえええええ!?」
ソルダーノレコーズのいつもの事務所でそう叫ぶながらもっていたタッチパッドをソファに投げつけたのは楓の弟子(?)こと綾乃である。
「綾乃ちゃん、落ち着いて・・・」
それを宥めるのは楓の相方である由愛だ。今この場にいる中では最年少にもかかわらず暴れる綾乃をフォローする姿は将来苦労人になるであろうことを予見させる。
「にしても何の動画見てたんだい久保さんは」
自分のデスクから会話に入ってきたのはRaspberryのマネージャーである澤村だ。
「いや楓を超える逸材現る、なんてふざけた動画タイトルだったからついつい再生しちゃっただけよ。そこのコメントがもう頭に来るったらないわ!」
「う~ん、でも全部が事実じゃないとは言い切れないよね・・・」
「何?由愛もこいつらの味方すんの?」
「そうじゃなくて、ことギターの演奏能力に関しては確かに向こうの方が上だよね。もちろんギタリストとしての魅力は上手い下手だけじゃないけど」
由愛は小学生ながらもプロのミュージシャンとして玲の実力を正確に把握することができていた。最も近いところで楓の演奏を見続けてきた彼女にとってある意味では世界で一番正確に2人の力量差を推し量れていると言っても過言ではない。
「でも楓のすごい所はギターが上手いとか3Dがすごいとかそんなとこじゃないってことをこいつら分かってないのよ!!あ~でも言葉で説明できるもんでもないしもどかしい~!!楓も特にこいつのこと意識してない感じだし!いくらギターが自分の全てじゃないからって悔しくないのかしら!?」
綾乃は今日は事務所にいない楓を思いつつキーッと声を荒げる。
「・・・昨日実は楓のお父さんから連絡があってね。ここ最近、娘がずっと夜遅くまでギターを弾いている、と。今までどんなに忙しくてもライブ前に熱でぶっ倒れて以来早く寝るようにしていたのに、って」
「・・・楓姉ぇ」
「・・・あの子」
「悔しくないわけがないんだ。周りに感情を見せないように努めているだけで、本当は人一倍表現者として意志の強いあの子が。・・・んで、楓のお父さんからとある作戦メッセージが来てたんだけど」
かつてぶっ倒れるまで突っ走った楓を監視するためという名目で楓の両親と澤村はお互いの連絡先を交換し合っており定期的に連絡を取り合っているのだった。
「作戦メッセージですか?」
「どんな内容なのかしら?」
由愛と綾乃は澤村が読み上げた内容を聞きなるほどと、と首を振った。
「いんじゃない?」
「うん。これなら私たちでも手伝えるし」
「よし、じゃあこのアイデアを実行するぞ!」
「「おー!!」」
◇
「それで、見せたいものとは?」
澤村、由愛、綾乃の3人から見せたいものがあると呼び出された楓は事務所に来ていた。
「言うまでもなく、今世間で楓と早瀬玲って子がライバル関係にあるよね?で、しかも世間の評判で言ったら向こうの方が上だという意見が多い、と」
「みたいですね」
「ただそれは上面だけしか世間に見えてないからだと思うんだよな」
「というわけで、楓が今まで一緒に仕事してきた人とかに楓の印象を話してもらって1つの動画にまとめましたー!」
「はいぃ!?」
「一応楓姉ぇのあまり知られていない側面も皆に見てもらおうっていうアイデアなんだけど・・・」
楓の父である透のアイデア、それは楓の世間から見えていない部分を第三者から語ってもらいそれを動画にし公開することで世間にまだ見ぬ楓の一面を見てもらおう!という物であった。
動画ではかつて楓が店の全体デザイン提案した平井靴屋の平井親子や学校の同級生、曲のプロダクションを担当したバンドLUPOのメンバーやパソコンなどの使い方を教えた吉井手芸店の店主、吉井文子を始めとした商店街のいつものメンバー、果てには数学担当の藤沢雪穂先生もちゃっかり出演しているしちゃっかりスーガ君のアピールもしている。
出演した人間全員が楓の本当のすごさはその技術でなくその気持ちにある、と共通して言っておりその言葉は楓を励ますのに十分であった。
「・・・・ったく、勝手にこんな動画つくって」
見終わった楓は目をつぶりながら、口元を綻ばせた。
「こんな動画なんて無くたってあんな小僧正々堂々張り倒してやるわい!というわけで来月の早瀬玲の初ライブに乗り込むよ!澤村さんアポよろしく!」
「おうよ!」
「あと私が作る予定だったミュージックビデオ、全部外注に流せますか?」
「もちろん!」
「綾乃、Raspberry用の諸々のデザイン業務頼むわ」
「ラジャー!」
「由愛、今作ってる曲全部仕上げ頼んでいい?」
「任せて!」
「今から来月のライブまで全ての時間をギターにつぎ込むから、サポート頼むね、みんな」
「「「任せろー!!」」」




