21 ライバル現る!
「よし決めた。お披露目だ」
キッチリとした紺色のスーツを着た男はモニターの前でそう呟くと椅子から立ち上がる。
「玲、今いいか?」
玲と呼ばれた少年は手元のギターから視線をスーツの男に向ける。
「秋人さん、何かあったんすか?」
「待たせたな。世に出すぞ、お前を」
「お〜・・・」
「あれ、あんまり乗り気じゃないのか?5年以上待たされたのによ」
秋人と呼ばれた男は玲という少年の反応が思っていたものと違い首をかしげる。
「乗り気じゃないわけじゃないんすけど・・・」
「どうした?何か不安でもあるのか?」
「そっすね・・・またすぐ飽きちゃうんじゃないかってのが不安っちゃ不安すね」
「なかなか言いやがる、でも大丈夫だ。これを見てみろ」
秋人は玲にモニターを見るように促し、Raspberryのミュージックビデオを再生する。
「・・・どうだ?行けそうか?」
秋人は画面を大きな瞳で吸い込むかのように見る玲へ問いかける。
「・・・行けるっすね。1週間丸々あれば何とかなるんじゃないすか」
「ほう。やはりお前でもそれぐらいは掛かるか」
「ギターが大分厄介っすね。映像もすか?」
「映像もだ。だが映像は今月中で構わないぞ」
「了解っす。とりあえずやってみるっす」
言うが早いか玲はすぐに自分のデスクに行きギターを手に取る。
(・・・相変わらず化け物じみた才能だな)
玲はすでに先ほど聴いたばかりのはずのRaspberryの曲のフレーズを奏でている。
(Raspberry、か。果たして玲を相手にどこまでできるかな)
秋人はコーヒーを口に含むとこれから起こる出来事を想像し、フッと笑った。
◇
「澤村!見たか!」
ソルダーノレコーズの事務所。一番乗りで出勤し作業をしていた澤村のもとに代表である二階堂が駆け込んできた。
「あわただしい出勤ですね・・・何かあったんですか?」
澤村は二階堂のコーヒーを準備するために立ち上がりながら事情を聞く。
「出たんだよ!」
「何がですか?おばけ?」
「ちゃうわい!朝から幽霊は出ないよ!」
しょうもない澤村のボケに至極当然なツッコミを返す二階堂。
「楓ちゃんの演奏を完コピした奴が!出たんだよついに!」
「・・・マジですか?」
「あぁ。とりあえず動画を見てくれよ」
そう言うと二階堂は画面を高速でタップし目当ての動画をすぐに立ち上げる。
「曲は『Twilight』ですか・・・」
「1番インパクトがある曲だからな。特にギタリストにとっては」
「途中のソロですよね。片手で弾ききる」
TwilightはRaspberryが初めてアップした曲であり数ある楽曲群の中でも知名度が高い。ライブで楓が途中のソロを片手で弾くパフォーマンスがあることでも有名で、数々のギタリストたちがこの曲をカバーした動画をインターネットにアップロードしている。
「・・・マジですか」
動画を見ながら澤村は思わずそう呟いた。
Raspberryの曲のギターはもちろん難しいが、それなりにギターを弾いた人間であれば弾けないということは無い。
にも拘わらず今まで完コピした人がいないような言いぶりを二階堂がしたのには理由がある。
例えば楽譜に楓の演奏を書き起こしたとすれば、その通りに演奏できるギタリストはいる。しかし楓の演奏で特筆すべき点は楽譜に出ない様なところにある。
弦を弾く強弱やテンポ通りに弾かないタイム感、異次元のタイミングで鳴るハーモニクスやチョーキング(弦を持ち上げて強制的に音階を上げるテクニック)のピッチ感といった様々な要素が素人でも一聴して楓のギターだと分かる圧倒的な個性を構成する要素であり、これは練習すれば身に付くという物ではなく彼女の感性からくるものだ。
なのでネット上にある数多くのカバーはどれも「弾けてはいる」のだが「演奏として成立している」という領域まで到達していない。Raspberryの曲のギターは楓が弾くことで初めてそのフレーズの魅力を最大限に発揮し、輝きを放ち始める。
しかし動画の演奏は楓のそういった要素すらも完全に再現しており、だからこそ澤村は心底驚いたのだ。
「いや、それどころかこれは――!?」
「あぁ。本人よりも上だ」
驚くべきことにその動画の演奏は楓すらも上回っていると、二階堂のみならずこの1年間Raspberryのマネージャーを務めてきた澤村にすらそう思わせるほどの完成度であった。
「・・・性別、ですか?」
「あまりそういうことを言いたくないが、それが大きいだろうな。例えばこことか、楓ちゃん本当はそのままビブラートをかけたいんだろうが握力不足をカバーするために握り込む形にフォームをわざわざ変えてる。そうすると当然タイミングも一瞬遅れるし、ノイズが乗るリスクも増える。でもこの動画の奴はそのまま握力任せにビブラートをかけることができる。どう見ても男の手だしな」
「女性でも男性顔負けのギターを弾く人はいますけど、楓は特別力が強いわけでも手が大きいわけでも無いですからね・・・」
「あぁ。むしろ握力も手の大きさも平均より低い方だと俺は思う。それでも楓ちゃんが男顔負けの演奏に聴こえるのは彼女の工夫によるものだろ?逆に言えばその分ハンデを抱えて演奏をしてるってわけだ」
「・・・つまり楓が思い描く理想の演奏を楓はセーブして演奏せざるをえないってことですか?」
「恐らくな。それでも天性の才能と奇天烈な発想力によるアイデアでそれをカバーしてきた。だがそれらを全て兼ね備えよりフィジカルに優れたギタリストがもしもいたら?」
「楓が思い描く100点満点の演奏が出来る、ってことですか」
「そういうことになる」
二階堂は澤村が淹れたコーヒーに口を付ける。
「そしてこれが一番恐ろしい事実だが・・・楓ちゃんが思い描く理想の演奏を出来るってことはこの演奏者は楓ちゃんが考える理想の演奏を自分自身も思い描くことができるってことだ」
「・・・ですよね」
「こいつは結構な一大事だぜ。歌心のあるギターを弾ける奴もいる、テクニカルなギターを弾ける奴もいる、もっと言えばそれらを両立させた演奏をできる奴もいる。だがこの世にまだ存在しないプレイを思い描ける奴はほんの一握りだ。その想像力こそが楓ちゃんの最大の武器だったんだが――」
「このギタリストはそれすらも出来る、って訳ですか?」
「恐ろしいことにな。ったくこんな逸材一体どこにいたんだか・・・」
やれやれと首を振ると二階堂は動画を閉じた。
「確かに驚きっちゃあ驚きですけど、でも楓にとってギターは数あるスキルの1つに過ぎません。それが他人に再現されたからってそんなに悩むことでも無い気はしますけどね」
「それはそうだが、今の楓ちゃんはギタリストとしての側面が一番世間から認識されている部分だ。それにラスト1年のツアーの真っ最中で尚更世間の話題に上がることが増えているタイミングなわけだし、楓ちゃんに対する世間のイメージもある程度変わるぐらいには思っておいた方が良いだろうな。正直それほどの逸材だぞ、こいつは」
「そうですね・・・。でもまさか楓みたいに3Dやデザインとかプログラミングまで出来るなんてことは無いでしょう?」
「そりゃあそうだろうが・・・なんか引っかかるんだよなぁ、この動画」
その動画はただの演奏動画にしてはやたらとクオリティが高く、高いカメラを使っているとひと目でわかる映像だったり定点カメラ1点ではなく複数のカメラで複数のアングルが撮られていたり、ロゴやちょっとした編集もまとまりがあり押さえるところを押さえたハイレベルな編集だったりと明らかに分かっている人間が手を入れている。
(話題になる曲なんて他にいくらでもあるだろうに、わざわざ歌の入ってないインスト楽曲のRaspberryを選んでくるなんて、まるで宣戦布告だぜ)
事務所の窓から見える雲を見ながら、二階堂は何かが起こる予兆を感じるのだった。
◇
「とーびーだーしゃーいいー♪」
放課後、事務所の最寄り駅の改札から出てきたのは楓だ。Raspberryとして最後の1年を切った今、楓はまぁまぁ多忙な身であり今日も打ち合わせや作業で事務所へ向かうのだ。
(おっ、野良猫)
通りを歩いていると楓は黒い野良猫を発見した。
(・・・撫でれんかな)
楓がスーッと猫に手を伸ばすも猫はササっと逃げてしまう。当然の反応である。
「・・・まぁ野良猫が撫でさせてくれるわけないよね。まぁそんなことわかってたから。決して悲しくなんかないから」
楓は走り去る野良猫の背中を名残惜しそうに眺めつつ誰にでもなく言い訳をしているとプップーというクラクションの音が聞こえ、後ろを振り返る。
「楓ー!乗ってく?」
「お疲れ様、川原さん」
そこには車に乗った楓の弟子(?)綾乃と綾乃のマネージャーである本田がいたのであった。
◇
「見てた?」
後部座席に乗るなり助手席に座る綾乃に問いかける楓。
「あー、猫に逃げられてたとこ?」
「見てんのかい!でも野良猫だから当然だと思うけど」
「・・・あのさ楓、あの黒い野良猫はこの辺じゃ人懐っこいって有名で大抵の人は撫でさせてもらえるんだけど・・・」
「・・・」
車内に気まずい沈黙が訪れる。
「ま、まぁ猫は機嫌とかすごい波あるから!気にしなくていいんじゃないかな!」
最年長であり大人として真っ先にフォローを入れたのは本田だった。伊達に綾乃のマネージャーを務めてはいないのである。ただ実際は楓が最年長なので年下にフォローされていることになるのだが・・・。
「あーそれより楓に仕事のことで相談したことがあるんだけど」
綾乃が話題を切り替える。
(・・・しかし本当に綾乃は変わったな)
案件の進め方について話し合う後部座席の2人の声を聴きながら本田は内心でそう思った。
楓と出会い、本田は綾乃と共に楓の所属する事務所へと移籍した。内製のデザイナーが将来的に育てば助かるということと楓がデザインの仕事も開拓していること、もとより小学生デザイナーとしての知名度を持っていたという実績もあり移籍を受け入れてもらえた形である。
天才デザイナー少女としてネット上でちやほやされ天狗になっていたかつての綾乃はもう何処にもおらず、今は楓という存在のおかげで志もスキルも大幅にレベルアップしている。
(川原楓という少女の本当のすごさは、出会った人を変えてしまうところなのかもしれないな)
笑いながら話す2人の少女の声を聞きながら、本田はフッと口を緩めた。
◇
「「「お疲れ様でーす」」」
「来たか!」
3人が挨拶をしながら事務所のドアを開けるなり、マネージャーである澤村と先に来ていた由愛が興奮気味に3人を迎えた。
「どうしたの?澤村さんにしては慌て気味じゃない」
「ですねぇ。ついに女性だったことがバレましたか···」
「違うわ!というかナチュラルにとんでもない嘘ぶっこむのやめて!」
楓のめちゃくちゃなボケを否定する澤村。
「実は二階堂さんが見つけたんだが・・・楓の演奏を完全にコピーした奴が現れたんだ」
「コピーって・・・今まで楓のギターを真似してきた人なんて幾らでもいたでしょう?」
「それはそうだけど、今回のは違う。僕自身も驚いてるぐらいなんだ。とにかく見てくれよ」
澤村はそう言うとタブレット端末を取り出し、2人が見やすいように打ち合わせなどで使うテーブルの上に端末を置く。
「曲は『Twilgiht』ですか・・・由愛が初めて作曲した曲ですね」
「この曲って楓が片手でソロ弾くめちゃ難しい奴じゃないの?」
「見た目の派手さに惑わされがちだけど、この曲のギターの難しさはそういうところよりもニュアンスとかの細かさなんだ。でもこの人はほら、そういうところも完璧なんだよ」
始めは喋りながら見ていた一同だったが演奏者のレベルの高さに気付くと自然と画面に集中し始める場を沈黙が支配し始める。沈黙はおおよそ4分ほどの動画の再生が終わるまで続いた。
最初に沈黙を破ったのは綾乃だった。
「まるで楓が弾いてるみたいね・・・。私はギター弾けないからうまく言えないけど、こうなんていうかギターが叫んでる感じが本当に楓の音と一緒だもの」
「そこが一番すごいんだ。今までどんなギタリストもこの領域までは来れなかったから。楓はどうだろう。この動画を見て」
澤村が楓にも動画の感想を求める。
楓はしばらくうーん、と腕を組みながら唸った後、
「ぶっちゃけ私より上手いですね、この人」
サラッとそう言い切ったのであった。
「えぇ・・・そんな簡単に認めちゃうの?」
「まぁ事実だしねぇ」
「ゆ、由愛もそう思うわけ?」
「技術的な面では、って前書きが入るけどそう思うかな」
「でもなんで楓より上手いってことになるの?この動画だけ見たら楓と大体同じぐらいの上手さに見えるけど?」
素人の綾乃から見たら同じ曲を同じレベルで演奏しているのであれば2人のレベルは同じなのでは、と疑問に思い、楓にその旨を問う。
「えっとね、他人の曲を弾くってことは他人のホームフィールドで勝負するってことなんだよね。綾乃も自分のデザインには自分のテイストがあるでしょ?逆にこういうテイストは苦手だなーとか」
「あー確かに、可愛い感じのが得意なデザイナーもいればシンプルでシックなのが得意みたいなデザイナーもいるわね」
「そうそう。そう考えた時にもし綾乃が相手のデザイナーの得意分野で勝負して、相手と同じクオリティを出せたとしたらそれってもう綾乃の方が上手でしょう」
「あーなるほど、そういうことね。・・・でも悔しいとかないの?随分さっぱりしてるけど...」
「確かに。僕ももっと驚くと思ってたけど結構淡々としてるんだね」
あまり衝撃を受けていない様子の楓に澤村と綾乃は肩透かしを食らったような顔をする。
「うーん、そりゃギター弾くのは大好きだけど別にそれで世界一になりたいというよりも理想の自分をずっと追いかけるのが楽しいって感じ。もっと言えばギター以外にもやりたいこと沢山あるから、むしろ私の思った通りに弾ける人いるなら頼みたいくらいだね、私としては。別に1人で弾いてるだけでも十分楽しいから賞賛を得たいわけでも無いし・・・」
楓の答えを聞き3人は川原楓という人間がどういう人間だったか改めて思い出す。
自分の演奏を再現されたくらいで驚くタマでは無く、これくらいの事では揺るがないのがRaspberryの実質上のリーダーとして関わる者全てを引っ張ってきた楓の胆力だった。
「にしてもこの人の弾き方というかフォームが、どっちかというと今の私よりも前世の私に似てるというか・・・めちゃくちゃそっくりなんですよね。そっちの方が気になります」
「そうなの?前世の記憶を引き継いでるなら今も昔もフォームって一緒じゃないの?」
「そうなんだけど、今は女の子になっちゃってるから力も弱いし手も小さいじゃん?だからフォームとかは結構変えたんだけど、この人は今の私よりも前世の自分にそっくりなんだよね」
「じゃあこの人は仁科奏のフォロワーの可能性が高いってこと?」
綾乃は前世との結びつきという観点から見た質問を投げかける。
「仮にそうだったとして、前世で仁科奏が演奏しているところを公にしたことってあったか?確か人生初のワンマンライブを企画しているところで死んじゃったんじゃなかったっけ?」
「そうなんですよね。私が演奏しているところを知ってるのは一緒に仕事した人かゲーム会社にいた頃のプロジェクトメンバーくらいなんですけど・・・」
「動画とかも無かったの?それぐらいならありそうだけど?」
「私がゲームに登場する曲を通しで演奏している動画をPR目的でアップロードする話もあったけどその頃って動画サイトもまだ黎明期だったし、撮るだけ撮ってそのままお蔵入りになっちゃったのよね・・・」
「要するにこれだけフォームが似てるのは楓の関係者か、本当にたまたま偶然の一致でしかありあえないってことかい?」
「ということになりますね・・・どっちも考えにくいですけど」
うーん、と唸る楓。
ギターを弾かない人にはピンと来ないかもしれないが、ギターを構えるフォームはギタリストによってかなり違う。フォームだけでこの人だ!と判別できるほど独特なフォームで弾くギタリストもいるくらいだ。
前世の仁科奏も世間には知られていなかったがかなり独特なフォームで弾くタイプのギタリストであり、だからこそ動画のギタリストのフォームがここまで前世の自分に似ていることを楓は不思議に思ったのだ。
前世の関係者が自分に憧れギターを始め、フォームも音もここまで完璧にコピーして弾いているのだろうか。いやいやそれはまぁまぁやばい奴だろう。無いとは言い切れないが。
じゃなければ今の自分の音を再現することに徹していたらフォームまで前世の自分に似てしまったのだろうか。いやそれも若干無理のある理論だろう。第一その理論で行くなら今の自分のフォームに似るはずだ。
「でも確かに・・・この人が一体何者かというのは気になりますね」
「二階堂さんも演奏もすごいけどそれ以上にまだ何か隠してるんじゃないかって言ってた。楓もそう思うか?」
「そうですね、どう考えてもまだ何かあるでしょう。といっても私たちがやることには何も変わりありませんから今日もやれることをやっていくしかないと思いますけど」
「んー、まぁそれもそうね」
「まぁそうなんだけどさぁ・・・」
楓の言葉を合図にそれぞれがそれぞれの持ち場に向かう。
二階堂と楓の読み通り、その演奏者がただギターを弾けるだけじゃないと世間が知ることになったのはそれから2週間後のことであった。
◇
「『Raspberryのギタリスト、楓ちゃんのライバルとなるか!?謎の天才少年現る』か」
二階堂はモニターを見ながら呟く。
「そこらじゅうにそれと同じような内容の記事で溢れてますよ」
モニターを見ながら澤村がやれやれという様にため息をつく。
謎の人物がアップロードした楓のギターの完コピ動画は瞬く間に世間で話題になった。
すぐに楓のライバルと目されるようになり、この人物は一体何者なのかという推理大会がネット上のあちこちで展開される。
手の大きさや肉付きから男性なのは間違いないとか、プロなのかそうじゃないのかとか、早送りしてるのではないかとか、演奏はすごいが作曲はできるのか、などなど。
その動画の投稿から1ヶ月後、界隈の注目が集まる中アップロードされたのが今回の動画だった。
その動画はオリジナルの曲で、例によって映像も一緒に載せられているいわゆるミュージックビデオだ。
Raspberryのミュージックビデオと同じく3Dアニメーションを惜しみなく使ったミュージックビデオの完成度は彼、ないしは彼らを如何ほどなのか見定めようとする者達を十分に納得させる出来だった。
しかし世間を驚かせたのは少し後にアップロードされたもう一本の動画だった。
その動画はミュージックビデオの制作の様子を短くまとめたものだったがミュージックビデオのすべての工程は何と1人の少年によって作られたものだと明らかになったからだ。
時折映る本人は学校の制服で作業しているシーンもあり、中学生もしくは高校生であるということも大きな衝撃だった。容姿が恐ろしく整っていることも話題の拡散に拍車をかけた。
「あえて自分の情報は伏せた状態で最初の演奏動画を出し注目を集める。そのまま自分の作品を発表する・・・シンプルだけど地力が問われる手法だ。敵ながら鮮やかだね」
「Raspberryとほとんど同じ手法ですよね。わざとでしょうか?」
「だろうな。俺もそれできるぜ、ってメッセージなんだろう」
二階堂はコーヒーをすすりながら呟く。
自分の容姿がいいのであれば最初からそれをオープンにした方が注目度は稼げるだろうし、もっと世間に受けがよく有名な曲を演奏すれば手っ取り早く注目度は稼げる。
しかし敢えて初手ではそれを隠し演奏力だけでガチンコ勝負。これには当然それ相応の実力が問われる。
しかしその見返りとして上手く行けばどこか神秘性を孕んだ人気を手にすることができるのが大きなメリットだ。
「楓ちゃんはどういう反応をしてた?」
「いや、特段気にしてはいないようでしたけど・・・。いつも通り淡々としてましたね」
「そうか・・・」
どこか含みのある顔をする二階堂。
「しかし、本当に一体何者なんだろうな。まぁ楓ちゃんの様な前例がいるからありえないと言うことはできないんだがこの年齢でこんなことが出来る中学生がこんなにポンポン出てくるのが今の中学生なのか?」
「いや、この2人が特殊だと思いますけど・・・」
今時の中学生に対する勘違いをそれとなく修正する澤村。
「例えばギターだけとか、1つのことが大人顔負けのレベルで出来る子はおかしくないと思うんだよな。いや、もちろんすごいことなんだが」
「まぁそれはそうですね」
「でも楓ちゃんの場合は中学生であれだけの種類のスキルをあのレベルでこなせて、しかももう既に自分の世界観を持ってそれをアウトプットするっていうレベルまで行ってるところが異常なわけだよな」
「ですよね」
改めて楓の異常性を再確認する2人。
「楓ちゃんもそうだが、この少年が一体どういう環境で育ったのかがすごい気になるな」
「両親がクリエイティブ方面の仕事なんじゃないですか?」
「そうだったとしても範囲が広すぎるだろ。バックに誰かいる気がしてならないんだよな、俺は」
「育ての親がいる、ってことですか・・・」
「あぁ。ひょっとしたらこういう人材を育てるような企業があるような時代なのかもしれんな・・・」
「アイドル養成所ならぬクリエイター養成所、ですか」
「まぁ根も葉もない推測だが・・・」
(しかしこれ程の逸材を育て上げる環境とは・・・一体何者なんだ?)
二階堂は存在し得るこの業界の深部を想像し、しかしその姿をイメージすることはできなかった。




