閑話 オシャレしよっ☆
(・・・そういやギターの弦、もうストック無くなりかけてたな)
楓は事務所に行く途中、ギターの弦が無くなりそうなことを思い出した。
今日は午前中に事務所で打ち合わせがあり、そのあと学校へ登校する予定である。
(事務所の最寄りの駅に確か楽器店があったし、そこで買うかな...)
かなり時間に余裕を持って家を出た楓は丁度良い時間潰しになるなと思い、楽器店へと足を向けた。
◇
(久しぶりに来ると、なんかテンション上がるな〜)
何でも通販で買うことが当たり前の今、楓も楽器店で買い物をする機会はほとんど無かった。今日みたいに消耗品を頼み忘れてたといったことが無ければ基本的には来ない場所と言っても過言では無い。
(うわーこのモデル、まだ売ってるんだ。おっ、今このメーカーってこんなモデル出してるのか...)
自然とギターのコーナーに足が進んでしまった楓は何十本も並べられた最新モデルのギターについ興味が湧いてしまう。
「ギターも進化してるんだなー...ってどわぁ!?」
並べられた数々ギターを眺めていた楓はある一本のギターについ驚きの声を上げてしまった。
(Raspberryの楓仕様再現モデルって...コレ私のやないかーい!)
唐突に見慣れたギターが混じってると思ったらなんと自分のギターの再現モデルが販売されていた。
楓が使っているギターは自分で組み立てたギターで、この世に1本しかないものだ。すでに色々なメーカーからシグネイチャーモデルの販売を打診されている楓だったがすべて断っている。(頑固者)
そんな状況だからか勝手に楓の使用しているギターそっくりの物を作るメーカーがどうやら出てきているようだ。
(まぁ全然構わないんだけどさ...結局音が決まるのはその人の手次第だしね)
楓がそんなこと思いながら自分のギターのそっくりさんを眺めていると、突然声を掛けられた。
「そちらのギター、気になりますか?」
楓に声をかけてきたのは楽器屋の店員だった。20代前半くらいの男性で、ワックスでセットされた長髪はいかにも音楽の好きそうな若者といった感じだ。
彼は自分のレプリカモデルをじっと眺める楓を見て、楓がこのギターに興味を持ったと思ったのだろう。
「ひょっとしてお客さん、Raspberryの楓ちゃん――」
(やばい――)
Raspberryはメディアへ顔こそ出していないものの、ライブでは当然顔を晒しているのでライブに来た人には顔が知られている可能性がある。
まして楽器屋の店員のような音楽が好きであろう人が自分たちのライブに来ている可能性は低くないかもしれない、ということを考えるとろくに変装もせず楽器店に来たのはまずかったかと楓は後悔した。
「――のファンの方ですか!」
楓は昭和のギャグ漫画の様にズッコケた。
「ま、まぁ・・・」
「それでしたらこのギターは本当にオススメっすよ!楓ちゃんのモデルと使用してる木材からコントロール類まで一緒なんです!ウチがメーカーに相談して作ってもらったスポット生産品なんで本数もあんまり無いですから多分すぐ売り切れちゃいますよ。次回の生産も未定ですしね」
「へ、へぇ~。そうなんですか」
本人の前で本人のレプリカモデルの解説を始める店員に困惑しつつ楓は相槌を返す。本当は弦を買いに来ただけだと言おうか迷ったが店員があまりにハキハキと話すのと人が良さそうだったので何となく言い出しにくくなった楓だった。
「良かったら試奏してみますか?未経験者でしたら僕が弾きますんで音を聴いてもらっても良いですし!」
「えーと、じゃあ演奏お願いできますか?」
「分かりました!」
店員の男はそう言うやいなやギターをチューニングしたあとアンプにつなぎ、いくつかフレーズを弾き始める。
「どうです?本人のモデルと同じくいろんな音が一本で出せるようになってるんですよ」
「へ、へぇ~」
「ウチの店長が楓ちゃんの熱心なフォロワーで、めちゃくちゃこだわってますからね。かなり奇抜な仕様なんで市販で売ってるモデルじゃ似たようなのも無いですし。張ってある弦のゲージも本人と同じルークスってメーカーの09-42らしいですよ」
店員の男性がこだわりポイントを説明を聞きながら、全部知ってるにも関わらずへぇ~とかほぉ~とか感心したような反応を返す律義な楓であった。
「良かったら弾いてみませんか?持ってみるだけでもネックが自分の手にフィットするかとか分かりますし!」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて・・・」
楓は店員からギターを受け取り、イスに腰掛ける。
(Raspberryの曲を弾くのはマズそうだし、適当なフレーズ弾くかな・・・)
楓は当たり障りの無いフレーズを適当に弾き始める。
「へ・・・?」
店員は楓の音を聴いた瞬間、思わず間抜けな声が出てしまった。
適当に弾く、と言ってもそれは楓基準だった。楓が抑えめに弾いたと思ったフレーズは店員を驚かせるのに十分値するもので、楓のことを初心者だと思っていた店員は聴こえてくる超絶フレーズに思わず口をあんぐりと開けていた。
速弾きなどの目立ったテクニックなど無いものの、いやむしろ速弾きをしていないからこそフレーズの端々ににじみ出る圧倒的な余裕は明らかにベテランのそれだ。何より恐ろしいのは少女は明らかに全力を出しておらず、それでこのレベルということは全力の演奏は一体どれほどのレベルなのだろうか。
店員が内心驚愕していることに気付かず、楓は試奏をそこそこに切り上げギターを置くと言った。
「あの~すいません、実はギターじゃなくて弦を買いに来たんですが・・・」
「あ、はい!メーカーとゲージの指定はどうしましょう?」
「ルークスの09-42でお願いします」
◇
「おーす、戻ったぞー久住ー」
「あ、店長お疲れ様です!」
久住と呼ばれた男は書類発送などの雑務で外に出ていた店長を興奮した様子で出迎えた。
「聞いてくださいよ店長!さっきすっごいギター上手い中学生ぐらいの女の子が来たんすよ」
「へぇ~。まぁ今Raspberryの影響で今ギター始める女の子増えてるしな」
楓と由愛の活躍によりギターとキーボードは現在子供達の間でちょっとしたブームになっており、実際この楽器店にもギターやキーボードを買いに来る親子がかなり増えてきている。Raspberryの楽曲の譜面は常に好調な売れ行きだ。
「一応例のギター勧めてみたんですけど、弦買いに来ただけだったみたいで反応はあんまりでしたね。でもあの子も将来Raspberryの2人みたいに大物になるかもと思って、サイン入ったピックお願いして貰っちゃいましたよ~」
「まったく、お前も物好きだな・・・っ!?」
店長は久住が取り出したサイン入りのピックを見て、大きく目を見開いた。
「・・・久住、その女の子って中学生くらいだったんだよな?」
「はい。しかもどえらい可愛かったですよ!あれは男子がほっとかないでしょうね!」
「弦ってどこのメーカーを買ってった?」
「何でそんなこと聞くんすか?」
「いいから」
「えーっと、ルークスの09-42っすね」
店長は久住の言ったことを聞きながら、ピックをまじまじと見つめている。そんな店長の様子を不思議そうに久住が思っていると、店長が口を開く。
「・・・なぁ久住、楓ちゃんが使ってるピックが市販品じゃなくて自分で作ってるやつだってのは知ってるか?」
「え?そうなんですか?」
「でな、そのピックの特徴っていうのがネットじゃ有名なんだが・・・片面に楓ちゃんがデザインしたラズベリーのイラストというか、模様が刻印してあるんだ。ちょうどこのピックと瓜二つの・・・」
「ファ、ファンが作ったコピー品じゃないですかね」
「いくらファンだからって、こんな細かい模様のピックを作るか?百歩譲ってファンが作った物だとして、せっかく作ったワンオフ品を見知らぬお前に渡すか?しかもギター歴10年のお前にギターが上手いと言わせる中学生の女の子がどれぐらいいるよ?しかもそんな子がたまたまこのピックを持ってるなんて偶然がありえるか?」
「・・・・」
「・・・・」
2人は顔を見合わせ、叫んだ。
「お前その子どう考えても本物だろ何やってんだ久住ぃぃいいい!!!!!」
「すいませぇぇえええん!!!!」
2人の声がフロアにこだました。ちなみにこのエピソードは後日ライブのMCで楓によって語られ、2人は本当にその少女が楓だったことを知るのだった。
◇
「よーし終わった~!」
打ち合わせを終わらせた楓は事務所のソファーで大きく伸びをした。
「楓、あなた仮にも女の子なんだからもうちょっとそれらしい振る舞いをしなさいよ···」
中学生デザイナーとして有名であり現在は楓に弟子入りしている綾乃が体を大きく伸ばして伸びをする楓のことを咎める。
「何言ってんの。性別による価値観の決めつけは時代遅れ、今の世の中は多様な価値観を認める風潮じゃん」
「それっぽいこと言ってただ大雑把なだけでしょ楓は···」
綾乃は楓の言葉にやれやれと肩をすくめる。
「さーて学校行くかな」
まだ午前中なので、楓は午後の授業に参加すべく学生カバンを手に取る。
前世で中学生の頃は授業中など延々と絵を描いているだけだったが一度社会人になってから受ける中学生の授業は割と面白く、こっそり楽しみにしている楓であった。
「ちょっと待って楓、あんたいつもそれで登校してるの?」
「へ?何が?」
綾乃は学生カバンを持って立ち上がった楓をまじまじと見つめる。
現状の楓の状態を説明すると、寝ぐせそのままの髪に化粧など一切していない顔、買った状態そのままで来ている制服・・・といった出で立ちである。
一方の綾乃はしっかりとヘアアイロンでセットされた髪に、しっかりとメイクで整えられた顔、制服もスカートを折ったりとそのままは着ていない。
そんな綾乃からすれば楓の風貌は食材をそのまま皿にのせた物を料理と言われ出されているようなものだった。
「ありえない・・・ありえないわ!中学生にもなってメイクの1つもしないなんて・・・」
「いやいやいや、そんなことないって!ウチのクラスの子もほとんどしてないし中学生じゃまだ早いでしょ」
「平日はしてない子もいるかもしれないけど、出かけたりする時はもう皆してるわよ!それにメイクしてるって楓が気づいてないだけじゃないの?」
「マジ・・・?中学生で・・・?」
30代のおっさんの価値観が同居する楓がジェネレーション&ジェンダーギャップ(?)を感じていると、綾乃がポーチから様々な化粧品を取り出し、臨戦態勢に入る。
「というわけで、楓。あなたに私がメイクの素晴らしさをたーっぷり教えてあげるわ。あぁ、安心して。私こう見えてもメイク動画を動画サイトに投稿したこともあるし、なにより楓は素材が一級品だから素晴らしい仕上がりになるわ」
「そ、素材が一級品ならそのままでいいんじゃないかなぁ?というか何でメイク用品持ち歩いてるの!?」
「どんなに素晴らしい食材でも、それをそのまま食卓に出したら宝の持ち腐れよ。さっ、始めるわよ」
「あっ、綾乃さんの中ではもう私にメイクをすることは確定事項なんですね」
「もちろん。とりあえず顔を洗ってきて」
「へ~い・・・」
楓は諦めを意味する溜息を吐くと、事務所の洗面所に向かった。
◇
というわけで始まった綾乃による楓メイクアップタイム。ライブの時ですらメイクをしない楓は初めて見るメイク用品に驚きの連続だった。
「まずは下地からやっていくわよ」
「下地・・・?」
「そう。要は顔全体に塗るやつで、人によるけどベースの色を作る感じね。それに上乗せしてファンデやコンシーラーで毛穴やシミとかを隠していくの」
「なるほど、プラモと一緒で要はパテやサーフェーサーの役割だね?」
「あのね・・・プラモと一緒にしないでくれない?」
プラモデルとの共通点を見出したり、
「てかその道具でホクロも消せるの!?何でもありじゃん!?」
「大きさや濃さにもよるけどね・・・」
コンシーラーの破壊力に驚愕したり、
「シェーディングとハイライト入れるわよ」
「えぇ・・・もう絵と一緒じゃん・・・」
そこまで影とハイライトまで化粧品で書くのかとドン引きしたり、
「ずっと手入れしてるのかと思ってたけど楓のまつ毛ってこれ天然でこの長さなの!?」
「普通じゃない?それに目擦ったら目にまつ毛入ったりするし結構うざったいよ?」
「あんた他の女子の前でそれ言っちゃダメよ・・・」
綾乃が楓のまつ毛の長さに驚愕したり、
「眉毛も描くもんなの!?」
「そりゃそうでしょ!」
眉毛も描くことを知らなかったり、
「うわあああああ!」
「こらっ、楓!顔背けないで!大丈夫だから!」
まつ毛を上げるビューラーにビビったり、
「口紅はやりすぎでしょ・・・」
「薄く塗って伸ばせば大丈夫でしょ(適当)」
様々な工程を経て、
「よーし、完成よ!」
「わーい(放心状態)」
何だかんだで無事に楓へのメイクは終了した。
「どう?メイクされた自分のお顔は?」
「いや~、素直にすごいなって思った・・・」
鏡に映る自分の姿を見て、楓は率直な感想を述べた。
「メイクってごまかしみたいな偏見があったけど、それよりも自分の良い部分をもっと魅力的に見せることもできるところが面白いんだね」
「そうそう。やり方次第で色んな顔に変身できるって思うと楽しいのよね。折角だし、澤村さんにも見せてみたら?」
「えぇ~・・・あの人絶対笑うって」
「いやいや、あの人Raspberryのマネージャー始めてからずっとすっぴんの楓しか知らないんでしょ?絶対驚くって!澤村さーん!ちょっと来てー!!」
「どしたー?」
「あ、ちょっと綾乃!」
綾乃が問答無用で澤村をこちらの方に呼びつける。
「はいはい、何かご用――」
自分のデスクからやってきた澤村は、楓を目にした途端硬直した。
元々大きい瞳はアイシャドウとライナーにより一層その存在感を引き立て、いつもはあまり目立たない薄めの唇もリップが塗られ非常に誘惑的な雰囲気だ。
基本伸ばしっぱなしの髪の毛もヘアアイロンにより内巻きにカールされ、とても大人っぽい印象を受ける。
膝が隠れるくらいの長さだったスカートも短くされており、そこから伸びる細く長い楓の脚は思わず目で追ってしまいそうになる。
そして何より、いつもはその才能を遺憾なく発揮しどんなことがあっても揺るがずその行動でもってして周りを引っ張っていく少女の恥ずかしそうな表情や仕草は何というか・・・非常に可愛らしく愛おしいものだった。
「・・・楓、学校まで車で送るよ」
「えっ?いやまぁありがたいですけど、何で急に?」
てっきり何かしらの感想を貰えると内心期待していた楓は若干肩透かしに思う気持ちと素朴に疑問を感じたこともあり澤村に意図を聞き返す。
「いや、その格好で電車に乗るのは・・・危険だと思う。色んな意味で」
「・・・同意見ね。ちょっとやりすぎたかも」
「え?なんで?」
2人の懸念が全く読み取れない楓は頭にクエスチョンマークを浮かべたまま困惑する。
「とりあえず2人とも学校まで送るから、楓2号車のキー持ってきてくれる?」
「うん、わかったけど・・・」
社用車の鍵を取りに行く楓の背を見ながら、綾乃と澤村は呟いた。
「ありゃあクラスの男子たちを知らずに泣かせてますわ・・・間違いない」
「メイク中にさ、楓に聞いたのよ。『男の子にモテたいとか思わないの?』って。そしたら何て答えたかわかる?澤村さん」
「思わない、って?」
「当たり。それどころか『前世も含めて一度も異性にモテたいって思ったことが無い』らしいわよ」
「前世も今世も表現活動にパラメーター全振りだからなぁ。それに仁科奏も中々に男前だったし・・・」
「あの子にもいつか春が来るのかしらね・・・」
「楓の相手が務まる男のイメージが浮かばないけどね・・・」
「全くね。あんな創作マシーンの相手が務まる相手いるのかしらね・・・」
澤村と綾乃は楓の将来を勝手に憂い、ため息をつくのであった。
◇
川原楓――僕の席の隣の女の子の名前だ。
35名の生徒で構成されるこの2年B組の中において、彼女の存在はかなり独特だ。それどころか、全生徒数が300人と少しの何の変哲もないこの公立中学校の中でもかなり独特な少女だと言い切れる自信が僕にはある。
基本的に男女問わず――特に女子というのは群れというか、グループを作ることが普通だというのは男子の僕でもわかることだ。そのグループの中でも大なり小なり力関係があり、その関係性はどうやら男子グループのそれよりも複雑なようだと14年も生きてくれば流石に分かるようになる。
だけど、川原さんは――もちろんよく話す上野さんって相手はいるけど――そういったしがらみに全く縛られない。おかしいと思ったことは相手がクラスでそれなりに力を持つ子だろうと、先生だろうとはっきりと伝える。
相手が誰でも常にフラットな対応で、いつも笑顔で飄々としている。
そして、それを支える力が川原さんにはある。美術の授業では「既に美大の入試で合格できるほどデッサン力がある」と言われるほど絵が上手かったり、テストの点数はどの教科も常に高得点だ。すでに音楽の仕事をしているらしく、今日の様に学校に来ないこともしばしばだ。
そして彼女をさらに特別たらしめているのが容姿。好みもあると思うが僕はこの学校の中で――いや、今まで見てきたどんな女性よりも魅力的だと思っている。魅力的、というのがポイントだ。
彼女よりも顔が整った女性は沢山いるだろう。だけど彼女の、例えば形の良い大きな瞳と全くセットされていない髪とのコントラストや、女性的とも男性的とも形容しがたい不思議な仕草、そして何より笑った時の川原さんは天下無敵だと僕は思う。
自然体な川原さんも魅力的だけど、そんな川原さんがもしも自分を着飾ることを覚えたら一体どうなってしまうのか――なんてことを昼休みの終わりに午後の授業の準備をしながら考えていると
「おはよう、葵」
まさしく川原さんの声が聞こえた。
「おはよう楓ちゃん、って言ってももうお昼だけどね。午前はお仕事だったの?」
「まぁ仕事ってほどでもないけどね・・・次数学だっけ?」
川原さんは上野さんと挨拶を交わし、他愛ない会話をしている。
「ところで楓ちゃん・・・今日すっごくオシャレだね」
「事務所の子がメイクしてくれたんだ。こういう柄じゃないから正直めっちゃ恥ずかしいんだけど・・・」
授業の準備をするフリをしつつ、後ろの方で話す川原さん達の会話に耳をそばだてていた僕は川原さんの言葉に衝撃を受けた。
(川原さんがメイクをしているだと・・・!?)
その事実に好奇心を押さえることのできなかったクラスメート達が次々と教室の後ろの方にいる川原さんへと視線を向ける。
ここで後ろを振り向いてしまうのは周囲の人間と同じになってしまう様な気がするというしょうもない見得を守るために、僕は振り向くのを必死でこらえた。
しばらくすると川原さんがこちらに歩いてくる音が聞こえてくる。近づいてくる足音に比例して僕の心臓の鼓動の音も大きくなる。
「おいっす瀬川君、元気かい?」
ついに席に座る僕の横へ現れた川原さんは、控えめに言って天使だった。
いつもの川原さんは、さっき考えていた通り自然体な所が魅力だ。美しい顔のパーツに対して伸ばしっぱなしの髪やダラッと着た制服とスタイルの良い体、そしてそれらを操る中性的な仕草が不思議なバランス感を持って川原楓という少女を彼女たらしめている。
しかし今の川原さんはすごく女の子だ。元々魅力的だった顔はメイクの力でより女の子っぽく、髪も内側に巻かれてすごく大人っぽい。
いつもは膝下まで伸びてるスカートも少し短くなっており、そこから覗く細い脚は目に毒で僕はすぐに視線を上に反らした。それでも漂ってくる清涼感のあるフレグランスの香りが川原さんの存在感から意識を逸らすことを僕に許さない。
「あ、川原さん・・・。おはよう」
僕はまるで川原さんが今来たことに気付いたかのような反応を返す。
「まぁもうお昼なんだけどね。あ、今日の給食何だった?」
「今日はカレーだったよ」
「マジで?うわぁ食べたかったなぁ・・・」
川原さんはいつも他愛もない会話を僕に話しかけてくれる。それは僕が特別だからというわけじゃないと分かっていてもつい嬉しくなってしまう。
「ところで・・・今日はメイクしてるんだね」
「あー、これは後輩が面白がってやってくれたんだけど・・・やっぱ柄じゃないかな」
「いや・・・すごく、綺麗だと思うよ」
「・・・っ!あ、ありがとう」
僕がありったけの勇気を振り絞りそう言うと、川原さんは顔を真っ赤に染めた。
(は、反則だろ――!)
いつもは大人顔負けの落ち着きがあって極端に怒ったり落ち込んだりといった感情を見せない川原さんが僕の褒め言葉に赤面する様は、僕を彼女の新しい魅力に目覚めさせるのに十分な破壊力だった。
周囲の男子から送られる羨望の視線をひしひしと背中に感じていると、午後の授業開始を告げるチャイムが鳴った。
めちゃくちゃ今更ですが、ゴールドアームさんからレビューいただいておりました・・・ありがとうございます・・・(激遅)(土下座)




