表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリエイター少女の奮闘記  作者: 前川
中学生編
20/41

20 ノック・イット

Raspberryとして過去最大級のライブを無事(?)成功させた楓と由愛。各所からの反響も大きく、後日ストリーミング配信で顔だけ隠すよう編集されたライブ動画も驚異的な視聴者数を叩き出した。


このライブを皮切りに最初で最後の全国ツアーがスタートしたが、ツアーの間ずっと日本中を旅しているわけではない。


むしろ学校がある間は月に1~2回ほどライブをこなすくらいで(それでも忙しいが)、冬休みや春休みなど学生が休みの期間に集中して大小様々な会場でライブをこなしていくスケジュールだ。


というわけで楓も由愛も普通に平日は学校に通っている・・・のだが創作の鬼である楓はオフの日であろうと何かを作ることが大好きなので曲はもちろん色々なものをずっと作っている。


そんな楓をこの一年間見て成長してきた由愛もまた例えオフの日であろうとキーボードを弾き作曲をするようになってしまったのであった。


今日もいいアイデアを思い付いた由愛は思いついたフレーズを楓に送っていた。そうしてデータをやりとりしながらメッセージアプリで会話するのが2人の日常であった。


『このフレーズどうかな?』


由愛は楓へ録音データと一緒にメッセージを送る。するとすぐに楓から返事が返ってくる。


『めっちゃいいね!4つ打ちと相性が良さそう』


楓は返信がとにかく早い。メールなどの返信は早ければ早いほど良いというのが楓の自論らしい。


『そういえば、あのイベントどうするの?』


曲の展開についてのやり取りがひと段落した時、楓が由愛に質問を投げかけてきた。


あのイベント、というのは由愛がかつて通っていたピアノ教室からの依頼でウチのイベントに出演してくれないか、という物であった。


由愛が通っていたピアノ教室は「あのRaspberryの由愛が通っていたピアノ教室!」としてすっかり有名になっているらしい。


ソルダーノレコーズと契約しメジャーデビューを機に由愛はピアノ教室はやめていたのだが由愛に憧れてピアノ教室に入る子もいるらしく、そういう子がいざ来てみたら由愛がすでにやめたという事実にがっかりするらしい。


・・・というような事情などもあり今回由愛が主役のイベントをやりたい、というのがピアノ教室の先生からの依頼であった。ピアノ教室に通う子供や親からの熱い要望に先生が根負けしたとも言える。


内容としては生徒の前で由愛によるデモ演奏と、事前に抽選で選ばれた生徒数名の演奏発表とそれに対する由愛の講評、というような内容らしい。


ただ由愛はあまり乗り気では無かった。というのもそもそも自分が誰かの手本になれるほど鍵盤楽器という楽器を突き詰めてはいないし、他人に教えるなんてやったこともない。


『正直、受けるか迷ってて。人に教えるなんてやったことも無いし、そもそも私ピアノ始めてまだ2年くらいだもん。ピアノ教室の子はもっと昔から弾いてる子ばっかりだし、私が先生みたいなことをやる必要も無いのかなって』


由愛は自分の思っていることを正直に楓に伝える。


『そっかぁ・・・。私はやった方が良いかな、って思うけど』

『それはなんで?』

『う〜ん、なんとなく。』


楓は由愛と作業する時、何かを強制してくることは無いし、ああしろこうしろと命令してくることも無い。基本的には放任主義だ。


しかしそれが楽でないことを由愛はこの1年で痛感した。


曲作りに正解は無いし、もっと言えば終わりも無い。時間が許す限りいくらでも煮詰めることができる。究極的なことを言えば1つの曲を一生かけて完成させることも可能だ。


だが実際にそんなことをしていたらいつまで経っても曲は完成しない。「曲を作る」という作業は「これをここまでやればゴール」という明確な終わりはないので自分で終わりを決めなければいけない。


このパートの音色はこれでいいのか、曲の展開はこれでいいのか、各パートの調整はこれでいいのか・・・それらを自分で決めきって完成させ、作品を世に出すのは意外とエネルギーが要るものだ。しかもRaspberryが有名になってきた今ではその重責がさらに重いものになっている。


由愛は楓が本当は全て自分で出来ることを知っている。楓が全ての指示を出し、楓が全ての最終判断を下す。楓にはそれだけの経験と力がある。一番スマートで、一番安全な方法だろう。


しかし楓は決してそれをせず、ここ最近ではほとんど由愛に一任している。それが由愛のためだということを由愛は分かっている。見方によってはかなりのスパルタ教育といえよう。


だからこういう時もアドバイスこそすれど最終的に決めるのは由愛だ。ただ毎回アドバイスは厳しい方を選ぶように遠回しに言っているような内容だが・・・。


『やっぱり、やってみる』

『あいよー。サポートで行こうか?』

『いや大丈夫!楓姉ぇは休んでて!』


楓が手伝いを提案してくる。由愛がどんな選択肢を選んでもいつも全力でサポートしてくれる楓だったが、流石にRaspberryが2人も揃ったらそれなりに騒ぎになる気がするので丁重にお断りした。それに楓は先ほども上げた通りオフの日も1日中作業しているような創作の鬼なので周りが抑えないと延々と仕事を受けてしまうのだ。まぁ、前回風邪でぶっ倒れ各方面に大層迷惑を掛けたことを反省し本人はセーブしていると言っているが・・・。


(うーん、果たしてどうなるかな・・・)


あまり気乗りしない依頼に不安を覚えつつも、由愛はマネージャーの澤村へイベントの出演を受ける旨を書いたメッセージを送るのだった。



「まさか受けてくれるとは・・・」


自宅で渡辺ピアノ教室、というピアノ教室を営む渡辺真樹(わたなべまき)は思わず口から本音を漏らす。


生徒の子供やその親から「是非とも由愛ちゃんも参加するイベントを!」という声に押され実際に由愛の所属する事務所へオファーを出したのが先週だ。


真樹のピアノ教室はここの所教室への入会の申し込み数の増加が(いちじる)しい。理由はもちろん由愛がかつて通っていたピアノ教室ということがネット上で出回ったからである。


とはいっても真樹は1人で教室を運営しているので見れる生徒の数には限りがある。なので今では問い合わせがあっても断るしかないという状況だ。


そんな状況なので現状の大盛況は真樹からするとむしろ望まぬ状態と言っても過言ではない。


(て言っても、別に由愛ちゃんのせいじゃないんだけどね・・・)


真樹はこれから自宅で由愛とイベントの内容などについて打ち合わせの予定だ。Raspberryはメディアへの露出を全くと言っていい程しないユニットとして有名であり、こういったイベントに出ているところを見たことも聞いたことも無かったので真樹はほぼ間違いなく断られると思っていただが依頼を出した数日後に帰ってきた返事には驚いたものだ。


(もともと引っ込み思案だったっていうイメージもあったからかしらね・・・)


真樹の由愛に対する最初の印象は引っ込み思案な子、であった。


ピアノも特筆するところは無く、むしろ普通の子よりセンスが無いとすら思っていたほどだった。


真樹自身も由愛が求めていることを上手く掴むことができずとりあえず当たり障りのないカリキュラムを組んで毎回レッスンをしていた。今にして思えばそれは由愛の才能に(ふた)をするような真似だったのかもしれない。


(相棒の楓ちゃんは、見抜いていたのかしらね。由愛ちゃんの才能を)


ネットでは公園でスランプに悩む由愛を楓がたまたま見かけ、彼女がスランプを抜け出す手助けをする過程でRaspberryが結成された、という美談になり広まっている。


だが実際はご存知の通り、楓はなんか可愛い少女が困っとるやんけよっしゃ今はワイ見た目は女の子やし声掛けても引かれへんやろという理由で由愛に声を掛けただけだし、由愛の才能を見抜いていたわけでも無い。なんならRaspberryも元々組む気は無かったというのが真実である。ミュージシャンの逸話は大抵話が盛られているものだ。


そんなことを考えていると来客を知らせるチャイムが鳴った。間違いなく由愛だろう。


玄関に向かい、ロックを解除して扉を開ける。そこにはこの1年で成長した由愛と20代後半くらいに見える男が立っていた。


「お、お久しぶりです」

「久しぶり、由愛ちゃん。···背、伸びたね」


この年ぐらいの子供の成長は早いと言うが真樹は思った以上に成長していた由愛に内心驚いていた。


身長など外見はもちろん去年教えていた頃より大きくなっているが、なんというか雰囲気がだいぶ大人になった気がするのだ。


「申し遅れました、Raspberryのマネージャーの澤村です」

「えっと、由愛ちゃんにピアノを少し教えていました。渡辺真樹です。玄関で立ち話するのも何ですから、どうぞ中に入ってください――」



真樹は2人をリビングに通し、用意しておいたお茶を出した。


由愛と澤村はそれにお礼を言い名刺交換など簡単な社会人の挨拶を済ませると、澤村は本題を切り出した。


「一応事前のやり取りで伺ったのは、由愛を主役にしたイベントということなんですが」

「おっしゃる通りです。由愛ちゃんには最初に何曲かデモンストレーションしてもらって、その後生徒数名の演奏へ簡単なアドバイスをするようなイメージですね」

「なるほど。・・・となるとイベントの時間は3時間くらいですか?」

「そうですね。一応ピアノが置いてある小さなホールのようなところを1日借りる予定です」


澤村と真樹が話を進めるのを由愛が聞いていると、不意に澤村が由愛に話しかける。


「由愛は何かある?」


全体像を掴み終わったであろう澤村が由愛にこれでいいか、という確認の意味で問いかけてきたのだろう。ちなみに澤村は出先では由愛のことを呼び捨てで呼んでいる。


「何個かお願いがあるんですが・・・良いですか?」


質問する由愛の方へ向く動作で澤村と真樹は由愛に発言を促す。


「一つ目が、出来れば講評をする生徒の数をもう少し増やしたいんですが・・・」

「なるほど···。でもちょっと厳しいんじゃないかしら?今は5人の生徒に演奏してもらうつもりだけど、それでも1人1曲演奏して講評入れたら15分くらいは転換込みでかかっちゃうでしょう?」

「なんで、生徒さんの演奏は自分の得意な部分を1分間だけ弾いてもらう形にするんです。で、講評や転換込みで7分くらい。私のデモ演奏は45分くらいだとしたら10人ちょっとくらいは見れると思います。」

「なるほど···」


真樹は由愛の考えに考え込む仕草を見せる。


「それだと由愛がすごい疲れそうだけど、その辺は大丈夫かい?」

「大丈夫です。これぐらいこなせなきゃ、楓姉ぇにいつまで経っても追いつけませんから」

「そうは言っても、あの創作の鬼と比べちゃなぁ」


澤村が由愛の負担を心配した言葉をかける。


先の事件(?)があってからはセーブしている(本人談)の楓だが、誰も声を掛けなければ朝から晩までスタジオであらゆる作業をこなしているし、ライブが終わった後だというのに「いいアイデア湧いてきたわ」といって恐ろしい集中力でモニターにかじりついていることもある。そうなると周りが止めるまで手を止めないのでいつも澤村や楓の弟子(?)の綾乃が止めに入っているが。


「でも何でそこまでするの?依頼を持ちかけたコチラが言うのも申し訳ないけど、ほとんどボランティアみたいなイベントじゃない。正直、由愛ちゃんを実際に見れれば生徒の皆は満足すると思うから2時間くらいのイベントで由愛ちゃんの演奏メインでも良いと思うんだけど・・・」


真樹が由愛に正直な考えを告げる。真樹としてはあまり多くの報酬を払えないので由愛に掛ける負担は少しでも減らしたいという気持ちもあった。


「確かにそうかもしれません。それが一番かける労力と得る対価が釣り合ってるとは思います。ですが私はもっと来る人に色々なことを知ってもらいたいんです」

「・・・知ってもらう?」

「はい。イベントで実際に私や生徒の前で演奏するというのはそれなりに緊張する場面だと思います。先生なら分かると思いますけど、そういう時にしか得られない物が必ずありますよね。私は来てくれる人たちにそういう経験をして、少しでも魅力的な演奏ができるようになってほしいって思ってます。ひょっとしたら、緊張したり嫌な思いをしたりと負の感情を抱えることになるかもしれません。でも私はイベントが終わって帰る人が今話題のRaspberryのキーボードの子が見れてよかったな、だけで終わって欲しくないんです」

「そ、それは立派だと思うけどどうしてそこまで?由愛ちゃんがそこまでやる必要がある?」


真樹は由愛の力強い眼差しと雰囲気に戸惑う。自分がレッスンをしていた頃とはまるで別人のようだった。


「例えばこのイベントがピアノの楽しさに気付くきっかけになって、その中からすごいアーティストになる人がいるかもしれません。そしたら私もその人から影響を受けて、その受けた影響をまた色んな人に渡していく。そういう連鎖というか、そういうのが作れたら良いなって思うんです。まぁ、ほとんど楓姉ぇの受け売りなんですけど・・・」


少し照れながらもそう言う由愛に、真樹はすこしの間呆気にとられていた。


このイベント自体、別に真樹がやろうと旗を上げた訳じゃない。むしろ生徒がやって欲しいやって欲しいというので一応依頼だけは出してみよう、くらいの気持ちからスタートしている。


そんな真樹がこのイベントに消極的な姿勢になってしまうのは仕方がないと言えよう。むしろなるべく面倒なく、卒なく終わらせたいというのが本音だった。


それに対して由愛はどうだろうか。自身の労力よりも生徒たちの未来、ひいては音楽という世界の未来を考えてこの打ち合わせに臨んでいる。


(・・・見た目だけじゃなくて、中身はそれ以上に成長したのね)


真樹はふっ、と息を吐きながら笑うと由愛に問いかける。


「ところで楓ちゃんのことは楓姉(かえね)ぇって呼んでるのね?」

「あ、はい・・・」

「何も知らない私から見ても彼女は控えめに言って天才だと思うけど、やっぱり彼女は由愛ちゃんから見てもすごい?」

「すごいです。皆楓姉(かえね)ぇのギターのテクニックとか、作曲センスとか、その他の色んな技術を褒めますけど、本当にすごいのはそこじゃないんです。楓姉ぇが一番すごいのは生き方というか、そういうところなんです。周りがいくら良いって言っても自分の中でOKが出るまでは絶対に妥協しないところとか、仕事をする時に相手が大切にしていることを汲み取る力とか、上手く言い切れないんですけど、本当にすごいんです」

「そっか・・・すごい人に出会えたのね。私は由愛ちゃんにピアノの楽しさを教えることができなかったから、ピアノの楽しさを由愛ちゃんに気づかせてくれた楓ちゃんには本当に感謝ね」

「そんなことないですよ」


由愛は真樹の言葉を否定する。


「私の演奏の基本というか、そういうのは全部真樹先生から教わったもので出来てるって気づいたんです。楓姉ぇは確かにすごいですけど、すごい感覚派だから真樹先生がレッスンで教えてくれた理論とかがとても役に立ってるんです。レッスンを受けてる時は気づけなかったけど、こうして楓姉ぇと一緒に曲を作り始めて真樹先生に教わったことの大きさがわかりました。といっても少し遅かったですけど・・・」


そう言いながら由愛は苦笑いする。


(・・・こんなこともあるものなのね)


生徒はずっと教室に通うわけではない。それぞれの環境の変化でいつかは教室を去ることになる。


中には真樹が上手くピアノの楽しさを教えれただろうか、と思う生徒もいる。しかしやめてしまった後の生徒のその後を真樹が知る由もない。


そんな真樹にとって先ほどの由愛の言葉はやめてしまった生徒の中でもひょっとしたら真樹の教えが生きているかもしれない、と思わせるには十分な物だった。


「・・・いいイベントにしたいわね」

「?もちろんですよ」

「よし、じゃあ更に良いイベントにするためにも、由愛に付いてるスポンサーの楽器店のスタジオとかで販促も絡めてやりましょう。理想だけでは食べていけませんからね」


澤村がウィンクしながら提案する。どんなこともお金がなければ話にならない。押さえるところは押さえる男であった。


「そんなこと可能なんですか!?」

「えぇ。というかむしろお願いされてるぐらいですからね。ぜひともウチの製品の販促をって。いい機会なんで一緒にやっちゃいましょう」

「な、何だか話が大きくなってきましたね···」


3人はそれからもイベントの成功のために話し合いを進めるのであった。



迎えた本番当日、とある楽器店に併設されたスタジオにてイベントが無事スタートした。


「本日はお集まりいただきありがとうございます」


司会と進行を担当する真樹が定型文な挨拶をする。


「今日はウチの生徒だったRaspberryの由愛ちゃんをお招きして、実際に演奏をしてもらったりみんなの演奏に意見をもらったりするイベントになっています。早速由愛ちゃんに登場してもらおうと思いますが、その前にいくつか注意事項があります。写真や動画の撮影などは控えていただき――」


真樹が注意事項を説明しているのを聴きながら、舞台袖で待機している由愛はちらりと観客席を覗き込む。


(・・・なんだか初ライブの時を思い出すなぁ)


壁も床も天井も一面黒で塗りつぶされた空間はよくあるライブハウス然としていて、由愛がRaspberryとして初めてライブをしたライブハウスのステージを想起させた。


あの時は隣に楓がいた。初めてのライブに緊張する自分を抱きしめ緊張をほぐし、導いてくれる存在がいた。


しかし今は違う。今日は一人で全員からの注目を一身に浴び、このイベントを乗り切らなくてはいけない。


もちろん緊張はしている。それでもこの1年間で積み上げてきた物や、ここにはいないが由愛の心の中に映る楓の背中が由愛へ緊張と対峙する力をくれる。


「それでは今日の主役をお呼びします!Raspberryのキーボーディスト由愛ちゃんです!」


真樹の言葉を合図に由愛はステージへと踏み出した。



真っ暗なステージの中、真樹は由愛が位置に着くのを待っていた。


段取りとしては真樹の言葉を合図にステージが暗転し、そのまま由愛のデモ演奏が始まるという流れになっている。暗転から演奏が開始するのはRaspberryのライブでお馴染みの演出らしい。


観客の歓声が落ち着いた頃合いを見計らい、1曲目の演奏が始まった。


元々はギターから始まる曲だったが、このイベントのためにイントロのギターがキーボードに置き換えられており、このイベントのための特別アレンジに観客は歓声を上げる。


(・・・すごい)


それが真樹の率直な感想だった。


リハーサルの時の確認作業の様な演奏とはまるで違う、ステージに上った時の由愛の演奏の変化に真樹は驚く。


もちろん技術的な面では由愛より上手く演奏できる自信がある。これまで鍵盤に触れてきた年数が違うのだから当たり前だ。


しかし上手に演奏することと観客を惹きつけるというのはまた違う。演奏が始まると生徒たちはあっという間に由愛の演奏を食い入るように見つめ始めた。それは生徒たちが由愛へ関心を抱いているからそうさせるのか、それとも音楽の才能がそうさせるのか、それとも弾いている姿自体が美しいからなのかはわからないが、真樹には出来ない芸当だ。


1曲目の演奏が終わったところで早速生徒の演奏と講評に移る。


「え~っと・・・一応今日は私のライブじゃなくてあくまでレッスン特別編ということなので早速みなさんの演奏を聴かせてもらおうと思います!」


由愛のデモ演奏パートと生徒の演奏&講評を分けてしまうのではなく、由愛のデモ演奏と生徒の演奏の講評を交互に行うことで参加している生徒を飽きさせないような工夫がされている。これも由愛の提案だった。


「というわけで、事前に伝えた順番で演奏をしてもらおうと思います。最初は佐々木さんから――」


真樹が1人の少女をステージに上げる。


「名前と年齢を教えてくれますか?」


由愛が少女に問いかける。


「佐々木志保・・・8才です」

「8才ってことは・・・小学2年生かな?」

「うん」


少しもじもじしながら答える少女に由愛は優しく笑いかける。


「志保ちゃんは何の曲を弾いてくれるのかな?」

「えーっと・・・『Heart』って曲の由愛ちゃんのパートを弾きたい、です」

「いいね!じゃあ、早速弾いてみてくれる?・・・って言っても、1人じゃ寂しいと思うし一緒に弾こっか?」

「えっ?あっ、はい!」


由愛は志保を席に座らせると、自分のキーボードを生徒が使用するキーボードの横に並べ、一緒に演奏ができる体勢を作る。


(・・・やるわね、由愛ちゃん)


元々は生徒が1人で演奏をし、それを由愛が聴くという想定だったが由愛は緊張気味の少女を見てすぐさま一緒に弾くやり方にシフトしたのだろう。元々今ステージに上がっている志保はすこし引っ込み思案なところがある子で真樹は心配だったのだが由愛が上手くカバーしてくれた形だ。


由愛の助けもあり志保は無事に演奏しきることができた。


「志保ちゃん私が8才の時よりも上手だね!」


演奏が終わるや否や、由愛は志保へ言葉を掛ける。


「ほ、ほんと?」

「うん、本当。すごくメロディラインを大事にしてるんだなって感じたかな。例えばこの部分とか、すごく音が鳴る長さとかを大事にしてる感じがしたよ」

「そうなの!由愛ちゃんの演奏を聴いて、私も歌う様な演奏が出来るようになりたいなって思って――」

「そ、そっか。ありがとう」


由愛は自身がRaspberryとしてある程度の知名度を獲得していることは知っていたが、こうして面と面を向かって自身の演奏へのリスペクトを語られるという機会は今まで無かったので、自身の演奏のどこがいかに素晴らしいかを語る志保を前に少し照れくさくなる。


「・・・ひょっとしたらこうした方が良いなーってとこが一つあるんだけど、良いかな」

「うん、どこかな?」

「今の志保ちゃんの演奏はメロディを聴かせたいっていうのはよく分かるんだけど、少しやりすぎてるところがあると思う。例えば全部の音を強調して弾いてたら、ちょっとやりすぎかなって気がしない?」


由愛が実際に演奏すると志保は由愛が言いたいことを理解したのか確かに、とつぶやく。


「自分の中で聴かせたいところを決めて、そこ以外はあえて抜くっていうのも大事だと思う。緩急っていうのかな。こんな感じで」


由愛は聴かせどころを意識した演奏を実演する。するとそれを聴いた志保は大きく目を見開いた。


「ね?さっきよりもいい感じでしょ?」

「は、はい!」

「よし、じゃあこんな感じで練習してみてね。今日は来てくれてありがとう!じゃあ、次の方~」


その後も由愛はスムーズに生徒たちの講評を(さば)いていく。


(たった一年でここまで出来るものなの!?)


アクシデントなどを想定してフォローのため由愛の横に控えている真樹だったが完全に杞憂だった。由愛は真樹の生徒の問題点を一瞬で見抜き、かつ本人が大事にしている部分を伸ばすようなアドバイスをしていく。


しかし真樹も驚いてばかりではない。生徒達の講評も終わり由愛が最後の曲の演奏に入るタイミングで真樹は隠していた秘密兵器を投入した。


「最後の曲に入る前に、今日はスペシャルゲストに来てもらっています!」

「「「「えっ!?」」」」


真樹の言葉に会場がざわめき始める。中でも一番驚いていたのは由愛でありまさか、と目を見開いている。


「今音楽業界でも最も注目を集めるアーティストの1人であり、新進気鋭のギタリスト!その名は――」


真樹がそう言った瞬間、ギターの轟音が(とどろ)いた。


その音は由愛が良く知っている音で、途轍(とてつ)もなく感情豊かな音で、そしてこの世で1人にしか出せない音だった。


「Raspberryの楓ちゃんです!」


真樹の言葉と共に楓がステージに姿を表す。突然のサプライズに会場は歓声に包まれた。


楓は由愛の方をちらりと見やると「してやったり」というようにニヤリと笑った。


楓はそのまま一言もしゃべらずに手を上げ、伴奏を流すよう合図をする。


演奏の雰囲気が、さっきまでと一変した。由愛が伴奏に合わせ1人で弾いていた時とは明らかに違う何かがそこには生まれていた。


(ば、バケモンだわ···)


楓がギターを弾くところを初めて見た真樹は、心の中でそうつぶやいた。


由愛のソロでは自分の音をあえて後ろに下げる視野の広さ、ギターに詳しくない真樹でも一聴して楓の音だとわかる強烈な個性、ありとあらゆるジャンルを聴いてきたことが分かる縦横無尽のフレージング。ピアニストである真樹でも楓が上手い下手で語れるレベルを既に超越しているのが十二分に分かった。


何よりも、演奏することを心から楽しんでいることがわかる笑顔は、その場にいる者すべてを魅了した。先ほどまでステージを支配していた由愛が、楓が横に立つだけでまるで赤子のように感じられた。それぐらいの存在感を真樹は楓に感じたのだ。


演奏が終わると生徒たちは呆気にとられたのかしばらくの沈黙の後、大きな拍手で2人の小さな少女の演奏を称えた。


楓が歓声に応えようとマイクに近寄った時、その事件は起こった。


楓はいつもライブの際はギターとPCを接続するのにワイヤレスシステムを用いているが、今日はサプライズ登場の為ギターなどの機材をレンタルしたのでギターとPCをケーブルで接続していた。つまり、いつもなら無いはずの物があることをすっかり忘れていたのだ。


結果、楓は思いっきり転んだ。それはもう見事な(ほど)に。


沈黙が会場に再び訪れた。生徒たちも、その保護者達も、真樹も、由愛も突然のことに驚き固まってしまっていた。


そんな中楓はスッ、と立ち上がり何とか壊さずに済んだギターをスタンドに立てかけるとマイクを取った。


「えー、というわけで皆さま初めまして。Raspberryのギターを担当しています楓です」


しれっと自己紹介をする楓に、その場にいた者たち全員がこう思った。


(((こ、この人何も無かったことにするつもりだ――!!)))


「か、楓姉ぇ大丈夫?」

「大丈夫って何が?」

「いや、さっき転ん――」

「由愛、私はケーブルを踏んづけて転んだりなんてしてないよ。そうだよね?」

「アッ、ハイ」


笑顔でニッコリと笑いかける楓を見て、何かを悟った由愛はそれ以上追求するのをやめた。由愛は年の割に賢い少女なのだ。


かくしてイベントは無事(?)成功に終わった。もともとピアノ教室に通う生徒へ向けたものだったが楓の演奏に衝撃を受けギタリストに転向した子もいるという。


ちなみに由愛と楓がイベントで使用したキーボードとギターはイベント終了後に購入者が殺到したという――。



「「「「お疲れさまでしたー!!!」」」」


撤収作業も終わり、楓、由愛、真樹、澤村の4人はそれぞれ決まり文句で挨拶をする。


「にしても、楓ちゃんって明るい感じの子なのね」


真樹は楓の率直な印象を話す。


「真樹先生、楓姉ぇのことどんな子だと思ってたの?」

「いやー、もっとこう年の割に落ち着いてて、物静かな子なのかなーってイメージだったから・・・」

「あれ?なんか遠回しにディスってないですか??」

「いや、的確だよ。すんごいおてんば娘でマネージャーの僕もいつも大変ですから」

「いや~澤村さん中々言うようになりましたね?今受けてる仕事全部ブッチしてもっと大変にしてあげても良いんですよ私は?」

「とかいって真面目な君はどうせ最後まできっちりやるからね。いや~残念だな~」

「ふ、2人ともその辺で・・・」


くだらない言い争い(直球)を始める2人をなだめるのがその場で最も幼い由愛であることに真樹は苦笑いしつつ、楓に聞きたかったことを尋ねることにした。


「ねぇ楓ちゃん」

「はい、何ですか?」


真樹の声に楓は振り返った。


「楓ちゃんが仕事をするときに一番大事にしてることを――教えてもらえないかしら」


真樹が会ってきた人の中で、楓は規格外のことを成し遂げた人物である。歌の無いインスト楽曲で日本のみならず海外のチャートでも首位を獲得し、ギターのセンスは著名なミュージシャンからは「すべてのギタリストを過去の物にした」と言わしめる程だ。しかもギターは彼女の能力の一つに過ぎず、デザインや3Dアニメーションまでこなすという。しかもそれを14才で、だ。


そんな少女と自分の共通点は音楽と、仕事をしているということ。音楽は正直言って先ほどの演奏を見てレベルが違いすぎると感じたので楓が仕事をする時に何に重きを置いているのか知りたかったのだ。


「ここですよ、ここ」


楓は真樹の問いかけに自分の胸を叩いた。その様子を見た由愛と澤村はふっ、と笑う。


「・・・ここ?」

「気持ちってことです。あぁしたいとかこうしたいっていう自分の気持ち。それをどれだけ込められるかってことが大事かな、と。まぁちょっとステレオタイプで体育会系な考えかもですけど」


そう言いながら楓は照れくさそうに頬を掻く。


「ほなボチボチ行きますか」

「そうですね。じゃあ真樹先生、また機会があったら!」

「ありがとうございました、真樹先生ライブも見に来てくださいね!」


3人はそれぞれ会釈をしながら車に乗って去っていった。

窓から手を振る由愛と楓に手を振り返しつつ、真樹は呟いた。


「気持ち、か・・・」


仕事に気持ちを込めるのは当たり前かもしれない。少なくとも、この仕事を始めた頃の自分はもっと熱心だった様な気がする。しかし今の自分はどうだろうか。現にこのイベントを元々なるべく少ない労力でトラブルが起きないように(さば)きたい思っていたのは自分ではなかったか。


「・・・明日も仕事頑張りますか」


真樹は大きく伸びをして息を吐いた。空を見上げると、広がる夕焼けが昨日よりも澄んで見えるような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 続き待ってたんやで!!! 由愛ちゃんが人に教える、アドバイスするって初期から見たら成長したなぁとうるっときました。 このままのんびりと更新してくれたら嬉しいです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ