19 ぶちかまそうぜ
~前回までのあらすじ~
Raspberryとして今までで最大規模のライブが1週間前に迫ったタイミングで風邪を引いた大馬鹿者の楓!
リハーサルなどの楓抜きではどうしようもないと思える予定が控える中、楓の穴を埋める秘策をRaspberryのマネージャーである澤村は持っているようだ。果たしてその秘策とは・・・!?
◇
楓が風邪を引いた翌日、由愛とマネージャーの澤村、そしてサポートスタッフは大きめの練習用スタジオに来ていた。
病院に行った結果、楓は幸いにもただの風邪で何日か寝れば治るだろうということだった。ちなみに病院へ行った帰りに澤村が楓を自宅へ送り届けるとそこには風邪であることを隠し事務所へ行ったことへの怒りを静かに燃やしながらも笑顔を浮かべた楓の母、由紀が玄関で待っていた。
普段はその溢れる才能で周囲の人間を圧倒することが多い楓が恐ろしいオーラを纏いながら笑みを浮かべる由紀に完全に怯え委縮する様を見て澤村は川原家のヒエラルキーを察するのであった。最もあの雰囲気の由紀の前ではどんな人間も怖気づくだろうが・・・。
ちなみに楓が休養している間にこっそりパソコンなどで作業をしないよう楓の持っているデジタルデバイスの類は全て没収された。完全包囲である。
もともと楓と由愛は今日からしばらくライブの準備のため学校を休んでいたのでちょうど良かったといえば良かったのかもしれない。いや、やはり良くないだろう(反語)
スタジオ全体の準備も終わり、音を出せる状態になる。が、練習を始めようにも本来ならそこにいるはずの少女の空間がぽっかりと空いた状態である。
「えーと、澤村さん、これからどうすれば・・・」
「ごめん、もうそろそろ助っ人部隊が着くはずなんだけど・・・」
「助っ人部隊?」
「「「お待たせ!!!」」」
由愛と澤村のやり取りに応えるようにスタジオの入り口のドアを開く音が鳴り響き、数名の人影が入ってくる。
「あっ、皆さんは・・・!」
その人影の正体が分かると、由愛は驚きと喜びが入り混じった表情を浮かべる。
「姉御のピンチって聞いて飛んできましたぜ!」
「か、楓ちゃんがヤバいってことで恐縮ながら代わりに来ました・・・」
そこに立っていたのはRaspberryが初めてライブをした時に出演していたバンドの一つである「blue salt」のギタリストである俊介と楓がプロダクションを担当したバンド「LUPO」のギタリストである奈緒だった。
blue saltはRaspberryの初ライブに来ていた関係者の目に留まり事務所への所属が決まってからというものの順調に知名度を上げ、今ではすっかり注目の若手バンドの1つとなっていた。
既にお分かりの通り、澤村の考えた楓の代役がこの2人だった。
代役なんてギターが弾ければ誰でも良いだろ!と思うところだが澤村がこの2人を選んだのには理由がある。
まず2人が楓の熱心なフォロワーであるということだ。
俊介は初めてライブで楓のプレイを見た時から楓の演奏に惚れこみ楓のプレイを練習するようになったという経緯を持っている。そして奈緒はもともとRaspberryの大ファンでありRaspberryの楽曲をずっとコピーしてきたギタリストだ。
要するに俊介と奈緒はRaspberryの楽曲をすぐに弾くことができ且つ音の方向性も楓と似ているギタリストなのだ。
次に2人がプロレベルじゃなければ経験できない大きな会場での演奏経験があるということだ。
Raspberryはライブの際、ギターとキーボード以外は音源をそのまま流すスタイルだ。そのギターとキーボードも録音した時のセッティングのままPCから出力されるので音源そのままの音でライブをすることが出来る。
しかしながら会場によって響き方は変化するし、ライブに耐えうるほどの音量で鳴らせば普段スピーカーやヘッドフォンで聴いている時の聴こえ方とは当然変わってくるので元の音源をそのまま流せばいいというわけではない。
特にギターとキーボードはRaspberryの要なので重要な調整ポイントである。
そこで俊介と奈緒の経験が活きてくる。2人とも楓のフォロワ―であるがゆえに音の方向性も近く、音色の調整も楓の求める方向性と近いものへ持っていくことができるのでは、と澤村は踏んだのだった。
さらに2人とももともと自分たちでオリジナル曲を作っていた人間であり作曲ソフトを使ってのギターの音色の調整においてある程度の知識があるというのも理由の1つだ。
従って澤村の人脈の中でも俊介と奈緒はこの上なく楓の代役に適任であり、2人も楓への恩を感じていたこともあって澤村からのリハーサルの代役依頼を快諾したのだった。
「俊介さんと奈緒さん!2人が楓姉ぇの代わりにリハしてくれるんですね!でも、blue saltもLUPOももうすっかり人気バンドですし、スケジュール的に無理なさってるんじゃ・・・」
「いや、Raspberryから人気バンドって言われても嫌味にしか聞こえないッスよ由愛ちゃん」
「海外の総合チャートでその国のトップアーティスト差し置いて歌の無いインストで1位取るようなバンドだからなぁ・・・」
由愛の心配する言葉に対し苦笑いする俊介と奈緒。
「それに姉御のピンチとなれば動くに決まってるっしょ!他のメンバーも来たがってたんすけど来てもしょうがないしそもそも他に予定あるってことで皆からの差し入れいっぱい貰ってきたぜ!」
「Raspberryのオリジナルメンバーの由愛ちゃんとRaspberryの曲を弾けるなら役得・・・・じゃなくて、楓ちゃんにはレコーディングの時世話になったからな。苦しいときはお互いさまってね!」
そう言いながら差し入れを差し出す俊介とグッと親指を突き出す奈緒。
「俊介さん奈緒さん・・・ありがとうございます!めちゃめちゃ心強いです!」
「本当に2人とも忙しい中申し訳ない。助かったよ」
俊介と奈緒に頭を下げる2人。
「気にしない気にしない!というか俺らがこんなに有名になれたのも元はと言えばRaspberry目当てに来てた今のマネージャーと知り合えたからだし、これぐらいじゃ足んないぐらいっすけどね・・・」
「私たちもマネージャーの鳥山さんと打ち解けられたのは楓ちゃんのおかげだしな・・・。これぐらいなんてことないよ」
そう言いながら笑う2人。
「それよりさっさと始めようぜ。流石に姉御みたいには弾けねーけど、たまには姉御以外のギタリストとやるのも悪かねーと思うぜ?」
「それは確かにそうだな。あたしも楓ちゃんほどじゃないけど、Raspberryのガチファンのプレイみせてやるよ!」
こうして楓の代わりとして俊介、奈緒を交えてのRaspberryのリハーサルが始まった。ライブまであと5日を切った日であった。
◇
『お疲れ様。調子はどう?』
『ぼちぼちですね。ライブまでには絶対治ると思います。というか治します』
スタジオでの練習後、楓が休んでいる間の情報を共有するため澤村は楓へメッセージを送る。
『今日はスタジオでの練習だったと思うんですが、どうしたんですか?』
『楓ちゃんの代役をblue saltのギターの俊介君とLUPOの丹田さんに頼んだよ。2人とも楓ちゃんのファンでRaspberryの曲も日ごろからコピーしてるからってことで昨日の今日で助っ人に来てくれた』
『あーなるほど・・・その手がありましたか』
『ライブで使用するオケはLUPOのレーベルに所属してる編曲家さんが手を貸してくれて、リハに来てくれながら由愛ちゃんのアイデアを基にアレンジしてるよ』
『他にも結構色々あったと思うんですけど、そっちの方は?』
『一応全部何とかなってるよ。今まで知り合ってきた人を集めたメッセージチャンネルを立ち上げて楓ちゃんが風邪引いて困ってるのでヘルプ入れる人募集します、って書いたらめっちゃ人来てむしろ余裕ぐらい』
『えぇ・・・なんか申し訳ないですね』
『それどころかみんな是非手伝わせてくれ、って言ってくるぐらいだよ。もちろんギャラは払うつもりだけど・・・』
『マジですか。澤村さんめっちゃ人望ありますね』
(・・・全くこの子は)
普通なら風邪を引いたからといってこんなに大勢の人が、しかも自ら志願して手伝ってくれることなどそうそう無いだろう。
それはきっと彼らが楓と仕事をして楓という人間を好きになったからだと澤村は思う。
依頼した人にとって本当に為になるものを提供しようとする楓の姿勢はクライアントに必ず伝わる。報酬は大事だが、報酬以上に大切にしているものを持ち仕事をこなす楓の姿勢はいつしか関わる人々の心を温かくしていくのだろう。本人は全く自覚がないみたいだが。
『いや、こんなに色んな人が手を貸してくれるのは君のおかげだろう』
『・・・う~ん、そうですかね』
『僕はあんまり物事を断定的に言い切るのは好きじゃないが、それだけは断言できる。これは君が今まで築いてきた結果だよ』
『・・・澤村さんにしてはストレートな言い回しですね』
『・・・自分で言っといてちょっと恥ずかしくなってきた』
『まぁ、とりあえず・・・色々ありがとうございます。頼りにしてます』
『うん。そちらも安静にね』
『安静も何も、パソコンもタブレットもギターも事務所に没収されたらお手上げですよ。大人しくしてますって』
『はいはい』
(頼りにしてます、か)
澤村はアプリを閉じ端末をポケットにしまう。
「お疲れ様~」
「あ、お疲れ様です」
ドアを開ける音と共に所長である二階堂がコンビニの袋を提げて事務所に帰ってきた。
「おう、今帰ったとこか?」
「そうです。印刷物とか色々ありがとうございます」
「いやいや、気にすんなって。なんか飲むか?コンビニでいろいろ買ってきたんだわ」
ライブの準備においてスタッフ自身が使用したりする様々なプリントや掲示物なども今回は規模が規模なのでかなりの数になる。
運営や設営は基本的にプロモーターが準備してくれているのだがソルダーノレコーズ側が準備した方が早く確実なものもあり、そういったものはこちらで準備している。
しかし澤村は現状のところ手一杯なので、それを二階堂がフォローしているというわけである。ちなみに二階堂はこのレコードの代表なのだが人手不足なのでこうして現場を手伝うのは日常茶飯事であった。
「ありがとうございます・・・って甘いのばっかじゃないですか。二階堂さんこの前の健康診断血糖値ヤバかったんじゃなかったんですか?」
「今は忙しいから脳が消化してくれるさ、ハハハ・・・」
二階堂の都合の良い言い訳に冷たい目を向ける澤村。二階堂は慌てたように話題を変える。
「にしても楓ちゃんが風邪を引いたって聞いた時は正直終わったなって思ったよ」
「そうですね・・・」
「この1年ほとんどノンストップだったからな。むしろ今まで体調を崩さなかった方が不思議だったかもしれないな・・・。いってこのまえ中学2年生になったばかりの女の子なわけだし」
事情を知っている澤村は二階堂の言葉に「ははは・・・」と苦笑いで返した。
「にしても契約した時は『私たちは私たち、あなた達はあなた達でしょ』みたいな感じだったから、こんなにウチのために色々やってくれるようになるとは思ってなかったけどな」
「それは確かにそうですね」
ソルダーノレコーズと契約した頃の楓は由愛に害を成す気なら容赦はしないぞ、という雰囲気でここに所属して曲作ったりライブしたりはするけどそれ以上のことはしないぞというスタンスだった。
「色んな仕事をこなしていく内に変わったんですかね」
「どーだろ。でもお前の存在もでかいんじゃないか?」
「ぼ、僕ですか?」
澤村は思っても無かった意見を二階堂に言われて驚く。
「俺は初めて楓ちゃんと会った時からお前と組ませたら面白いかなって思ってたんだよ。楓ちゃんは昔のお前に言わせれば『持つ者』だろう?」
「・・・若い頃の話はいいじゃないですか」
「いや~あの頃のお前はほんと荒れてたよな~『俺は持たざるものだから持つ者の気持ちは分からない』とか言ってさ~」
「だ、だから昔の話はやめてくださいって!」
澤村が二階堂に口をふさぐよう促すも二階堂はどこ吹く風だ。
「まぁ冗談はさておき、本当に昔の話になったよ。Raspberry担当って決まってすぐにお前から『1年後に1万人規模のライブやりたい』って言われた時はどうしようかと思ったし、どうしたんだと思ったよマジで」
1万人規模でのライブをやるぞ!といっても当たり前だがすぐに出来るものではない。
そういった大きな会場は少なくとも1年以上前から押さえておく必要がある。ということは本来そういったライブをやるのであれば1年以上前から色々なスケジュールを組んでおく必要があるわけであり、それを考えると今回のRaspberryのライブがいかに無茶だったかわかるだろう。
そしてもっと言えばRaspberryは日本よりも海外での評価が高く、しかも歌の無いインスト楽曲のユニットである。
そんなバンドが1万人規模のライブを行って席を埋めることができるくらいに1年の間で成長できるかどうかという問題もあった。
つまりRaspberryの担当に決まった時点で澤村が1万人規模でのライブをする決断をしたというのはかなりリスクのある決断だった。
しかし二階堂はこれにGOサインを出した。
「僕が言うのもなんですけど、よくGOサインを出しましたね」
「まぁ、絶対行けるって思ってたしな」
「何か二階堂さんなりの根拠があったんですか?」
「まぁ、根拠っていう根拠は無かったな」
「えぇ・・・」
二階堂のふわふわした答えに困惑する澤村。
「根拠があるから確信した、っていうよりは澤村とRaspberryの3人なら出来るって信じてたってとこだな」
「えぇ・・・そんなんで大丈夫なんですか」
「そりゃそうだろ。人に何かを任せるっていうのは信じるってこととほぼ同義みたいなもんだしな」
「そんなもんですか」
「そんなもんさ。というわけで楓ちゃんが1日でも早く復帰できるように信じとくか」
「それは・・・信じるしかないですね」
2人は楓の風邪が早く治るように祈りつつも、作業を進めていくのだった。
◇
「ご迷惑お掛けしました!!!!!」
本番会場でのリハーサルの前日、ついに風邪が完治した楓は事務所にいたメンバーに頭を下げた。
「いやいや治って良かったよ」
「楓姉ぇ久しぶり!」
「ギリギリだけど治って良かったわ」
澤村、由愛、綾乃がそれぞれねぎらい(?)の言葉をかける。
「本当に治ったのよね?」
「いやいや治ってるって!ほらこの通り!」
そういうと楓はその場で飛び跳ねたり走ったりして自分が健康体であることを示す。
「いや~やっぱり睡眠って大事だね!ちゃんと寝れば免疫力も回復するし、睡眠をおろそかにする人はダメですよやっぱり!」
「君がそれを言うのか・・・」
寝ることの大切さに気付き睡眠の大切さを説く楓を冷めた目で見つめる3人。
「全く本当に反省してるのかしら?大体楓は――」
「さ、さぁ練習しましょうか練習!明日は実際の会場でリハですしね!」
「あ、コラ待ちなさい楓!」
綾乃が説教を始める雰囲気を敏感に感じ取った楓はスタジオへと駆けだす。綾乃もそれを追いかけて2人は事務所から出ていってしまった。
「・・・まぁ、あの調子だとすっかり元気になったみたいだね」
「そうみたいですね」
その様子を見つめていた由愛と澤村は2人でふふっと笑った
「おてんばリーダーも帰ってきたことだし、最後の大詰めに入りますか!」
「ふふっ、そうですね」
そうして2人も楓と綾乃の後を追い、スタジオに向かうのであった。
◇
そうして演者は演者の、運営は運営の、設営は設営の、音響は音響の、照明は照明のスタッフたちがそれぞれの役割を全うし全ての準備が整った。
本番前の今、楓と由愛はスタッフと共に楽屋で待機していた。
「うわ、めっちゃ人入ってるよ・・・」
楽屋に設置されたモニターには会場の様子が映されており、そこには会場を埋め尽くす観客たちが2人の登場を今か今かと待ちわびていることを感じ取れた。
「あ、こっちのモニターに楓姉ぇの横断幕映ってるよ!」
「えぇ・・・。アイドルとかのライブじゃないんだけどねぇ。一体どこの誰が・・・ブフォッ!?」
楓が由愛も指さすモニターに目をやるとそこには『GO!KAEDE!』という文字にカラフルな装飾を添えた手作り感あふれる横断幕を笑顔で掲げる商店街の皆がいた。
「あの人たち何してるんですか!!死ぬほど恥ずかしいんですけど!?というか店ほったらかして大丈夫なんですか!?」
「僕も驚いたんだけど、楓ちゃんのライブを鑑賞する為休業しますって言ったらお客さんも全員納得したらしいよ」
「えぇ・・・しかも2階席の壁に吊ってあるから誰の迷惑にもなってないし注意できない!」
平井靴屋や吉井手芸を始めとした商店街の皆も今日のライブのために駆け付けており、楓の晴れ舞台をしかと見届けようと全員気合の入った格好をしている。しかし気合を入れる方向をどう考えても間違えていると思い楓は苦笑した。
「あっ、楓姉ぇ関係者席にもいっぱい知ってる人いるよ!」
「そりゃ関係者席だから関係してない人はいないだろうけど・・・」
楓が目をやるとLUPOを始めとしたバンドや今まで一緒に仕事をした人達が座っているのが見えた。
「・・・こんなにいろんな人が来てると嫌でも気合い入っちゃうね」
「そうだね。・・・由愛ちゃん緊張してる?」
楓は由愛の顔を覗き込み問いかける。
「してるけど・・・してるならしてるなりにやればいいって分かったから。それにステージには楓姉ぇもいるし、来てくれてる人たちもみんな私たちの演奏を聴きに来てくれてるわけで、別に敵じゃないからね」
「・・・そっか」
楓は由愛と始めてステージに立った時のことを思い出す。
(あの時はガッチガチに緊張してたのに、本当にすっかり成長して・・・)
楓は自分の小さいパートナーの成長に思わず笑みが溢れる。
「あれ?楓姉ぇなんで笑ってるの?」
「いやぁ別に?初めてのライブの時から成長したなぁって思ってね」
「なになに、初めての時って何かあったの?」
「そっか綾乃は知らないのか。初ライブの開演前の時なんて由愛ってばガッチガチに緊張しちゃってさ― ―
」
「む、昔のことだもん!」
「ハイハイそろそろ出番ですよお嬢さん方」
本番前にも関わらず和気あいあいと話す3人の間に入るように澤村がステージへ向かうよう促す。
「よし、じゃあ円陣組もっか!」
楓の言葉を合図にメンバー、スタッフ共に円陣を組み始める。
「よしっ、じゃあ掛け声を・・・どうしよう」
円陣が組み終わり全員が楓の掛け声を待つも、何を言うのか決めていなかった楓に全員がずっこけた。
「そんなのちゃんと考えときなさいよ!」
「いや〜よく考えたら考えてなかった。というわけで今回は由愛にお願いしようかな!」
「えぇ!?」
唐突な楓の振りに驚く由愛。
「えーっと、じゃあ・・・色々ありましたが、何とか今日を迎えられたのも皆のおかげです。そういうと月並みな感じですけど、Raspberryとして活動してきてこうしてライブをやるのも、曲を作るのも、それでお金を貰うのも、自分だけの力じゃなくてその後ろには本当にたくさんの人がいてようやく成し遂げられることなんだって気づきました」
その場にいる全員が由愛の言葉に耳を傾ける。
「曲を作ったり楽器を演奏するのが得意な人がいれば成り立つ世界じゃない。そういうことにこの年で気づけて、私は本当に幸せだなって思ってます。だから今日は皆さんが作ってくれたステージの上で、最高の演奏をしてきますので、サポートお願いします!」
「「「「「「おおおおおおお!!!!」」」」」」
全員で気合を入れ持ち場へ向かう。
楓はステージへ向かう前由愛の背中を見ながら、澤村に歩み寄る。
「・・・ねぇ澤村さん。私、このバンドやって良かったです」
「・・・奇遇だな、僕もそう思ってたとこだよ」
「前世じゃこんな気分になったことなんてなかったな。人が育つのを見届けるのって、こんなに嬉しい物なんて知らなかった」
「・・・もったいない死に方をしたね」
「・・・ほんとですね」
そうして2人揃ってふっ、と笑い合うと拳と拳をぶつけ合った。
「特等席で見させてもらうよ、最高のライブを」
「任せといてください。全ての席を特等席にしてやりますよ」
そう言うと楓はステージへと足を進める。
Raspberry過去最大規模のライブが、今幕を開ける――。
◇
この記事では先日行われた今までのRaspberryで最大規模のライブでありRaspberryとして最後の一年の幕開けと同時にスタートを切った全国ツアー最初のライブ「RazBeat!」のレポートを掲載する。
今まではあまり大きな規模の会場(といっても歌の無いインスト楽曲バンドとしては大きい規模だが)ではライブをせずむしろ曲作りの方に力を入れていたRaspberryだったが、活動終了まで残り1年という節目に発表されたこの大規模なツアーはファンを驚かせた。
Raspberryがレーベルと契約してすぐに「活動は2年間のみ」と発表し、かつ小さい会場で頻度の少ないRaspberryのライブは幻のライブとまで言われていた。
しかしRaspberryはもとより2年目からライブに力を入れていく算段だったからこそ1年目は本数が少なかったというわけだ。ということもあって私もRaspberryのライブを見るのは初めてであった。
会場はバンドが演奏するよりもむしろアイドルのライブ会場に近く、ステージが中央にあり周囲を観客が埋めているような形になっている。
ステージ中央からは数本の道が外側へ伸びており、観客との距離を少しでも縮めたライブをしようというRaspberry側の気持ちが伝わってくる。
この会場に入場した観客たちはそんな会場のセッティングにいい意味で予想を裏切られたのか、始まる前から既にテンションは最高潮だ。2人の登場を今か今かと待っている。
ステージが暗転し、アンビエントな雰囲気のイントロが流れ始める。いかにもRaspberryらしいイントロに会場中のボルテージが一気に上がる。
シンセサイザーにかかったフィルターが徐々に解除されていき、盛り上がりが最高潮に達すると同時にステージがライトアップされ、ついにRaspberryの2人が姿を現した。
そこにいたのは、2人の少女だった。
もちろんRaspberryが2人の少女からなるユニットだということはネットの情報から知っていた。しかしこの年でこれだけの曲を作ることができ、そして演奏することができるという事実が私の中で水と油の様に分離して、どこか信じることができなかったのだ。ネットの民たちが面白がって作った一種の冗談なのではないか、と。
しかしそれは真実だった。
1人は髪型で言えばボブというスタイルだろうか、物販でも販売していたパーカーにチノパンというシンプルな服装だがスラリと伸びた手足がそのシンプルさすらも彼女を際立たせる要素として機能している。
彼女こそがRaspberryのギタリストである楓ちゃんだ。一部のファンの間では「姉御」と呼ばれて親しまれている。(なぜ姉御と呼ばれているか知りたい方はぜひ調べてみて欲しい)
もう1人は肩よりも下まで伸ばした綺麗な黒髪が特徴の女の子で、彼女もまた物販で販売されていたパーカーに下はフレアスカートを履いている。
楓ちゃんとは対照的に女の子らしい(失礼)服装の彼女がキーボード担当の由愛ちゃんだ。
照明が2人を照らすと同時にそれまで静かだった曲調が一変し一気にロックなリフがメインの激しい曲調へと展開する。Raspberryの曲でこういったストレートなロックは珍しく、このライブの為に作られたイントロ用の新曲に観客は驚きと興奮が混じったまま熱狂する。
楓ちゃんはいつも愛用しているギターと共に、由愛ちゃんはこのイントロで使用するためだけに制作してもらったというショルキーと共に会場を駆け回り観客たちの前を走る。走りながらも演奏がブレないのは流石だ。
1曲目が終わり、ステージの中央に立つ2人。このままMCが始まるのかと思いきやなんと楓ちゃんがギターでしゃべり始めたのだ。
これを読んでいる読者の方は意味が分からないかもしれない。実際書いている私自身も文章に起こすとそのあまりにもおかしさにただ笑うことしかできないのだから無理もない。
もちろん、ギターで言葉を話せるはずがない。しかし楓ちゃんは様々なテクニックを駆使しまるで人が話しているような錯覚を起こさせる離れ業をやってみせたのだ。
こうして楓ちゃんのギターと観客とのコール&レスポンスという世にも不思議な光景からそのまま楓ちゃんのアルペジオから始まる「Before the Dawn」が始まる。爽やかでアップテンポなライブ序盤の定番ナンバーに観客たちは大盛り上がりだ。
一聴するとギターのアルペジオとピアノが絡み合う爽やかな曲なのだが実は変拍子が多用されているこの曲。コピーしようとして泣かされた楽器経験者の方は多いだろう。
2曲目が終わったところでようやく本人たちの声によるMCが入る。来場した観客たちへの感謝の言葉から始まり、年齢や楽器の演奏歴、2人の出会いからRaspberryの結成話などネットなどでファンからの疑問に答えていく。
演奏中はまるで別世界の住人のようなオーラを纏う2人だが、こうして話している時は年頃の少女といった感じでそのギャップがまたファン達を魅了するのだろう。
MCもそこそこに3曲目の「Mind」が始まる。
この曲ではついに曲からギターパートが無くなってしまった。この曲で楓ちゃんが演奏しているのは「デジタルギター」だ。
ギターの形を模してはいるがギターでいうボディの部分はタッチスクリーン、ネックの部分はパッドボタンとなっており、これらを操作し音楽ソフトの楽器をコントロールする。使用者のアイデア次第で無限の可能性を秘めた演奏コントローラーだ。
・・・と言ってもこのデジタルギターは世界に一本しかない。なぜなら、驚くことにこのギターを作った製作者こそが楓ちゃんだからである。
デジタルギター、というのも世間が勝手につけた名称で正式名称は特にない。楓ちゃんがライブで使用し始めたことでこれを欲しがる人が続出し現在では様々なメーカーが製品化するために交渉を進めているという話なので我々の手に届く日も近いのではないだろうか。
そんなデジタルギターから生み出されるサウンドを存分に生かしたこの曲はまさに未知の体験だ。今まで無かった楽器で今までなかった音を奏でるという体験に自分は今まさに新しい時代の1ページを体験しているんだという感覚を感じた。恐らく会場にいた他のファンも同じことを感じただろう。
デジタルギターからエレキギターに持ち替えスローテンポでメロディで聴かせる「Heart」、由愛ちゃんの機械のように正確なコード弾きが味わえる「Friends」と曲が続いていく。
そしてそのまま「Twilight」へ。楓ちゃんと由愛ちゃんがイントロを奏でた瞬間会場を大きな歓声が包む。
この曲はRaspberryが初めてアップロードした曲であり、同時に由愛ちゃんが初めて作曲した曲でもある。いくら楓ちゃんのサポートがあったとは言え当時9歳の小学生がこの曲を作ったというのだから驚きだ。
そしてこの曲がライブでここまで盛り上がるのにはもう一つ理由がある。そう、ギターソロだ。
この曲はギターソロで終わる曲だが、そのソロの中盤でなんと楓ちゃんはピックを捨て片手でギターを弾き始めるのだ。
この演出はファンの間では有名で、ライブに行ったことのないファンですら知っている程だとか。
このライブでもソロの途中、観客席にピックを投げると楓ちゃんは片手でソロを弾き始める。空いた右手で観客とコミュニケーションを取りながらギターの指板を駆ける左手は人間の指の可能性を感じさせる。
まるで何か違う意思を持った生物のように動く彼女の左手はネット上で「タランチュラ」と呼ばれており生でそれを見た観客たちは大興奮だ。左手だけがスクリーンにドアップで抜かれるアーティストも珍しいだろう。
曲が終わると由愛ちゃんが楓ちゃんのもとに歩み寄り、楓ちゃんの肩に掛かったギターを取り外す。
何をするのかと思い見ていると、由愛ちゃんは何故かギターのストラップの長さを短く調整し再び楓ちゃんへと掛ける。
この一連の流れだけで何故か大歓声の起こる会場。・・・そう、このルーティンが行われるということは「22 carat」が来るということだ。
この曲はギターの高いポジションを多用するため、楓ちゃんが普段演奏するギターの高さでは手が届かない。
なので毎回ライブでは演奏前にストラップの長さを調節してから演奏を開始するのだがその結果ギターの高さを調節するイコールこの曲が来る、という図式が出来上がっている。
ミスの目立つクリーンなサウンドにも関わらず一切ミスタッチなく音の洪水を放つ楓ちゃんのギターとパッド型のコントローラーで様々なサウンドエフェクトを自在に操る由愛ちゃんの組み合わせは重たい音が一切無いにもかかわらずまるでフェスの様に観客を躍らせる。その不思議な魅力に惹かれた海外の著名なDJ達がこの曲の様々なリミックスを作るムーブメントが起きたのは記憶に新しい。
そのまま由愛ちゃんの80年代を思わせるシンセサイザーの音から始まる曲「Disco Boy」が始まる。これまた昔を思い出させるようなシンセベースが乗っかり、古き良き時代を取り入れつつそれらを再構築した様な名曲だ。
メタルの要素を取り入れた「Kinda Baby」、やスイングジャズの要素が入った「Blue Beat」、オーケストラチックな「Mint Rhapsody」ボサノヴァチックなパートのある「Take it in」などRaspberryの曲はとにかく幅が広い。彼女たちの曲は時にジャンルを、時に時代を行きかい我々にまだ見たことのない景色を見せてくれる。
そして由愛ちゃんが「次で最後の曲です」とライブが残り一曲で終わることを告げる。Raspberryのライブにアンコールは無いので本当にこれで最後ということ観客は分かっていながらも「えー!」という声が噴出する。
その声に楓ちゃんと由愛ちゃんが苦笑しつつ、ライブの最後の定番曲「Snowdome」が始まる。アウトロのソロの掛け合いは完全に2人のアドリブなのだが、テンションに任せて突っ走る楓ちゃんのソロに理論派の由愛ちゃんが段々と引っ張られていくのが見ていて楽しい。
こうしてツアー最初のライブはファンの歓声と共に幕を閉じた。
その素性があまり明らかになっていなかったRaspberryの2人による生演奏、そして音源を遥かに超えたクオリティのプレイ。Raspberryは今までネットを通して自身の世界観を表現してきて、バーチャル上での存在としてのイメージが強かった節があったが今回のライブでその認識は一新された。
バーチャル上でのRaspberryの魅力はむしろ彼女たちの持つ輝きの本当に一部だった。ネット上では魅力的だが実際は・・・という様なアーティストが多いこの時代に彼女たちの様なアーティストは本当に貴重だ。
そんな彼女たちのライブを見れるチャンスも残すところあと1年だ。Raspberryのファンはもちろん、行こうかどうか迷っている方もこの機会を逃さずに是非自身の目で彼女たちの輝きを見て欲しい。きっとあなたも今までに感じたことの無い何かを感じることができるはずだ。
(取材・文:堀田あきら)
描きたいことに対して自分の経験が追い付かなくなってきたので、更新が非っ常にスローペースになりますがお許しください・・・(もうすでにスローペースだろ!と言われたら何も言えない)




