18 サイド・バイ・サイド
「じゃあ次のカット行くんで、ちょっと構図だけ一緒に確認してもいいかな?」
「「はーい」」
監督と一緒にモニターで構図の確認に入る楓と由愛。
楓と由愛はRaspberryの新曲のミュージックビデオの撮影をスタジオで行っている。今までRaspberryのミュージックビデオは全て楓が担当してきたが今回は自分以外の人間に監督を任せ、しかも実際に自分たちが演奏しているミュージックビデオを撮ることにした。
Raspberryはあと少しで活動開始から1年が経つ。それはつまりもともと2年間限定のユニットとしてスタートしたRaspberryの活動期間が残り1年であるということを意味する。
最初の1年はもちろんライブなども行ったがそれよりも曲作り優先で進めてきた。そして最後の1年は今まで作ってきた曲で日本中を回るツアーを敢行する、というのが前々から話し合い決めてあった筋書きだ。大きな会場は1年以上前から場所を押さえておく必要があるため、こういう流れになっている。
そして記念すべき1周年の日に新曲をアップロードする。そのミュージックビデオはなるべく衝撃的なものが良いよね、ということで「今まで隠していた自分たち自身を被写体にする」という由愛のアイデアが満場一致で採用された。ただし映すのは首から下のみだが。
「ちょっと撮ったカットのチェックに入るから待っててもらっていい?」
「「はーい」」
監督たちが撮影したカットをチェックするということでしばらく待機することになった楓と由愛。
「にしても色んな小道具があるねぇ」
「すごいね、おもちゃからスポーツの道具まであるもん」
「おー、バドミントンのラケットとシャトルまであるよ」
楓と由愛がスタジオに併設された道具倉庫を見ていると同行していたマネージャーの澤村がバドミントンのラケットとシャトルを手に取る。
「あれ、澤村さんひょっとして昔バドミントンやってたんですか?」
「あぁ、中学生の頃ね。そんな本気の部活じゃなかったから遊び半分みたいなもんだったけど」
「どうでもいいけど楓って運動神経悪そうよね?」
「ブフォッ!?」
綾乃の唐突なディスに吹き出す楓。ちなみに綾乃はマネージャーの本田と共に事務所をやめ楓たちのいるソルダーノレコーズへ所属することとなった。移動の理由は楓へ弟子入りし技を盗みいつかは楓を超えるためらしい(?)。今日も色々な現場を見て勉強するという名目でこの撮影に同行している。
「あーでもわかるな。身体能力は高いけど運動神経は悪いみたいな?」
「そうそう。エンジンはF1なんだけどシャーシは軽自動車、みたいな」
「なんで私が運動してるとこ見たことないのに澤村さんも綾乃も私がスポーツできない奴みたいな言い草なの!?」
「楓ねぇ、人にはそれぞれ得意なことがあるから気にしなくていいと思」
「やってやろうじゃねぇかよこの野郎!!!!」
由愛の言葉に食い気味で反応しつつ、楓はバドミントンのラケットを澤村からぶんどるのであった。果たして楓の運動神経やいかに。
◇
「はぁ、はぁ・・・こんなバカな・・・こんなバカなぁぁああ!?」
「なに覚醒した主人公の力に圧倒される悪役みたいなセリフ言ってんの」
床に跪きながら叫ぶ楓を見下ろす綾乃。
結果から言うと、楓のバドミントンセンスは皆無であった。
リターンはおろかサーブすらできない始末。終いにはバドミントン初体験の由愛に右に左に走らされ完全に遊ばれていた。哀れである。
「もう一回!次やったらいけるから!!」
「いや、もう映像のチェック終わったから次のカットの撮影だよ・・・」
「ちっ、命拾いしましたね。次やる時は目にもの見せてやるから覚悟しといてくださいよ・・・」
「これだけ大敗を喫してリベンジする気なのか・・・」
捨て台詞を残しながら撮影に向かう楓と由愛。
「全く、弟子入りして1ヵ月経ったけど未だにあの子のことがよくわからないわ。とんでもない離れ業をやってのける時もあればさっきみたいに小学生みたいになる時もあるし」
「ははは、それは僕もそうだったな」
カメラに囲まれ演奏する2人を眺めながら綾乃と澤村は会話をする。
「・・・澤村さんは、楓のことどう考えてるの?」
「どう、とは?」
綾乃の幅を持たせた問いに真意を問う澤村。
「だってあの年であれだけ色んな事があのレベルでこなせるって異常じゃない?」
「そうだね」
「気にならないの?」
「別に?」
当然の様に答える澤村に、綾乃は問いかけることを止める。
「もちろん彼女から教えてくれるなら知りたいけどね。ただ、僕にとって大事なのは彼女の力は多くの人の助けになるってこと。そしてそのために彼女をサポートして、より多くの人を助ける手伝いをするのが僕の仕事ってわけ。それに才能が大きければ大きいほど色々大変だから、サポートする人がいないとね」
「色々大変って、具体的にどういうこと?」
「・・・まだ分からないなら、まだ知らなくていいってことさ」
「・・・大人はすぐそういうこと言う」
「はは、ごめんごめん。で、最初の綾乃ちゃんの質問に答えるなら『惚れてる』かなぁ」
「ブフォッ!?」
唐突な澤村のカミングアウトに吹き出す綾乃。
「そ、それは異性としてってこと?」
「いや、違うよ(笑)。どっちかというと『魅せられてる』っていう方が近いかな。彼女の才能や人間性にね。でも、綾乃ちゃんもそうなんだろ?」
「・・・まぁ、ね。だからこそ弟子入りして、いつか超える目標にしてるわけだし」
「楓ちゃんを超えるのはさぞかし大変だろうなぁ。なんせ本人まだまだあれから成長するわけだし」
「楓が一生成長し続けるならこちらとしても願ったり叶ったりよ。だってそれって私も一生勉強しないといけないってことだもん」
「・・・左様で。まぁお互い頑張りますか」
「・・・そうね」
何となくお互い通じるところがあるなと思った(?)2人はこれからの道のりにため息をつきつつ、どこか楽しそうな顔をしながらミュージックビデオの撮影を眺めるのであった。
◇
「こんな感じで行きたいんだけど、こういうのって製造受けてくれるとこあるのかな?」
「これならツテはあるねぇ。何千何万って毎月卸す必要があるわけじゃないんだろう?」
「うん」
楓はかつてパソコンなどのデジタル機器を教えた文子の店である吉井手芸店に来ていた。
楓の当然この世界の全ての物づくりを理解しているわけではない。特に布類に関してはちんぷんかんだ。
そういう時、楓の相談に乗ってくれるのが商店街のみんなだ。商店街には様々な種類の店が揃っているため楓のアイデアの添削から時には知り合いの製造先なんかを紹介してもらったりするのだ。もちろん商店街の人たちに相談しても空振りに終わる時もあるが・・・。
「2人とも、お茶飲む?」
「ありがとうございます!」
「おう、ありがとう」
文子の1人娘である佑子がお茶を出す。佑子は東京で働いているが今週末は連休ということもあって地元に帰ってきていた。
「にしても楓ちゃんが来てくれるようになって本当良かったわ〜。この人、楓ちゃんが来る様になってからすごい元気になっちゃってさ」
「こ、こら佑子!余計なことは言わんでいい!」
「この前も楓が来る様になってから忙しいわ〜とか嬉しそうな顔で言っ」
「あーあー言ってない言ってない。私はそんなこと言ってないぞー」
親娘同士の会話を聞きながら楓はこっそりと笑う。
店頭で商品を買うというスタイルがどんどんネットで物を買うことへ置き換わっている昨今、正直商店街の活気は寂しかった。業界大手ですら店舗を畳み続けている状況なので当たり前ではあるが。
楓が物販を始めようと思ったのはもちろん楽曲制作だけでは大きな収入が期待できないこの時代で他に収入源を作るためである。
がそのうちの半分くらいは実は商店街のみんなに手伝ってもらって、少しでも活気を取り戻す助けになればいいなと思っていた。自分の負担は増えるが商店街のみんなの喜ぶ姿を見ていると自分の力でこういう風に役立てるならいくらでもやろうという気になった。
「何ニヤニヤしてんだい楓!調子乗ってると佑子が買ってきた激辛カステラ食わすよ!!」
「流れ弾ァ!!しかも激辛カステラって何!?誰も幸せにならないよそんなスイーツ!?」
楓と文子のやりとりを見ながらむしろこの2人が親娘みたいねと思う佑子であった。
◇
「あー疲れた・・・」
Raspberryの最初で最期のツアーが始まるまであと一週間。
ツアーが始まるにあたって切れる仕事は切っているがそれでもRaspberry自体の活動全ての管理からライブなどで使用する伴奏や映像の準備、更には物販関係の調整や綾乃への指導があるので忙しいことに変わりない。
特に一発目のライブは今まで経験したことのない1万人規模のライヴで、歌の無いインストバンドとしては破格の規模だ。流石にそれは前世を含めても未体験ゾーンである。
Raspberryのギタリストとしての役割以外は丸投げすれば良いのでは、と思うところであるが楓は自分ができるのなら自分がやるべきだと思っていた。
その理由の一つが売り上げだ。いくらRaspberryの楽曲がネットやアプリで沢山再生されたからといってそれだけで億万長者というわけにはいかない。
以前「事務所をクビになっても構わない」と口では言った楓だったが内心ではそう思っていない。
ソルダーノレコーズはお世辞にも大きな事務所とは言えない。従って現状この人がいれば安泰と言えるようなアーティストもおらず、稼げる人が稼いでおかなければ才能ある事務所の若手が割りを食うことになるだろう。
そしてお金を稼ぎに行くと決めた以上自分が納得出来るものを受け取り手には提供したいし、一緒に活動する由愛へ色々な業界があることを知って欲しいということもあって楓自身が色々な業務をしようと思ったという理由もある。
「・・・結構疲れ溜まってんねぇ」
自分の部屋のベッドで仰向けになると、疲れがどっと押し寄せてきた。
(・・・前世の頃はこれぐらい日常運転だったけど、流石に中学生女子の体にはキツイか)
ついつい前世の頃の感覚で物事を進めてしまうが体は中学生の女の子である。
体の限界量も違うし、生理もある。にもかかわらず成人男性の体だった頃の感覚で仕事を受ければ体が持たないのは自明の理だろう。むしろこれまで体調を崩さなかった方が奇跡かもしれない。
楓がギターしか弾けない少女だったら良かったのかもしれないが、なまじ色々なことができてしまうことが楓の体を限界に追い込んでいた。
(・・・今日はもう寝とこう)
時計の針は0時を指そうというところだ。まだ作業したいところではあったが楓は体を気遣い就寝することにした。
◇
「すいませんでした!」
「いや、気にしなくて良いよ。元からそういうことも見越して俺の方で練った案あるから、それと原君のアイデアをブレンドしてもう一案出してみよう」
「はい!」
俺は後輩に対してそう声をかけた。
(・・・結局俺が自分でやるのと変わんねぇんだよな)
今度出る新作ゲームタイトルのプロジェクトリーダーである俺は全体のディレクションが名目上は役割となっている。
しかし実際は現場の仕事のクオリティに不満を感じたり今回の様に後輩のアイデアが役職者からイマイチな反応を貰った場合ほとんど自分で考え直した物を再提出したりしている。
最近とある上司に周りをなるべく使ってくれ、とよく言われるがはっきり言って面倒だ。その人の力量や性格を考慮し、頼む仕事を考えたりしなきゃいけないわけでそんな時間があるなら自分で作業を進めた方が効率も良いと思うし、大体自分にこういう考えがあるからこういう風にやらせてくれ、と直談判できるくらいの気概が無いんだったら周囲を納得させるアイデアなんて出るはずも無い。
要は自分の出来ることを人に頼む理由が俺にとってはよく分からなかった。
(エンジニアとかだったらまだしも、アイデアを出すってのは自発的行為なんだから教えれるもんじゃないだろ)
大方、自分がずっと手を出してたら後輩が育たないって意味合いなんだろうが口で教えられることと教えられないことがある。スケジュールっていうものもあるんだからあんまりもたつかれてもこちらとしては困る。
俺が行き着いたやり方が人に頼みはするが自分もアイデアを考えておきいざとなればそれを使うというものだった。
(いつか、俺も素直に人にお願い出来る様になるんかね)
この調子だとだいぶ先だろうなと俺は思った。
◇
「・・・夢か」
それは久しぶりに前世で仁科奏としてゲーム会社にいた頃の夢だった。
(懐かしいな。転生しても前世の夢を見るもんなのか)
その事実に何となく笑いつつ、体を起こすと頭に痛みが走った。
(・・・風邪か?)
案の定、楓はガッツリ風邪をひいた。
(寒気と頭痛がひどいな・・・。咳があんまり無いのが不幸中の幸いかぁ)
今日は休日なので学校は休みだが、来週に控えたライブの打ち合わせと練習がある。他にも色々と進行していることがあるので事務所に行かないわけにはいかなかった。
(まぁ2、3日もしたら治るでしょ。若いし)
楓はマスクを着け、出かける準備を始めた。
◇
「お疲れ様でーす」
楓が事務所に着くと、澤村が1人デスクで作業していた。
「おはよう楓ちゃん。早いね」
「いやいや澤村さんの方こそ休日出勤お疲れ様です」
「それは楓ちゃんもだろう?・・・あれ、マスクしてるけど風邪かい?」
「いえ、予防です。このタイミングで風邪ひいたらまずいですからね」
さらりと嘘をつく楓。
「「おはようございまーす」」
楓と澤村が話していると由愛と綾乃がやってきた。
「あれ、楓風邪ひいたの?」
「いや、予防でマスクしてるだけだよ」
「・・・ふーん」
先ほど澤村とした会話を綾乃とする楓。
「全員揃ったし、ぼちぼち打ち合わせしよっか」
澤村の言葉を合図に全員がテーブルに集まり、来週に控えたライブの打ち合わせが始まった。
(まずいな、症状が悪化してる気がする・・・)
朝は気合で何とかなると思ったがいざ事務所に来てみると思った以上にしんどい。
頭痛も寒気も朝起きた時よりひどくなっている。正直風邪であることを隠すことで精いっぱいだ。とはいえこの会議やこれから楓にしかできない作業はまだまだ沢山あるので何とか耐えるしかない。
「――えで、楓ちゃん?」
「あっ、はい」
「大丈夫?何だかボーっとしてたみたいだけど」
「すいません。えーと、何でしたっけ?」
「・・・楓、あなた本当に風邪ひいてるんじゃない?」
綾乃が訝しむように楓を見やる。
「いや大丈夫大丈夫。全然風邪じゃないから。全然健康体だから」
「いやいや、楓が打ち合わせでボーっとするなんて今まで一度も無かったし、絶対おかしいって。ちょっとおでこ貸しなさい!」
「いや、本当に風邪じゃないって!」
「風邪じゃないなら何で逃げようとするの!由愛、捕まえて!」
「合点です!」
「し、しまったぁ!」
「隙あり!・・・って熱っ!!!」
綾乃が楓のおでこに手を当てた瞬間、あまりの熱さに声を上げる。
「楓あんた・・・どう考えても熱あるじゃない」
「・・・私、平熱が高いから」
「そんな小学生レベルの言い訳が通用すると思ってるの?何なら体温計で測って白黒はっきりさせても良いんだよ?」
「うっ・・・」
ジト目で見つめてくる綾乃から目を逸らす楓。
「・・・何で黙ってたんだい?」
澤村が楓に問いかける。
「・・・そりゃ、ライブ1週間前だから色んな打ち合わせも由愛との練習もあるし、色々な進捗の確認もあるし・・・」
「そんなの、他の人に任せればいいじゃないか」
「・・・じゃあ逆に聞きますけど、他の人に任せられるんですか?」
澤村の言葉に疲労と熱のせいか、いつもなら尖った感情を出さない楓が珍しく感情をあらわにする。
「Raspberryのリハーサルは私がいないとできないし、ライブで使う音源も映像も編集してるのは私です。今回のライブをお願いした施工会社さんのデザイナーとのやり取りも私がしてるんですよ?何か問題が起きた時に私の代わりにやっときます、なんて人がいるんですか?私と同じクオリティでギターが弾けて、音源が編集出来て、デザインソフトが使えて、外部とのやり取りができる人が?そんな人がいるならいますぐ――」
「もうやめて!」
楓の言葉を遮るように由愛が楓に抱き着いた。
「・・・楓ねぇにとって、そんなに私たちって頼りない?」
「いや、そんなことは・・・」
「楓ねぇが私たちのことを考えて色々やってくれてるのは知ってるつもり。でも、楓ねぇが私たちのことを思ってくれてるのと一緒で、私たちだって楓ねぇの役に立ちたいし、しんどくないか心配なんだよ?」
「そうよ。そりゃあ、楓と同じレベルの作業を1人で、なんてのは無理かもだけど・・・みんなで考えれば、何かしらのアイデアは出るって」
「2人の言うとおりだ。僕らもいるし、それに楓ちゃんが思う以上に助けを呼べば集まってくる仲間がいるはずだよ。それに別の視点で苦言を呈させてもらえば、風邪を引いたのにこうして事務所に来るのはいささか独りよがりな行動と言わざるを得ない。もしその風邪がインフルエンザなんかだったりしたらどうするんだい?最悪この場にいる全員にうつって全員ダウンだぞ」
「うっ、それは・・・。反省しております」
澤村にド正論を言われて押し黙る楓。
「とりあえず楓ちゃんの両親に電話して僕がそのまま病院に連れていこうと思う。数日で治る風邪ならいいけどひょっとすると違うかもしれないし、そしたら今後の段取りも変わってくるしね。保険証持ってる?」
「一応あります・・・」
「じゃあご両親に連絡するし、ちょっと横になって待っててくれる?」
「その前に・・・みんなに言っておきたいことがあるんだけど、いい?」
「うん、それはいいけど・・・」
楓の言葉に耳を傾ける姿勢を作る3人。
「私が・・・前世の記憶を持ってるって言ったら信じる?」
「「「えっ?」」」
楓の突然の衝撃的なカミングアウトに、3人は驚きの声を上げた。
◇
「私は前世の記憶、仁科奏って人の記憶を1年前に思い出した。そりゃあ普通に考えたらこの年でこんな風になるのはおかしいでしょう?」
ソファで横になりながら自嘲気味に楓が言う。
楓の言葉に驚き黙り込む綾乃と由愛に澤村が補足の説明をする。
「ひょっとしたら綾乃ちゃんは知ってるかも知れないけど、仁科奏っていうのはゲームクリエイターとして有名になった人だよ。プログラミングやモデリングなんかも全部自分でこなせる人で、BGMの制作まで自分でやってた。僕らの世代でクリエイター業というか、そういう仕事に付いてた人で彼を知らない人はいないぐらいの人だったよ」
「そういうこと。だからこの年でこれだけ色々なことができるのも当たり前ってわけ。・・・そんなことをずっと隠してて、ずっとズルしてるみたいな奴に、あなた達は力を貸そうって思うの?」
「思うさ」
楓の言葉に即答したのは、澤村だった。
「ぶっちゃけ、僕は楓ちゃんの前世がどうとかどうでもいい。僕は純粋に君の『想い』に共鳴しているだけだからね。僕にとって君の『想い』そのものが君に協力する理由だから、楓ちゃんの素性がどうとか
何でもいいさ」
「本当、楓は自分のこと勝手に自分で追い込みすぎ。それに・・・この百歩譲ってまぁそれがズルだったとしてもこの1年で楓が積み上げてきた物は本物でしょ?Raspberryのファンに、あなたに協力してくれてる商店街の人たちや業界の関係者とか。私みたいに、楓に影響を受けた人も沢山いるはずよ」
「あぁ、そして何より――」
澤村は由愛の肩に手を置く。
「楓ちゃんとこの1年間一緒に活動してきた由愛ちゃんの成長を見れば、僕は君がズルしてたとか、そんなこと全く関係ないと思うけどなぁ。ねぇ、由愛ちゃん?」
「うん。私は楓ねぇからこの1年で沢山の物を貰ったよ。本当に口じゃ言い切れないぐらい。だから、私も楓ねぇに色々あげたい。だって、私たち2人で『Raspberry』でしょ?」
由愛が満面の笑みでそう言う。3人の真っ直ぐな視線を受け、楓は感じることがあった。
(あぁ――そういうことだったんですか、坂本さん)
楓は、かつて仁科奏としてゲーム会社で働いていた頃やたら自分を気に掛けてくれた坂本という上司のことを思い出していた。
『仁科君、自分もっと人を頼りぃな』
『はぁ、一応頼ってはいるっちゃいますが・・・』
『今の自分のやり方は、頼ってるんちゃう。指示してるだけやん。君が設計図を書いて、下請けのメーカーにモノ造らしてるのと一緒やで。それじゃな、あかんのや。いつか本当に自分だけじゃどうしようもなくなった時に、地獄見るで』
『はぁ・・・』
(あの時は全然わかんなかったけど、わかりましたよ坂本さん。2度目の人生でようやくあなたの言いたいことが――)
楓は3人を見やり、口を開く。
「こんなギリギリになって申し訳ないけど・・・助けてください・・・」
「「「任せろ!!!」」」
事務所に澤村、由愛、そして綾乃の声がこだまする。
楓はその声を聞き届けると目を閉じた。今までの疲れと風邪での消耗もあり、そのままあっという間に眠りに落ちた。
◇
「・・・・楓ちゃんは完全に寝ちゃったかな?」
「うん。こうして寝顔を見てる分にはただの可愛い女の子なんだけどねぇ・・・」
すーすーと寝息を立てながら眠る楓を見つめながら、澤村と綾乃は会話する。
「・・・で正直、楓抜きで準備の方は大丈夫なの?」
綾乃が澤村に問いかける。
「ぶっちゃけると・・・かなり大変だね。でも策はあるし、こういう時のために僕も色々勉強してきたからね。何とかなるとかじゃなくて何とかするのさ」
「でも、曲の練習とかなんて楓ねぇがいないとできないんじゃないの?録音されたデータと練習しても伴奏の調整とかあるからやりづらいし・・・」
「そうよ。それに、その他にもライブで使う音源とか、映像とか、よくわかんないけどいっぱいあるんじゃないの?」
「もう1週間前だからそういう準備物は一応客前に出せる状態になってるし、そっちは大丈夫。問題は何かあった時にそれをソフトで修正できるかっていうのと、由愛ちゃんが練習する時の楓ちゃんの代役だね」
「あー!もう考えれば考えるほどあの子の代役なんてこの世にいないわよ!」
綾乃がうぎゃーと声を上げる。
「確かに彼女の代わりなんていない。1人で賄おうとすればね」
「誰かを頼るってこと?でも、そんな人なんていたっけ・・・?」
「いるさ。これから頼ろうとしている人達こそがまさに、この1年間で楓ちゃんが築き上げてきた証だからね」
そういうと澤村は寝ている楓を背負う。
「とりあえず、今日は由愛ちゃんも綾乃ちゃんももう帰ろうか。タクシー呼ぶし、それで家まで帰ってくれ。僕は楓ちゃんを病院に連れていくし。これで全員風邪ひいたら笑っちゃうけどね」
「それは・・・笑えないわね」
澤村の描く最悪のシナリオに苦笑いを浮かべる綾乃。
「澤村さんも、楓ねぇを病院に連れて行ったあとは帰るの?」
「いや、僕は協力してくれそうな人達に連絡を取っていこうと思う」
「協力してくれそうな人達って、ひょっとして・・・」
「あぁ。由愛ちゃんなら分かるだろう?」
澤村はにやりと笑い宣言した。
「見せてやろう。楓ちゃんに、彼女がこの1年で救ってきた人達の力をね」
そういうと、澤村は親指をグッと突き立てた。




