12 文化祭その2
~前回までのあらすじ~
ひょんなことから自分の通う中学校の学園祭ライブにギタリストとして出演することになった楓!しかし自分がギターを弾けることはバレたくない!でもバンドは楓の技術を必要としているのでなんとか出たい!そんな楓の悩みを解決するアイデアを楓の親友である葵は思いついたというが――?
◇
「名付けて『文化祭に突如現れたマスクを被った謎のギターヒーロー!?ギターマスク登場大作戦!』だよ!」
「ほらやっぱりね!!そんなこったろーと思ったよ!!」
楓の予想通り、葵のアイデアはやはりぶっとんだアイデアであった。
「いや、でもかなりいいアイデアだと思う。確かに正体を隠せるし、しかも被り物をすることで文化祭のお祭り感にも合った演出になる。楓、この作戦しかないよ!」
「史織はただこの状況を楽しんでるだけだよね?私に被り物を被らせたいだけだよね?」
想像すらしていなかった天才的アイデアに驚きを隠せない参謀、みたいな風を装って葵のアイデアに便乗する史織だがただ単に面白そうだから便乗してるだけだろう。史織はおとなしそうな見た目をしているが結構お茶目な所もある。ただ普段は周囲に「大人しい少女」という面しか見せていないので、この一面を知っているのはある程度史織が心を許している人のみだが・・・。
「まぁ、百歩譲って被り物をするとして、何を被るのがいいかな?あっ、私としては無難に――」
「そこに関しても私に良いアイデアがあります」
「あれ?葵さん、そのセリフなんだかさっきも聞いた気がするよ?デジャヴかな?」
◇
「どうしてこうなった・・・・」
文化祭の準備も進み、校内も段々と文化祭の雰囲気になってきた。
そんな中、楓はとあるキャラクターのコスプレをしていた。
「似合ってる、似合ってるわよ川原さん!」
数学担当の藤沢先生が興奮した様子で感想を述べる。この格好に似あうも何もあるんだろうか、と楓は思う。
楓の記憶が目覚めて間もない頃、数学の藤沢雪穂先生に資料の作り方のアドバイスをしたことがある。
資料を作るソフトの指南から文章の内容、使用する画像の配置や効果的な配色など簡単にグラフィックデザインのさわりを伝えたのだが、その時に数学に少しでも親しみを持ってもらおうと藤沢先生が考え出した可愛いとも気持ち悪いとも言えない絶妙なバランス感覚(?)のマスコットキャラ「スーガくん」はまぁそのままでも良いか・・・と楓はスルーした。
「数学のプリントに出てくるクッソ微妙な藤沢先生のオリジナルキャラ」として学校内である意味有名(?)であるこのキャラに扮する、というのが葵のアイデアであった。
何でもネットであっという間に拡散するこの世の中で版権の絡んでくる有名なキャラクターを着ぐるみに使えば何かしらのトラブルが起きる可能性は拭えない。その点スーガくんであればすべての権利は藤沢先生に帰属するし、スーガくんを知らない生徒はこの中学校にいないというまさにうってつけのチョイスである。ガッデム。
スーガくんの使用許可を考案者である藤沢先生に相談しに行った際、「ついに私のスーガくんの良さを分かってくれる子が現れたのね・・・!」と大層お喜びになった藤沢先生はその勢いのまま「そういうことなら衣装も私が作っちゃうわ!実は私裁縫も得意なの!」とおっしゃりだしやがる始末。
トントン拍子に話は進み、ついに今日衣装が完成したというわけだ。しかもビックリするほど完成度が高く、オリジナルの持つあの何とも言えない雰囲気を完全に再現してしまっている。なぜベストを尽くしたのか。
「うん、いい出来ですね!」
「ぶふっ・・・似合ってるよ楓・・・ふふ」
「もう史織笑いこらえてるよね?ねぇ?ていうか『ギターマスク大作戦!』って言ってたけどマスクどころか全身着ぐるみだよねコレ?ねぇ?」
素直な感想を言う葵と笑いをこらえる史織。
「じゃあ、私はバンドの練習行くから(ヤケクソ)」
「「「いってらっしゃーい」」」
とりあえず衣装を脱がせてもらい、軽音部の部室へ向かう楓であった。
◇
「なんか、だいぶいい感じになってきてない?」
録画した練習風景を見ながら、バンド「ダダダ団」のボーカルである原田芽衣は感想を口にする。
バンド名の由来は結成時のメンバーである3人の苗字に「田」という文字が入っているので「ダダダ団」になったらしい。
「うん、全体の音量のバランスも良くなってると思う」
ギター担当の東田光樹も同意を示す。
「演奏は良い感じだし、そろそろ曲順とか演出も考える?」
ドラム担当の西田俊彦はバンドの成長に手ごたえを感じ、セットリストなどを考える提案をする。
「・・・」
ベース担当の佐原瀬奈は無口な子なので無言であるが首を小さくうんうんと振り同意を示している。
「で、問題はやっぱり・・・・」
ボーカルの芽衣がそう言いながら楓の方を見てくる。すると楓以外のメンバーも全員楓の方へと視線を向ける。
「「「「楓ちゃんかな」」」」
「Oh...」
バンドの現状の問題点は、楓であった。
◇
楓はすでにプロのアーティストとして契約しており、その実力は中学生のバンドにおいて申し分ないはずである。ではなぜ今問題になっているのか。
それはスーガくんの衣装を着た状態で演奏しなければいけないことである。
「やっぱり、被り物をしているせいで楓ちゃんの感情の起伏がわかりにくいのよね」
バンドというのは演奏している際にも、動きだったりアイコンタクトだったりでコミュニケーションを取り合って演奏するものだ。
演奏を円滑に行うためでもあるし、何よりもその時の興奮を演奏しながら共有することにこそバンドの醍醐味がある、というのが芽衣の考えであった。
しかし楓が被り物をすることによって楓の表情やちょっとした動きが読み取れなくなってしまったため現状バンドメンバーはまるで演奏がめちゃくちゃ上手いロボットと一緒に演奏しているような錯覚に陥っていた。
「でも演奏自体は問題ないよね?ギクシャクするところも無いし」
ベースの瀬奈が疑問をこぼす。
「演奏が問題ないのは川原のリズム感が抜群に良いからだ。演奏が正確でテンポに忠実ならオッケー、って話なら機械が演奏するのと変わらない。原田が言いたいのはその先の世界を見たいってことだろう」
ドラムの俊彦が芽衣の言いたいことをより深く掘り下げる。
「そうなんだよね。やっぱり全員を感じながら私は演奏したいし、皆で楽しんでる方が見ているほうも楽しいと思うんだよね」
「言いたいことはよく分かるよ。現状は楓ちゃんだけ着ぐるみのせいで周囲とシャットアウトされてる状態ってことだね?」
「となると、被り物をした状態でも喜怒哀楽が表現できるようにならないといけないってことでしょうか?」
「まとめるとそうだけど、難しいよね。う~ん、どうしたもんか・・・」
楓が解決策ををまとめると益々頭を悩ませる素振りを見せる光樹。ちなみに楓以外は全員3年生なので楓は敬語を使っている。
楓としても何とかしたいところだが、着ぐるみを着るといつもよりも音は聞こえないし視界も半分くらいになる。それだけじゃなくて人や物の気配とか、視線なんかがなんとなく感じづらくなっている気がする。そんなことは別にバンドの演奏に関係ないようだがこれが意外と問題ありだった。楓は人間がいかに普段色々なものから人の感情の機微を読み取っているのか思い知った。
「そう思うとアミューズメントパークのキャラクターの中に入ってるアクターさんとかってすごいのね」
「確かに。しゃべれないのに言いたいことが伝わってくるもんな。しかもまだ小さい子供でもわかるし」
「・・・それだ」
芽衣と俊彦の会話に何かを閃いたのか、光樹がパチンと指を鳴らす。
「被り物の上からじゃそのキャラが怒ってるか笑ってるかなんてわからないけど、動きを付けることでプロの人たちはそのキャラの気持ちを表現してるんだ!」
「えーっと、つまり感情を動きで表現できるようになれってことでしょうか?」
「That's right!」
「Oh...」
その日から着ぐるみを着た状態で感情を表現する練習が始まった。もはや何のためにバンドに参加したのか若干忘れそうになる楓であった。
◇
日は変わって翌日。今日は授業ではなくほとんどの時間が文化祭準備に費やされる日である。
委員会や部活動の出し物もあるがメインは基本的にクラスでの出し物であり、準備には生徒全員が関わっている。
「川原さん、ここで間違った方を選んだら川に落ちる演出とかってできる?」
「うん、できるよ。今日中に修正しとく」
クラスでは全体を考える企画グループ、イラストなどのアートワークを担当する美術グループ、道具を製作する製作グループの3つにわかれており楓はアートワークなどを担当するグループに入っている。
当初は正しい答えを選びゴールである外の世界を目指すゲームをイラストで再現してそれらを生徒たちが裏から手動で動かしながら場面を転換させていく、という考えだったのだが楓の「えっ、そんなの映像で準備してプロジェクターで投影すればよくない?」という一声により映像で脱出ゲームを再現することになった。
映像で再現するといっても全て楓がやってしまったら何のための学園祭やねんという話になりかねないので各パーツのイラストを分担で担当し楓がそれらを組み合わせプログラミングで動かすという構図だ。デジタルイラストは学校が生徒に支給するタブレット端末で描いてもらっている。教科書も全てこのタブレット端末などに入っており紙の教科書で学生生活を送っていた楓にとってはちょっとしたカルチャーショックであった。
ちなみに美術グループはもともと美術部に所属する女の子がリーダーだったのだがそんなこんなで楓が実質リーダーの状態になってしまっている。なんだか申し訳ない楓であった。
「いやー、にしても川原さんがウチのクラスで良かったわ~」
「ねー。こんなのまるで有名人の企画とかで使われるレベルだもん」
「あー、まぁね・・・」
もともとその道のプロだったので楓にとってはこれくらい朝飯前であるが、もっと若い人たちの自主性に任せるべきだったかなと若干反省している。一応精神年齢的には前世を足すと既に50才近いのだ。
(とは言っても前世の意識が目覚めたのは今年の春だし、かといって2つの人格が同居しているわけでもない。一体どうなってるんだろ?)
今まで13年間川原楓として生きてきて、そこに前世(?)の記憶である仁科奏の意識が覚醒したとしたら今の自分は一体何者なんだろう。
(出るわけないんだよな、答えが)
よく考えたら、自分の前世が本当に仁科奏なのかすら不明なのだ。だって仁科奏という人物の「記憶」だけ引き継げば今の状態になるのだから。とどのつまり、この問題は考えても答えは出ない問いだ。
答えは出ないが、しかしこの問いに向き合っていくことはできる。というよりも、向き合っていかなければいけない。
(いつかちゃんとケリをつけないといけないよねぇ・・・)
ワイワイと楽しそうに準備を進めるクラスメートを眺めながらそんなことを考える楓は、自身が負の感情のこもった視線に貫かれていることを気付くことはなかった。
◇
「行ってきまーす」
迎えた文化祭。楓はまだベッドで寝ている両親に声を掛ける。
「行ってらっしゃ~い・・・」
「気を付けて~・・・」
「あ、朝ご飯作っておいたから。冷蔵庫にラップして入れてあるし食べてね」
「ありがと~・・・」
「後でお父さんとお母さんも見に行くから頑張ってな~」
「うん、ありがとう!」
文化祭は土曜日と日曜日の2日間で行われる。共働きということもあって休日の朝はいつもゆっくり寝ている父の透と母の由紀はベッドの中からムニャムニャとした声で楓に返事をする。その様子がなんだか心地よくて楓は頬をほころばせた。
今日は文化祭2日目だ。初日は小さいトラブルはあったものの無事に終了した。2日目の今日はついに楓が文化祭の間限定で参加しているバンド「ダダダ団」の出番の日である。
今日のステージはダダダ団の先輩達にとって軽音部としての最後のライブになる。
もちろん引退した後も同じメンバーでバンドを続けていくことはできるが「中学生としての公式の場でのステージ」としては最後になるだろう。
先輩たちの最後の打上げ花火をしっかりとサポートするため、楓は史織と葵に協力してもらい朝早くから学校へ行き着ぐるみを着ながらギターを持って感情を表現する練習を今日まで毎朝やってきた。朝練習が終わって教室へ向かうスポーツ部の生徒がその異様な光景を見て悲鳴を上げていたような気がしたが気のせいだろう。
冷たい風に秋から冬への移り変わりを感じつつ学校への道を歩く。学校に近づくにつれ生徒の数が増え、騒がしさも増してくる。文化祭ということもありいつも以上に賑やかだ。
学校に着くと、校内に入る前から既にお祭りムードなのが伝わってくる。
下駄箱で上履きに履き替えていると史織の姿が見えたので声を掛ける。
「おはよう史織。いつもより早いね」
「準備とか色々あるからね。意外と図書委員会の栞つくりも忙しくてね・・・。こんなに人気があるとは思わなかったよ」
「あー、確かに今ってもう紙の本で読んでる人少ないもんね?逆に新鮮なのかな」
何でも電子デバイスで読めるようになったので紙の本を読む若者はいなくなった・・・わけではなく、やはりどちらも一長一短なので未だに紙の本を好む人もいる。
ちなみに図書委員会の栞つくりが今年人気なのは実は史織目当てのお客さんが割といるからという理由だったりするのだがそんなことは知る由もない史織であった。
「楓は今日ライブなんだよね?その時はステージに見に行くね」
「ありがとう。って言ってもスーガくんとしての登場だけどね・・・」
あれから着ぐるみを着た状態でも演奏しながら感情を表現できるよう血のにじむような(?)努力を重ねてきた。ついにその成果を発表する時が来たというわけだ。ここまで来たらもうヤケクソである。やったろーやないかい。
「色々な意味で楽しみだなー、楓のライブ」
「色々って・・・共犯者のくせによく言うよ、全く」
ギターマスク改め着ぐるみ大作戦に便乗した史織をジト目で見つめる楓。
「じゃあ、また後で」
「うん、また」
そういうと楓と史織はそれぞれの持ち場へと向かうのであった。
◇
開始まであと1時間と少し、というところまでライブ本番が迫ってきた。
スケジュールとしては1時間前に防音対策のしてある音楽室で30分のリハーサル後、体育館のステージへ移動し本番という段取りである。スーガくんの衣装も体育館のステージ袖で着替える段取りだ。
(そろそろリハーサルに向かうかな)
そう思い楓はリハーサルを行う音楽室へと向かう。
(――あれ?)
見ると、手先が震えていた。
(私、ひょっとして緊張してるの?)
楓は久しぶりに味わう感覚に動揺していた。
楓は大舞台の前で緊張したことはなかった。ゲーム会社にいた時の大きなプレゼンの前も、ギターの腕を買われて有名なミュージシャンのレコーディングに参加した時も、何千人という人の前で自分の考えたゲームの新作タイトルを発表するイベントの時も、少しも緊張しなかった。
自分独りの時は全然緊張しなかった。だって自分独りが頑張れば何とかなるし、失敗しても自分の評価が下がるだけだ。
だが今回は違う。自分が失敗すればそれすなわち先輩たちの最後のステージを台無しにしてしまうということだ。
そう思い至った時、あぁそうか、と楓は思った。
(背負ってるんだ。今日が最後だっていう先輩たちの気持ちを)
ふふ、っと楓は笑ってしまう。前世で自分はどんな大舞台だろうが別に緊張しないんだ~とか思っていた癖にこうして他人の気持ちを背負った瞬間震えが止まらないのだから情けない。
楓にとってその震えは前世で経験したことのない領域に踏み込んだことの証のように思えた。
リハーサルを行う音楽室へ行く前に軽音部の部室に寄る。自分のギターと軽音部から借りているエフェクター(ギターのアンプにつないで自分好みの音を作る機材のこと)を取るためだ。
しかし、部室に入りエフェクターが置いてあるはずの棚を見ると――
「あれ?」
楓が今日のライブのために作り込んできた何十種類もの音が入ったエフェクターが、そこには無かった。
(な、無いぃぃいいいいいいいいいい!?)
本番まで、あと1時間――。




