1 前世と現世
「……マジか」
私、川原楓は今年で中学生になった普通の女の子だ。
そう、寝る前までは――。
いつも通り就寝し、ぐっすりと眠っていたのだが突如やたらリアルな謎の夢が始まり、徐々に脳を直接締め付けられているような頭痛がしてきて、思わずベッドから飛び跳ねたのだ。
そしてその夢というのがこれまたびっくり、どころか楓のこれまでの人生をひっくり返すようなものだった。
「転生がまさか本当にあるとはなぁ……」
その夢とは楓の前世の記憶であり、まさに長い眠りから覚めたような気分だ。
楓は前世では非常に有名な(と自分で言うのは少し恥ずかしいが)クリエイター、仁科奏だった。
仁科奏は芸大を卒業し卒業後はプロダクトデザイナーになった。
しかし工業製品のデザイナーという良くも悪くも与えられた条件の中でしか自身の手腕を振るえない現実に嫌気が差し2年で退職。
その後はバイトをしながらモバイル端末でプレイするゲームアプリをプライベートで作り3年の月日をかけて完成させ配信。
このアプリが一部の人間に大ウケした。
アプリどころかゲームソフトを購入した場合ですら課金が当たり前となっていたゲーム界隈において課金の有無に関係なく誰でも対等なゲームバランス。
今までの常識を覆す透明感ある幻想的な世界観に叙情的な音楽。あえてリアルさを排除しひたすらに爽快感を追い求めた操作性などが高い評価の理由だった。
驚くべきはこのゲームが仁科にとって初めて作ったゲームであり、プログラミングから3Dモデルの作成、音楽の制作まで全て仁科1人で行なっていたことだった。
これに目をつけた大手ゲーム制作会社にスカウトされる形で仁科はゲームクリエイターとしてのキャリアをスタートさせた。
入社したゲーム会社でも仁科は様々な旋風を巻き起こした。
プログラミングからモデリング、作曲までこなせる柔軟性。
良くも悪くもゲーム制作に関しては素人ゆえの斬新な発想。
そして仁科の打ち出す斬新な世界観は常に周囲の人々に衝撃を与え続けた。
仁科は別にゲームが作りたいわけじゃなくまず自分の中に表現したい世界観があって、それをこの世界に顕現させるのには今のところゲームが1番近いという理由でゲームを作っている。
つまり表現したいことのためにゲームを作っているのであり、それこそが仁科が斬新な発想を次々と生み出せた理由なのだ。
30才を過ぎた仁科はさらに自身が表現したい世界をより理想に近づけるためゲーム会社を退職しフリーランスとなる。
時にはミュージシャンとして、時にはデザイナーとして、時にはプランナーとして仕事を請け負いもはや彼を表す職種はこの世界に無いほどまでに独自の立場をクリエイターとして築き上げていた。
しかしジャンクフードが大好きだったり、ついつい作業に没頭し睡眠時間を削った生活を続けていたところぶっ倒れ帰らぬ人となった。当たり前だが死んでしまったのだから自分が何で死んだのかは確かめようがない。
色々調べたいことがあるが目覚まし時計を見ると時間は現在夜の2時。
「...今から起きたら絶対朝起きれないな」
前世のように締め切りに追われてるわけでもないし、起きてからでいいか、と思った楓は再び眠りにつくのであった。
◇
迎えた朝。結局眠れずあれこれ考えバッチリ寝坊した楓は母である由紀の作ってくれた朝食を大急ぎで掻き込み中学へ向かった。
1年生の教室は4階にあるのが寝坊した今日に限っては恨めしい。
教室に駆け込み黒板の上の時計を見るとギリギリ登校時間に間に合っていた。
「ふぅ、何とかセーフかな」
「おはよう楓。今日は珍しくギリギリだね」
席にカバンを置くと小学校からの付き合いの長谷川史織が挨拶してきた。肩までかからないくらいのボブカットが特徴の、物静かそうな雰囲気の女の子だ。
楓は人混みが嫌いなのでそれを避けいつも早めに登校しているので、ギリギリに登校してくるのは史織にとって珍しいことだった。
「おはよう史織。久々に寝坊した」
「それは珍しいね。夜更かしでもしてたの?」
「まぁ、色々あってね……」
まさか「前世の記憶が目覚めてね」などと言えるはずもないので適当にお茶を濁しておく。
前世の記憶に目覚めたからと言っても今までの記憶が消えたわけではなく、今までの自分に前世の自分の記憶がプラスされた状態だ。
(……でもそうなると私は今『川原楓』として思考しているのか、『仁科奏』として思考しているのか……どうなるんだ?)
まるで哲学的実験が現実になったような状態であり、調べたいことが山のようにある。正直授業なんか受けてられん!というのが楓の正直な心境だった。だって前世の記憶があるから義務教育はもう終えてるし。
(まぁそういうわけにもいかないか。とりあえず放課後になるのを待とう)
そう考えていると担任の宮内先生が入ってきたので一旦考えるのをやめる。
その日の授業はずっと上の空の楓であった。
◇
「なるほどなぁ……」
ようやく迎えた放課後。一通り調べたかったことを調べ終わった楓は椅子の背もたれにもたれかかりながら息を吐いた。
楓が知りたかったことは今の年月日と仁科奏という人物が実際に実在したかどうかだ。
恐らく本物の記憶だとは思うがこの記憶が本当に夢で実は実在しませんでした、という可能性もゼロではないのでまず楓は仁科奏を自宅のパソコンで調べてみた。
結論から言うと、仁科奏は実在の人物だった。ネットに載っていた経歴は自身の記憶と一致していたしネット記事に載っていたいくつかのインタビューは確かに答えた記憶があるものばかりだった。
そして仁科奏が死んだ日に生まれたのがどうやら今の私、川原楓だ。
つまり仁科が死んでから13年ほどの月日が流れているということになる。
これ以上のことは、調べてもどうしようもないのでやめた。
例えば今の状態は転生なのか、それとも仁科の記憶が楓に付与されているだけなのか、だったら今の楓は一体何者なのか、とかそういった魂と人体のことについては仁科が生きていた世界から13年が経った今でも判明していることは仁科が生きていたころと大差ない状況だったので、どんなに考えたところで憶測の域を出ないからだ。
ポジティブに考えれば中学生から前世の記憶を持ったまま成長していけるということでもある。
(でも、そんなゲームつまんないよなぁ)
しかしそれはゲームで言えばまわりはレベル1から旅をスタートしているのに自分だけもっと高いレベルからスタートするようなものだ。確かにそれで他者に対して優越感に浸るのは気持ちいいかもしれないが、それ以上に楓にはやりたいことがあった。
前世では楓は自身の表現したい世界を追求しつづけた。その結果色々な能力を手に入れることができた。
しかしそれは自身の能力を自身のためにだけ使っているといっても過言ではないと楓は考えていた。
前世で薄々と思っていたこと。
自身のクリエイターとしての能力をもっと違うことに使えるのではないか――。
(前世ではずっと作りたいものを作ってただけだった。でも折角だからもっと他の事に、この力を使ってみたい)
「よしっ、そうと決まれば忙しくなるぞー!」
とりあえず今後の目標が決まった楓は伸びをし気合を入れると、またパソコンに向き合うのであった。