式神先生と私
突然だが皆さんは「式神」というものをご存じだろうか。
そう、ゲームやマンガで陰陽師がぴゅんぴゅんやってる例のアレである。
時に獣となり、時に身代わりとなり、闇を駆けるその姿を見て、自分に使えたらと夢を馳せた覚えのある大人も子供もおねーさんも多いことだろう。
そしてそんなとき、どうせ使役するならNなやつよりSSRなやつがいいと誰しも思うはずだ。
ではここで問題です。
Q.強い式神を呼ぶために必要なものは?
霊力? ――違います。
才能? ――多少要るけどそれも違います。
A.……それは。
「いでよ! 式神!!」
机の上に置いた式札が、私の声に反応して光を放つ。
そしてボンという音を立てて上がった煙の中から現れたるは。
「ちぇっ、ちぇけっ、ちぇけら! おーふぅー!!」
ヒップホップのリズムで歌って踊る、手のひらサイズの土団子(手足付き)。
私は、ふ、と笑みを浮かべた。我ながら見事なものである。
これはもう。どこからどう見ても。
「失敗してますね」
「ですよねー!!!」
教師役からバッサリ告げられた現実に、やけくそ気味な返事をする。本日通算三十回目の失敗ですおめでとうございます。
私の周囲には、同じような土団子たちがわらわらと駆け回っていた。誕生したばかりのヒップホップ土団子もそこに加わる。
「この日のために良い紙買ったのに!
選挙の投票用紙にも使われてるめっちゃ高い紙なのにぃ!!」
「確かに、紙の質は申し分ありません。
これならば最上位の式神を呼び出すことも可能だったはずです」
やたらと美しい顔をした教師役の男が、その涼しげな目元をさらに冷たくしてこちらを見下ろした。
「あなたの字が、ド下手くそでさえなければ」
「うわあああん!!!」
強い式神を呼ぶために必要なものは何か。
それは媒介となる質の良い紙、そして――――美しい字である。
「むりだよぉ、私には字の才能ないんだよぉ……」
「習字習っててこれですからね。あなたの父上も生前よく頭を抱えてましたよ。字の下手な陰陽師とかあり得ませんから」
「ぐぅ……言いたい放題……」
しかし言い返せないのは、この美貌の男が陰陽師であった父が使役していた最上位の式神であり、両親亡き後、ずっと私の面倒を見てくれた存在でもあるからだ。そして今は私に陰陽道を教えてくれる教師でもある。色んな意味で頭が上がらない。
「ものすごく良い紙なら、字の下手さをカバーしてくれるかもって思ったんだけどなぁ」
「多少効果はありますが、あなたの字では焼け石に水です」
「今の時代に手書きのみって……何で印刷じゃダメなの……絶対そのほうがキレイじゃん……」
「履歴書みたいなものですよ。手書きのほうが受けがよかったりするでしょう」
「そういうの合理的じゃないと思います!!!」
式神も現代生活が長いとこういう風情のないこと言い出すから困る。私が子供のころはもっと神様っぽい風格あった気がするんですけど。
なんだか疲れてしまって机に突っ伏すと、私の作った土人形たちがわきゃわきゃと近寄ってきた。
さっきのヒップホップ土人形が、様子を伺うようにこちらをのぞき込む。
彼らはガチャとかで言うところのNである。
紙とペンさえあれば誰でも……とまでは言わないが、さほど才能がなくても呼び出せるし、力も知能も高くない。
でもこんなふうに落ち込んでいれば近くに来てくれたりする。Nだってやれば出来る子なのだ。
「私もうNだけでパーティ編成する……Nを極めた陰陽師になる……」
「それで課金勢にボコボコにされるんですね」
「無課金勢の運命なれば……それもまた然り……」
「そんな口調だけ陰陽師らしくされましても」
「……どうせ私は字の下手くそな陰陽師(N)ですよぉ」
こんなんでちゃんと父の後を継げるのだろうか。
情けなさやふがいなさ、申し訳なさでどんどん後ろ向きな気分になっていく私の耳に、小さな溜息が届く。
さすがの教師役も、教え子の出来の悪さに呆れてしまったのかもしれない。
本当にこのまま見捨てられたらどうしよう、とじわりと目の奥が熱くなりかけたとき。
「お聞きなさい」
後頭部に、ぽん、と温かな重みが乗った。
「あなたの字は壊滅的に下手です」
「慰められるのかと思ったらトドメだった」
「結論が早いですよ。お聞きなさいと言ったでしょう。
確かに、あなたの字は拙い。けれど知っていますか、文字には心が宿るのです」
文字には心が宿る。
それは父からも、この教師役からも、さんざん聞かされた言葉だった。
私の字は下手だ。
壊滅的だ。
それはもうひどいものだ。
けれど、と、式神は言う。
「――――あなたの文字は、あたたかい」
ひどく優しい色をしたその瞳に、さっきとは違う意味で目が熱くなった。
彼の言葉を肯定するみたいに、土団子たちがまたわらわらと私によじ登ってくる。
途中で足を踏み外して落ち掛けたヒップホップ土団子を手のひらで受け止めた。
「……ありがと」
目尻の涙を拭いながら微笑んで、
ここにいるみんなに伝わるように、心を込めて告げる。
すると教師役は突如ぴたりと動きを止めて、顔をしかめ、ひとつ咳払いをしてから席を立った。
「お茶を淹れてきます。
あなたはその間、ひたすら書き取りの練習をしているように」
「……、おやつも欲しいです」
「あなたの頑張り次第ですね。では」
いつになくそそくさと身を翻した教師役の背中が、扉の向こうに消える。
残された私は土団子たちと見つめ合い、それから小さく吹き出して、笑った。
Q.式神を呼ぶために必要なものは?
A.紙と、ペンと、厳しくて照れ屋な教師役の式神