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それは儚くて零れ落ちそうで


部屋へと帰ってきた俺たちは例によってデザートをお互いに食べさせあい食後のコーヒーと紅茶を飲んでいた。


「今日は泊まってくんだよな?」

「ええ、ダメかしら?」

「いいや、全然」

聞くだけ野暮なんだろうけど一応は聞いとかないとな。

紅茶のカップを両手で持って美味しそうに飲んでいる言葉。

僅かに、ほんの僅かにだが頬が緩んでいるのはたぶん俺だけにしかわからない変化だろうと思う。

「どうかした?」

「別に何も」

俺が見ていたのに気づいた言葉がこちらを見る、そう・・・こうやって俺を見た時だって少しだけの笑みが浮かんでいる。


本人も気づいてないんだろうけど。


世の恋人達は今頃楽しく騒いではしゃいでいるんだろうか?ミドリンと沙織なんかはたぶんそうなんだろうな。


コチコチと時計の針が進む音とお茶を飲む音だけが部屋の中を流れていく。

1時間でも2時間でもきっと苦にならない時間。


お茶を飲み終わり特に何をするでもなく静かなゆっくりと揺蕩うような時が部屋を流れていく。


「ん?」

肩に重みを感じて見てみれば言葉が寄りかかって目を閉じていた。

「寝ちゃったのか?」

そっと問い掛けてみるが返事はない。

「全く不用心なやつだな、お前は」

肩に感じる言葉の重みはある種、幸せの重みなんだろうか。


変わらずコチコチと針の音だけが響く。


「なぁ言葉・・・お前はさ、きっと覚えてないか気づいてないと思うけどな」

規則正しい寝息を耳元で聴きながら俺は誰ともなく呟く。


「俺とお前が初めて逢ったのはあの鉄塔じゃないんだぜ。もっと前に俺はお前に逢ってるんだ」


「・・・・・・」


「中学の夏休みにさ、お前川祭りに来ただろ?で、高台にひとりで上がらなかったか?」


「・・・・・・」


「なんであんなとこにいたのかは知らないけど、あの時俺とお前は同じ場所にいて同じ花火を見て・・・一瞬だけ出逢ったんだぜ」


「・・・・・・」


「今更だけどな、その内にお前に伝えないとなって思ってたんだ。あの日俺は・・・お前に恋をしたんだ」


「・・・・・・」


「まだまだガキだったしそんな大それたもんじゃなかったけどな、でも俺はもう一度お前に逢いたいっ思ったよ」


「・・・・・・」


「まさかこうしてまた出逢ってこんな関係になるなんて夢にも思ってなかったけどな」

耳元では変わらず言葉の寝息だけが聞こえてくる。

微かにかかる甘い寝息がくすぐったくもあり、心地よくもある。


「お前がちゃんと笑えるようになったら話すな。俺は・・・お前が、柊言葉が好きだって」


「・・・・・・」


「それまではまだこの気持ちはしまっとくよ。あの時の笑顔が俺の隣で見れるようになるまでな」


独り言を言っただけだけど心のどこかにつっかえていた何かがすうっと抜け出たような、そんな気分になった。


「だからそれまでは、いや、違うな。ずっと俺の隣にいて欲しいと思ってるよ」

「ん・・・・んんん」

言い終えたくらいで言葉が身じろぎしたのでびくっとしてしまう。


「・・・ん・・ん?」

「ああ、悪い起こしちゃったな」

「・・・ごめんなさい、寝てしまってたわね」

半開きの目をこすり言葉が頭を肩から上げる。


「別にかまわないぞ、ただここで寝たら風邪引くぞ」

「うん・・・そうね・・・」

「ん?どうかしたか?」

言葉は何かを考えるような素振りをみせたので、もしかして起きて聞いていたのかと思ってしまう。


「ううん、何か・・・すごく幸せな夢を見ていたような気がして」

「ははは、熟睡してたんだな」


ソファから立ち上がってふらふらとベッドの方へと向かう言葉。

ぽふっとベッドに倒れ込んで今度こそ本当に寝る気なんだろうけど。


「お前なぁ、ちゃんと布団に入らないと風邪引くぞ」

「う・・・うん」

半ばもう夢の国へ旅立ちかけている言葉に布団をかけてやる。

仕方ないな、俺も寝るか・・・


もっともなんとなく目が冴えて寝れる気がしないのだが。

部屋の明かりを消して言葉の隣へと潜り込む。


「おやすみ、言葉」

「・・・・・・」


返事はないが、もそもそと俺の方にひっつき腕と脚を絡めてくる。

これはこれで精神的にくるものがあるんだがな。


サラサラの髪を撫でてやりながら月明かりに照らされた天井を見上げる。

隣から香る甘い香りと言葉の体温を感じながら俺は今までのことをぼんやりと思い出していた。


それは少し苦くて、チクリと胸が痛くそれでも暖かく幸せな思い出だった。




お読み頂きありがとうございます(〃ω〃)

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