第6話(ロレアーヌ視点)
男の部屋へ行く途中、お父様とすれ違った。たぶんお父様も彼の部屋へ行っていたのだろう。なら、まだ起きている可能性もある。
部屋の前に来てノックをしてみる。返事がない。お父様が出て行ったあとまた寝てしまったのだろうか?もう一度ノックをしてみた。やはり返事がない。まさか、あの体で部屋から出たりしたんじゃ…。私は、いけないと思いながら、部屋に入った。
「八方塞がりか…。」
「…何が八方塞がりなのですか…?」
思わず声をかけてしまった。ノックの音には全く気付いていなかったのだろう。目を見開き、私の存在に驚いている男がそこにはいた。とりあえず、逃げ出したりはしていないようだ。黒髪にルビーと同じような赤い瞳をした男は、私を凝視したまま固まっている。整った顔をしている人はどのような表情をしていても様になるんだなぁ、とどうでもいいことを考えていた。それほどまでに男は美しい顔をしている。
「…あの…?大丈夫、ですか?」
いつまでたっても男は固まったままだったので、声をかけた。正気を取り戻したのだろう、すぐに返事をしてくれた。
「はい。大丈夫です。」
「良かった。貴方が目を覚ましたと聞き、お見舞いにと思ったのですが…。あ、突然お声をかけて申し訳ありません。私は、ザイナール伯爵の娘でロレアーヌ・ザイナールと申します。」
「あ、俺はアルと申します。ご厄介になっております。」
アルと名乗った彼。しかし、たぶん偽名だろう。返事はしてくれたが、彼は私が名乗った瞬間にこわばった表情をした。私を恐れているのだろうか…?いや、会ったばかりの女を恐れる理由はない。しかし、彼の手は何かを恐れるように握りしめられている。かすかにだが、震えてもいる。お父様も彼については聞かれたくなさそうだった。彼もまた、私に詳しい事情を聞かれるのを恐れているのかもしれない。正体を突き止めようとしていたが、お父様が危険はないと判断されたなら聞かない方がいいのかもしれない。病は気から。あれだけの傷を負ったのだ。ここではゆっくり休んでほしい。いつかアル自身が私に話してくれるのを待つのもいいかもしれない。そのかわり、話すまではここにいてもらうけど。
「あの、何も話さなくて、大丈夫ですよ?」
「えっ…?」
「父から、私が貴方を見つけたことをお聞きになったのでしょう?どうしてあのような場所に倒れていたのかだとか、どうしてあのような酷い怪我を負っていたのかだとか、聞きたいことはたくさんあります。でも、話したくないと思われているのでは?なので、話さなくても構いません。」
そう言ったとたん、アルは私が部屋に入ってきたときと同じように、目を見開き固まった。そんなに驚くことだろうか…?確かに彼の思考を私なりに想像した。だがここまで驚かれるとは思わなかった。私の想像は大体正しかったのだろう。
「そんなに、わかりやすかったですか…?」
「え?」
「俺の考えてること、そんなにわかりやすく顔色に出ていましたか…?」
「いいえ。わかりにくかったですよ?」
「ならば何故…?」
「私の想像です。お父様も貴方について、決して語ろうとなさいません。なので、私も何も聞かないことにしたのです。だって、ここでは心穏やかに過ごしていただきたいから。」
先ほど私が思ったことを正直に話した。ここにいる間は、心穏やかにいてほしい。アルが出ていくときにでも本当のことを話してもらいたいが。きっといろいろなものを背負って生きている人なのだろう。お父様に守られて暮らしている私にはアルを理解することはきっとできない。だからこそ、身体の傷が治るまではここにいて欲しかった。だから私は言った。
「なので、私と一つ約束をしてください。怪我が治るまではここで養生すると。私が助けた方が無理をするのを私は見たくありません。」
と…。
その後のアルの変化は顕著だった。必死に泣かないよう耐えているようだった。身体からは冷や汗が出ていたし、先ほどと比べ物にならないほど震えていた。泣くな、と自らを戒め、すべての不幸をその身に背負ったような表情をしていた。私は言ってはいけないことを言ったようだ。ここにいてはいけない、そう感じて彼の部屋から一度自分の部屋に戻った。
アルが寝たころ様子を見に行くと、
「母さん…。」
そう言いながら魘されていた。