第3話
やっとヒロイン出てきます。
(1ヶ月か…。仲間たちのことも心配だし。勝手に王都へ帰ろうか。)
計画を実行するためには時間が足りない。正直、ここで眠っている暇は俺にはなかった。だが、身体も動かないから、帰ったところで、父や異母兄達から送られる刺客に殺されるのがオチだ。仲間たちも皆無事とは限らない。俺だけが刺客に襲われた可能性は低い。かといって、ここに滞在してもあの伯爵が本当に信用できるわけでもない。どこに居ても結局は周りは敵だらけで、ゆっくり休めない。
「八方塞がりか…。」
「…何が八方塞がりなのですか…?」
鈴のような美しい声が聞こえた。幻聴かと思ったが、部屋の扉のそばに女性が立っている。長い銀色の髪をハーフアップにした紫色の瞳の娘だ。王都にいるような派手な印象の娘ではなく、どちらかというと控え目なそれでいてしっかりとした意思を持ったような印象を受ける。美しい娘だと、素直に思った。
「…あの…?大丈夫、ですか?」
どうやら、ぼんやりしていたらしい。その一言で正気を取り戻した。
「はい。大丈夫です。」
「良かった。貴方が目を覚ましたと聞き、お見舞いにと思ったのですが…。あ、突然お声をかけて申し訳ありません。私は、ザイナール伯爵の娘でロレアーヌ・ザイナールと申します。」
「あ、俺はアルと申します。ご厄介になっております。」
彼女がザイナール伯爵の娘…。俺を助けたのは彼女なのだろうか。ならば、俺がなぜあのような場所に倒れていたのかを聞かれるに違いない。それに、八方塞がりという発言も聞かれてしまった。
伯爵には全てバレてしまっているが、彼女にまで俺の置かれてる状況を話すわけにはいかない。最悪、何も関係のない彼女を巻き込んでしまうことになる。
「あの、何も話さなくて、大丈夫ですよ?」
「えっ…?」
「父から、私が貴方を見つけたことをお聞きになったのでしょう?どうしてあのような場所に倒れていたのかだとか、どうしてあのような酷い怪我を負っていたのかだとか、聞きたいことはたくさんあります。でも、話したくないと思われているのでは?なので、話さなくても構いません。」
正直、驚いている。今の俺はおそらく、目を見開いたまま固まっているに違いない。長年、父や異母兄から疎まれていたせいで、心を許していない人に考えていることを悟られないように顔色を取り繕うのは慣れている。だから、まさか出会って数分の他人に自分の考えを見抜かれるとは思っていなかった。
「そんなに、わかりやすかったですか…?」
「え?」
「俺の考えてること、そんなにわかりやすく顔色に出ていましたか…?」
だから、気づいたら聞いてしまっていた。その言葉が、秘密がありますと彼女に宣言したようなものだということにもかかわらず、だ。
「いいえ。わかりにくかったですよ?」
「ならば何故…?」
「私の想像です。お父様も貴方について、決して語ろうとなさいません。なので、私も何も聞かないことにしたのです。だって、ここでは心穏やかに過ごしていただきたいから。」
今度こそ、俺は言葉を失った。見ず知らずの人間にここまで優しく出来る人間がいるとは思わなかった。今まで、周りには母や育ててくれた使用人達以外、俺を邪魔者のように扱う人間か、俺を利用しようとする人間しかいなかったから。彼女は信じてもいいかもしれないと思った。
「なので、私と一つ約束をしてください。怪我が治るまではここで養生すると。私が助けた方が無理をするのを私は見たくありません。」
『貴方が無理をするところを母は見たくありません。』
(母さん…!)
唯一、俺が甘えることのできた人に彼女が重なって見えた。失った人の温もりを思い出してしまう。だが、泣くことは許されない。母さんは、俺のために、いや、俺のせいで死んだんだから。母さんの仇を討つまでは、俺は涙をすることも許されない。
結局、それ以降、俺は声の発することができなかった。彼女は俺が痛みを我慢していると勘違いしたらしく、長居したことを詫びて部屋から出て行った。俺は医者に言われた通り、1ヶ月安静にして養生してから、動こうと決める。彼女の想いに応えたいとそう思ったから。
マザコンなヒーローになってしまった…。
そして、ロレアーヌさんはかなり鋭い子になってしまいました。